深海のジョーク爆弾と、透けてる国家機密
パンゲア大陸は、不可思議な構造をしている。この星には大陸が唯一の陸地として存在し、島一つとして存在しない。その代わりに、地下約1キロメートルの地点には、縦横無尽に連なった巨大な「地下海路」が存在する。
幅は約6キロメートル、水深は200メートルから3000メートルに及ぶこの天然の海路こそが、今回の潜航ルートである。
大陸の外海は未知の領域であり、星の7割を占める海には多くの知的生物が生息していると言われているが、調査はほとんど進んでいない。烏賊族は、ドルドア領の地下海と、外海のごく大陸に近いエリアで生活を営んでいた。
彼らは海運業や漁業だけでなく、人間が食す「海中キャベツ」や「海中ジャガイモ」などの農業でも生計を立てている。
潜水烏賊の艦長ラビは、その中でも軍人の道を選んだ猛者だ。
烏賊族には医者や弁護士も存在する。他国の人間は「烏賊がどうやって人間を診察したり弁護したりするのか」と疑問を抱くが、それはドルドアの国家機密とされていた。
……が、実態は誰もが知る公然の秘密である。烏賊の弁護士は、魔法で作ったホログラムで裁判所に出廷するのだ。烏賊たちは「自分たちがホログラムであることは人間にバレていない」と思い込み、人間側も彼らのプライドを慮って、スケスケのホログラムを見ながら「国家機密だからな」と知らないふりをしている。烏賊族はそれほどまでに優秀で、かつ少しばかり自尊心が強い思考回路を持っているのだ。
また、この地下海路は大陸の「生命維持システム」でもある。
大陸全土が「常春」であるメカニズムは科学的には不明だが、地下海路を流れる膨大な海水が地熱を循環させ、無数の縦穴から湿気を供給することで、本来砂漠化するはずの土地に緑豊かな雨を降らせている。学者はこれを「女神の采配」と呼んでいた。
水深1000メートル。安定潜航に入ったラビの艦内に、突如として振動が走った。魔法の閉鎖空間は本来揺れないはずだが、異常事態を知らせる警報が鳴り響く。
「敵襲! 音波攻撃! 右舷側湾に被弾、損傷なし!」
副長の報告を受け、ラビが鋭く命じた。
「解析班、状態報告!」
「報告いたします。被弾した音波を解析、再生します」
ピンポンパンポン、という間の抜けたチャイム音の後に、スピーカーから男の声が響き渡った。
『ラビ艦長、久しぶりだね! 会ったことないけど(大爆笑のSE)! それではいきまーす。……布団がふっとんだ! いやんバカンス! 隣の家に囲いができたってね、カッコいー!』
静まり返る操縦席。ルビー(おじさん)も、イツモアも、子猫たちも、言葉を失ってモニターを見つめた。
「……副長、なんだこれは」
「敵の攻撃であります。情報局より『冗談だと思い報告に含めていなかった』例の兵器です。敵は、烏賊はこの種の冗談を浴びると笑い死ぬと本気で信じているのであります」
「敵は馬鹿なのか」
「はっ、その通りであります」
モニターには、完全球体の二人乗り小型潜水艇が映っていた。窓越しに、必死にダジャレを連発している敵兵の姿が見える。
「反撃しますか」
「ほっとけ」
ラビは冷淡に言い放った。
高度な知性と「美烏賊」としてのプライドを持つドルドアの軍烏賊にとって、それは攻撃ですらなかった。潜水烏賊ラビは、哀れなジョークを垂れ流す敵艇を背景に、悠然と予定の海路を進んでいった。




