推しのドレス姿が麗しい
七海はベッドに横たわり、ぼーっと天井を見上げていた。つい先ほどまではユニフェの補習で出た宿題を片付けていたところだ。少し頭を使いすぎたため、休憩がてら考えことをしていた。
『リリアっ!』
ふいにフェルディアークの声が思い出される。同時に強く抱きしめられたこと、制服越しに感じたフェルディアークの固い体のことも思い出してしまった。顔に一気に熱が集まる。
顔を覆ってベッドの上で左右に転がる。耳元で聞こえた吐息も、そのあとほほに触れた手の熱さも、鮮やかな緑色の瞳ににじんだ心配の色も全部思い出してしまう。これがゲーム画面越しならばいくらだって見ていられたのに、熱をもって現実になっている現在、顔面国宝とでも言いたいフェルディアークの顔を間近で見ることができない。
「無理だよぉ…ゲームと現実ってこんなに破壊力違うの…?なんでぇ…」
しかもこれでまだ好感度はレベル1、というところが恐ろしい。遊んでいた時はこんなに胸がどきどきするようなものではなかったはずだ。七海と同じく体温をもって生きているというだけで心臓へのダメージが異なるものだとは思いもしなかった。
「そういえば、舞台俳優さん推しの子が言ってたな…舞台に立っている推しと接触ありイベントのときの推しの破壊力は違うんだって…それかぁ」
誰もいない一人部屋をいいことに七海は独り言をつぶやく。どうしても、フェルディアークの顔が浮かんでしまう。
「…無理…やっぱり人気ナンバーワンは違うわ…いい顔だった…」
ユズフィーナを断罪から救うまではフェルディアークと行動することも、なにがしかの事件にかかわることも多いだろう。あの顔の良さに慣れなければならない。七海は抱きかかえた枕に顔を埋める。意識するなというほうが無理だ。
「心折れそう…」
重たいため息をついた七海は部屋のチャイムが鳴ったことに気づく。
ベッドを降りて入り口に向かう。ドアを開ければ巨体、もといシグルドがいた。しかも制服ではなく、かっちりとした軍服を着ている。さらに襟元にファーのついたロングマント、群青の瞳と同系色の装飾品もつけていて、騎士感が増しているように感じた。
目をこすり、目の前にいるシグルドが夢ではないことを確信する。だが、なぜ。七海のいる場所は学園の寮で、なんなら女子生徒のみの場所だ。
「迎えに来た」
「迎え?」
「フェルディアークから言われていただろう?夜会に招待するって」
「あれ本気だったの!?」
「あぁ、当たり前だろう」
「ドレスないよ」
「持ってきた」
シグルドが体をずらすとその後ろに二人の女性の姿を見た。軽く頭を下げている。そばにはトランクが四つ置かれている。何が入っているのかと気にはなる。
「身支度もこちらでする。認識阻害かけてるから人目は気にするな。俺は外にいる。準備できたら出てこい」
「失礼します」
女性二人は七海に声をかけてトランク四つとともに部屋に入ってくる。そのまま七海は部屋の奥へと連行された。
女性たちは奥にあるテーブルと椅子を手早く壁際に寄せて姿見を立てかけた。もともと部屋にあるものだが、七海は今のところ使っていない。そして、一人は七海の服を剥ぎ取りにかかる。
「ま、まままままって!」
「お時間がないので、このままさせていただきますね」
「いやぁぁぁっ」
着ていた服を脱がされ、素肌を軽く磨かれる。本来ならば浴室で丁寧に洗われるのかもしれない。貴族ならば。
だが、七海は現代人で自分で身体も洗うし、着替えも一人でできる。親戚の披露宴のときはさすがにドレスを着るのは手伝ってもらったし、ヘアメイクなどはやってもらっていたが、それとこれとは違う。
きれいな下着に履き替え、シュミーズを着せられた。コルセットが一瞬見えたが、今回は不要と判断されたらしい。
トランクの中から出されたのは、フェルディアークと街を歩いたときに七海が見ていたドレスだった。
淡い色のドレス、リボンも靴も一緒だった。
「…ドレスの前にヘアメイクもさせていただきますね」
さらにトランクを開けて花飾りのついたバレッタを出す。二人がかりで髪を整えられた。ハーフアップに編み込みを少し入れ、ゆるくウェーブがかかる。目元には少しだけラメを、頬には薄くピンクのチークを入れられる。メイク道具とヘアアクセサリーやイヤリングなどのアクセサリーだけでトランクが埋まっている。
姿見に映るリリアがかわいい。ヒロインビジュアルいいな、と他人事のように考えてしまう。
「完璧ですね」
「ヴァイルハルト卿もにっこりですわね」
「えぇ」
「ヴァイルハルト卿………?」
「まぁ、ご存知ありませんの?シグルド=ヴァイルハルト様、本日エスコートしてくださる方ですよ」
「シグルド、そんな名前だったの!?」
ゲームをあれほどしたのに、初めて知った。シグルド、シグたん、シグ、と呼んで久しい。シグルドも貴族だな、と実感する。女性たちは丁寧にドレスを着せ、それから腰にリボンを巻く。首元のチョーカーが、制服のときとは異なり、サテンのリボンに付け替えられた。
完成したヒロインの姿をまじまじと見る。かわいい。
「色合いが落ち着いてますし、ヴァイルハルト卿の礼服といいバランスですわね」
「えぇ」
靴もサイズがぴったりだった。ヒールも高くなく、歩きやすい。ただ、後ろの裾が長く、着慣れないのもあって転ばないかだけが不安である。
「ヴァイルハルト卿、お待たせしました」
「できたか」
「えぇ、とても良くお似合いですよ」
女性が外に出て、シグルドに声をかけた。外に出るとシグルドは七海を頭から足先まで見る。前に立つといささか恥ずかしい。
「ごめんね、お待たせ…」
シグルドは何も言わない。彼の好みではないかもしれない。恐る恐るシグルドを見ると、ぽん、と花が出た。七海にしか見えない好感度の花だ。しかも、連発している。
「………かわいい」
聞き違いだろうか。
七海が目を丸くすると同時にシグルドも自分の口からこぼれた言葉に目を丸くして顔をそらした。口元を抑えている。
「いや、ちが…」
「え?」
「あ、違わないが…ちょっとまて……」
「ヴァイルハルト卿、女性は褒めれば褒めるほど美しくなるものですよ」
「そうそう。それでは、お二方、わたくしどもは王宮に戻りますので、どうぞ本日の夜会お楽しみくださいませ」
くすくすと笑う女性たちはトランクを持って帰ってしまった。シグルドは黙り込む。わずかに見える耳元が少し赤い。
「変?」
「いや…似合う……」
「ありがとう。さすがフェル様だね」
シグルドはぴたりと動きを止めた。七海を見る目に一瞬だけ暗い色が宿る。だが、それに七海は気づかなかった。
「いくか」
「…ね、シグルド…今日の夜会って本当に私も行っていいの?」
ゲームのフェルディアークルートにはなかった。彼との夜会の最初は試験後だったはずだ。ほかのキャラのどのルートにもなかった。何が起きるのかわからないだけあって、七海の顔に不安の色が宿る。
「ん…」
シグルドが腕を出す。七海は彼を見上げた。七海より遙かに太い腕に手を添える。正解だろうか、と首を傾げてみれば、ほのかにシグルドの目が笑っていた。顔のいい男の微笑みを直視してしまい、七海の心臓が音を立てる。
「会場はどこ?王宮まで行くの?」
「いや。この寮にある広間だ。今回は一般科もいるから」
「そうなの?なんのパーティ?」
「前期成績優秀者のご褒美ってところだな。一般科の生徒からしてみれば貴族とつながりを持てるいいタイミングだから、このために勉強するやつもいるぐらいだ」
「へぇ」
人のいない廊下を静かに歩く。時折裾を踏みかけて足を止めるがそのたびにシグルドは七海を支えた。歩幅も違うのに、今日は揃えてくれる。
騎士団長となるシグルドもまた貴族としての教育をしっかり受けて身に付いているのだと理解した。
「はじまってるな…」
音楽が流れてくる。男女の寮の境、本来であれば学園に向かう玄関がある場所と反対方向に進むとドアがあった。ドア前に立つ男性がシグルドを見るとゆっくりとドアを開けた。
眩しさに目を細める。音楽と、笑い声、料理の香り、雪崩のようにやってきたそれらをやり過ごし、七海は会場を見た。
天井は高く、シャンデリアが下がる。壁際に音楽隊が座り、クラシックを奏でる。立食式なのか、料理が並ぶテーブルのそばでは、何人かが立って会話をしているのが見えた。
広間の中央付近では、音楽に合わせてダンスをしている。
「うわぁ、舞踏会…」
「舞踏会より格式はしただがな」
シグルドは七海を取れて少し会場の端に向かった。ソファがいくつもあり、小休憩を取ることもできる。会場を見渡した七海はシグルドを向く。
「すごいね!私、はじめてだよ」
「そうか」
「きらきらしてるねぇ。みんな楽しそう」
「そうだな」
「うわ、あのドレスかわいい」
七海はシグルドをおいてはしゃぐ。その様子を見ながらわずかに笑った。
はしゃぐ七海は会場をうろうろする。シグルドはそれを見失わないように後をついていく。たまに、七海へ目をやる者たちがいる。その身に映る蔑みの色にシグルドは気づいていた。
七海が気づいていないことに安心する自分もいた。
「リリア」
「あ、あれおいしそう!」
七海が料理の乗ったテーブルの方へ進みかける。だが、少しテンションが上がったせいもあるのか、足がもつれた。体勢が崩れる。シグルドは腕を伸ばした。
「…はしゃきすぎるな。転ぶだろう?」
「…うん…」
腹部に回る腕に支えられて転ぶのを回避した。シグルドは七海をちゃんと立たせてからドレスの乱れを軽く整える。
「ありがとう」
「いい。それと、そろそろだから」
「なにが?」
シグルドの目が広間の中心にむく。七海も視線の先を追いかけた。広間の中心に人の姿はない。先程までは踊る姿をいくつもみたのに、なにかあるのだろうか。
そう思ったのも束の間、大きな魔法陣が現れる。色は青、そして人の足が見えた。
魔法陣を抜けてやってきたのはフェルディアークだ。その姿を見た七海は息をするのを忘れた。
フェルディアークが身に纏っていたのは、雪のように白い夜会礼装だった。細身に仕立てられた燕尾風の上着は身体の線を美しく際立たせていた。
腰から裾にかけては、百合の花を思わせる純白の装飾が幾重にも重なり、柔らかな透け布が流れるように垂れ下がる。その意匠は豪奢でありながら決して重たくはなく、歩くたびに風を纏うように優雅に揺れた。白いスラックスは一切の無駄なく脚の長さを引き立て、磨き上げられた白革の靴には金の装飾が施されている。
夜会の煌びやかな灯火の中でさえ、その姿は誰よりも静かに、誰よりも気高く映る。
「は、わ…」
「派手だな」
「フェル様…本当に王子様だ…」
目が引き付けられる。広間の誰もがため息をこぼした。
フェルディアークは周囲を気にした様子はなく、魔法陣を出ると手を差し出した。魔法陣から白く細い腕が出る。
フェルディアークを見たときよりも、もっと強い衝撃が七海を襲った。




