お前は誰だ
七海はぼーっと学生寮のテラスから空を見上げていた。
あの課外授業から二日が経った。授業の翌日は参加した生徒は休校となったが、今日は授業に出ていた。ユニフェもいない今補習がないため、七海は学校を終えるとすぐに寮に帰ってくる。
ユニフェが目を覚ましたという連絡はない。ユズフィーナは、目を覚ましたら伝えます、と言ってくれたが果たしてどうだろうか。
アイリスやローリエたちは目立った怪我もなく、教師と騎士団、ユニフェの信号を見てやってきた王宮騎士団に守られて帰ってきたらしい。騎士団は森の調査もしたというが、おかしなところはなかったとのことで、王都にある魔法塔とさらなる調査をしていると聞く。
「本当…もうゲームじゃないよ…」
何度考えても七海が遊んでいたゲーム以上のことが起きている。異世界転生だと、自分のゲームの知識が役に立つと思っていたのに、役に立たないばかりで情けなくなってくる。
ゲームの知識が生きないのならば、七海はどうやってユズフィーナの断罪回避を目指せばいいのだろうか。考えても考えても答えは出ない。
「リリア」
「…ガイクス。どうしたの」
「明日、学校終わったあと少し時間もらえるか」
「明日か…うん、いいよ」
「なら学校終わったら正門のところで待ってるから」
「わかった。どこかに行くの?」
「あー…適当に歩こうかなって。話もあるし」
「そうしたら、平民街回りたいんだけどいい?」
「なんでだ」
「ユズフィーナ様がね、ユニフェのことを助けてくれたの。だから、お礼探したいんだ」
「貴族の令嬢が好きそうなやつが平民街にあるとは思えないけどな…まぁ、わかった。じゃぁ、平民街に行こう」
「うん」
ガイクスは少し七海を見つめる。だが、それ以上は何も言わずに男子寮へと戻ってしまう。七海はその後ろ姿を見つめた。
シグルドの怪我の調子はどうだろう。昨日も今日もシグルドと顔を合わせてはいない。学年が違うのだから当たり前だが、気にはなる。フェルディアークを探して声をかければ、もしかしたら教えてくれるかもしれない。
だが、聞きに行く勇気もまた七海にはなかった。
「どうしようもないじゃん、私…」
重たいため息をつき、七海は部屋に戻る。
その翌日、相変わらず学校は何事もなく終わり、放課後に正門の前に七海は足を向けた。
ガイクスはすでに待っている。駆け寄ると少し目を細めて七海を見たが、そのまま二人で並んで歩き出した。
「買うもののめぼしはついてるのか」
「うーん。以前フェル様と歩いた時にはハンカチとか、お菓子とかちゃんと見る暇がなかったから…私がお礼って言ったら、そのあたりなんだよね…」
「お前がお礼なんて言葉を言うようになるなんて思いもしなかった」
「えー。普通お世話になったらお礼しない?だって迷惑かけたんだよ。ユニフェを助けてもらうためになんか貴重そうな植物まで使わせちゃったし…ユズフィーナ様の手も汚しちゃったし…」
「変わったな、リリア…」
「うん?」
「何でもない」
ガイクスの言葉に七海は首をかしげるが、平民街にはいれば店を覗く。ユズフィーナは侯爵令嬢だ。高級品に囲まれて生きてきたに違いない。下手なものは渡せないが、高すぎても七海では支払えない。
使ってもらわなくてもいい。少し心が穏やかになるようなものを渡せたら、と七海は思う。
ガイクスは七海の後ろをついて歩く。ショーウィンドウに飾られた布地を見て、これじゃない、とつぶやき、サンプルのお菓子を見て、かわいいけど違う、と七海は首を振る。
「難しいね」
「お貴族様に渡すものはあきらめたらどうだ」
「いやだ。だってちゃんとお礼したいもん…作るってのは私不器用だからできないし…」
しょげる七海だが歩いていった先の建物をふと見上げた。
「…紋章がついてる」
「貴族が出資して作ったものだからな。あれは、孤児院。あの紋章は…あぁ、お前の好きな侯爵令嬢のだな」
大きな白ユリと三日月が円環の中にあり、その周囲を蔦が覆う。七海は目を丸くして紋章を見た。
「貴族の中にはこうして平民街に慈善事業で建物を作るもの好きがいる」
「もの好きなんかじゃないよ。慈善事業だとしても、こうやって作って…しかも、建物しっかりしてるし、荒れてないし、ちゃんと運営されてるんだなってわかるじゃない」
七海は孤児院を遠目に見つめる。
「お金なんて食べられるものでもないし…血のつながらない人にこうやってできるのすごいね。貴族の道楽だとか言われても、それがどうした、って言えるような侯爵家なんだろうなぁ…ほかの貴族の人はやってるの?」
ガイクスはきらきらと顔を輝かせた七海に少し意表を突かれるが、興味があるらしい七海にほかの貴族が建てたものを教える。
ユニフェのハッシュヴァルト家はほかの下級貴族と合同で平民用に簡単な本が読める図書館を、シグルドのヴァイルハルト家は平民街を守るための塀とそこに常駐する騎士団を支えているらしい。
話を聞いた七海は彼らの家らしいなと微笑む。
「あ、ガイクス、私あそこのお店が見たい」
「わかったから走るな。転ぶだろ」
「転ばないよー」
七海は木彫りの動物が看板を飾る店に入る。中には小さな置物が置かれていた。棚を見て回る七海はリスらしきものをかたどった置物を手にした。これがユズフィーナの机に置かれていたらかわいいかもしれない。首に細いリボンを巻いたらさぞかし愛らしいだろう。
手の上に置物を乗せてにこにことしている七海をガイクスは見つめている。
「ガイクス、これどうかな」
「いいんじゃないか」
「じゃぁ、これ買ってくる!」
「あぁ」
リスらしき置物を手にした七海は買いに行く。ラッピングも依頼して支払いを済ませた。
「ユズフィーナ様、喜んでくれるといいな」
「あとは何か買うのか」
「あと、お菓子」
「お菓子も買うのか」
「うん」
ラッピングされた置物を丁寧にカバンにしまうと店を出る。どんなお菓子がいいだろうかと悩む七海の隣を歩いていたガイクスはふと足を止めた。
「どうしたの」
「魔導具、新しいものが出てるなって」
「どんなやつ?」
「入っていいか」
「もちろん!」
ガイクスを先頭に店に入る。ガイクスは窓から見かけた魔導具を手に取った。七海からしてみるとそれはライターに近い形をしていた。いじっていいか店員に確認したガイクスはその魔導具をいじる。蓋を開けると青白い炎が出た。
「ライターじゃん…」
「なんだそれ」
「カチャって蓋を開けると中のオイルに火がついてぼって燃えるの」
「…ふぅん?でもこれは火がつくものじゃない」
「ついてるよ、火」
「触ってみろよ」
「やけどしちゃうじゃん」
「いいから」
ガイクスが七海に火を向ける。その目はからかっているわけでもなさそうだと七海は思った。
恐る恐る指を火に近づけた。熱いはずの火は熱くなく、むしろ冷たい。
不思議そうな七海にガイクスは教えた。
「水属性の火だ。水中でも使える。あとは主に暗闇で使う」
「どうして?水の中で使うのはまだわかるんだけど、暗闇だったら普通の火でもいいじゃない」
「熱くなかっただろ、これ」
「うん」
「暗闇には熱源を感知する魔物がいることが多いから、そいつらに感知させないための熱くない火なんだ」
「へぇぇぇ!」
「水の魔力は体の傷を癒すこともできるから緊急時の手当てにも使えなくはない…」
「やったことある?」
「ない」
ガイクスは魔導具をもとに戻して店を出た。七海はお菓子を売っている店を見つけると中に入っていく。いつ会えるかわからないため、できるだけ日持ちするお菓子を探す。クッキーにしようかマドレーヌにしようか、七海は悩んでいた。
ガイクスもお菓子を見る。色とりどりのキャンディが詰まった丸い瓶を手に持つとそれを購入する。
七海はまだ決められない。クッキーも花や動物の形があって悩むし、マドレーヌもプレーンがあるのは当たり前で果物の味やはちみつの味のものが用意されている。ユズフィーナの好みがわからない今、下手ものを買うよりも王道を買うべきだろうかと悩んだ。
「決まったか、リリア」
「うーん…決めた!プレーンのクッキーにする。お花だし。紅茶にあいそうだし」
「そうか」
「買ってくるね」
「俺は外にいる」
「うん」
七海はクッキーを三枚ほど手にしてまた買いにいく。ガイクスは一足先に店を出た。
しばらくして七海が店を出てくる。ユズフィーナへのお礼を買えて満足そうにしている。ガイクスを見て笑顔になる。
「学園に戻る前に少し歩くか」
「うん」
七海は大切にクッキーの入った紙袋と置物の袋を抱える。ガイクスは七海の頭を見下ろしつつ歩く。
「…リリア、覚えてるか。星辰祭のとき、お前とどっちがたくさん出店の食べ物食べられるか競争したこと。また今年もやるか」
「そんなことした?私、太るから食べ過ぎには気をつけてるよ、一応…おいしいものはつい食べちゃうけど」
「そうか…」
「どんなお店が出るかな。焼きそばとか綿あめとか、小さい頃はよく食べてたな」
「…お前は興味があるものを見つけるとそこにとんで行って迷子になってたな」
「興味があるから仕方ないよね!」
「それでよく転んだ。男より先に木に登って追いかけてみたり」
「木登り…したかな」
「…困ったことがあるとすぐに泣いて俺のところにきた」
ガイクスの歩みが止まる。七海も釣られて足を止めた。
ガイクスが七海を見る。痛みを耐えるような表情だった。
「…お前は、誰だ」
周囲の音がやんだ。七海はすぐには答えられない。
答えなければいけない。私は、リリアだと。
だが、目の前のガイクスはきっと何か思うところがあってそう聞いている。
いや。
違う。
彼は、気づいてしまった。
「お前は、リリアじゃない。なら、誰だ」
「ガイクス、私は…」
「…課外授業でお前が口にしていた"ゲーム"って言葉を俺は知らない。お前が話していた中身も理解できない。リリアは良くも悪くもまっすぐだ。好きなものには突進する勢いで向かっていく。そこに、自分が太るから、なんて理由は欠片もない。魔導具にも興味はない。リリアが好きなのは貴族が扱う魔法の方だから」
ガイクスの言葉が突き刺さる。
七海はリリアにはなれない。学園に入る前のリリアとガイクスの話など知らない。はじめはほんの小さな違和感だったのだろう。だが今はどうだ。
フェルディアークたちならば騙し通せたかもしれない。
七海は俯く。この世界はゲームの世界で、自分はそのヒロインであるリリアに転生したわけで、リリアではないことを伝えればいい。だか、七海はここが本当にゲームの世界だと言い切る自信はなかった。
ずいぶん長く黙っていたかもしれない。
顔を上げた七海は眉を下げていた。
ガイクスは、七海の次の言葉を聞くことが怖かった。
「理由は言えないし、詳しいことも話せない…今の状況は、私が知っている世界の流れと違うから…でも、ガイクス、あなたにはちゃんと言わなきゃいけない気がする…リリアのことを長く好きでいたあなたに、申し訳ないから」
七海は一度大きく息を吸う。
「私は、リリアじゃない」
ガイクスの息が詰まる。
何度か口を開き、閉じ、そして七海の腕を掴もうとするがすぐに手を引っ込めてしまう。
目の前にいるのは間違いなくガイクスの知るリリアだ。だが、中身は違う。顔も声もそのままなのに、リリアとは違うのだと自分のなかの何かが告げてくる。
「……そうか」
その声音には何の感情もない。
七海はうつむいてしまう。
「ごめん…」
「なんでお前が謝る…」
二人の間に沈黙が落ちる。日が傾き、二人の間に暗闇が落ちだした。
ガイクスは手を握りしめる。平民街の喧騒が少し遠くなった気がした。
「じゃぁ…」
ガイクスの声はとても静かだった。顔をあげてガイクスを見た七海は目を見開く。
泣きそうなほどに顔をゆがめたガイクスが七海を見ていた。
「俺の幼馴染はどこへ行った」




