第23話 答え
(……なんで、あんなこと言ったの)
昨日のことが、ずっと頭から離れない。
“もう縛らない”
“好きにしていい”
あの言葉。
(……そんなの)
凛花に言われたことを考えながら教室に入る。
室内は静かというか。
(……普通すぎる)
ざわつきも、視線も、いつも通り。
でも、一番違うのは──
「……」
凛花が、来ない。
いつもなら。
当たり前みたいに隣に来て。
距離を詰めてきて。
何かしら言ってくるのに。
今日は、何もない。
「七瀬ー」
「っ」
呼ばれて顔を上げる。
昨日の男子。
「おはよ」
「……おはよ」
普通に、話しかけてくる。
普通に、距離が近い。
(……普通)
「今日さ、放課後――」
「無理」
食い気味で答えていた。
「え?」
「ごめん、無理」
それだけ。
「……そっか」
少しだけ困った顔で、離れていく。
(……違う)
違う。
違うのは、分かってる。
「……はぁ」
小さく息を吐く。
(こんなの、全然落ち着かない)
昨日までの方が、よっぽど――
「……七瀬」
「っ」
聞き慣れた声。
振り向くと凛花がいた。
でも、少しだけ距離がある。
「何」
「プリント」
それだけ言って、差し出される。
「……ありがと」
受け取る。
それで終わり。
(……それだけ?)
何も言ってこない。
距離も、詰めてこない。
「……それだけ?」
気づけば、聞いていた。
「何が」
「いつもみたいにさ」
「何それ」
少しだけ、笑う。
「いつもって?」
「……」
言葉に詰まる。
(……そういうとこだよ)
「別に」
あっさり。
「好きにしていいんでしょ」
「……っ」
それ、自分が言ったこと。
でも。
「……やだ」
気づけば、口に出ていた。
「……え」
凛花が、少しだけ目を見開く。
「やだ、それ」
心臓が、うるさい。
止まらない。
「好きにされるの、やだ」
「……なんで」
「分かんないけど」
でも。
「……嫌」
それだけは、はっきりしてる。
静かになる。
周りの音が、遠い。
「……じゃあ」
凛花が、少しだけ近づいてくる。
「どうしたいの」
「……っ」
逃げられない。
でも。
「……わかんない」
また、それ。
「でも」
一歩、近づく。
「分かってることはある」
「何」
「……一緒にいたい」
「っ」
言った。
言ってしまった。
「他の人じゃ、なんか違って。落ち着かなくて……凛花といるときが、一番」
声が、少しだけ震える。
「……いい」
沈黙。
凛花は、何も言わない。
ただ、見てる。
逃げられない。
「だから」
もう一歩。
距離を詰める。
「……好き、なんだと思う」
「……っ」
やっと、出た。
はっきりした言葉。
心臓が、壊れそうなくらい鳴ってる。
「ちゃんとは、分かんないけど。でも……凛花がいい」
それだけ言い切る。
長い、沈黙。
それから。
「……遅い」
ぽつりと、凛花が呟く。
「は?」
「もっと早く言ってよ」
少しだけ、拗ねた声。
でも。
次の瞬間。
ぐっと、距離が詰まる。
「っ」
「逃げないでって言ったのに」
「逃げてないし」
「逃げてた」
即答。
「でも」
少しだけ、笑う。
「ちゃんと来たから、許す」
「何それ……」
呆れた声が出る。
でも、嫌じゃない。
むしろ。
「……ほんとに、もう」
小さく呟く。
そのまま。
凛花が、さらに一歩近づいてくる。
「じゃあ」
すぐ近くで。
「もう、私のものでいいよね」
「……は?」
最後まで、それ。
「冗談」
くすっと笑う。
でも。
「半分くらいは本気」
「どっちだよ……」
呆れながら。
でも。
「……いいよ」
小さく、答える。
「っ」
今度は、凛花が一瞬止まる。
「……何それ」
「分かんないけど」
少しだけ、笑う。
「そうしたいって思ったから」
沈黙。
それから。
「……ほんと、ずるい」
小さく呟いて。
そのまま「好き」と耳元で、囁かれた。
「……っ」
何も言えない。
ただ、心臓の音だけが、やけに大きかった。




