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第二話 呪われた訳 後編

胸糞あり。

『マリアンヌ、俺は必ず帰って来る』


『ええ待ってるわアルバート』

 これは懐かしい37年前の夢。

 私は戦地に赴く婚約者のアルバート・ウェーヴェルを凱旋門まで見送った。


 ナシス王国は突然攻めて来たノスカラ帝国に虚を突かれ、瞬く間に窮地に陥った。

 ノスカラは友好国だったとはいえ、ナシスは余りにも油断していたと言える。


 18歳だったアルバートは戦地に立った経験も無い、私と同じ貴族学校の一生徒。

 専攻は内政の実務、戦場で役に立つとは思えなかった。


『貞淑の誓い?』


『ええ、みんな婚約者を持つ令嬢は行うの。

 マリアンヌも』


『そうね』

 学友に言われるまま、私は貞淑の誓いを王国に願い出た。

 両親は反対したが、それがアルバートに対する愛の誓いだと信じて疑わなかったのだ...


『マリアンヌ逃げるんだ!』


『早く!貴女は誓いを立てた身、何かあっては呪いが!!』


『お父様!!お母様!!』

 そして迎えた運命の日。

 ノスカラ帝国は王都に進攻して来たのだ。

 既にナシス王国は各地で殲滅され、王都は丸裸。

 私達を護る味方は存在しなかった。


 呪いの事は知っていた、それがどれだけ恐ろしい結果をもたらすかも。

 私は同じく誓いを立てた学友達と王都の脱出を試みた。


『...居たぞ』

 逃げきれる筈が無かった。

 僅か半日、私達は朽ちた倉庫で隠れている所を敵兵に見つかってしまった。


『止めて!』


『イヤアアア!』

 極限の状態、血に飢えた敵兵にとって若い娘達は格好の餌。

 私達は忽ち奴等に凌辱の限りを尽くされた。


『あ...アアア』


『ハアアア...』


『な...なんだあ?』

 遂に恐れていた呪いが発動した。

 驚いた敵兵の顔、頭が真っ白に染まった私達は衝動を抑える事が出来ず、逆に襲い掛かった。


『もっと!』


『お願いよ!』

 純潔を散らした直後にも関わらず、血を流しながら、憎むべき男達に腰を振る。

 奴等には天国だったろう、しかし私達は理性を失った獣に過ぎなかった。


『な...なんて事を』


『あの方になんと詫びれば...』

 数時間後、一時の衝動が収まり、満足し眠る敵兵の中で私達は正気に戻る。

 地獄...これ以上の絶望は無かった...


『...ごめんなさい』


『何を!!』

 隣に居た友人が敵兵の剣を奪い、自分の胸に突き刺す。

 辺り一面に飛び散る血飛沫、止める暇さえ無かった。


『さようなら...』


『...先に逝きます』

 次々と倒れる仲間達、あるものは喉を、またある者は首筋を。

 私も敵の剣を握った。


『そうは行かねえ』


『離して!』

 意識を取り戻した男達が剣を奪い返す。

 こうして生き残ってしまった私を含めた数人の仲間達。

 更なる地獄が幕を開けた。


『...お願いよ』


『早くして!!』

 繰り返される性衝動。

 殺したい程憎い敵兵に媚を売り、身体を合わせ、収まると始まる地獄の記憶。


『あ...は...ハハハ』


『チッまた発狂しやがった』

 一人、また一人と発狂する仲間。

 その度に敵兵は仲間の髪を鷲掴みにし、外に連れ出す。

 しばらくすると血に濡れた剣を振りながら戻って来る。

 当然仲間の姿は無い。

 何をしたか、考える間でも無かった。


『お前は発狂しないな』

 性処理係として連行される私に敵兵が聞いた。

 男の問いに答える事が出来ない。

 たった一人、私だけが生き残ってしまったのだ。


『助かりたいか?』


(...どうでも)

 どうでも良かった。

 死にたいが、自殺も出来ない。

 舌を噛まない様に轡を噛まされ、全裸の私。

 食事も与えられず、髪も切られ、痩せ衰えた身体は体液にまみれ、たまに水をぶっかけられるだけだった。


 ある日、行軍の途中、敵兵の一人が私を連れ出し、ある建物に付き出した。


『おい!』


『何でしょう』


 中から出てきたのは一人の女性。

 その人は男を見た後、素早く私にも視線を送った。

 そこは王国内にある娼館で、戦禍の被害を免れていた。


『金貨二枚だね』


『三枚だ』


『分かったよ』

 値段交渉が終わる。

 こうして私は娼婦としての新たな人生が始まったのだ...


「...そうだったのか」


 鮮明な声に意識が引き戻される。

 目を開けると、私はベッドに寝かされ、傍らにはキラムと...


「...アウグスト」


 ダイムと名乗っていたアウグストが涙を浮かべ、私を見つめていた。


「話は聞いたよ」


「話?」


「うわごとで、全部」


「え?」


 慌ててベッドから身体を起こす、性衝動が起きたなら大変な状態に...


「大丈夫...アウグストさんがマリアンヌを」


 キラムが私の身体を押し止める。


 私の衣服は全て新しい物に改められていた。

 気だるい感覚。

 間違いない、私はアウグストと激しく...


「宿屋まで大変だったよ、キラムさんが宿を借り上げてくれたんだ。

 誰もマリアンヌの声を聞いちゃ居ないから安心してくれ」


「そっか...」


 それは良かったが、私の性衝動を一人で受け止めるなんて、やはり彼はそうなのか。


「俺は婚約者に貞淑の誓いをさせられた」


「させられた?」


 させられたって、自分の意思では無いのか?


「俺の婚約者は伯爵家の一人娘で嫉妬深い奴だった。

 婚約も無理矢理、誓いも無理矢理。

 考えてくれ、命掛けの戦場に赴く男が女を求めず、純潔...拷問だったよ」


「それは...そうでしょうね」


 戦場は理性を狂わせる。

 異常な状態を鎮める為、娼婦を求めるのはまだ理性を保っている方か。


「仲間が娼館に行くのを余所に、自分で処理をする。

 それはまだ良かった...それより許せなかったのは」


 アウグストの表情が苦悶に満ちる。

 一体何を言うのか?


「命からがら帰ってみれば、俺の家は滅ぼされて、婚約者は別の男...敵兵と結婚してやがった」


「...まさか向こうは...」


「アイツは貞淑の誓いなんかして無かったのさ、酷い物だよ。

 俺は狂った、気づけば、女の実家に怒鳴り込んでいたよ」


「それで?」


「取っ捕まって、無理矢理女を抱かせられた...

 近くを歩いていた浮浪者の老婆さ。

 これで呪われたんだ」


 余りに卑劣なアウグストの婚約者家。

 鬼畜の所業だ。


「俺が衝動を抑えられるのは奴等へ復讐する為。

奴等を殺そうとハムナ公国軍に入ったのもその為。

だが、奴等は姿を消していた。

俺は世界を周りながら奴を追ってるのさ。

ハムナ公国の使者として各地を周り、正気を保てないと感じたら、我慢出来なくなる前に」

「...私を抱く」


「申し訳ない!

 知らぬ事だったとはいえ、マリアンヌ様に何て事を」


 アウグストは床に平伏する。

 貴族に対する礼は良いのだけど。


「さっきも抱いたでしょ?」


「...それは」


「大丈夫よ、呪いの恐ろしさは分かってる。

 抗える物じゃない」


「...マリアンヌ」


 キラムは私の手をそっと握った。


「どうして私の事を?」


「ナシス王国でマリアンヌ・アンローダを知らない者は居ませんでしたよ」


「へ?」


 何の事?


「俺は辺境に暮らしてましたが、王都のマリアンヌといえば、美しく慈悲深い侯爵令嬢として知られてましたから、肖像画も出回るくらい」


「さすがです」


「ちょっとキラム」


 なぜが嬉しそうなキラム、それより...


「どうして私の性衝動が抑えられているのかしら?」


「...それは私にも分かりません」


「そっか」


 先程の様に狂った行動に出る事は最近、殆ど無い。

 アウグストの様に復讐を考えてはいない。

 私を犯した奴等はハムナ公国によって皆殺しにあったし。


「それよりマリアンヌ」


「何かしら?」


「本名で孤児院に寄付されるのは止めた方が」


「どうして?」


 キラムはなぜ止めるの?


「それは俺も賛成だ」


「アウグストも?」


「アマンの街で寄付するマリアンヌ・アンローダの名前は有名だ。

 ハムナ公国内でも聞く程にな」


「まさか...」


 孤児院に寄付を続ける謎の女マリアンヌ。

 その名が広がる事に恐怖を覚えた。


「マリアンヌの婚約者は確かアルバート・ウェーヴェルって言ったな」


「そうよ、37年前に死んだ私の婚約者、アルバート・ウェーヴェル侯爵ね」


 そんな事までアウグストに言ってしまったのか。


「アルバートは生きてるぜ」


「...嘘...」


 激しい衝撃に気を失いそうにる。


「本当だ、元サライ王国のアルバートはハムナ公国の公爵令嬢と結婚して、今も元気にしてるよ」


「アルバートが生きていた...」


 性衝動を必死で抑えた。

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― 新着の感想 ―
[良い点] アウグストがマリアンヌの恋人…という予想を上回る展開。俄然面白くなってきた。 [一言] 更新ありがとうございます。 きりっと締まった、よい語り口で楽しませて戴いております。互いに元婚約者…
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