あなたは何が好きですか。 2
フェルディアークは七海を連れていつぞやのガセポへと歩いてきた。昼間であれば生徒たちで賑わう中庭は今は静かだ。わずかに虫の声がする程度。
学園棟にはいくつか電気がついた窓があるがそれでも中庭は薄暗い。
「フェル様、どうされたんです?」
「ユニフェのこと、気になっているだろう?だから、教えておこうと思ってね」
七海を石造りのベンチに座らせたフェルディアークはその隣に腰を下ろす。七海の前に手のひらを出すと魔法陣が浮かんだ。ゆっくりと回転する魔法陣から光の筋が上り、映像を形作る。
それはベッドに横たわるユニフェだった。彼の体の周りを光の粒が取り巻き、時折ユニフェの体に入っていく。
「もともとユニフェは魔力の総量が下級貴族にしては多くて、まだ器が満たされないから目を覚まさないが、顔色は良くなったようだ」
「…よかったぁ…」
七海はふにゃとベンチにもたれた。七海とガイクスが行かなければ無茶はしなかっただろうか、と悔やむ。だが、行ってよかった、とも思う自分がいる。もし行かなかったら、ユニフェはあのまま倒れていたかもしれない。誰にも助けてもらうことなく、命を落としていた。
「近いうちに見舞いに行くといい」
「いっていいの?救護室?」
「いいや。リリアも行っただろう?あの温室だ」
「温室…でも、私あのときはシグルドに連れて行ってもらったようなものだよ」
「そうだったのか」
フェルディアークは少しあごに手をやる。顔の横を流れ落ちた髪がその表情を半分程度隠す。七海は何を言われるのかとじっと様子を見つめた。
「…ちょうどこの中庭の正反対にある。生徒たちが使う表門とは違う、裏門のそばだ。だが、あそこには少し特殊な魔法がかけられているから、リリアにも見つけられるように少しだけ術式を変えておこう」
「大丈夫なの?シグルドと一緒のときにお見舞い行くよ…?」
「いや…いい。問題はないから」
フェルディアークの微笑みに七海はほっと安心する。そしてぽろっと涙をこぼした。七海自身泣くつもりなどまったくもってなかった。だが、自分が思っていたよりもずっとユニフェのことが心配だったのだとわかる。ぽろぽろと静かに泣き続ける七海を見たフェルディアークは手に浮かばせていた魔法陣をそっと消すと七海の肩を抱き寄せた。
「ふぇ、るさま…ふく、よごれちゃう…」
「いい…今日はきれいなハンカチを差し出すことができないからな。それに、君も泣き顔を見られたくはないだろう」
フェルディアークはゆっくりと七海の背中に手を当てた。優しく背中をさするあたたかな手にほっとした七海はしばらく涙を流し続ける。フェルディアークと二人しかいないからこそできることだろう。
しばらくユニフェの無事を喜び、七海はフェルディアークの胸を借りて泣いていた。だが、やがて目元を赤くし、鼻をすすりながら顔を上げる。
「ごめんなさい、フェルさま…」
「いい。気にするな」
フェルディアークの制服の胸元が濡れてしまっていた。フェルディアークは苦笑するが、七海の目元に指を添わせる。びくっと七海は体を揺らすものの、フェルディアークを上目遣いに見つめる。
フェルディアークはじっと見つめていた。わずかに濡れた七海の頬をフェルディアークの手が滑り、顔の輪郭をなぞる。頬をたどり、あごのラインを撫で、親指が七海の唇に触れる。
「…リリア…」
フェルディアークの顔が近づく。七海は動けない。
『待って、これは、あの、私、はじめて…っ』
七海はぎゅっと目を閉じる。だが、予想していたことは起きなかった。目をゆっくりと開けるとすでに七海の顔からフェルディアークの手は離れており、彼は自分の顔を手で覆っている。フェルディアークの頭上にある好感度メーターが三つ目のラインにはいろうとしているところだった。
七海はドキドキと高鳴る心臓を落ち着かせようとした。フェルディアークの耳も夜の闇の中でもわかるほどに赤い。
「フェル様…?」
「あまり見ないでくれ…すまない…あまりに…その…」
フェルディアークという男にしては珍しく言葉が途切れ途切れだった。ゲームの中でフェルディアークは次期国王という立場もあってか、話すときも余裕があるように見えたし、恋愛ルートの中でもリリアをリードするように動いていた。告白だってスマートでときめいた。だが今はどうだろう。自分のしたことに対して驚いているようにも見える。
「本当にすまなかった。いったい何をして…」
「フェル様、ちゅーしようとしてた」
「っ!!」
フェルディアークがむせる。七海は半ば呆然としてつぶやいただけなのだが、フェルディアークは目を丸くして七海を見た。イケメンというのは驚いた顔もまたイケメンなのかと一部冷静な自分がいる中で、じわじわと自分が発した言葉を理解していく七海もまた真っ赤になった。
二人そろって黙り込んでしまう。だが、七海はゲームの中では見ることができなかったフェルディアークの年頃の表情が嬉しくもあった。
「ふふ…」
「リリア?」
ー私は、リリアじゃない。ー
ガイクスに告げた言葉がよみがえる。フェルディアークにそのことを言うのはまだはやい。
七海はフェルディアークの前に立つ。ベンチに腰掛けたまま七海を見上げるフェルディアークの前髪をそっとかきあげた。鮮やかな碧色の瞳が七海を見つめる。
じっとその瞳を見つめた七海はそっとフェルディアークの額に唇を当てた。
「今はこれだけね。フェル様、ありがとう!明日ユニフェのお見舞い行ってくるね」
「リリ…」
「おやすみなさーい」
七海はばっとフェルディアークのそばから離れると一目散に学生寮へと向けて走り去ってしまう。
フェルディアークは七海を止めることもできず、半ば呆然とその背中を見送っていた。だが、七海の唇が触れた額に触るとうつむいてしまう。口元が自然と緩む。こんな顔、シグルドにだって見せられない。護衛すらいない今でよかったと正直思う。
「まったく…君はずるいな…」
ー手に入れたい。
ふと、フェルディアークの心にそんな感情が浮かんでくる。
ーユズフィーナではなく、リリアを妃に。
「あぁ、それもいいかもしれない…」
フェルディアークは誰も聞いていない中庭で一人つぶやいていた。




