課外授業でドキドキパニック 4
「なぜここに、ヴァルグが…!」
ユニフェは杖を構える。本来であればもっと王都から離れた場所に出現する魔物の声がした途端すでに警戒態勢には入っていたが、予想よりもランクの高い魔物にわずかな動揺が見られる。
「騎士団は生徒の避難経路を確保!先生方は誘導をお願いします。生徒会は迎撃用意を!」
ユニフェの声が飛ぶ。誰もが杖を取り出して魔法陣を浮かび上がらせる。ユニフェは杖を空へと向けると危険信号を放つ。森の木々のはるか上空で破裂したそれは王都や学園からも見えるはずだ。これで間違いなく王宮騎士団の救援がくる。
だが、ヴァルグの群れは数が多い。それもボスと思われる個体の体が大きい。あちこちで爆音とともに魔力が飛び散る気配がする。
風属性の魔力を帯びるヴァルグの動きは速い。入りたての生徒がどうこうできるものではない。
騎士団も動きに翻弄されているのがわかる。
「っ!リリアさんはどこに…っ」
ユニフェに飛びかかってきた個体に火の魔法をぶつけて瞬時に燃やす。だが、次から次へとヴァルグは飛び掛ってくる。舌打ちしたユニフェは懐に入れていた魔法具を投げつけた。轟音とともに周辺の木々が燃え上がる。煙に軽くむせてからユニフェは七海の姿を探した。
生徒たちが悲鳴を上げて走る。逃走を補助するように魔法を放つ。
「よっしゃっ」
「ひぇ…六人がかりで一体…」
「それも大半のダメージがガイクスの魔法具か」
煙の中から聞こえてきた声にユニフェは足を止めた。煙にむせ、涙をにじませた一般科と貴族科の六人はユニフェの姿を見ると安心したように駆け寄ってくる。ガイクスは拳銃の形を模した魔法具を持っている。己の魔力を通すことで魔弾として打ち出せる、魔法具の中でも扱いやすい代物だ。ユニフェに気づいた七海がすぐそばにくる。
「ユニフェ、大丈夫?」
「…私は大丈夫です。リリアさんたちは怪我などありませんか」
「ないよ!」
「よかった。では、皆さんは逃げてください。先生方と騎士団で森の入口まで誘導しています。ほかの生徒の姿は見えますね?ついていけば大丈夫です。」
アイリス、アスター、セージ、ローリエの背中を押して走らせる。七海の足が止まる。
「ユニフェは…?」
「ほかの生徒会役員とともに足止めをします」
「でも…」
「大丈夫。リリアさん、知識は人を救うためにあるものです。ならば今、この魔法とて同じこと。あなたたちを救うために使います」
ユニフェは笑みを浮かべて再び森の奥へ行ってしまう。
七海は不安げにその背中を見送る。だが、そばでまたうなり声がするとガイクスとともに走り出した。
学園の治安維持をする騎士団が生徒たちの避難経路を切り開く。一般科はおろか、貴族科の生徒もまともに魔物と戦ったことなどない。王都に出るはずもないものだからだ。
七海は息を切らしながら考え続ける。ユニフェのルートにおける課外授業の顛末と今との差異、このままもしユニフェが戻らなかったらどうなるのか。
「リリアちゃん!ガイクスくん!」
「アイリスちゃん…よかった…」
森の少し木々のない場所で生徒たちが集まっている。教師や騎士団もいた。アイリスは七海のもとに駆け寄ってくると首筋に抱き着いた。少し泥に汚れているが大きな怪我はなさそうだった。
「くそっ…結界をはる魔道具が動かない」
「そんな!まだ出口まではあるのに」
「ヴァルグもまだ気配がしてるし…」
「貸せ」
七海の手を離したガイクスが教師の手から魔道具を奪う。現代でいうサーチライトのような形状をしている魔道具を裏返し、蓋の部分を分解した。じっと中身を見つめると杖を出して光をともす。
「魔力回路が焼き切れてる…負荷がかかりすぎたんだ」
「直せるのか」
「代替ができる。別の魔道具であくまで一時的だけど」
ガイクスがポケットから出したのはペンだった。それから小さなライト。
二つを手早く分解するが、ペンに差し込んだ杖を慎重に引き抜く。七海の目には魔法陣が一つ杖先に見えた。
「ガイクス…?」
「魔道具の魔力回路は代用ができるものとできないものがある。結界用の魔道具は光属性の魔力回路を持っているからライトで代用ができる。だけど、ライトだけだと効果範囲が狭くなるから、ペンの魔力回路で補強して範囲を広げるんだ」
「すごい…平民なのに、そんなこと…」
「あんたら貴族は壊れたら新しいものを買えばそれで済むんだろうが、平民がそれをできると思うな。俺たちは壊れたら直す、そのぐらいできて当然だ」
ガイクスは出来上がった魔導具を教師に渡す。
七海はじっと森の奥を見ていた。ユニフェが戻らない。ばらばらと足音がしたかと思えば、ついてきていた生徒会の役員が息を切らしてやってきたのが見える。
「ユニフェは?」
「会長ならさらに出てきたA級の魔物を相手にしてて」
最後まで七海は聞かなかった。走り出して森に戻る。
「リリア!」
ガイクスが七海を呼んで追いかける。教師や騎士団の声がしたが二人は振り返らない。ユニフェがどこにいるかなんてわからない。だが、探さねばならない。
「リリア、落ち着け。お前まで戻るな!」
「だめ!行かないと…!ユニフェが…」
「行ってどうするんだよ。俺たちはB級ですら六人がかりでやっと倒せたか倒せてないかぐらいなんだぞ」
「ユニフェが死んだらゲームはどうなるの!?」
足を止めてガイクスを振り向いた七海の悲壮な言葉にガイクスの動きが止まる。
「ユニフェが死ぬなんてゲームの中ではなかった。でも、もし今ユニフェが死んだら?みんなこうやって息をして体温もあって笑ってるのに…死んだらどうなるの?この先のストーリも進むの?ちゃんと断罪までいけなかったら?私がここに来た意味がないの」
「リリア、なにいって…」
「ごめん、ガイクス…行かなきゃ」
七海はガイクスを悲しげに見ると走り出す。音がした。魔力らしき片鱗もある。ぱちぱちと静電気のようなものが体に当たる。
獣の唸り声もする。
魔法がまともに使えない七海が行ったところで足手まといになるだけだなんて痛いほどにわかっている。だが、ユニフェにもしも何かあったら、と思う。
つまずき、転びかけながらも走った。木の枝で切り傷ができる。それを気にしていられない。
やがて爆音とともに風が七海の体を押した。その場で踏ん張るものの後ろに身体が押される。追いついてきたガイクスが七海の肩を抱え込む。
「大丈夫か」
「この先にユニフェがいる…」
「本気か?」
「行かなきゃ」
風が収まったのを見計らい、七海は進む。ユニフェはいた。
だが、その前にはヒグマかと思うほどの巨大の魔物がいた。大きく裂けた口からはよだらが垂れ、振り上げた爪も太く鋭い。
「ユニ…フェ…?」
わずかな声だったと思う。ユニフェは余裕のない表情で振り向き、七海とガイクスの姿を見ると顔色を変える。
「逃げなさい!あなたたちを守る余裕はありません!」
「でも、ユニフェのほうが…!」
「いいからっ」
七海はその場から動けない。魔物の鈍い赤色の瞳が七海を射抜く。心臓をわしづかみにされるとはこのことだろうか。しゃがみこんでしまった七海の前にガイクスがかばうように立ちふさがる。大砲を縮小したような魔法具を魔物へと向ける。七海を追いかけてくるときに教師の持ち物から拝借していたのだ。
「リリア、動くなよ」
「ガイクス…」
ユニフェは息を切らした状態で七海たちと魔物を見比べる。魔物は新たな獲物に興奮している。ユニフェ一人ならば逃げることもできただろう。だが、ガイクスと七海が来てしまった。守らねばならない。それが、生徒会長としての自分の責務である。
「ガイクス・クローレン、あなたが持っているその魔法具は火属性の魔力を込めなければなりません…一瞬でいい。隙を作ってください。あなたなら、できますね」
「…できる」
「私の合図で打ち出してください。こいつは今、私とあなたたちとどちらを先に食べるか悩んでいるようなので」
ユニフェは自分の顔の前に杖を持ってくる。もう自分の魔力は底をつきかけている。無茶をしたのはわかっている。これ以上の無理もできないことも理解している。それでもユニフェはやる。
「守るための知識です…そのために、加護を持っているのだから」
杖を持つユニフェの腕を這うようにして魔術式が広がる。ガイクスの後ろから七海はそれを一瞬だけ見た。
「今です!」
「お…らぁっ!」
魔法具の魔力回路に自分の魔力を注ぎ込む。使い慣れたものではないが、魔法具の扱いならだれよりも得意だとガイクスは自負している。回路を通るガイクスの魔力が速さを増し、ユニフェの手を振りかぶった魔物の顔に炎の塊を打ち込んだ。ガイクスはその威力に一瞬目を見張る。
魔物がのけぞった拍子にユニフェは杖に込めていた風と火の魔法を同時に打ち出す。風により威力を増した火は魔物の顔を焼いた。だが、それで倒せるわけではない。七海たちを振り向いてユニフェは、逃げろ、と再び叫んだ。
「ユニフェっ!」
七海の悲鳴が上がる。怒り狂った魔物の爪がユニフェの体をたやすく吹き飛ばす。小柄な体が宙を舞い、木の幹に打ち付けられた。
木の根元に倒れた体はピクリとも動かない。七海はガイクスの背中から飛び出してユニフェの体に駆け寄る。着ている服は切り裂かれ、いたるところから出血している。抱き起こせば額から血が流れた。
「ユニフェ?ねぇ、ユニフェ!起きてよ!」
ガイクスが二人のそばに来る。七海とユニフェと背にして魔物と向かい合った。もう一度魔法具を使いたいところだが、先ほどの一発でガイクスの魔力が思った以上に減った。同じ威力を打ち出すことは難しいし、何よりも魔力回路に自分の魔力を流し込んでいる間に攻撃されかねない。
魔物は小さな獲物に反撃を食らったことで怒り狂っている。死ぬとしたら一瞬だろう。だが、七海に怖い思いをさせたくはない。血だらけの顔を怒りにゆがませ、三人に向けて魔物が大きく腕を振りかぶった。
ガイクスは、その爪が突き刺さるまで目を開いていた。




