ユニフェの講義 2
コホンとユニフェが咳払いをする。
「余計なおしゃべりはここまでにしましょう。今日はリリアさんの力についても話したいので」
「私の力?」
「はい。ですが、もし頭の中がいっぱいのようでしたらまた別日にしますが」
七海は少し考える。魔法と魔術の区別はわかった。フェルディアークたちが持っているらしい加護というのもわかった。加護というのは要するにスペシャルな力ということで、しかも珍しい。
ヒロインであるリリアの力は、魔法の力をなくすものだと説明にはあった。今日のユニフェの講義を聞く限り、個々人が持っている魔力属性とは反対の力なのかもしれない。
ゲームの中ではこんなにも細かく説明はなかった。本来ならば聞くべきなのだろうとは思う。だが、実を言えば七海の頭は魔法と魔術でいっぱいいっぱいだった。先天的な力である魔法と、そうではない魔術、という区切りはできても、では実際どうなのか、ということは七海の頭では理解できていない。
「…ユニフェ先生…魔法と魔術と加護の詳細もっとほしいです」
「わかりました。では、リリアさんの力については次回にしましょう」
ほっと一息ついた七海は席を立つように指示される。杖をだけもってユニフェのそばに行くと魔法と魔術について実践で教えてくれるらしい。
「ここに私の持ってきたボトルがあります。これには水が入っています。フタを開けて傾ければもちろんこぼれますよね」
「うん」
「魔法を使うと面白いことになります」
ユニフェはカバンから出した白いボトルの蓋を開けた。ちゃぷん、と液体が入っている音がする。七海の見ている前でおもむろにユニフェはボトルを逆さにした。水が流れ出てくる。だが、七海の予想に反して水は床まで落ちない。
「え…なんで?」
「水に魔法をかけました。流れ落ちることなく、空中にとどまるようにと」
ユニフェの杖が光っている。杖先に小さな魔法陣があった。
「魔法をかけないと、先ほどリリアさんに言った通りこの水は床を濡らします。傾ければ重力が水にかかり、流れ落ちていく、それが自然です。魔法はこの自然であるべきものをゆがめてしまう性質も持っています」
「流れないってこと以外にもできるの?」
「できます。攻撃に転用することも可能です。この水にこう…」
ユニフェは杖を振ると魔法陣の色が変わる。空中に漂うだけだった水が意志を持つかのように動いて球体へと変わり、七海の顔の前までやってくる。
「水中で呼吸はできません。この水球をリリアさんの顔につくように魔法で支持を出すと簡単に溺れさせることもできます」
「怖い…」
「とはいえ、それはかなり高度なものです。学園に入りたての一年生でしたら、まずは基礎的なものとして動きを止めたり、形を変えたり、というようなことから始まっていきます。水に止まれ、と命令する魔法陣、水に形を変えろと命令する魔法陣はそれぞれわずかに違いますから」
「…ユニフェはそれを瞬時に変えるの?」
「はい。慣れればどうってことありません。基本的に魔法陣というのは言語における動詞のようなものなので、対象物がなんであれ変わりませんから」
「…くっ…英語とか苦手だったんだよな」
「えいご…?」
「あ、いや、こっちの話。それで、魔術は」
「先ほど言った通り、魔術は主に平民が使う魔法具に施されるものになります」
ユニフェが杖を一振りすると先ほどまで七海が座っていた席から七海のペンがふわふわとやってきた。
ユニフェはペンを見せる。
「このペンは自分の魔力を流すことで自動筆記を行う魔法具です。この魔法具の中には魔術式が組み込まれていて、その魔術式に魔力が流れるとあらかじめ定められた機能が動き出す仕組みになっています。平民の家庭でこのペンが使われるようなことは稀ですが、たとえば生活必需品のランプや荷運び用の車両、浴室設備、調理設備など、多くの場面で利用されています。なお、王都警備隊の鎧も魔術式が組み込まれた魔法具の一種です」
七海にペンが返却される。何のことはない普通のペンにしか見えない。自動で書いてくれるというのはわかっていたが、仕組みは結構複雑だったのか。
「…ガスも電気もない…?」
「がす?でんき…とは」
「…セレスティアは夜になったらどうしてるの?」
「変わったことを聞きますね。学園内は学園長の強い魔力によって常時明るさを保っていますが、平民に関しては定期的に魔力を補充したランプを使っているではないですか。魔力量が少ない家族に関しては、魔力を買い取っているところもありますし…」
「魔力って買えるの」
「リリアさんがどんな売買を想像しているかはわかりかねますが、魔力含有量の多い人間にお金を渡してランプなどに魔力を補充してもらっているはずです」
七海はぽかんと口を開けてしまった。電気もガスもないのか。ということは魔力を持っていなければ何もできないのと同じではないだろうか。
ユニフェは七海を見た。
「…セレスティアの人間は多かれ少なかれ魔力を持ち得ているので、おそらくあなたが心配しているようなことはありませんよ」
「え?」
「魔力のない人間がこの世界で生きることはできません。リリアさんの力の話にもつながっていくのですが、魔力は神から人間に与えられたギフトですから」
「そうなの?」
「はい。神代当たり前にいた神々は長い時を経て人間たちに魔力や加護といった贈り物をして姿を消したと言われています。いずれ、そのお話もしましょう」
ユニフェは水をボトルに戻した。手を伸ばし、杖を持つ七海の手を握ると杖の先をボトルに向けさせる。
「リリアさん、目を閉じて」
七海より少しだけ身長が低いユニフェの身体が七海に密着する。身長は七海よりも低いのに手は少し大きい。ユニフェも男の子なんだなと変に七海は考える。
「息を深く吸って。それから私が流す魔力を感じ取ってみてください。ゆっくりでいいですから」
ユニフェの声に導かれるようにして七海は目を閉じる。ユニフェが持つ七海の手に熱が灯った。じんわりとつながれた場所から流れてくるものを感じる。深呼吸を繰り返すうちにじわじわとその流れを感じ取れた。
「そう、そのまま感じた流れを自分が持つ杖に導いて」
ユニフェの声が頭にしみこんでくる。七海は言われるままに流れの先を自分の杖の先へと向けた。
「…うん、できましたね」
ユニフェの声が優しい。目を開けると杖の先に小さいながらも魔法陣が光っていた。七海は目を丸くする。魔法陣はやがて煙のように消えてしまった。
ユニフェは七海の手から自分の手を離すと顔を覗き込んできた。
「どうでしょうか。少しは魔法の使い方わかりそうですか」
「ユニフェ…」
「はい」
「なんか、ぞわぞわした」
「ぞわぞわ?」
「うん。ユニフェの手が触ってたところから、なんかむずかゆくなってきて、でもあったかくて…あれが魔力?」
「はい。今回は私の魔力をリリアさんに流し込んで杖へと誘導しました。貴族の子供はこうして魔力の扱い方を覚えていきます」
七海は自分の杖を見る。それからユニフェと重なっていた手を見た。少しだけ、恥ずかしい。だが、ユニフェの魔力は心地よいものであり、いやではなかった。
「リリアさんのペースでいいので、時折練習してみてください。杖に魔力を流し込めなければそもそも魔法は使えませんから」
「自主練いりますか」
「当たり前です」
「そうですか…」
「それと、今日も課題を出しますので」
「…ガンバリマス」
うぅ、とうなだれる七海だが、杖を握って先ほどのユニフェの魔力の流れを思い出してみる。
七海の課題を準備していたユニフェはわずかな魔力の揺れに顔を上げた。七海の体を取り囲むようにして空気が揺らいでいる。教えたのは今さっき、だが七海の魔力が体の中心部に集まっているのがうかがえる。ユニフェは七海のほうへ一歩踏み出した。七海は特殊な魔力を持っている。その力はユニフェも伝承でしか聞いたことがない。実際に見るのは初めてだ。このまま彼女が魔法を使えるか見てみたい気持ちとこのまま使わせてはいけないという本能が争う。
「リリアさん…」
ユニフェは止めるべきだと判断した。ユニフェが手を貸して魔法陣を出した時よりも強く魔力が動いている。慣れない魔法に翻弄され周囲のみならず自分を傷つけてしまう生徒は少なくない。ユニフェは七海に近づいて杖を持つ手に自分の手を置こうとした。
「っ?!」
ばちっという音とともに重ねた部分に火花が散った。七海の手は傷ついていないが、ユニフェの指から血が流れ落ちる。
「ユニフェ、大丈夫?!」
「私は平気です。それよりも魔力が暴走しかけています。リリアさん、落ち着けますか」
「暴走…?」
杖先に魔力が渦を巻く。
講義室内の空気がふるえるようだった。七海が自分の魔力をコントロールできないでいるのが明白である。七海の顔が青ざめる。動揺してはなおのこと魔力のコントロールなどできるはずもない。ユニフェはどうにかして七海の暴走を止めなければならない。
「大丈夫です。リリアさん、私を見てください」
「ユニフェ…ごめん…止まらない…どうしよう…」
「大丈夫…ゆっくり呼吸をしてください。何も怖いことはありませんから」
ユニフェは七海の魔力を包み込むようにして自分の魔力を放出する。七海から視線を背けることなくそばまで足を進めてかすかに微笑んで見せた。
「怖いことなんてありません。私を信じて」
ユニフェの手が再び七海の手に触れた。包み込むように杖を持つ七海の手を握りしめる。七海と呼吸を合わせた。七海の魔力はユニフェが想像していたものよりもはるかに強い。だが、ここでユニフェがあきらめるわけにはいかない。ユニフェが手を離せば七海とて無事では済まないだろうと容易に予測できた。
「リリアさん、私の魔力がわかりますか」
「わかる…あったかい」
「よかった。では、私の魔力を感じながら自分の魔力をそこに合わせてみてください。私の呼吸のリズムと合わせればすぐにできるはずです」
七海はユニフェの目を見る。ユニフェの目は七海を映し出す。重なった手からユニフェの鼓動を感じた。七海の魔力によってユニフェの頬が切れる。わずかな痛みにユニフェは顔をしかめるものの七海を見る目はどこまでも優しい。
その目を見ているうちに七海は落ち着いてきた。ユニフェの呼吸と自分の呼吸を合わせていくうちに自由が利かなかった魔力のコントロールができるようになっていく。
やがて部屋の中が静かになる。七海は肩から力を抜いた。
「予想外でしたね…」
ぽつりとユニフェの声がした。顔をあげるとユニフェの顔や首、七海の手を握りしめていた手に擦過傷がいくつもできていた。だがそのことを指摘する前に七海の足から力が抜けてその場に座り込んでしまう。
「魔力の暴走で少し疲れたのでしょう」
七海に優しい声がかかる。顔を上げる前に七海はユニフェに抱きしめられた。目を丸くする七海はすぐに動けない。
「よく頑張りました」
「え…」
「普通であれば混乱し、パニックになるはずです。でもあなたはパニックになることなく、私の声を聴いてちゃんと暴走を止められました。初めてであれば当然失敗します。でもこれは必ず次につながりますから」
「ユニフェ…」
「落ち着いたらもう今日は終わりにしましょう」
ユニフェの手が七海の頭を撫でる。
七海はうなずく。だが足に力が入らない。
「だめだぁ…」
「…困りましたね」
ユニフェがつぶやく。考えた彼は再び杖を振った。杖先にわずかな明かりが灯る。
「すみません、忙しいのは重々承知ではありますが、頼みがあります。さすがに私ではできないことですので」
ユニフェは誰かと話しているようだった。七海はしゃがみ込んでいたが、今更ながらに震えがやってくる。ユニフェが止めてくれなかったらどうなっていたのかと思う。しかもユニフェに傷をつけてしまった。
リリアの力が特殊であることはわかっていたが、こうも実際に目の当たりにすると恐ろしい。
「リリアさん…?」
「ユニフェ…ごめんなさい…私、勝手に魔法を使おうとしてた」
「いいんです。使ってみなければわからないこともありますし、私も一つ理解を得ました」
「理解?」
「はい。あなたの力ですね…予想よりも魔力量が多かったようです。この先の補習について計画を練り直します。次回の補習まで少し間があいてしまうのです。復習はしてほしいのはやまやまなのですが。自主練だけは決してしないでください。今回は私がいたので止められましたが、リリアさん一人でやるとなると止める人間がいないのでかなり危険かと思います」
「…はい」
「しょげなくていいんですよ。リリアさんのペースで行きましょう」
「…ありがとう、ユニフェ」
七海を見てユニフェは微笑む。ユニフェの笑顔なんてレアではなかろうかと七海は見つめてしまった。
「殿下に迎えを頼みましたので、寮まで送ってもらってください。歩けないでしょう?」
「殿下…?」
「フェルディアーク殿下です」
「え」
七海が立てないことを見越してユニフェは援軍を呼んだらしい。確かにユニフェでは七海を抱えることはできなさそうである。だがよりによってフェルディアーク。前回姫抱っこをされたことを思い出す。もしや今回も同様なのではないだろうかと七海は緊張する。
「きましたね」
「もう?!」
顔をあげたユニフェが部屋の中央を見る。緑色の大きな魔法陣が現れたかと思うとその中心から手が伸びてきた。見ているうちに魔法陣から少し息を乱したフェルディアークが出てきた。
「転移魔法陣です。殿下と私、シグルド先輩は諸事情につき」
「リリア!」
ユニフェの言葉をさえぎって七海はフェルディアークに抱きしめられた。何が起きたのか、七海はよくわかっていなかった。




