共感性羞恥の盾と、神の杖
東の空は、絶望の混濁に飲み込まれていた。
10万の魔物が一点に集まり、どろどろとした塊となって膨れ上がっていく。それはやがて、山を背負ったかのような巨躯を持つ**「漆黒のトリケラトプス」**へと変貌を遂げた。
ペガサスの雷撃もドラゴンの火球も、その分厚い外殻に触れた瞬間に霧散する。
「全軍、撤退! 距離を取れ!」
将軍たちの悲痛な叫びが響く。魔獣の角から放たれる収束光線が空を裂き、逃げ遅れたペガサスを次々と撃ち落としていく。さらに魔獣が咆哮を上げると、兵士たちの脳に直接凄まじい痛みが走り、空からボロボロと墜落していった。
その魔獣の直上。ドラゴンの尻尾にしがみついていたタキオンは、焼け焦げた全裸のまま、鋭い眼光で戦況を見据えていた。
「チッ、合体魔獣か。ツキノワ、予定変更だ。俺が巨大ロボになって殴り合うより、今のこの密度なら、上空から一気に消し飛ばした方が効率がいい」
「おっ、変身はやめるのか? 全裸損だな」
「うるせえ! 巨大ロボは浪漫だが、今は科学の勝利を優先する!」
タキオンは空中で指を鳴らした。すると、どこからともなく飛来した**「魔法の鎧」**が彼の全身を瞬時に包み込んだ。変身用の繊細な回路を無視し、防御と通信、そして地上への照準補正に特化した、科学と魔法のハイブリッド装甲だ。
「そろそろ行くか」
ツキノワが静かに呟くと、その体がオレンジ色の光の粒となって霧散し、魔獣を一回り上回る巨躯を持つ**「光り輝くツキノワグマ」**へと変身を遂げた。
「ガーガーうるせえんだよ、このトカゲ野郎が!」
光る爪が魔獣の襟首に叩き込まれ、巨獣が紙屑のように吹き飛ぶ。
一方その頃。
王都の緊急対策室では、ルビーおじさんが冷や汗を流しながらマニュアルを握りしめていた。
「ええー、今からこの魔道具を作動させます。閉鎖空間が出現しますが、皆様には影響ありませんのでご心配なく……」
ルビーは震える声で、マニュアルに書かれた「最重要手順」を読み上げた。
「……それでは皆様、作動には共感性羞恥の力が必要です。ご唱和ください。言い終わりには、首を可愛く傾けてください。ゴホン。……『るるるるー、閉鎖空間出てきてね(はぁと)』……えいっ!」
対策室にいた全員が、顔を真っ赤にしながら唱和し、一斉に首をかしげた。
(……共感性羞恥って、恥ずかしいことをしてる人を見て自分も恥ずかしくなるやつじゃないのか!?)
全員がそう思いながらも、必死に「恥」を振り絞る。その瞬間、ルビーを包み込むようにハイテクなコントロールルームが出現した。
「コントロールルーム主導、ルビーです。タキオン、聞こえますか」
『聞こえるぞ。ツキノワが交戦中だ。スクリーン・オン!』
魔法の鎧で通信を安定させたタキオンの声が響く。
パネル操作と共に、戦場の映像が映し出された。
「魔獣に照準を合わせろ。『神の杖』、自動追尾装置起動。発射準備!」
ルビーがパネルを叩く。「起動・青。照準・青。発射準備よし!」
戦場では、魔獣が死に物狂いで角と口から同時にビームを放っていた。直撃を受けたツキノワグマの顔に大きな穴が開くが、一瞬で修復される。
「効かねえよ」
笑うツキノワに恐怖した魔獣が、反転して逃げ始める。
「神の杖、発射!」
ルビーがスイッチに触れた。
戦場の空に虹色の雲が渦を巻いた瞬間、天から降り注いだ一筋の光が魔獣を貫いた。
爆音すら置き去りにする衝撃。魔獣は爆散し、後には巨大なクレーターだけが残された。
戦いが終わり、閉鎖空間から戻ったルビーが、通信機越しにタキオンを問い詰めた。
「あの、タキオンさん。さっきの『るるるるー』っていう詠唱……あれ、本当に必要だったんですか?」
『いいや? 言わなくても出るぞ』
「……じゃあ、なんで!」
『いやあ、魔法の鎧のセンサーで見てたけど、皆で恥ずかしい詠唱してるの、最高に面白かったぞ。1000年の研究の疲れが吹き飛んだわ』
「そっちから見えてたんですか!?」
『ああ。高画質で録画もした』
ルビーおじさんは、1000年の知性を嫌がらせに全振りしたタキオンへの怒りを込め、勢いよく通信を遮断した。




