二人のピンキーと、魂のパス回し
神の閉鎖法廷が、夕暮れの練習場へと姿を変える。
グレープ元国王とトンビが別の世界線へ旅立つまで、あとわずか。
最後にグレープが望んだのは、ルビー一行への「特別コーチング」だった。
「いいか、ドルドアの兵士たちよ! 戦場もフィールドも同じだ。誰かのために数ヤードを稼ぐ、その献身が勝利を呼ぶんだ!」
ジャージ姿のグレープが吼える。
その視線の先には、一生懸命にボールを追いかけるピンキーがいた。
「ダーリン! 見てください、私、ボールを捕まえるの得意ですよ!」
ピンキーが泥だらけになりながら、華麗なキャッチを見せる。その姿を見て、グレープは何度も目をしばたたかせた。
(……やはり、似ている。名前も、顔も、あのひたむきな走り方も。あの日、私がパスを出せなかった、あの『ピンキー』に)
アメフト時代のピンキーは、派手さはないが誰より練習する控え選手だった。目の前のドルドアのピンキーは全くの別人だが、彼女の純粋な瞳が、グレープに「過去の清算」を確信させたのだ。
■ ラビ艦長、陸に上がる
「ぬおおお! コーチ! この楕円の球体、ヌルヌルして掴みどころがありませんな!」
ラビ艦長がホログラムの触手を総動員してボールをキープしている。
「ラビ! 墨を吐いて視界を遮るのは反則だと言ったはずだ! 貴公はラインバッカーとして相手を食い止めろ!」
「了解! 潜水烏賊の意地、見せてくれよう!」
一方で、トンビは完全に「用具係」としての才能を開花させていた。
「サトリさん、そんなに泣かないで。はい、特製のスポーツドリンクですよ。アメフトの後はこれが一番です!」
「ううっ、トンビ君だけが優しい……。心の声が『地獄だ、死ぬ』って言ってるのに、誰も止めてくれない……」
サトリはトンビの差し出すボトルにすがりついていた。
■ 英雄の門出と、黒い宝石
練習の最後、グレープはルビー(おじさん)に向き直り、深く頭を下げた。
「ルビー閣下。貴殿の配下であるピンキー殿を見て、私はようやく迷いが消えた。彼女のような純粋な者が報われる世界を、私は守るべきだったのだな。……礼を言う。私は、あの子と共に行ってくる」
「……ええ。そちらの世界線でも、精々良いコーチになりなさい」
ルビーが静かに見送ると、女神様が指を鳴らした。
光の中に消えていくグレープとトンビ。二人の顔に、もはや独裁者の歪みはなく、明日からの練習メニューに思いを馳せる、一人のスポーツマンと、その息子としての顔があった。
ふと、ルビーが胸元のブローチに触れる。
王の強欲が消え、清々しい「スポーツマンシップ」に浄化されたことで、ブローチはヌラリとした、漆黒の輝きを放っていた。
(……間違いない。完全に一段階進んだ。黒くなればなるほど、俺の体は軽く、心は冷えていく。……爆散まで、あとどれくらいの『悪』を喰らえばいい?)
日本で病床に伏す妻。彼女を救うためのカウントダウン。
「ダーリン! 王様たち行っちゃいましたね。お腹空いたので、アメフトのボールに似たパン、食べに行きましょう!」
「ボールは食べ物ではありません。……行きますわよ、ピンキー。次の国が、私を……いや、このブローチを待っていますから」
ルビー(おじさん)は、夕闇に染まるスタジアムを後にした。
その背中は、誰よりも気高く、そして誰よりも「終わり」を急いでいた。




