あなたは何が好きですか。 3
「お菓子と、お花と、あとお見舞いって何持っていくんだろう?」
七海は放課後、学園裏の温室へと歩いていた。昨晩フェルディアークが温室にはいれるようにしてくれると話していたからさっそくユニフェの見舞いに来たのだ。あわよくばユズフィーナにも会えないだろうかとほんのわずかに期待している。
少し足取りも軽く学園棟を横切ろうとした。
「だから、ガイクス、その魔術回路じゃ雷の属性の魔法は耐えられないだろ。だからやっぱりこっちの術式にしたほうがいいって」
「でも、それだと抵抗が大きくならないか。あまりに複雑にすると俺たちも扱いにくくなる」
「それならさ、二つの魔術回路を平行させてみたらどうだ。速さと正確さと…って、あ、リリアさんだ」
「本当だ。リリアさーん」
聞こえてきた声に思わず足を止めていた七海は声のしたほうを見る。一般科の制服が目に入り、リリアと呼ぶ声よりも先に赤茶けた髪が目に入る。
ー俺の幼馴染はー
七海の呼吸が一瞬止まった。それは向こうも同じようだった。七海の姿を見てそれから視線を逸らす。
だが、隣にいた二人はすぐに七海に駆け寄ってきた。
「この前の課外授業以来だな。怪我とかなかったか?森にガイクスと戻っていったから心配してたんだ」
「貴族科とは会わないし、リリアさんは魔導具の講義も見かけないから」
「あ、うん…ごめん、ね」
「ガイクスもさ、何があったかって教えてくれないから」
「本当だよ。生徒会長がまだ復帰してないってことぐらいしか噂になってないし」
アスターたちの言葉に七海は顔を曇らせる。かん口令のようなものがしかれたのだろうと判断はできる。ちらり、とガイクスを見た。ガイクスは七海のほうを向きはしない。
ー俺の幼馴染はどこへ行った。ー
七海は耳の奥でよみがえったガイクスの言葉に唇を引き結ぶ。ガイクスはまだ受け止め切れていないのがわかる。そして七海も、ガイクスの問いかけに明確な答えを出せていない。
「ごめん、私、行かなきゃいけないところあるんだ」
「そうなの?悪かったな、声かけて」
「ううん。また一緒に勉強しようね」
「待ってる」
ガイクスは結局一言も七海に声をかけなかった。胸が痛むのを見ないふりをしながら学園棟を出ていく。足元が石から土へと変わる。顔を上げれば、シグルドと入った温室が目の前に現れた。どうやらフェルディアークはすぐに術式を書き換えたらしい。七海は入れることにホッとしながら一人で温室へと立ち入る。
ユニフェはどこにいるのだろうか、とひとまず中心部に向かって足を進めていく。
温室はあの日と変わらない。名前も知らない植物が並ぶ。
「ユニフェ…」
名前を呼ぶ。ふわ、と七海のそばの花から光が浮かんだ。現代である牡丹のような大ぶりの真っ赤な花だ。浮かんだ光は揺らぎふわふわと飛んでいく。七海はその光の後ろを歩いた。
少し先に開けた空間が見える。机と椅子があった。温室の中央だ、と理解すると同時にベッドも見えた。光の膜に覆われたベッドで、そこにはユニフェが横たわる。少し駆け足になりながら膜に近づいていった。
「ユニフェ…まだ寝てる?」
膜に触れていいのかわからない。ユニフェの顔のそばに立つと七海はじっとその顔を見つめた。わずかに黄色がかった光の膜のせいで、ユニフェの顔色までは分からない。ゆっくりと上下する胸元だけが、彼がちゃんと生きていることを知らせる。
お菓子や花を机においてから七海はベッドのそばにしゃがみこんだ。意識が戻らない以外の傷などはきれいさっぱりない。ほっとした。
「よかった…あとは早く目が覚めるだけだね」
ユニフェが目を覚ましたらどうする。まずは謝って、それから少しだけお話ができたらいい。そのあとはもうユニフェを休ませるだけだ。
「…ユニフェ…本当に、ありがとう」
生徒会長なので、なんて言うユニフェの声が聞こえる気がした。軽く笑った七海はユニフェのまぶたがわずかに動き、開く瞬間を見た。
まだ焦点の合わない赤紫色の瞳が見える。
「ユニフェ!?」
思わず七海は光の膜に触れてしまう。パチン、と風船が割れるときのような音がして膜が消えた。思わずつんのめった七海はユニフェの上に倒れかける。だが七海の腕が後ろに引かれて倒れることは防がれた。
「たすかったぁ…」
「あなたは、病人にまた新しく痛みを与えるおつもりですか」
「…ユズフィーナ様…?」
七海をしっかりと立ち上がらせたユズフィーナはため息をつく。だが、ユニフェが目を覚ましていることに気づくとわずかにその表情が和らいだ。
「私は報告に行きますので、くれぐれも生徒会長に無理をさせませんよう」
「はい!」
七海はうなずく。ユズフィーナはもともと温室にいたのだろうか。七海を見てから静かに出ていく。七海はユニフェを振り向く。ユニフェも七海を見ていた。七海を目にすると顔に安堵の色が浮かんだ。
「……無事、でしたか」
「それは、私のセリフ!」
ユニフェの声は僅かにかすれていた。思わず突っ込んでから枕元にしゃがみ込む。ユニフェの顔色はまだまだいいとは言えないが、目を覚ましたのならば食事も取れるからすぐに良くなるだろう。
「…よかった…ユニフェが起きて」
「あれから、何日ですか」
「四日だよ。ユニフェ、魔力の欠乏で危なかったんだから。でもユズフィーナ様が温室の植物を使ってくれたの」
「…おそらくその植物たちはとても貴重なものなんですよ…?」
「でも、ユニフェの命のほうが大事でしょ」
七海の言葉にユニフェは言葉が続かない。言われたことのない言葉だ。七海は首を傾げている。
「倒せると思ったんです…あの程度ならば。多少の無茶も問題ないとばかり…予測が外れました…まだ、精進しなければなりません」
ほんの少し悔しそうにユニフェはつぶやく。七海は、ユニフェらしい言葉だと思う。
「…違うよ」
「え?」
「ユニフェが倒せなかったんじゃない。ユニフェが、一人で倒そうとしたからできなかったんだよ」
七海は口元に笑みを浮かべた。手を伸ばしてユニフェの前髪をかきあげて目を合わせる。
「ユニフェは生徒会長ですごいパワーで頭もいいから、なかなか言いにくいのかもしれないけど…『助けて』って言ってもいいんだよ」
「助けて…?」
「うん。一人で何でもやるんじゃなくて、誰かに手を貸してもらうの。私も、ユニフェの補習があるからちゃんと授業についていけるんだもん」
「…授業と魔物退治は違うでしょう」
「一緒。あ、いや、違うけど…でも、同じだよ。一人で頑張るのが当たり前のユニフェは、だれかを頼ってみてもいいんじゃないかな」
七海の言葉はユニフェにとって新鮮だった。誰かを頼ることなど考えたこともない。ましてや、学園の生徒会長として、ほかの生徒たちの規範であり、上に立って支えなければと思っていたからなおのことだ。ユニフェは口ごもり、ほんの僅かに眉を下げる。
「強い人って…強い魔法が使えたり、剣が強かったりする人のこともそういうんだろうけど、でもそういう人たちも一人では生きられないでしょ。『助けて』って言える人も、強い人だよ」
ユニフェの目が丸くなる。少しだけ体を動かしてユニフェは七海と向き合った。
変わったことを言う少女だ、と口にしないまでも思う。
「助けてと…言っても、嫌われませんか。弱い、と…思われませんか」
「嫌いにならないし、弱いなんて思わない。そんなことを思う人はユニフェの努力もすごさも知らない人だよ。それに、助けてって頼られたら、私すごくうれしい。まぁ、でも魔法使えるわけじゃないから、ユニフェが私に助けてなんていう日はないだろうけど」
「…そんなことありません」
ユニフェは首を振った。
七海は確かに魔法の使い方はなっていない。それは今基礎を知らないだけで、基礎を体に覚えさせればきっと使えるようになる。ユニフェはそう確信していた。それに、ユニフェが無茶をしたのも、七海がいたからだ。彼女があの場にいなければ、たぶん自分は自分ができることをしていなかった。
「…リリアさん…ありがとうございます」
「え、なんで?私何かした?」
「したからお礼を言っているんです」
ユニフェは、ふぅと息をつく。目を覚ましたばかりで疲れさせてしまったと慌てた七海は距離を取る。ユズフィーナはまだ戻らない。どうしようかと考えていればユニフェは体を起こそうとしていた。
七海はまたそばに戻りユニフェの背中に手を添えて支える。上半身だけ起こしたユニフェは七海を見てわずかに笑みを浮かべた。
「大丈夫ですよ…ほとんど魔力は戻ってます…ただ…」
「ただ?」
「その…」
ユニフェは口ごもる。その時、ぐぅぅ、とユニフェの腹部が音を立てた。一瞬の間の後何が言いたかったのかわかった七海はクスクスと笑う。ユニフェは恥ずかしそうに俯く。寝ていて何も食べてないのだから当たり前だろう。
七海は机に置いたクッキーを持ってくる。ユニフェの見舞いの品だ。缶詰めのクッキーを開けるとユニフェの顔が輝いた。
「食べる?」
「いいんですか」
「うん、ユニフェのお見舞いだから」
七海はクッキーが並ぶ缶を差し出した。ユニフェの目がどれにしようかと動く。目に留めたのは赤いジャムの入ったものだった。
一枚手に取る。四角い形の少し分厚いクッキーだ。
「あ、でもね…これ、平民街で買ったやつだからユニフェの口にあ」
七海が言い切る前にユニフェはクッキーにかじりついていた。軽いサクッとした音ともに口の中にあふれる果実の香り、ユニフェは目を丸くし、それからクッキーを咀嚼して飲み込んだ。
「おいしいです、リリアさん」
「ほんとう?よかった」
「…これは、手が止まらなくなりますね。軽くて、歯触りもよくて、たぶん味もいろいろあるのでしょう」
「きっとね!でも、ユニフェは起きたてだから一個だけだよ」
「えぇ」
ユニフェはわずかに笑う。七海は缶の蓋を閉じてからユニフェの枕元に置いた。
「リリアさん、よろしくて?」
二人の会話が途切れたところでユズフィーナの声がした。ユニフェとともに視線を背後に向けるとユズフィーナがいる。そばには医師と思わしきひげを生やした男性もいた。七海は立ち上がる。目を覚ましたユニフェの容態を見るのだとわかったからだ。
七海はユズフィーナのもとに向かった。
「あの…ユズフィーナ様…」
「なんでしょう」
「この前は、本当にありがとうございました!突然だし、シグルドがいたけど、勝手に入ってきて…」
「…確かに…本来であればあなたもシグルドも罰せられるべきことです。ですが、あなたは生徒会長の命を救おうとした。それで十分でしょう」
ユズフィーナは表情を変えずに告げる。それでも、ユズフィーナが冷静に七海とシグルドに指示を出してくれたおかげでもあるのだ。
「それで、私ユズフィーナ様にお礼を持ってきてて!平民街のものなんだけど…」
七海はポケットからこぶりな缶を取り出す。蓋にはかわいらしい小花があしらわれていた。小さなクッキーの詰め合わせだ。中は破損していないはずだ。ユズフィーナを見上げながら七海はその缶を差し出した。
「あの…これ、よかったら」
「……いだいてよろしいの?」
「はい」
ユズフィーナは小さな缶をそっと手に取る。投げつけたりはしないだろうが、気に入ってくれるだろうかと不安になる。
「…ありがとう。一人でいただくのはもったいないですわね…よろしければ、少しお茶でもいかが」
「え…?」
「生徒会長のお見舞いにいらしたのでしょう。どのみち少し時間はかかりますもの」
「ぜひ!!」
食い気味に返答した七海の顔が喜びに満ちた。珍しい生徒もいるものだとユズフィーナは思う。七海を椅子に導き、座ったのを確認するとユズフィーナは杖を振り、ティーセットを呼び出す。
普段使っている茶葉を、彼女が嫌いでなければよいのだけれど、と思った。




