第17話 我慢の限界
教室に入った瞬間。
また、視線。
(……ほんと、慣れない)
昨日よりも、少しだけ多い気がする。
小さく息を吐いて、自分の席に向かう。
「七瀬」
「……何」
顔を上げる。
昨日と同じ子。
少しだけ距離を取りながら、立っている。
「昨日さ、ごめんね」
「え?」
予想外の言葉に、少しだけ戸惑う。
「急に誘っちゃってさ」
「あー……別にいいよ」
「でもさ」
少しだけ、言いにくそうに続ける。
「やっぱ、気になって」
「……何が」
「黒瀬さんとのこと」
(……やっぱり、それか)
「別に、何もないって」
いつもの返し。
でも。
「ほんとに?」
まっすぐ見られる。
「……ほんとに」
一瞬の沈黙。
「じゃあさ」
少しだけ笑う。
「今日、一緒に帰ろ」
「……は?」
「昨日のリベンジ」
軽いノリで言う。
「ほら、今度こそ断らないでよ」
「いや、でも――」
言いかけて。
「いいじゃん」
ぐっと距離が近づく。
「ちょっとだけでいいから」
(……近い)
昨日よりも、少しだけ強引。
「……分かった」
小さく答える。
その瞬間。
ぴたり、と空気が止まる。
「へぇ」
低い声。
「今度は、いいんだ」
「っ……」
振り向く。
凛花。
机に寄りかかるようにして、こっちを見ている。
「黒瀬さんも一緒に来る?」
また同じ流れ。
でも、凛花は「行かない」と即答していた。
「……そう」
それだけ。
でも。
(なんか……違う)
昨日と同じはずなのに。
空気が、少しだけ重い。
「じゃあさ」
その子が、私の方を見る。
「七瀬だけでも――」
「……好きにすれば」
被せられた言葉。
「っ」
一瞬、息が詰まる。
「え?」
その子も、少し戸惑う。
「どうぞ」
笑ってる。
でも、全然、笑ってない。
「……じゃあ、放課後ね」
その子はそう言って、離れていく。
静かな空気が残る。
「……何」
耐えきれずに聞く。
「何って?」
「今の」
「別に」
それだけ。
でも。
「行くんでしょ?」
「……行くけど」
「そっか」
あっさり。
それだけで、終わる。
(……え?)
拍子抜けする。
もっと何か言われると思ってた。
「……何も言わないの」
「何を?」
「昨日みたいにさ」
「言ったら、やめるの?」
「……それは」
言葉に詰まる。
「ほら」
小さく笑う。
「意味ないじゃん」
「……っ」
何も言えない。
「じゃあ」
そのまま、距離を取る。
「行ってくれば?」
「……」
本当に、それでいいの?
聞きたいのに、聞けない。
───放課後。
「七瀬ー」
朝の子が手を振る。
「行こ」
「……うん」
並んで歩き出す。
「なんかさ」
その子が話し始める。
「黒瀬さん、怖くない?」
「……え?」
「なんかさ、あの目」
「……別に」
「いや絶対怒ってたって」
(怒ってた……?)
思い出す。
あの時の顔。
(……分かんない)
「まあいいや」
軽く笑う。
「今日楽しも」
「……うん」
そう答える。
でも。
(……なんか、落ち着かない)
視線を感じる気がする。
振り向いても、誰もいないのに。
帰り道。
「ねえ」
「何?」
「七瀬ってさ」
少しだけ、距離が近づく。
「意外と話しやすいね」
「そう?」
「うん」
そのまま。
腕に、軽く触れられる。
「っ」
反射的に、体が強張る。
(……近い)
でも。
それ以上に。
(……違う)
何かが、違う。
さっきまでの距離と。
凛花との距離と。
全然、違う。
「どうしたの?」
「……なんでもない」
少しだけ、距離を取る。
「えー、避けた?」
「違うって」
軽く笑ってごまかす。
でもこれ以上ら無理。
「ごめん」
気づけば、口に出していた。
「やっぱ、ここで」
「え?」
「用事、思い出した」
苦しい言い訳。
「えー、マジ?」
「ごめん」
それだけ言って、離れる。
少し早足で歩く。
心臓が、うるさい。
(……なんで)
自分でも分からない。
ただ、さっきの距離が嫌だった。
「お姉ちゃん」
「っ!?」
足が止まる。
振り向く。
───凛花。
少しだけ息を切らして、立っている。
「……なんで」
「迎えに来た」
当たり前みたいに言う。
「なんで来るの」
「だって」
一歩、近づく。
「行くって言ったのに」
「……っ」
「結局、来たんだ」
「……来たけど」
「なんで?」
「……別に」
視線を逸らす。
「嘘」
即答。
「顔に出てる」
「……何が」
「嫌だったんでしょ」
「……っ」
言い返せない。
「ね」
距離が詰まる。
「私以外とああいうの、無理でしょ」
「……違う」
反射的に否定する。
「じゃあ、なんで戻ってきたの?」
「それは……」
言葉が出ない。
「ほら」
小さく笑う。
「分かりやすい」
「……ほんとに、もう」
小さく呟く。
「最初から」
そのまま、隣に並ぶ。
「断ればよかったのに」
「……うるさい」
でも、否定できない。
少しだけ、間。
静かな帰り道。
「ねえ」
「何」
「さっきの」
少しだけ、声が落ちる。
「触られてたやつ」
「……は?」
「嫌だった」
「……っ」
「私が」
一瞬、言葉が止まる。
それから。
「すごく」
「……」
何も言えない。
「だから」
少しだけ、距離が近づく。
「もう、我慢しない」
「……は?」
「学校でも」
そのまま。
「やめないから」
「ちょ――」
「お姉ちゃんが悪い」
「なんでそうなるの……!」
くすっと笑う。
でもその目は、全然冗談じゃない。
「……ほんとに、もう」
小さく呟く。
でも、少しだけ嬉しいって思ってる自分がいることに気づいてしまった。




