美しい…生フェル様… 2
学園内は、貴族科・一般科と二つが存在している。一般科は平民からの特待生である。貴族のように王宮で働くことはできなくとも、市政を担う存在になるための教育がされる。
また一部一般科でも特に優秀と認められた生徒は貴族科の授業に特別参加も認められる。
基本的に授業の場所は分かれているが、中でも剣の訓練場は一般、貴族かかわらず使用することができるが、主に使っているのは王宮騎士団へ将来的に入ることが決定している生徒たちだ。そして学園の守護を任じられている騎士団の訓練場でもある。
剣の訓練場の入口を入り、見学の受付を済ませると七海は訓練場を見渡せる客席に座った。フェルディアークとの待ち合わせはまだだ。
「そういえば、シグルドは学園の騎士団長だったね。がっちり目の肉体で、頭剃ってない野球部員っていう印象だったけど、フェル様よりも身長は高くて腕も太くて、あと怖い…物理的に」
「誰が怖いって」
「シグルド……」
足にひじをついてぼんやりと訓練場を眺めていたときに聞こえた低い声に反応する。客席最前列は座っていると訓練場に立つ生徒と目があう高さにあった。剣のような鋭さを秘めた群青色の瞳が七海を見ている。ブルーグレーの髪が汗で濡れている。むき出しの首筋は太く、筋が通っている。客席と訓練場を隔てる金網にかかった指も太い。
「お前、特待生だろ。フェルディアークと一緒にいた」
「…知ってるの?」
「お前がこの学園に入ってきてから、そちらから何度も声をかけてきただろう」
見た目だけで武闘派とわかるこの男はゲームの攻略対象の一人のシグルド=ヴァイルハルトだ。武門の家柄の嫡男で、フェルディアークとは昔からつるんでいる。これもまた顔がいい。恋愛ゲームであるだけに、攻略対象がことごとく顔がいい。目がつぶれかねない。
「なんだよ、訓練場に来て。お前、特待生でしかも女だから武芸の授業はないはずだろ」
「私とデートだ」
「は?」
七海に影ができる。顔を上げれば光が降り注ぐ。結わえていない髪が七海の目の前に垂れている。
「逆光でも美しいって罪ですね」
「褒めているのかな」
フェルディアークの笑いを含んだ声に我に返った。一段上の客席から七海のことを見下ろしている。涼やかな笑みが口元に浮かんでいる。
「フェルディアークと、デート…?お前が?この特待生と?平民なのに?」
「平民でも私にとっては少し違うんだ、シグルド。面白いしね」
「意味わかんねぇ。むしろあの女は…」
シグルドは言葉を切る。七海には見えないフェルディアークの目は笑っていない。婚約者の話はするなということだ。ため息をついたシグルドは勝手にしろと言い残して訓練に戻る。
フェルディアークは七海の隣に腰を下ろした。
シグルドは訓練していた何人かに声をかけて模造刀を構える。三人相手に立ちまわるつもりらしい。
さすがは王族の警護を任され、王様の信任も厚い家柄の嫡男ですね、と思いながら隣のフェルディアークを見る。
「君は剣が好き?」
「いや、どちらかというと素手が」
「素手」
ふふ、とフェルディアークは笑う。
二人並んでしばらく訓練を見ていた。
「…ね、フェル様」
「君は私を面白い呼び名で呼ぶね」
「……フェルディアーク様」
「ううん、さっきのがいい」
フェルディアークは七海を見る。緑の瞳は本当に楽しそうな色を宿している。七海を…ではなく、リリアを見る彼はこんなにやさしそうなのに、ユズフィーナとはなぜ仲良くなれないのか。
七海は膝を抱えてあごを乗せる。少しだけむくれた様子の七海をフェルディアークは静かに見つめる。
特待生として学園に入学してきたリリアをフェルディアークは最初から見ていた。空という特殊な力のせいで一般科ではなく、貴族科に入ることになった彼女だ。生徒会長ユニファ、王族護衛騎士候補にして学園の騎士団長シグルド、そしてフェルディアークにだけはリリアが貴族科に入った理由が知らされていた。ほかの貴族科の生徒たちは知らない。ゆえに、なぜ平民が貴族科にいるのかと悪い目を向ける。
「面倒なことだ」
「え?」
「なんでもないよ」
フェルディアークの独り言に七海は顔を向ける。だが笑顔を向けられた。眩しい。
スチルでも立ち絵でもそうだが、本当に顔がいい。線の細さといい、目鼻の整い方といい、このフェルディアークという男、朝から髭を剃ったりもなさそうだと思ってしまう。
恋愛ゲームのキャラクターに対して何を思っているのかと頭の中でツッコミはいれる。
「フェルディアーク様もいらしていたのですか」
「たまにはね」
「一緒にどうですか」
「試合か?」
「えぇ」
訓練官がフェルディアークの姿を見つけて近寄ってくる。剣の訓練は基本的に選択制であり、フェルディアークは選んでいない。訓練官の問いかけにフェルディアークは少し考える素振りを見せる。七海は彼を見た。
ゲームの中でフェルディアークは剣でも戦うし魔法も使う。かっこよかったな、と思い出していた。
この国の王子だし、いつかは戦いに出ることもあるのだろう。シグルドほどがっちりしているわけではない。体格だけならシグルドの半分ぐらいじゃないだろうかと思ってしまう。そんな彼も戦うのだ。机に座って書類仕事をしているだけが王ではない。
「訓練服の予備はあるかい」
「えぇ」
「リリア」
「はい!」
「見ておいで。シグルドよりもかっこいいところを見せてあげるから」
フェルディアークの手が七海の髪を一房取る。形と色の良い唇が軽く髪に触れて離れていく。七海の目が点になる。
自然とそんなことをやってのけるフェルディアークはやはり王子だ。かっこいい。
ユズフィーナと並ぶと最高の王と王妃になるのだろう。見たい。
フェルディアークは客席を離れて訓練服に着替えて戻ってきた。シグルドがフェルディアークの相手を務めるらしい。
「お前が相手なんて久しぶりだな」
「リリアにいいところを見せたいからね。本気で来るといい、シグルド」
「いいぜ、なまっちょろい訓練ばっかりで飽き飽きしてたんだ」
訓練場の空気が変わる。ぴりついた雰囲気に七海は身を乗り出した。シグルドとフェルディアークの対決などゲーム内でもなかった。レアではないだろうか。
模造刀がぶつかる。二人の魔力の波動が訓練場に広がった。フェルディアークは光と水、シグルドは炎と風をメインの魔力として持っている。三すくみの魔力と光の魔力の波動が空気を震わせ、七海のほうまで届く。
「わ、ぁ…きらきらしてる」
基本の魔力は強弱の差はあれど、だれもが持っている。そこから派生する力を使えるかどうかは個々の能力次第らしい。フェルディアークがふるった刀から氷の礫がシグルドに向かう。対するシグルドは刀に炎をまとわせて礫を溶かした。氷が溶けたことによる蒸気に目をくらまされたフェルディアークは隙をついて至近距離まで近寄ったシグルドの体当たりを食らう。
若干吹き飛ばされたフェルディアークは模造刀を地面に突き刺して耐える。
「うぉぉ!殿下とシグルドの対決なんてめったに見れるもんじゃないぞ!」
二人の勢いが増していく。フェルディアークの氷はその礫の大きさを増してシグルドに向かうし、シグルドの炎はより熱量を増やす。さすがに危ないと訓練官は二人から距離をとるようにほかの生徒に告げる。
フェルディアークの頬をシグルドの剣先がかすめて赤い筋を作る。かと思えばシグルドの首筋にも赤いラインができた。勢いの増していく二人に七海は息を止めて見守るほかでいなかった。
「少し力が落ちたんじゃないか、シグルド」
「そういうお前は魔力のキレがなくなったな」
息をつきながらフェルディアークは背筋を伸ばす。客席の七海のほうを見れば彼女は身動き一つせず自分を見ている。悪い気はしない。シグルドはフェルディアークの視線を追いかけた。変わった女だな、と思う。だが見られるというのは悪い気はしない。
シグルドは模造刀に力を込めた。風で炎の力を増す。模造刀そのものが炎へと変化した。
フェルディアークは軽く肩をすくめて見せた。金の髪が魔力に揺れる。
次が最後、と誰もが思った。フェルディアークの刀が本物のように光る。先に動いたのはシグルドだった。フェルディアークに向けて炎の刀を振る。大きく波打つ炎はフェルディアークを捕えようとした。だが、彼の光の魔力はそれを許さない。炎をシグルドのほうへと倍の力を加えてはじき返した。
「くっ…!」
受け止めたと思った。だが、シグルドが思っていたよりもフェルディアークの力のほうが強かった。押し返され、体勢を崩すとシグルドは後ろに倒れこむ。受け止められなかった力はそのまま飛んでいく。
「リリア!」
「あ…?え、こっちきて」
七海の目の前まで炎が迫る。悲鳴が聞こえた。
これは、死ぬやつでは、と七海は頭の中で考える。死んだらどうなる。ユズフィーナは。
彼女の笑顔が見られない。
「それは、いや!!」
客席にぶつかった炎の力は大きな爆発音を立てる。生徒の悲鳴を後ろに、フェルディアークは客席に向かった。魔力を使い、客席と訓練場の金網を飛びあがれば七海が座っていた場所を確認する。
「リリア!大丈夫か」
爆発の衝撃で煙が上がる。軽くむせながら七海がいたところへ向かう。
「リリ…」
「んー…びっくりしたぁ」
少し晴れた煙の向こうで七海は尻もちをついていた。七海の前にはガラスのような壁ができていた。七海の周囲は炎によって破壊されている。
「リリア…立てるか」
「あ、フェル様…はい」
手を差し出して声をかければ七海は顔を上げる。大きな怪我はなさそうでほっとした。七海はフェルディアークの手をつかむことなく立ち上がる。目を瞬き行き場のなくなった手を戻しながら七海を見た。
シグルドの炎、フェルディアークの光と、二つの魔力を組み合わせたものがぶつかったのにもかかわらず七海は無傷だ。それは七海の力のせいなのだろうとフェルディアークは考察する。
「すごかったですね、フェル様。もちろんシグルドも!あんなに強いなんて知りませんでした」
「あ、あぁ…シグルドはこの学園の騎士団に所属して…」
フェルディアークの言葉が止まる。七海の顔を凝視していた。
白く、細い首からつつ、と血が流れる。力がかすったのか、それとも客席の破片か。
「あ、っつぅ…」
今更ながら痛む。七海は自分の首に触れてそこから流れる血に気づいた。
「フェルディアーク、そいつは、ぶ…」
「リリア、失礼するよ」
「フェル様!」
シグルドの問いを聞かず、七海の返答を待たず、フェルディアークは七海を抱え上げた。人生初めての御姫様抱っこ、しかも本当の王子様に抱き上げられ七海は目を白黒させる。
『リリアたん、細いから重くはないけど、中身は私だし、重くない?え、ていうか、フェル様に抱っこされてる?なんで?』
七海の脳内で混乱は続く。七海を抱え上げたフェルディアークはそのまま訓練場を出て学園棟へと向かった。学生寮でもいいのかもしれないが、あいにくの休日である。対応できる人間がいないとも限らない。
「すまない…」
「何がですか」
「怪我を負わせてしまった。それも君の肌に…傷跡が残るかもしれない」
「そんなこといいんですよ。だって、フェル様のかっこいいところ見られたし」
七海の言葉にフェルディアークの背後に花が散る。七海は目が点になった。それは、好感度が上がった時の…と思い、彼のそばにある好感度メーターを見る。伸びている。プラスのほうに。選択肢を選んだわけではないのに、なぜ、と七海は思う。
フェルディアークは軽々と七海を抱えたまま救護室へと足早に向かっていく。
『これは、恋愛イベント…じゃない…だってこんなシーン知らない…そもそもこれはユズフィーナ様を救済するためにこのルートなわけで、断じてフェル様に恋したいわけではなくて…ねぇ待って、でも、王子様めっちゃいい香りするんだけど。』
自分を抱く固い腕と広い肩幅に七海はドキドキとする。ユズフィーナを思い出して理性を取り戻してはいるが、たぶん気を抜いたら危ういとも思っていた。気を抜いたら、フェルディアークに落ちかねない。オタクとはそういうものだ。
「リリア、救護室のドアを開けるから一度降ろすぞ」
「はい」
フェルディアークはそれはそれは丁寧に七海を下ろす。救護室のドアをノックするが返答はない。ドアノブを回すが鍵がかかっている。フェルディアークは舌打ちする。仕方ない、と再度七海を抱き上げて歩き出した。
「フェル様どこに…?」
「手当てができる場所だ」
それ以上は言わなかった。こんなイベントなかったはずだよ、と七海は内心で泣く。フェルディアークとのイベントをクリアしていけば、ユズフィーナと会えるはずだったのにどうしてこうなる。
どこに行くのかわからない。七海は前を向いたまま表情を変えないフェルディアークの顔を見つめていた。




