違和感ありまくりすぎる王子様との街歩き 3
平民街と貴族街は隣接している。ただ途中警備兵が立つ門がある。七海もフェルディアークも学園の貴族科であることを示す制服姿だ。だが、現状フェルディアークは他人から別の姿で見えるようになっているし、七海も立場としては平民であるため、どうやって門を抜けるのかわからない。
「フェル様…」
「うん?どうした」
「門に衛兵さんいますけど、通れるんですか」
「学園の貴族科の制服はそれが通行手形だから問題ない」
フェルディアークの言う通り、二人が門を抜けても警備兵たちは何も言わなかった。少し緊張していた七海だが門を抜けてからほっと息を吐き出す。
貴族街は平民街と比べて住居や店一つとっても見た目からして違った。木材や煉瓦、石造りでの住居や店構えが多かったが、貴族街はそういったものが見られない。コンクリートだろうかと七海は考える。
それにすれ違う人たちが着ている服も平民たちの簡素かつ質素なものとは異なり、子供のものですら装飾が施されている。
鮮やかな布地の服は見ていて楽しい。七海はちらちらと服を見てしまう。でも、彼らはやはりほとんどがNPCだ。七海はそう理解する。店を見ている人間が店主らしき相手と話して、店前を去る。だが、気づけば全く同じことが繰り返されている。店から離れようとした瞬間にはもう元の位置に戻っているようだ。七海は無意識のうちにフェルディアークとつなぐ手に力をこめてしまっていた。
「リリア?」
自分が呼ばれているとは気づけなかった。だが、数瞬して我に返るとフェルディアークを見る。
「ごめんなさい。呼びました?」
「あぁ、どうしたのかと思って。気になる店でもあった?」
「あの…いえ…何でもないです」
フェルディアークはゲーム内のキャラクターだ。七海が抱く違和感を話したことで伝わるとは思えない。視線を伏せてしまった七海に対してそれ以上の追及はせずに、フェルディアークが懇意にしている店へと足を進める。後ろからシグルドと護衛騎士たちもついてくる。
「リリアが気に入るドレスがあればいいんだが」
「ドレス…私、そんなにお金ないですよ。さっきだって、フェル様が支払っちゃいましたよね」
「私が買いたかったんだ。君が喜ぶ顔が見たくて」
「喜ぶ…うん、喜びはしますけど、着ていく場所も着ていくタイミングもない…」
「なら、増やそうか」
「どういうことです」
「一緒に、出掛ける時間を増やそう」
七海の目が点になる。目の前に、選択肢が出た。だが、こんな選択肢は知らない。
ーうれしい。楽しみにしてますねー
ーでも今は学業に専念したいですー
どちらだ。間違えたところで急激に好感度が下がるとは思えない。フェルディアークは足を止めて七海を見つめている。これがユニフェ相手なら間違いなく学業に専念というほうを選ぶべきだろう。だが、相手はフェルディアークだ。口の中が乾く。
選ばなければならない。ならば、選んだところで下がるはずがないものを選ぶ。
「…でも、今は学業に専念したいです」
「ふふ、そうか。リリアはえらい」
フェルディアークは怒ることもなく七海の頭を撫でる。花は散らない。好感度は上がらなかったようだ。おそらく下がってもいない。
心の中で安心し、フェルディアークが連れてきた店を見た七海は、平民感覚と王族の感覚はやはり違うものなのだと理解する。
店には値札のついていないドレスやアクセサリーが並んでいる。ガラスケースに入ったものもある。店内のライトが宝石に反射してまぶしい。
「彼女にあうドレスを見繕いたくてね。体のサイズはこれのようだから、いくつか候補を出してほしい」
「どのような目的で?」
「夜会のために」
「かしこまりました」
七海がドレスを見て回る間フェルディアークは女性の店員にそう話していた。先ほど七海の体のサイズを確認してもらったときにメモでももらったのだろう。体のサイズって個人情報にあたるのでは、と思うが相手は王族のため余計なことは口にしないでおく。
既製品だけではなく、布そのものも売っているらしい。貴族とはいえ体のサイズはいろいろなのだろう。七海は裁縫などすることがないから一体どのくらいドレスに布を使うのか理解できない。値段も想像できない。
やはりフェルディアークに買わせるのはいけないことなのではないかと思う。王族でお金持ちではあるが、そのお金は平民が納めた税金だろうと思うと胃が痛くなる。
「あ…でも、これきれい…」
七海は店の片隅に置かれたマネキンに近づいた。生地の色は月白、淡い灰青の糸で裾に刺繍がされている。胸元は繊細なレースで縁取りがされ、袖は透け感がある。ウエストにはシルバーグレーのリボンが巻かれている。
マネキンの足元には淡い色の靴が一足置かれている。ヒールも高くはなく、履きやすそうだと思った。
「リリア、それが気に入ったのか?」
すぐ後ろからフェルディアークの声が聞こえて心臓が跳ねる。七海の背後にフェルディアークが立っていた。七海が見ていたドレスは少し静かすぎる印象がある。だが、夜会に来るであろう生徒たちの色とりどりのドレスの中には沈まないという自信がなぜかあった。手を伸ばし、ドレスに触れる。生地も柔らかい。
「…いいな」
「ね、きれいですよね」
「サイズも問題ないか…」
ぽつりとフェルディアークがつぶやく。七海が聞き返す前にフェルディアークは身を翻した。
「あのドレスも追加で頼む。それと展示されている靴と、そこの壁にあるサテンのリボンをドレスと同色で」
「あのドレス、かなり値が張りますよ。西方の国の織物でして、布地が入ってきてもわずかです。それをあれだけ、ぜいたくに使いましたから」
「かまわない。彼女に、似合うだろうから」
フェルディアークは七海を見た。今は他のドレスを見ている。目を細め、あの月白のドレスをまとった姿を思う。きれいだと、口にする自信がある。
「わかりました。かなりの量になりますからお届けしますか?」
「…そうだな……では、ここに」
フェルディアークは送り先を書いたメモを渡す。受け取った店員はその場所を確認して一度目を瞬く。フェルディアークを見て、またメモを見て、若干納得はいってないようだが、かしこまりました、と口にした。
フェルディアークは七海を見た。七海のほうはドレスを見ながら、高そう、でもかわいい、とつぶやいている。
「リリアに似合いそうなものがたくさんあって迷うな」
「フェル様は?」
「私?」
「フェル様に似合いそうなものありました?」
フェルディアークは一瞬間を置いて声を出して笑う。七海は自分がよほど変なことを口にしてしまっただろうかと少し不安になる。
「…ここは女性ものばかりだから私に似合うものがあっては困るだろう?いずれ、私に似合うものを君に選んでもらえたらいいのだけど」
「私がフェルさまに選ぶんですか?フェル様かっこいいから、選べるかな」
「どんなものでもいい」
「変なもの選ぶかも」
「それもまたいい」
フェルディアークと七海は顔を見合わせて笑う。
「学生寮まで送ろう」
「ありがとうございます。あ、服は」
「王宮に送らせる。週末の夜会に、間に合うように頼んであるから」
「王宮に」
七海からはフェルディアークはちゃんとフェルディアークとして見えているが、店員にはほかの姿に見えているはずだ。一介の貴族科の生徒が王宮に服を届けてもらうなど違和感しかないだろう。だが七海はその疑問を口にせずフェルディアークとともに店を出た。
フェルディアークの機嫌がいいように見えたからだ。余計な質問をして彼の気分を害する必要はない。
「フェル様、夜会にはやっぱりユズフィーナ様と出るんですか」
「あぁ。そうだな」
「…そっかぁ」
「リリア…」
七海が寂しそうに見えたのだろうか。フェルディアークは七海の肩に腕を回して引き寄せる。七海は突然の行動に目を丸くする。
「リリア、すまない…」
「え?」
「本当は君をエスコートできたらいいのかもしれないけれど」
「いや、結構です。それに、いや、むしろ私フェル様とユズフィーナ様が並ばれている姿が楽しみで」
夜会ドレスのユズフィーナはとても美しかった。悪役令嬢とは何ぞや、と聞きたくなるほどの美貌で、一番の美しさを誇っていた。もちろんその隣に立つフェルディアークも負けてはいない。王族の礼装を着用し、ユズフィーナを完璧なエスコートで導いていた。並び立つ二人の姿を生で拝ませてもらえるのならばそれだけで十分だ。
「本当に?」
「本当です。絶対、お二人きれいだから」
まっすぐな七海の言葉にフェルディアークは毒気を抜かれたように動きを止めた。その顔にはありありと困惑が見て取れる。
ここで引き下がるような七海ではない。フェルディアークと向き合い、七海より高い位置にある彼の頬に両手を当てて引き寄せる。少し腰を曲げる形になったフェルディアークは、近づいた七海の顔を見つめる。
「私、フェル様がユズフィーナ様と並んでいる姿を見るのがすごく好きです。エスコートだって完璧、所作も完璧、姿だって完璧。だから、次の夜会でもお二人の完璧な姿を見たいです!フェル様かっこいいし!」
「…そう、か」
七海は笑顔でうなずいた。フェルディアークは七海に頬をはさまれたまま、彼女の手に自分の手を重ねた。我に返った七海は至近距離にあるフェルディアークの顔に顔を赤くした。彼の緑の目は嬉しそうな色を宿している。そばにある好感度メーターもじわじわと上がっているのが見えた。
「うれしいものだな」
ぽつりとフェルディアークはつぶやく。七海の手を自分の頬から離すと指を絡めて握りなおす。それ以上は言わずに七海を伴って学園寮へと歩き出す。
七海としては手を離してもらいたい。だがフェルディアークは強く握りしめている。眉を下げるものの、不便はないため七海はそのままにさせた。
「リリア、ここのお菓子がおいしいから買っていこうか」
「あ、クッキーだ。お花の形なんですね」
「あぁそうだ。リリアはお菓子が好きだろうか」
「大好きです!疲れてる時に甘いもの食べると元気になりますよね。季節ごとに色々お菓子出るのも楽しいし。食べ過ぎって怒られたりはしましたけど」
「誰に?」
「お母さんに…」
七海の笑顔が一瞬だけ凍った。だが、すぐにフェルディアークに別のお菓子を指で示した。
「フェル様、あっちのマシュマロもいいですよね」
「あぁ」
七海の表情の変化をフェルディアークが見落とすはずはなかったが、何も言わず七海とともにお菓子屋にはいる。フェルディアークが勧めたクッキーが入った缶と七海が興味を示したマシュマロを買う。荷物はフェルディアークが持った。
「また買わせてしまった」
「私がリリアに贈りたいから買ったのだから気にしなくていい」
「でも…」
「リリア」
名前を呼ばれて顔を上げると唇にふに、と柔らかいものが当たる。フェルディアークはマシュマロを一つ、リリアの唇に当てていた。
「食べて」
優しく言われてしまえば七海は断れない。フェルディアークの指に挟まれたマシュマロをほおばる。中からジャムがあふれてきた。おいしさに目を輝かせた七海を満足そうに見つめる。
「その顔が見たかった」
「フェル様、甘い…」
「…そうだな。意外か?」
「ですね。でも、それだけ気を許してくれてるのかなって思うと、それはそれでいい気もしてます」
「そうか」
「あ、でも、私はフェル様とは結婚しませんからね」
「なぜ結婚の話になる?」
不思議そうに問われてまった。七海は先走りすぎたと心の中で反省するものの、ゲームを進めていけばいずれそういう話が出るのはもとより、エンディングが下手すると王妃になるというところだからあらかじめ釘はさしておくに限る。
咳払いして、なんとなくです、と七海は口にした。学生寮が見えてくるとフェルディアークは少し寂しそうな顔をする。
彼は王宮に戻る。七海は学生寮だ。
「次は、夜会か…それまでは会えそうにない」
「忙しいですもんね」
「あぁ。少しだけ、寂しいものだな」
フェルディアークの指が七海の頬を触る。足を止めて彼を見れば、フェルディアークのほうも足を止める。しばらく見つめあってしまった。気恥ずかしくなった七海のほうから視線をそらした。
「じゃ、じゃぁ、お菓子ありがとうございました!ドレスも、本当に着ることになるのかわからないですけど、一応楽しみにしておきます」
「一応?そうだな…私が着てほしいだけだから。ちゃんとシグルドにエスコートするように言いつけるから安心して」
「あの人エスコートできるんですか」
「できる。ちゃんと騎士の家だから、それこそそこらの貴族よりはずっとできるよ。楽しみにしておいで」
「はい」
うなずいた七海はフェルディアークを見送ろうとする。だが、フェルディアークは七海の少し後ろに目をやっていた。NPCたちは二人の様子を気にした様子なく、避けて学生寮へと向かっている。何かあったのだろうかと、七海もフェルディアークの視線の先を追いかけた。
「………は?」
小さく聞こえた低い声。NPCとは明らかに動きが違う。それがだれかを認識した七海がその名前を呼ぶ前に強く腕を引かれていた。
「……なんでお前がここにいる。しかもリリアと」
「ガイクス…?」
七海の腕を引き寄せ、敵対心むき出してガイクスはフェルディアークをにらみつけていた。




