本当にゲームの中だった 4
「あれ、七海じゃん。今終わり?」
「ガイクスだ。うん、補習やってきた」
「補習…」
学生寮入口でガイクスに会う。七海は疲れたぁと口にした。ユニフェからも宿題が出てしまった。今日は寝る前に本を読まなければならない。
「やっぱり貴族科の勉強って大変か?」
「大変だよ、だってみんな先生の話わかってるんだもん…たぶん、わかってないの私だけ。だからね、ユニフェが補習してくれるんだって」
「ユニフェ…生徒会長の?」
「うん!」
それから七海はガイクスにユニフェに教えてもらったことを話した。ガイクスは相槌も打たず七海の話を聞いている。楽しそうに笑う七海は一通り話終えると一息ついた。
「まぁ、でもクラスメイトとは仲良くなれてないけどね」
「一般科にくればいいのに…」
「それができたらなぁ。ガイクスがいたら、きっと授業も楽しいもんね!」
「そうだな。俺も楽しい」
「でしょ?絶対にぎやかそうだもん」
七海の笑顔をガイクスは見つめる。白い制服が夕暮れ時の空色に染まる。手を伸ばしかけ、そしてやめた。
「リリア」
「…え、呼んだ?」
七海は寮の入口に向かいかけていた足をとめる。振り向くとほぼ真後ろにガイクスがいた。
「お前…」
ガイクスは口を開く。伸ばされた手が七海の頬に触れる前に止まった。
じっと見つめてくるガイクスを七海は見上げた。ガイクスは七海の顔を見つめて、それから笑顔になった。
「まぁ、お前のことだからいじめとかは気にしないとは思うけどさ、何かあればちゃんと言えよ?」
「いじめはさすがに気にするよ…あ、そうだ、あのね、どうやら今度フェル様の夜会に招待される可能性があって…ガイクスならかわいいワンピースとかが買える場所知らない?」
「…は?」
かなりの間があった。フェルディアークの夜会とは、噂に聞くあれか、と一人思う。成績優秀者が呼ばれるご褒美の夜会があるのだという。貴族科一般科問わず状態があると聞く。貴族科との合同授業を受けることもあるガイクスは小耳に挟んではいた。だが、あれは成績優秀者のみだ。生徒会長による補習を受けていると言ったのは目の前の幼なじみだ。
ガイクスは悩む。フェルディアークは彼女を気に入ってはいるのだろう。
「知ってるし、お前もよく行く店だろう…明日行くか?」
「私もよく行く…どこだっけ…あ、明日はフェル様と街歩きするから、そこで買う。お店教えて」
「おぼえてないのか?」
「えーっと、ド忘れしちゃって。今授業のことで頭いっぱいだから」
「…そうか…そうしたら、ここだから」
ガイクスはノートを出すと一枚切り取り、店の名前を書いて七海に渡してきた。
七海はそれを受け取って店名を確認する。ガイクスを見るとぱっと笑顔になった。
「ありがとう、ガイクス。また何かあったら聞いてもいい?」
「あぁ。当たり前だろ」
「よかった。あ、ガイクスもいるの?」
「何に」
「夜会」
「…あー…まぁ、…うん」
「ほんと?!会えるの楽しみにしてるね」
七海はガイクスの手を握って、また明日ね、と口にする。手を振って女子寮に帰っていく七海を見送りながら握られた手を見た。小さな手、それからかすかな洗剤の香り、あれはいつもリリアが使っていた洗剤で間違いはない。
だが、ガイクスにはほんのわずかな違和感が生まれていた。だがその違和感の正体をガイクスはつかめないでいる。フェルディアークの夜会の招待状はガイクスには届いていない。侵入したら停学を言い渡される可能性もある。男子寮の自室に戻りがてら、ガイクスは夜会への侵入方法を考えていた。
「ユニフェ、やっぱりかわいかったなぁ…攻略キャラの中で弟みたいって声多かったのもわかる。年下敬語少年…しかも魔法と魔術の天才…下級貴族だけど飛び級でリリアの一つ上の学年で…はぁ、頭いいのうらやましい」
七海はベッドに転がってユニフェから渡された本を読む。魔法と魔術の違い、魔法属性について書かれている個所だった。文体がかなり優しいが、もしやこれは貴族の子供たちが読む本なのではないだろうか。
一度だけ読むのをやめるが、これ以上にわかりやすい教材もないかもしれないと思いなおし、七海は再度読み出す。だが、夕食後ということもあってとろとろと眠気がやってくる。
借りた本を枕にしてしまうのはまずいと思いなおし、しおりを挟んでから机に置く。大きなあくびをしてから浴室に向かっていく。
「…リリアたんの推し店か…どんなところだろう。さすがにゲームのお買い物シーンって、カテゴリ選んでリリアたんを着せ替えていくものだったから、お店の名前とか内装とか出てなかったんだよね。てか、夜会って何を着るべき」
ドレスなんて親戚の結婚式しか着たことはない。しかもそれは貸衣装だった。花嫁を引き立てるためのドレスであって、自分が選んだわけではないからなおのことわからない。
明日フェルディアークと街を歩いたときに店に行けばいいアドバイスがもらえるだろうか。頭からシャワーを浴び、髪を丁寧に洗う。部屋に設置されたシャンプーは低刺激のもののようで、七海の肌に合う。香りも優しいものでお気に入りだった。
「ヘアメイクとか自分でやらなきゃだめかな…そんな器用なことできないし…ぼさぼさになったらむしろフェル様に笑われるよね…あー、どうしよう…」
七海は普段ポニーテールで学校に通っていた。時折友人たちが七海の髪をアレンジしてくれたが、もともと手先が器用ではなかったのと、頓着しなかったために自分の髪を自分でいじるなどしたことがなかった。
「ハーフアップぐらいならできそうだけど…それでいいかな…街に行ったらヘアアクセも買って誤魔化せばいいし」
シャワーを止めて浴室から出ていく。体を拭いてパジャマに着替えた。
水回りの正面にちょうど寝室がある。ドアを開け、ふかふかのベッドに七海は倒れこんだ。
明日はシグルドが迎えに来るという。また教室に来るんだろうかと考えると少々げんなりと気落ちしてしまう。シグルドに生徒たちの注目が集まり、彼が七海を迎えに来たと知ればまた騒ぎになるだろう。
授業が終わったらシグルドが来る前に教室を逃げ出してあまり人目につかないところで彼を待てばいいだろうか。シグルドと連絡を取る方法などないが、あの男なら七海を見つけ出しそうだという変な確信を持っていた。
七海はとろとろとやってくる眠気に身を預ける。枕に頭を預けて、七海は夢の世界に堕ちていった。




