いないはずの主役と、子猫保護隊の結成
衣装部屋に残された静寂は、三秒ともたなかった。
「この子たちをここに置いていくなんて論外です!」
「ええ、絶対にだめです!」
「衣装部屋の前は危険ですわ、危険すぎますわ!」
「誰か、保護用のひざ掛けを!」
「保護用って何ですの」
ルビーが眉間を押さえた。
だが、メイドたちは本気だった。
タマとミケを囲むように、年長メイドも若いメイドも膝をつき、まるで国宝か雛鳥でも扱うような手つきで話しかけている。
「寒くありませんか?」
「こわくなかった?」
「びっくりしたでしょう?」
「お夜食は甘いものとしょっぱいもの、どちらがいい?」
タマが小さく手を挙げた。
「両方」
「まああああ!」
ミケも続ける。
「でも、おさかなも好き」
「なんて健気なの……!」
一人のメイドが、とうとうその場でハンカチを噛んだ。
サトリは胃を押さえた。
「屋敷の危機のはずなんですけど、情緒の危機でもありますね……」
「放っておきなさい」
ルビーは静かに言った。
「今は、あれが家の側の強さになります」
その言葉に、イツモアがわずかに目を細めた。
「同感です。
役目だけの偽物には、“この子を守りたい”という本気がない」
タキオンは、衣装部屋の一番奥で揺れている空のハンガーを見ていた。
黒い痕は、まだ薄く残っている。
「追跡は可能だ」
「早いですね」
サトリが振り向くと、タキオンは当然のように答えた。
「衣装部屋から持ち出されたのは、ただの礼装ではない。
魔力反応が妙に重い。
おそらく“主役の役目”を固定するための儀礼服だ」
「主役の役目……」
ルビーが繰り返す。
「ええ。
この屋敷の今夜の中心に立つ者を、無理やり上書きする衣装。
そんなものが敵の手にあるなら、狙いは一つでしょう」
「舞踏会の中心を奪う気ですか」
イツモアが言う。
「そして“本来そこに立つべき誰か”を、別の役で塗りつぶす」
ピンキーが紙袋を抱えたまま、きょとんと首をかしげた。
「それって、おきがえ泥棒ですか?」
「かなり大規模なお着替え泥棒です」
サトリが真顔で答えると、双子が顔を見合わせた。
「それ、わるいね」
「だめだね」
タマが、女神様の鞄をぽんと叩く。
「ねえ、かばん」
ぴこん、と可愛らしい音がした。
メイドたちが一斉にざわつく。
「鳴いた!」
「可愛い……!」
「鞄まで保護対象ですわ……!」
「全員、落ち着きなさい」
ルビーが言い終える前に、鞄のふたが勝手に開いた。
中から出てきたのは、小さな桃色の羅針盤だった。
針の代わりに、ちょこんと猫の手がついている。
「わあ」
「かわいい」
タマがそれを持つと、猫の手がぴこん、と立ち上がり、廊下の奥を指した。
「進路を示していますな」
ラビ艦長が感心する。
「しかも、ただの方向ではない。
“いま一番追うべき気配”へ向いておりますぞ」
「いい子!」
ミケが羅針盤をなでると、今度は鞄から靴ひものついた木のおもちゃ靴が二足、ころんと転がり出た。
「これなあに?」
「はいてみる!」
双子が足を入れると、木の靴はかたかたと鳴りながら、自分で一歩前へ出た。
「導く靴か」
タキオンが短く言う。
「羅針盤が方角を示し、靴が迷わず歩かせる。
子供用に偽装された追跡装置だな」
「偽装の方向性が毎回ふわふわしてますね」
サトリが呟くと、年長メイドがきっと顔を上げた。
「でしたら決まりです!」
「何がです」
「この子たちは私たちが守りながらお連れします!」
「危ないのでお部屋で待っていて、なんて言いません!」
「むしろ私たちも一緒に行きます!」
「“子猫保護隊”結成ですわ!」
「名前が強すぎます」
だが、誰も止めなかった。
タマとミケは、明るく笑っていた。
怖がるより先に、役に立てることが嬉しい顔で。
「ミケ、たんけんだよ」
「タマ、たんけんだね」
そして羅針盤の猫の手は、まっすぐに旧リハーサル室の方角を指していた。
ルビーは黒いブローチを押さえる。
低く、熱い。
その先にあるものが、ただの衣装ではないと告げている。
「行きますわよ」
ピンキーが紙袋を抱え直し、双子が木の靴を鳴らし、メイドたちが本気でその周りを固める。
まるで遠足みたいな陣形だった。
だが、向かう先は間違いなく、今夜の敵の巣だ。
廊下の角を曲がる直前、イツモアが低く呟いた。
「……舞踏会の主役を盗む者、ですか。
ずいぶんと趣味の悪い真似をする」
その声に、ルビーは振り向かなかった。
「この家では昔から、主役は座るものではありません。
責任ごと引き受けるものです」
羅針盤の針が、びくりと震えた。
その先で、誰かが“主役の服”を着ようとしている。




