第29話 静かな嫉妬
「七瀬ってさ」
昼休み。
机に突っ伏していたところに、声が飛んでくる。
「付き合ったら結構甘えそうだよね」
「……は?」
顔を上げるとそこには、クラスの女子数人が私の周りに集まっていた。
「いや、なんとなく?」
「分かるかも」
「普段は普通なのに、恋人にはデレそう」
「ちょ、勝手なこと言わないで」
笑いが起きる。
(なんなの急に……)
「でも実際どうなの?」
「どうって」
「黒瀬さん相手だと甘えたりする?」
「しない!」
即答すると──
「早っ」
「絶対嘘じゃん」
「顔見れば分かるって」
「だから違うって……!」
必死に否定する。
その時。
「……楽しそうだね」
静かな声。
「っ」
振り向く。
凛花が、いつの間にか、すぐ後ろに立っていた。
「黒瀬さん」
「ごめん、七瀬いじめすぎた?」
「別に」
そう言いながら凛花は、真っ直ぐに私を見る。
でも。
(……なんか冷たくない?)
「ねえ七瀬」
「な、何」
「ジュース買いに行こ」
「え?」
返事を待たずに、腕を引かれる。
「ちょ、凛花!?」
そのまま教室を出る。
廊下。
しばらく無言。
「……怒ってる?」
「怒ってない」
即答。
でも。
(絶対怒ってるやつじゃん……)
「……凛花」
「何」
「歩くの速い」
ぴたり、と足が止まる。
それから。
「……ごめん」
少しだけ、声が小さい。
そのまま、自販機の前。
「何飲む」
「え、あー……」
まだ少し空気が重い。
「ミルクティー」
「ん」
ボタンを押す。
沈黙。
缶が落ちる音だけが響く。
「……ねえ」
「何」
ジュースを受け取りながら聞く。
すると。
「距離、近かった」
「……は?」
「さっき」
少しだけ視線を逸らす。
「楽しそうだったし」
「いや、普通に話してただけで――」
「分かってる」
言葉を遮られる。
「でも、嫌だった」
「っ」
静かな声。
怒ってるわけじゃない。
責めてるわけでもない。
ただ、本当に嫌だったんだって分かる声。
「……嫉妬してるの?」
聞いてみる。
すると──
「してるよ」
即答される。
「え」
あまりにも迷いがなくて、逆に固まる。
「だって、お姉ちゃん私のだし」
「その言い方やめてって……」
「やだ」
少しだけ、不満そうな顔。
「……重い」
「知ってる」
最近、そればっかり。
でも。
「……別に、あの子たちと何かあるわけじゃないから」
小さく言う。
すると。
「うん」
凛花は頷く。
「分かってる」
「じゃあ――」
「でも嫌なものは嫌」
「……子供」
「お姉ちゃんが悪い」
「なんで」
「可愛いから」
「っ……!」
不意打ち。
「そういうのさらっと言うの禁止!」
「本当のことだし」
くすっと笑う。
さっきまでの空気が、少しだけ柔らかくなる。
「……はぁ」
思わずため息をついてしまう。
「ほんと、面倒くさい」
「うん」
否定しない。
その代わり。
「でも、お姉ちゃんも嫌じゃない」
「……」
図星。
「……ずるい」
小さく呟く。
すると。
「知ってる」
またそれ。
帰り道。
「ねえ」
「何」
「手」
「は?」
「繋ぐ」
「なんで当然みたいに言うの……」
「嫌?」
少しだけ、不安そうな目。
それを見た瞬間。
(……ほんとずるい)
小さく息を吐く。
それから。
「……少しだけなら」
そう言って、手を伸ばす。
すると、ぱっと表情が明るくなる。
「嬉しい」
「子供みたい」
「お姉ちゃん限定だから」
「それ、全然嬉しくないんだけど」
笑い声。
繋がった手は、少し熱い。
でも、振り払いたいとは、思わなかった。




