違和感ありまくりすぎる王子様との街歩き 4
ガイクスにつかまれた腕が痛む。七海はガイクスを見上げた。だが、彼は目の前のフェルディアークをにらみつけている。
「…リリアの手を離したらどうかな。痛そうだけれど」
ガイクスは返事をせずに七海を自分の後ろに庇うようにした。別にフェルディアークに攻撃されるわけではない。何なら先ほどまで街を歩いてきた。
「何をしていた」
「彼女と街を歩いただけだけれど?それ以上は何もない。君が、想像するようなことは」
フェルディアークが目を細めた。だが、彼はふっと微笑むと七海のほうに目をやる。
「またね、リリア」
「あ、はい。フェル様、お菓子も服もありがとうございました」
「どういたしまして。ドレス以外は学園寮の君の部屋に届くように手配してあるから」
「いつの間に」
フェルディアークは軽く手を振って背を向ける。シグルドも近くにいたらしい。七海が瞬きをした瞬間に姿を見せた。シグルドはガイクスを見て、それからフェルディアークを見る。何も言わないが、もしかしたらガイクスがフェルディアークを傷つけるようなことをするかもしれないと危惧していたのだろうか。
「ガイクス?」
「…リリア…お前、あいつのことどう思ってんの?」
「どうって…?」
「……好きなのか」
「いや、別に」
ガイクスはいらだっているように見えた。七海にはいらだつ理由がわからない。首をかしげてはっとすれば、腕の中にあるクッキー缶からクッキーを一枚出してガイクスの口に押し付けた。
「食べる?」
「…食べる」
さくさくとした歯触りのクッキーを咀嚼しながらもガイクスは不満そうな顔をしている。
七海もガイクスの隣に立ちながらクッキーを取り出してかぶりついた。軽い食感、鼻をくすぐる花の香り、七海は目を細くした。おいしい。さすが貴族街の高級品だ。
「…あいつは王族だ」
「うん」
「平民の納めた税金で暮らしている」
「うん」
「…下の者のことをわかっていない」
「そうかな?」
七海はガイクスを見た。少し顔をしかめるガイクスは七海を見下ろす。
ガイクスがそういうことを口にするわけがわからない七海ではない。現代だって一緒だ。税金を納めているのに、それがきちんと還元されている実感はない。
「…分かり合うのって難しいよね。同じ言葉を話していても、こっちの気持ちが伝わらないし、向こうの気持ちがわからないことなんていっぱいあるんだもん。でも、理解しようとするのをやめちゃったら、きっともっとわからなくなるよ」
「リリアはわかるのかよ」
「わからない。だから、知りたいって思う。知りたいから、話すよ」
「言葉が通じても理解されないだろ」
ガイクスの言葉にも一理ある。だが、それであきらめては歩み寄りなどできない。七海は少しだけ悲し気に笑った。
「…理解されない、って初めから思ってたら、いつまでもできないよ」
「リリア…」
「だからさ、話してみてからでもいいと思うよ。殴り合いまでしたらやりすぎだけど、ぶつかるのもたまにはいいって」
「一般科が貴族科と?」
「仲良くなれることもあるかもよ」
「価値観が違う」
「でも価値観の違いがあるから見えるものもあるじゃない」
「リリアは……お前は」
ガイクスが七海に向き合う。何か言葉を探し、それから自分の髪の毛を乱して、いい、とつぶやいた。七海は言葉の先が気になるがそれ以上ガイクスに聞くわけにはいかない。
「このまま話してると飯食い損ねる」
「あ、大変!お菓子をごはんにしたら太っちゃう」
「あー…もう遅いかも」
「え?」
「リリア、お前甘いものよく食ってるし」
「そんなことないもん!」
頬を膨らませた七海を見てガイクスは笑みを浮かべた。七海は自分の腹部をつついて、ぷにぷにじゃない、と独り言をこぼしている。目を細めて様子を見つめていたが、ガイクスは七海の背中に手を当てた。
「ほら、食堂行くぞ。本当に食いそびれかねない」
「わかったよ」
七海はクッキー缶を先に部屋においてから食堂へと向かうことを告げた。ガイクスも了承し、すぐに別行動をする。部屋に戻ってすぐ食堂に行けばガイクスに追いつけるだろうと考えていた七海だが、部屋の前には荷物が山と積まれていた。呆然とする七海は中身が服一式だとわかる。
それにしても届くのが早い。おそらくこれは平民街で購入した服の山だろうが、貴族街を歩いて戻ってきただけなのに、荷物がまとめられて学園寮に当日中に届くとは思いもしなかった。もしかしたら王族特権でも使ったのかもしれないが。
七海はひとまず荷物を一つ一つ部屋に入れた。玄関が広い学生寮でよかったと安心する。山となった荷物を片付けるのは明日にして七海は食堂に急ぐ。
「どうしよう」
七海の耳に小さな声が聞こえた。食堂よりはるか前で足を止めてどこから聞こえた声なのか探す。声の主はすぐに見つかった。
貴族科の制服、赤髪のおさげとそばかすの少女が床に膝をついて座り込んでいた。その周囲にはきらきらと光るものがある。七海はとことこと近づいてそばにしゃがみ込む。
「…どうしたの?」
「ひっ!」
人がいるとは思わなかったのか彼女は小さな声を上げた。だが目の前にいるのが同じ貴族科の制服を着た七海とわかると体から力を抜いた。
「……大事な…魔法具が壊れてしまって」
「魔法具?」
うなずいた彼女は散らばったものを示した。何が光っているのかと思ったが、七海がひとつそれを手に取ってみると紫、白、黒の縞模様の入った石のようだった。丸くきれいに削られており、孔も開いている。ほかのものも同様で、もしかしたらブレスレットやネックレスのようなものだったのかもしれないと判断する。
「ひもが、切れてしまって。あちこちにいっちゃって…でも暗くて探しきれないし」
「じゃぁ私も手伝うね」
「どうして」
「ひとりより二人でやったほうが早いでしょ。私あっち行ってくるね」
七海はひとまず拾いあげたものを彼女に渡すと少し離れた場所まで転がっていったものを拾い集めていく。小さなものから大き目のものまで、かなり広範囲に広がってしまっている。一つをとればまた一つ、少しその先に、と丸いがゆえに転がってしまった石を追いかけた。
目につく範囲のものは拾い終えただろうか。手の中に転がる石を再度落とさないように注意しながら七海は彼女のもとに戻る。
「はい、これ。全部ある?」
「ありがとう…えっと…」
彼女は自分で拾い集めた分と七海が拾った分を合わせて数える。だがゆっくりと首を振った。
「足らない…あと、三つ」
「三つか…サイズは?」
「一番小さいから、たぶん見つけられないと思う。いいわ…あとは自分で探すから。食事に行くところだったのでしょう?」
七海は食堂の方向を見た。確かにおなかは空いている。でも目の前の彼女を放っておくこともできない。
「いいよ、一緒に探す。だって、大事なものなんでしょう?」
「…本当に?」
「うん」
二人の周辺は探しつくしたといっていい。だが、問題の探し物は円だ。転がっていくだろう。もし転がった先に隙間でもあれば入り込んでしまうかもしれない。こういう時、探し物がすぐに見つかるような魔法でも使えたら楽なのだが、と七海は眉を下げる。
不幸中の幸いとでも言おうか、二人の周囲には隙間は見当たらない。食堂へ向かう道は部屋があるわけでもなく、棚が置かれているわけでもないからだ。ただ、食堂が寮の一階に位置しており、中庭のような場所と廊下が面しているため、地面側に転がっていってしまったという可能性も捨てきれない。中庭は整えられてはいるが、芝生だし、何より花も咲き乱れている。しかも日が落ちて薄暗くなりつつある。廊下の明かりだけでは探すのは大変そうだ。
「その魔法具って誰かにもらったやつ?」
「祖母に…亡くなる前に、もらいました……強い力を持つ魔法具ではないけれど、祖母との思い出の大事なブレスレットなんです」
「…そっか。じゃ、残り頑張って探さなきゃ。ほら、立って」
七海が彼女の手を引いた。少しだけ涙ぐんでいた彼女はうなずく。
「リリアさん?」
「あ、ユニフェ。どうしたの?」
「どうしたのはこちらのセリフです。僕はこれから食事ですが…」
軽い靴音ともに声をかけてきたユニフェは七海を見、それから女子生徒を見た。七海が理由を話すと、腕を組む。
「一年生では魔法具の共鳴方法は習いませんし、繋ぎが壊れてしまったのなら共鳴もできませんし…わかりました。少しパーツをお借りします」
女子生徒のそばにしゃがみ込んだユニフェは一つの石を手に取った。杖を出し、先を石に向ける。
淡い緑の光が石を包み込んだ。ユニフェの手から浮かび上がった石はぷかぷかと浮かんでいたが中庭のほうへとゆっくり移動していく。七海がそれを追いかけた。
中庭に出た石はふよふよと動きながらすぐそばの木の根元へゆっくり降りていく。静かな明滅を繰り返す石を見るために七海がしゃがみ込むと同じような石が二つそこにあった。
「二個見つけたよ!」
七海が二個の石を持つと、光る石は再び動き出す。今度は中庭の中ほどへと向かっていき、またそこで明滅をした。しゃがみ込んだ七海が草をかき分けてみると一つ石を見つけた。これで三個。光る石も手にして七海は廊下へと急いで戻る。
「全部あった!」
「あぁ……!」
女子生徒は嬉しそうな声を上げた。すべての石を大事に握りしめて涙ぐむ。
「ありがとう…本当に、ありがとう…」
「どういたしまして。ユニフェもすごいね。ありがとう、すっごく助かった!」
「生徒会長として当たり前です。それよりもその魔法具ですが、少し弱くなっているようですので、専門の修理師に見せたほうがよいかと思います」
「はい。そうします」
「…さて」
ユニフェは歩き出す。だが、食堂に向かうものと思っていたのに、ユニフェは来た道を戻っていくではないか。
「ユニフェはごはん行かないの?」
「えぇ、先ほど食べましたので」
「本当?」
「本当です」
「食堂にさっき来たのに?」
「サンドイッチをもらって生徒会室で食べているので」
「何しに食堂に来たの?」
「…教える必要はありませんので」
七海は目を瞬き、それから笑った。
七海も食堂へ向かう。女子生徒は石を持っていた小さなポーチに入れると七海とともに歩き出す。
同じ一年生とわかった七海は彼女に話しかけた。わずかな壁は感じるものの、返答してくれる。部屋も近いらしい。
転生して初めての友達に七海は感激していた。食事の間も二人で話が進んでいく。食事を終えて学生寮で別れてから、そこでようやく彼女の名前を聞くことを忘れていたことに気づく。しかし次の授業でもまた会えるだろうと考えた七海は次回名前を聞くことにして玄関が荷物で埋まった自室へと戻っていくのだった。




