課外授業でドキドキパニック 2
課外授業までの間、七海、アイリス、ローリエの貴族科三人と、ガイクス、アスター、セージの一般科三人は休み時間に都合がつけば顔を合わせて全員の苦手を共有していた。中でも七海の苦手分野が多すぎて、どうカバーしていくかという話が幾度も出た。だが、たかが一年生にできることなどない。ひとまずピンチのとき、七海は後ろに下がることに決まった。
「せめて私も一個ぐらい得意魔法があれば…」
「リリアちゃんは平民から貴族科に入ったわけだし」
「でも私、魔力も上手く使えないから魔法具だって使えてないし」
「この前暴発させてたな」
「あれは…魔力流しすぎて」
「魔法の練習してないの?」
「ユニフェに一人でやっちゃだめって言われてる…」
学生のために開放されているある教室の一つで、その日も六人は話をしていた。
しょげた様子でユニフェとのことを話した瞬間に場の空気が止まる。
「どうしたの」
「ユニフェって生徒会長の」
「うん。補習の先生」
「リリアの?」
「うん、先生。すごくわかりやすく教えてくれるから、授業が聞き取りやすくなったの。でも、今は課外授業の準備があるからってしばらく補習はお休みしてる」
ガイクスだけではなく、ローリエやアイリスが目を丸くしている。生徒会長のユニフェはそうでなくとも普段が忙しいはずだ。貴族科も一般科も含めた生徒数は決して少なくはない。途中離脱する生徒がいるにしても、その頂点に立つ生徒会長がどれだけのものかは聞き及んでいる。しかも、二年生、しかも飛び級。ゆえにアイリスたちよりも実は年下という話だ。
「俺たちも受けられるなら受けてみたい…」
「いいなぁ…魔法の天才だって言われてるよね」
「開発にかかわった魔法も一つや二つじゃないって聞いた」
「いつ寝てるのかわからないぐらいって聞いたよ」
七海はユニフェのことを思う。夜会のときも三時間ほどは寝たとは話していた。
自分が授業を頑張ればユニフェの補習を受けなくて済むし、もしかしたらその分ユニフェも眠れるかもしれないと考える。
「ね、アイリスちゃん…授業でわからないところ、聞いてもいい?」
「もちろんだよ」
アイリスの笑顔に七海はほっとした。
課外授業のときもそばにいてくれるという。七海は心強かった。
「でも課外授業ってどんな魔物が出るんだろう」
「スライムだな。魔物の中でもっとも弱いけど、群れると面倒だ」
「そうそう。スライムは最弱だけど、形を変えられるから、多く集まるとそれだけ倒すのが面倒になるんだよね」
アスターが聞こえた声に返答する。だが、この場にいる誰の声でもない。六対の目が教室のドアに向いた。
ドアを開けて教室を覗き込んでいたのはシグルドだ。シャツの胸元を開けて腕まくりまでしている。模造刀を持っているのと少し汗ばんでいる様子から剣術の授業を終えてきたところらしかった。
「リリア」
「シグルド…どうしたの」
七海は立ち上がってシグルドのもとに行く。シグルドは七海を見ると手を伸ばした。指先がほほに触れていく。ぷにっ、と指先で一瞬だけ頬をつつかれて七海は笑ってしまう。
「お前、今度課外授業だろう。誓いがあるが、俺は連れて行ってはもらえないらしい。気を付けていけ」
「当たり前だ、シグルド。お前が行けば授業にならないのが目に見えている」
「フェル様もいたんですか」
「もちろん。同じクラスだから。リリア、後ろの彼らは」
フェルディアークの顔が教室に見えるとアイリスたちから小さく悲鳴が上がる。先輩にあたるシグルドをそのまま呼び捨てにしたことも、フェルディアークと親し気に会話をすることも信じられないのだろう。
そもそも、フェルディアークは彼らからしてみれば雲の上の存在だ。
「こんにちは」
「で、殿下だ…」
「うそ…私…」
まだ目上の貴族たちに会うことが少ないアイリスとローリエが動揺する。フェルディアークは二人に目をやってからすぐに七海へと視線を戻す。
「リリアは、課外授業の相談かな」
「はい。彼らは同じ班になってくれたアイリスちゃんと、アイリスちゃんの知り合いのローリエくん、ガイクスと一般科のセージくんとアスターくんです。フェル様達も課外授業行きましたよね」
「もちろん」
「どうでした」
「シグルドが出てきた魔物をことごとく倒してくれたおかげでやりなおしになった」
「仕方ないだろう。弱いのが悪い」
七海に名前を呼ばれてフェルディアークに紹介されたメンバーは動きを止めてしまった。シグルドの目が彼らを探るように向く。だが、七海に対して敵意がないことを理解したのか、すぐに目は彼らから離れた。
「ユニフェが今回は先頭に立つわけだし、何も問題はないと思うんだけど…寝不足らしいから少し不安もあってね」
「そうなんですよ。ユニフェ、この前の夜会で三時間しか寝てないって言ってましたもん」
「生徒会長というのは忙しいからね」
「ですよね…やっぱり補習減らしてもらおうかな…アイリスちゃんが授業のわからない所教えてくれるっていうし」
「…なら私がしようか」
「フェル様もお城の仕事とかありますよね」
「俺でどうだ」
「シグルドは教えることはできないだろう」
冗談交じりに言うフェルディアークをにらみつけるシグルド。二人のやり取りを七海はほほえましく見つめた。だが、後ろから腕を強く引かれる。振り向けばガイクスだった。
ガイクスはフェルディアークを見ている。
「この前も会ったね」
「課外授業の打ち合わせが進まないんでリリアを返してもらいます」
「…そうか。すまなかったね。リリア、本当に気を付けて行っておいで」
「はい」
フェルディアークは少し口を閉ざして七海を見つめた。何を考えているのだろうかと七海は首をかしげる。
おもむろに杖を取り出したフェルディアークは杖先を七海の額に向ける。
「何を」
「これでい」
ガイクスが止めようとすると同時にフェルディアークは声を出した。七海を見て微笑む。推しの笑顔がいい、と七海は思うが何をされたのだろうかと自分の額を触る。特に変わったところはない。別に第三の目も開いてはないし、入れ墨みたいなものが刻まれている様子もない。
フェルディアークは杖をしまった。
「フェル様?」
「君にお守りを。ではまた」
フェルディアークは詳細を言わなかった。額に手を当てたままの七海と、七海の腕をつかんだままのガイクスが残る。ガイクスはまだフェルディアークを毛嫌いしているようだ。顔を見上げると七海を見つめていた。
「ガイクス…」
「また、お前が注目浴びかねないだろ…貴族科で肩見せまい思いしているんじゃないかって不安なんだ」
「…大丈夫だよ、ありがとう。ね、話の続きをしよう。もう授業明後日じゃん」
「あぁ」
席に戻ればアイリスが目を丸くして七海を見る。
「殿下とあんなに親しいなんて」
「噂で聞いただけなんだけど、本当にシグルド先輩から誓いを受けたのかよ。すごいな」
「そりゃ周りからいろいろと言われるわけだ」
「でも、リリアちゃんがゆすったわけじゃないでしょ」
「そうだ。あの人が先に…」
「ガイクス」
少しだけ咎めるような響きだったかもしれない。シグルドが何を思って七海にあのような誓いをしたのかはわからない。知るのは本人だけだ。周りがそれをからかうことも悪しく言うことも許されるものではない。たとえ、ガイクスといえど同じだ。
「シグルドの悪口はだめ。ほかの人の悪口も聞きたくない」
「…わかった」
素直にうなずいたガイクスの頭に七海は手を伸ばす。ぽんぽんとその赤茶けた髪を撫でた。
ガイクスは七海の行動に目が点になる。ぽすぽすと撫でていたが七海は満足したのかガイクスの頭から手を離した。
「課外授業、きっといっぱい迷惑かけちゃうんだけど、ガイクスたちなら安心だね」
「おま、…なに…」
「え?何かあった?」
「ははっ、いつもクールぶってるガイクスが真っ赤だ」
「初めて見た。リリアさん、すごいね」
「え、ガイクスって普段クールぶってるの?」
「そうそう。一匹狼っていうか」
七海も知らないガイクスの話に盛り上がる。話題の中心となってしまった本人は熱を帯びた顔を抑えて肩を落とす。やった本人に何の悪気がないことは百も承知だ。だが、ガイクスが受けたダメージが大きい。
好きな相手が笑顔で触れてくることに、冷静でいられる男など、いるはずもないだろう。
アスターたちと盛り上がる七海の横顔を見つめてガイクスは誰にも聞こえないように息を吐き出した。彼女がフェルディアークと親密なのはうかがい知れることだ。相手は婚約者がいるとはいえ、王族。平民のガイクスなどもとより並び立つはずもない。それでも。
「リリア、お前が好きなんだ」
笑い声が上がった瞬間にこぼれた言葉。彼女は聞こえていなかったのか、ガイクスを振り向いて首を傾げた。
「どうしたの、ガイクス。何か言った?」
「何にも。ひとまずお前用の魔法具だけは一つ見繕っておくから、授業のときそれを手放さないようにしておけよ」
「わかった!」
何かあったときに彼女の命を守れるものを選ぼう。ガイクスはどのような魔法具にしようかと、楽し気に会話を続ける七海を見つめて思考した。




