爆炎の空と、千年の孤独
東の空は、もはや空とは呼べないほどに高密度の魔力と火線が交差する地獄と化していた。
10万のペガサスが翼を広げて空を覆い尽くし、その角からは絶え間なく白銀の電撃が網を張るように放たれる。一方、5万のドラゴンは喉奥を赤熱させ、巨大な火球を雨あられと吐き出していた。
対する10万の魔物の群れも、ただ屠られるのを待ってはいない。彼らの手には、放てば着弾と同時に激しい爆発を起こす「爆裂矢」が握られていた。無数の矢が放たれ、空中で炸裂する。しかし、その爆炎の中を国軍のペガサスやドラゴンは何事もなかったかのように突き進む。
彼らの直下には、ドラゴンの数と同数の魔法兵が陣を敷いていた。兵たちの精密な指揮と魔力障壁により、魔物の抵抗は虚しく霧散していく。状況は国軍の圧倒的有利。まさに蹂躙であった。
その最前線、巨大なドラゴンの尻尾にしがみつき、死に物狂いで空中を移動する二人の男がいた。
「ワーッ!速い、速すぎる!もうちょっとゆっくり飛べってんだ、このトカゲ!振り落とされるだろうが!こら、俺の言うことを聞け!」
絶叫するのはタキオンだ。追い打ちをかけるように、魔物の爆裂矢が彼の背後で次々と炸裂する。不死身の体を持つタキオンは死ぬことはない。だが、熱と衝撃、そして衣服を焼き尽くす炎の痛みは、常人と変わらず脳を焼く。
「痛い、痛い!」と半泣きでしがみつく彼の横で、フル装備の防具に身を固めたツキノワが、風に煽られながらも冷静に声をかけた。
「タキオン、だから防具を着ろと言っただろ。お前は重度のマゾか、それとも不死身であることをいいことに特殊なプレイでも楽しんでいるのか? そんな全裸同然の姿、全国の良い子には見せられないぞ」
「どこの良い子がこんな地獄絵図を見てるってんだよ! 俺はお前と違って、鎧なんか着てたら巨大ロボに変身できないんだよ!」
爆裂矢の火花を浴び、服が完全に燃え尽きながらタキオンは叫び返した。この滑稽で無様な男――だが、ここで彼の「正体」が初めて明かされる。
彼は、この世界の理の外側に手を伸ばした**「科学者」**だったのである。
【回想:知識の泉と不屈の千年間】
タキオンがこれほどまでに科学の知識に執着し、変身や機械技術に命を懸けるようになったのには、壮絶な過去があった。
かつて二人が挑んだ未踏のダンジョン。その最深部には、青白く発光する「知識の泉」があった。その傍らには、泉そのものが擬人化したような、クリスタルの椅子に座る美しい女性がいた。
彼女は、知性を持つ泉の「声」として警告を発した。
「ここは全宇宙の知識、そして失われた科学がまとめられた場所。けれど、中に入ろうなんて考えないでくださいね。この泉は『肉体消滅の聖水』で出来ています。浸かれば光の速度で肉体は消え、魂だけが永遠に漂うことになりますわ。命が惜しければ、あそこの水晶の柱の下を掘りなさい。一生遊んで暮らせるアダマンタイトが手に入りますよ」
強欲な冒険者たちはその言葉に耳を貸さず泉に飛び込み、瞬時に魂だけの存在となって消えていった。しかし、タキオンとツキノワは違った。彼らは「知る」ために泉へ飛び込んだのだ。
あまりの激痛に、再生能力が追いつかないと感じたツキノワは一度岸へ逃げ戻った。だが、タキオンは違った。
「痛い!痛すぎる!死ぬ!」
そう叫びながらも、彼は沈み続けた。光の速度で消滅していく細胞を、それ以上の速度で再生させ続け、強引に「生」を繋ぎ止める。一週間。タキオンは地獄のような苦痛の海を泳ぎ、ついに底に沈んでいた異星の知識を掴み取った。
這い上がってきたタキオンは、震える手で数十冊のノートを握りしめていた。
「ツキノワ……俺は、ここに住む。この泉から得たものを、全部俺の血肉にする」
そこからの日々は、狂気的な研鑽の連続だった。
別の星の言語を、たった一人で解読するのに500年。
その言語をもとに、一から基礎科学を組み立て直す研究にさらに500年。
唐突だが、知識の泉の美女とタキオンは恋仲になった、タキオンが泉にもぐりに来るたびに泉の美女を口説いていて、やっと去年両想いになれたのである。タキオンは違った意味でマッドサイエンティストである、泉の美女に至っては泉の知識は全て彼女の中にあるのだからタキオン以上にマッドサイエンティストであろう。
合計1000年という、想像を絶する歳月。
彼が今、ルビー(おじさん)に託した「棒」も、自身が開発したあらゆる機械も、すべてはこの不屈の1000年が産み落とした結晶なのだ。
空を焼く火柱の中、全裸で泣きべそをかく男の正体は、この世界の誰よりも永い時を「知」に捧げた、孤独な科学者であった。




