第14話 視線の先にあるもの
教室に入った瞬間、いつも通りの空気が広がっていた。
ざわざわとした声、椅子を引く音、誰かの笑い声。
───いつも通り。
(……のはずなんだけど)
なんか、落ち着かない。
理由は分かってる。
昨日のこと。
それと、さっきのこと。
席に座ると同時に、小さく息を吐く。
その時。
「七瀬」
「っ」
反射的に顔を上げる。
───凛花。
何でもないみたいな顔で、私の横に立っていた。
「おはよう」
「……おはよ」
それだけ。
それだけなのに。
近い。
(だからそれ、やめてって……)
言えないまま、視線を逸らす。
「七瀬ってさ」
前の席の子が振り返る。
「黒瀬さんと仲良くない?」
「……は?」
思わず変な声が出た。
「いや、最近よく話してるじゃん」
「別に普通でしょ」
すぐに返す。
「そう?」
その子は、ちらっと凛花を見る。
「黒瀬さんってあんまり人とつるまないじゃん」
「……」
「なのに七瀬には話しかけてるしさ」
「それは――」
言いかけて、止まる。
「仲いいんだなって思ってた」
「……そんなことないって」
少しだけ、強めに言う。
その瞬間。
「そうだよ」
横から声。
「……仲良くないよ」
「っ」
一瞬、息が詰まる。
「え、そうなの?」
クラスメイトが首を傾げる。
「うん」
凛花はあっさり頷いた。
「普通」
その言い方が、妙に引っかかる。
(普通……?)
昨日のこと、全部なかったみたいに。
「じゃあさ」
その子が少し笑う。
「なんでそんな近いの?」
「は?」
思わず声が出る。
「だってさっきから距離近くない?」
「……っ」
一気に、周りの視線が気になる。
(やば……)
「別に」
凛花は変わらない。
「これくらい普通でしょ?」
「普通じゃないって」
すぐに返される。
「黒瀬さんがそんな距離で話してるの見たことないし」
「……そう?」
本気で分かってないみたいな顔。
(いや絶対分かってる……)
「七瀬はどう思ってんの?」
「え?」
急に振られる。
「どうって……」
言葉に詰まる。
普通じゃない、って言う?
でも、それを言ったら。
「……別に、普通」
結局、そう答えてしまう。
「でしょ?」
すぐに重ねられる。
逃げ場がない。
「ふーん……」
納得してない顔。
「なんか怪しくない?」
「怪しくないって」
思わず強く否定する。
そのせいで、余計に怪しく見える。
(最悪……)
「ねえ」
すぐ近くから、声。
「っ」
顔を向けた瞬間。
近い。
さっきより、近い。
「ちょ、近――」
「そんなに嫌?」
小さい声。
周りには聞こえない距離で。
「……何が」
「私と、こうしてるの」
「……っ」
言葉が出ない。
否定しないといけないのに。
できない。
「ほら」
小さく笑う。
少しだけ、距離が詰まる。
わざと、見せるみたいに。
「やっぱ近いって!」
クラスメイトの声。
「ねえ絶対仲いいでしょ!」
「違うって――」
言いかけて。
「うん、仲いいよ」
「え?」
止まる。
「ね、お姉ちゃん」
「っ!?」
一気に血の気が引く。
(ちょ……!)
「え、今なんて言った?」
「お姉ちゃんって……」
ざわつく声。
やばい。
「……あ」
凛花が口元を押さえる。
「ごめん。間違えた」
「間違えた?」
「うん」
平然と続ける。
「家族みたいに仲いいって意味」
「いや今のは――」
「ね?」
ぐっと腕を引かれる。
逃げられない。
「そうでしょ、お姉ちゃん」
「……っ」
もう、無理。
「……そう、だよ」
小さく答える。
それしか言えなかった。
ざわつきは、完全には消えない。
でも、一応は収まる。
「紛らわしいって」
そんな声が聞こえる。
(……最悪)
心の中で呟く。
バレてはいない。
でも。
(これ、時間の問題じゃん……)
横を見る。
凛花は、何もなかったみたいに座ってる。
「……ねえ」
小さく声をかける。
「何」
「今の、わざとでしょ」
「さあ?」とぼける。
「バレたらどうするの」と小声で言う。
すると。
「別に」
あっさり返ってくる。
「バレてもいいし」
「は?」
思考が止まる。
「だって」
少しだけ、こっちを見る。
「隠す必要、ある?」
「……っ」
何も言えない。
「お姉ちゃんはさ」
静かな声で。
「私のものなんだから」
「……ほんとに、もう」
小さく呟く。
でも、嫌だとは――思えなかった。




