ユニフェの講義
「今日の補習は別の部屋でやります。ここだと狭いので。必要なものはすでに運んであるので移動しましょう」
前回補習をした図書館の部屋へと行くとユニフェはすでにそこにいた。七海を見ると開口一番にそう告げる。部屋を出たユニフェのあとを追いかけていく。時折すれ違う生徒たちは七海とユニフェを珍しそうに見ていくもの、何も見えていないのか通り過ぎていくものと分かれた。
自分を見ていく生徒は自我あるのかもしれないと心の奥で思う。
図書館を出たユニフェは足をそのまま校舎へと向ける。フロアを変えて三階へと向かうと一つの部屋のドアを開けた。広い講義室だった。
「今日は魔法と魔術の違い、それからあなたの力について講義をするので、少し広い部屋となります」
「本を使うんじゃないの」
「いいえ。実践して見せたほうが早いと判断しました」
「おぉ…」
「ここの部屋には結界をはってあるのである程度爆発が起きたところでほかに影響はありませんし」
「爆発するような何かをするの…?」
「時と場合によります」
ユニフェは七海に前の席につくように示した。そこにはすでに本が置かれている。荷物を隣の席に置いた七海は本を手にした。『魔術と魔法について』今日の講義のメインテーマだ。
ユニフェは通常であれば教師が立つのであろう場所に立つ。杖を出して軽く振ると七海の前に光る文字が浮かんだ。
「リリアさんは、魔法と魔術の区別はついていますか」
「だめです」
「わかりました。では端的に言いましょう。まず魔法ですが、世界に直接干渉する力になります。空気中の水分に干渉し、雨を作り出す。空気そのものに干渉し、風を作り出す。川や海に干渉し、津波を起こしたり、氾濫させたりする。そうしたものになります。誰もが使えるものではありません。平民の多くは使い方さえ知りません」
「はい、ユニフェ先生」
「…なんでしょう」
「貴族は使えるんですか」
ユニフェはわずかな間のあとうなずいた。
「強さに差はありますが、貴族の多くは生まれつき魔法が使えます。そのための教育もしてますので」
「なるほど…」
「そして、魔術」
「この前ユニフェが紅茶のポットに組み込んだって話したやつだよね」
「はい。あれは技術に近いものです。魔法陣、詠唱、数式、触媒、契約式。自らの魔力を直接使わず世界に直接干渉することなく、媒介を経て魔法を使うもののことを言います。なので、魔法具などもこちら側に入るものです」
七海は目をぱちくりする。わかるようなわからないような、といった顔だった。ユニフェはそれを察したのか、少し話すのをやめた。七海がわかりやすいたとえは何だろうかと考える。
「…鳥が空を飛ぶ、あれは魔法です」
「え」
「鳥は自分で空気に干渉し、空を飛びます。ですが、私たちが空を飛ぶためには何がしかの道具が必要です。これが魔術です」
「…鳥は翼があって、空気抵抗とかで飛ぶんじゃなかったのか…」
「たとえです」
ユニフェは杖を振る。七海の目の前の文字が動き、魔法と魔術の差を記した。文字は消えることなく、七海の前に浮かび続ける。七海はそれを見ながらメモをしていった。まだ、自分の魔力が使いにくい。文字が揺れてしまい、後で読み直すことが難しい時もあった。
「魔法は生まれつきのものです。才能に比例します。魔術のほうは基礎を知っていれば誰でも魔法具を使えるようになります。魔法は前回話した通り、燃費の問題が出ます。魔力を使いすぎれば倒れます。ですが、魔術は魔力を使わないのでとても効率がいい。その代わり、時間がかかりますし、あらかじめ魔術陣を用意しておかなければなりません」
「ってことは、どっちもいい悪いがあるってことだ」
「はい」
ユニフェの解説がわかりやすい。
七海はゲームの中とはいえ、細かく設定されていることに驚いていた。
「そして、魔法を扱う人間には、ごくまれに”加護持ち”と呼ばれる人間もいます。現在ですと、フェルディアーク殿下、ユズフィーナ令嬢、シグルド先輩です」
「加護持ち?」
「はい。そもそも魔法も魔術も、セレスティア王国の神代まで遡ると根は同じものとなります。創世の神々の力です。神々の力を分け与えられた人間の子孫が貴族たちなんです。古代の英雄や王の血をひいています」
「…???」
「私たちが今使う魔力は、神々の祝福の力となります。ですが、すでに神代からはときが流れすぎたのもあって、祝福の力そのものではなく、もはや欠片と言って差し支えないかと思います」
「ユニフェ先生、ちょっと待ってください」
七海は目を白黒させる。魔法と魔術の話から神代の話まで飛んでしまった。しかもこんな内容、ゲームでは説明がなかった。ユニフェの補習を受けている時点でゲームとはまた異なっていることはわかるのだが、あまりに深く考えたこともない内容すぎて理解が追い付かない。
七海は魔力を使ってペンを動かすことをあきらめた。インクでも使えるペンだ。すぐカバンからインクを取り出してペン先につけた。シャープペンに慣れてしまった七海には扱いにくいがこの際文句は言っていられない。書いているうちに慣れると判断した。
「少し早かったですか」
「違うの。知っていた内容より、もっと上がきちゃったから今後のためにちゃんと書いておかないと…」
「知っていた…?」
ユニフェは七海を見つめる。だが、七海はユニフェが描く魔法の文字が消えないうちにメモを取ることで精いっぱいになっていた。じっと七海を見つめていたユニフェだが、急かすことはせずに七海のペンが止まるまで待つ。しばらくして七海のペンが止まる。
「大丈夫ですか」
「…大丈夫です…」
「では、続けます。私たちが持つ魔力は、神代の時代に創世の神から受け取った祝福の欠片です。そして、加護持ちは、神の力そのものを扱える人間と思ってください」
「強いってこと?」
「はい。ですが、神の力は祝福であると同時に呪いたりうるものです」
「呪い…神様の力なのに?それって寿命が縮まるとか?」
「いいえ。そういうものではありません。ですが、強い力は畏怖も伴うものです。しかも百年に一度一人が生まれればいいと言われる加護持ちが現状"四人"います」
「四人?でもユニフェはさっき、フェル様とユズフィーナ様とシグルド、って」
七海は首をかしげる。
ユニフェは一度だけ視線をそらし、また七海を見つめる。
「お三方が持つ加護はいずれも得意とする魔力属性に対応したものとなっていますが、神というのは魔力属性五つ分しかいなかったわけではありません。」
「もっといっぱい神様がいた?だから加護持ちの人間もたくさん種類がいるってこと?」
「はい。加護として表に出てくるのは、魔力属性の加護よりももっと少なく、ほぼ記録にないと言って問題ないほどです。ただ、現状、”均衡の神”の加護を受けた人間がいます」
「均衡…バランスの神様?」
七海の頭に天秤が浮かぶ。バランスといっても何のバランスなのだろうか。平均台のうえでバランスをとる人間の姿が浮かぶ。さすがにそうではないだろう。
「魔力属性に対応した加護を受けた人間は、特にその魔力属性が強くなる傾向がありますが、均衡の神はそうではありません。どの魔力も平均的に使えるようになるんです」
「おぉ…!フェル様たちが特化型で、その人は万能型ってことだ!すごい!めちゃくちゃ器用な人なんだね」
「器用…ですか」
「うん!いろんなことがたくさんできそうってイメージがある」
ユニフェは少し目を丸くして、それから小さく笑った。くすくす、とユニフェの笑い声を聞く七海は変なことでも言っただろうかと首をかしげる。だが思い当たることはない。
「あなたから見た私は器用ですか」
「ユニフェ?うん、器用。生徒会長で、今は私の補習の先生で、いろんなお仕事やれそうだし、この先も……」
「この先も?」
七海の言葉が止まる。この先ユニフェは魔法塔の主となる。だが、それを言ってはいけない。未来だからだ。今知ってしまえばどうなる。ユニフェの性格はまじめだし、努力を惜しまないような性格だから、魔法塔の主となると知ってもきっと努力はやめないと思う。だが、万一未来が変わってしまったら、ユニフェの期待もなくなってしまう。
「…この先も、きっとユニフェはいろんなことをするんだろうなって思って」
「そうですか」
「それで?均衡の神様の加護って誰がもってるの?ていうか、聞いてもいいの?」
「私です」
「へぇ、ユニフェなんだ…どうりで………え?」
納得しかけた七海だが頭が理解すると目を丸くしてユニフェを見る。
「すごい…」
「そうでもありませんよ」
ユニフェは少しだけ苦笑した。七海はなぜそんな顔をするのか気になる。
「…殿下たちとは違います。私の加護は、私には本当に呪いでしかありませんから」
「どうして?」
「……どれだけ努力しても、均衡の加護があるから、で済まされていますから」
七海は口を閉じて考える。
読み込んだゲームの資料集を思い出す。ユニフェは下級貴族の三男、つまり爵位は継ぐことがない。なんなら上に二人いる兄は武に秀でていて国境の警備や王都警護の任につく。一人いる姉は言語に秀でており、他国との外交に一役買っている。ユニフェは兄たちが誇りであると同時に重荷でもあった。
だから、ユニフェは誰よりも努力した。いくつもの属性を操り、魔法陣も魔術具も改良した。フェルディアークも強いが、ユニフェもまた強い。そうでなければ飛び級までして生徒会長にはならない。
「ユニフェはすごいよ…誰よりもすごい。私は加護の力じゃなくて、ユニフェの努力する姿が一番すごいと思う。ね、ユニフェ」
「…そう、でしょうか」
「生徒会長の仕事しながら、私の補習までやれる人いないでしょ。それに補習も分かりやすいし…私噂で聞いたよ、ユニフェっていくつもの魔術理論とか魔法陣の改善とか魔法具の開発とかたくさんしてるって。それ、その加護の力のおかげだけじゃないでしょ?ユニフェが考えて試して、失敗して、成功したからできたことじゃないの」
七海の言葉にユニフェは赤紫色の目を驚きに見張る。そんなこと初めていわれた。ユニフェは自分の口に手を当てる。変な顔をしていないだろうかと不安になる。
「フェル様じゃ、たぶんこうやってわかりやすく教えてくれないと思うし…うん、そう考えるとやっぱりユニフェはすごいよ」
七海が笑顔で言う。ユニフェは顔が熱を帯びたのを感じて慌てて顔をそらした。耳の奥がうるさくなる。胸元を抑えたユニフェは何度も深呼吸を繰り返した。七海に他意はない。わかってはいる。しかしユニフェの心には七海の『ユニフェはすごいよ』という言葉が刻まれた。




