独裁のレシピと、真っ黒なブローチ
王城の執務室で、ルビーはタキオンとツキノワから、前大統領――現国王グレープの腐敗を暴く決定的な証拠を受け取っていた。
「国王は不正蓄財を隠していましたが、閣僚たちが保身のためにこっそり写しを保管していたんです。悪党ってのは、仲間同士でも信用していないものですね」
タキオンは分厚い資料束を差し出し、うんざりしたように肩をすくめた。
「……ちなみに、息子のトンビもこの証拠の存在は知っていたようです。あいつなりに父親を止めようとして、この資料を持って国王の執務室へ乗り込んだ記録が残っていました」
ルビーは目を瞬かせた。
あのトンビが、証拠を突きつけて父に詰め寄ったというのか。
「それで、どうなったのです?」
「国王にこう言われたそうです。『これは敵対勢力が私を陥れるために作った偽造書類だ。信じるのか、我が息子よ』と。しかも、ひどく悲しげな顔で」
タキオンはそこで一拍置き、乾いた声で続けた。
「トンビは『そうだったのか! お父さんを疑ってごめんよ!』と泣いて謝って、そのまま戻ってきたそうです。……資料をしっかり握りしめたまま」
(……あまりに純粋で、あまりに馬鹿すぎる)
ルビーは思わず額を押さえた。
証拠を持って問い詰める。
そこまでは、成人として正しい手順を踏んでいる。
なのに肝心の最後で、相手の涙と声音に流され、嘘を百パーセント信じてしまう。
その致命的なズレこそが、トンビ王子という男の本質だった。
秘書時代、ルビーは数えきれないほどの政治家を見てきた。
笑顔で刺し、涙で逃れ、正義を語りながら裏で金を動かす連中も珍しくなかった。
そうした者たちを思い出せば思い出すほど、トンビの無防備さは政治の世界において凶器ですらあった。
■ おじさんの独裁論と女神様の裁き
ルビーは、無人の議事堂で女神様から問われた言葉を思い返していた。
――独裁は、なぜ起きるのか。
あのとき自分は、こう答えた。
「独裁とは、軍を掌握し、法律を書き換え、反対者を黙らせることで完成します。……しかし、それを可能にする土台がある。
それが悪徳商人です」
利権を与えられた商人は、権力者に金を返す。
流れた賄賂は議員を汚し、議会を腐らせる。
過半数が金で転ぶようになれば、国はもう国の形をしていても中身は腐肉だ。
「……相変わらず、話が長いわね。日本人って会議も説明も長すぎるのよ」
女神様には一刀両断にされたが、内容そのものは合格だったらしい。
「独裁を片づけたら、罪人は“神の庭刑務所”で預かるわ。国王は全身ピンクのタイツにウサ耳をつけて、二十四時間ダンスを踊り続ける刑。
ああ、でもトンビ君は……そうね。あの信じ込みやすさなら、私の庭で草むしりでもさせて、世の中の裏側を少し学ばせましょうか」
女神の裁きは、だいたい妙な方向へ具体的だった。
■ 爆散への、あまりにも前向きな準備
女神様から授けられたのは、小さなブローチだった。
今はまだ、水晶のように透き通っていて、一点の曇りもない。
「この国の“悪の塊”を吸い取りなさい。吸い込むたびにブローチは黒く染まっていく。
そして真っ黒になったとき――お前の爆散の準備完了よ。
世界を救うために破裂する、約束の合図ね」
ルビーはその美しいブローチを、愛おしそうに見つめた。
秘書時代は、ただ主君を守るために自分を押し殺してきた。
だが今度は違う。
自分を犠牲にすることで、日本で待つ最愛の女房を救えるのだ。
(……ついに、ここまで来た。このブローチを真っ黒に染め上げれば、女房が助かる)
胸の奥で、静かに、けれど確かな熱が燃え上がる。
(爆散。これほど待ち遠しいものが、この世にあるだろうか。
一秒でも早く黒くしてやる)
死への恐怖など、もはやどこにもなかった。
ルビーの目に宿っていたのは、絶望ではなく、むしろ希望の光だった。
「ダーリン! ブローチが真っ黒になったら、私がオシャレなカバーを編んであげますね!」
「カバーはいらない」
即答だった。
「……さあ、この国の腐敗を全部抜き取って、さっさと次に進みましょう」
騙されやすい王子の後始末。
そして、自身の破滅であり救済でもある第一歩。
ルビーはかつてないほど軽やかな足取りで、その仕事へ向かっていった。




