閑話休題
その昔、セレスティアには人とともに神がいた。神々は人のために様々なものを生み出した。火の神は熱を、水の神は命を、光の神は昼を…人は増え、やがて文明も栄えるようになった。世界は豊かになった。
神々はそこで気がつく。人は弱い。ゆえに愛しい。だが、弱いゆえに争う。火は家や田畑を舐め尽くし、水はすべてを沈めてしまう。人は神に与えたられた力の大きさを、自らの力だと過信した。争いは絶えることなく続き、多くの嘆きもまた生まれた。あまりに大きすぎる力は人のためにはならない。神は相談した。人に地上を託し、人のために去るべきではないだろうかと。
光の神が言う。『人はまだ幼い』
火の神が言う。『それでも歩かねば』
風の神が笑う。『転んで覚える』
水の神が嘆く。『傷つくでしょう』
闇の神が言う。『それもまた生だ』
神々の目がある一人の神に向けられた。世界が生まれたときからいるのに何も話さず、何もなさず、ただ静かに見守るだけだった。人は声を聞くことも、姿を見ることもなかったその神のことを無の神と呼んでいた。長い沈黙のあと、無の神は初めて口を開いた。
『人は、神より強い』
重く、短いひと言だった。神々は驚いた。
『失うことを知っているから』
神は永遠を生きる。だから終わりを知らない。だが、人はそうではない。終わりがあるからこそ、一つ一つの出会いを大切にしていく。そしてともに生きる相手を見つけ、手を取り合い、愛し合う。
無の神は続けた。
『人にとって我ら神は縋るもの。だが、我らがいなくなれば人は互いに手を取ることができるようになる。争いはなくならないかもしれないが、今ほどひどくもならないだろう』
静寂がすべてを物語る。神々は地上を去ることに決めた。
だが、神々はそれでも人を愛していた。自らの力の残滓を人々に与えて魔力とし、愛した人々に力の一部を欠片として渡した。これが後に"加護"と呼ばれるようになる。
無の神は何を残したのか。それはどんな伝承にも歴史書にも残らない。だが、最後、神々が地上を去るときに最後まで彼らを見送った幼き子がいたと言う。嘆くこともなく、怒ることなく、祈ることもなく、子供はそこに立っていた。無の神はその子供に近づき、その額に触れて微笑んだ。神々のなかでもっとも静かな神が、そのときだけは確かに微笑んだという。
『お前たちに託そう』
そうして神代は終焉を迎えた。
何千年もののち、人は神が去ったという空に向けて祈りを捧げるようになる。それが、今日の星辰祭の始まりだという。
―――――セレスティア神話。




