違和感ありまくりすぎる王子様との街歩き 2
フェルディアークの私室の机には紙の山がいくつもできていた。王子で学生とはいえ、王子としての執務も行う。それは人員整理だったり、外交であったり、国内の政務の確認だったりと多岐にわたるらしい。
七海は私室にあるソファに腰を下ろし、侍女が淹れてくれた紅茶を飲みながらフェルディアークを待つ。シグルドは扉のそばに腕組みをして立っている。
部屋に入った当初、フェルディアークは一人もくもくとペンと走らせていたが、七海に気づくと笑みを浮かべた。
フェル様って確か十八歳だよね、とキャラクター設定を思い出す。何ならシグルドも十八歳で、ガイクスが十六歳、ユニフェに至っては十五歳…のはずだ。大人びていて忘れてしまうが、本来ならばフェルディアークもシグルドも学友と遊んでいておかしくはない年齢だ。少なくとも、七海が知る十八歳は青春を謳歌していた。
「…放課後遊ぶとかなさそう…」
「遊ぶ?」
「そう…シグルドは学園の授業終わってからなにしてるの?」
「…訓練」
「将来どこぞの誰かが王位についたら仕事を山盛り寄越されそうだからな。ひとまず体づくりだ」
「シグルド、今でも十分に身体は出来上がっているのでは?」
上腕二頭筋なんて七海が両手で掴むことすらできない。同世代と思われる貴族男性より身体の幅が広い。体幹もしっかりしている。多分体力もある。
なにをどうしたら、こんな大男に育つというのだろうか。現代日本人が羨ましがると思う。
「シグルドは武門の家系だ。父親も私の父の近衛兵を務めているが、学生の時からやはり身体はできあがっていたらしいから、血だろうな」
「…シグルドパパもでかいのか」
「お前、その顔母親もでかいとか思ってそうだな」
七海は考えていたことをズバリと当てられて愛想笑いをする。シグルドはそんなことねぇよ、とつぶやいた。母親のことは何も言わない。
聞きたくはあるが、誰にでも踏み込まれたくないものというのはあるだろう。七海も無理に聞くつもりはない。
「終わった。またせたね、リリア」
「おつかれさまです」
フェルディアークがペンを置いて立ち上がる。こわばった体を伸ばして七海の下へやってくる。今日も顔がいい。
「どこに行きたいか決めたかい?」
「ワンピースを買いに行こうと思ってて」
「ワンピース?」
「夜会用のワンピースです。⋯あ、まさかワンピースでの参加はダメ⋯」
「いいや。格式張ったものではないから、問題ない」
ふわり、と柔らかな笑みが浮かぶ。王子スマイル、と七海は呼んでいる。フェルディアークが動けばシグルドも動く。
「そのままで行くつもりか、フェルディアーク」
「そのまま?」
「学園貴族科の制服、金髪碧眼、どう見ても平民街に行く学校じゃない。ほとんどの平民が王子の顔を知らないとしても、裏の奴らが知らないことはない」
「お前が護衛だろう?それにどうせ他の騎士もいる」
「護衛にはつくが、リリアはどうする」
要はフェルディアークを狙いものがいたら、間違いなく弱そうな七海を人質にするぞ、と脅しているのだ。確かに、と七海はうなずく。不逞の輩に狙われたリリアを救うスチルというのはどのキャラにもあった。今回はそんなイベントが起きるとは思ってもないが、万一もある。
「そうだな⋯」
フェルディアークは顎に手を当て少しだけ考える素振りを見せる。だが、腰の杖をとると一振した。シグルドの眉がわずかに動き、ため息がこぼれる。
フェルディアークの姿には何の変化も見られない。だが、フェルディアークは満足そうにする。
「これで、ばれないだろう」
「フェル様はフェル様のままですよね?」
「認識阻害、の仲間のようなものだよ。私の姿を、私ではない別の人間に変えた。人に認識されないと、君が一人で話しているように見えてしまうからね⋯少し、光の屈折率を変えて、髪色と目の色を他人からは全く別の色に見えるようにしているんだ」
「へぇ!ユニフェもすごいけど、フェル様もやっぱりすごいんだ⋯」
「ユニフェ"も"?」
七海はうなずく。補習のときに七海に紅茶を出してくれたことを話す。シグルドは片方のまゆを上げてわずかに面白そうな顔をしている。フェルディアークはといえば複雑な顔だった。納得がいっているような、いっていないような、そんな顔だ。
「それに補習のおかげで今日の授業わかりやすくて!」
七海が笑顔で言う。フェルディアークは手を伸ばして、彼女の口を手で覆う。目が点になる七海と、めったに無いフェルディアークの行動に目を見開くシグルドと、己の行動に驚くフェルディアーク。
「⋯あまり、ほかの男の話はしてほしくないものだな⋯」
ぽつり、とこぼれた言葉にフェルディアーク自身が驚く。だが、七海の口元から手を離すと眉を下げた。
七海は真っ赤な顔をして俯く。
「行こう、日が落ちてしまったら学園に戻らなければならないから。君のためのワンピースを買わなければならないのだから」
「え、あ、はい」
七海はうなずく。フェルディアークは七海に手を差し出す。シグルドに目をやれば彼は先に部屋を出てしまっている。視線を彷徨わせた挙句七海はフェルディアークの手を取った。普通に手をつなぐだけ。だが、フェルディアークの指は七海の手の甲を撫でる。顔を上げれば嬉しそうな様子がうかがえた。
「フェル様はやっぱり学校のあとってお城の仕事してるんですか」
「そうだね。どうしてもやらなければならないことばかりだから」
「フェル様が生徒会長って言われても違和感ないのに」
「それは光栄だな。けれど、私よりユニフェのほうが才能が上だ。魔法の才能は先天的だからどうしようもないけれど、あの年齢で新しい魔術論理や魔法陣を生み出しているから。ユニフェのように理詰めで魔術は使えない」
フェルディアークが誰かを褒める。
彼は王子で、才能は間違いなくあるのに、誰かを褒めることなんて初めて聞いた。
目を瞬き七海は少し笑った。軽い笑い声にフェルディアークは七海の頭部を見下ろす。彼女はこんな声で笑うのかと思う。それが自分の前でだけであったらどんなに良かっただろうか。
フェルディアークと七海は王宮の敷地を裏から歩いて出る。シグルドの姿はないが、おそらく隠れて護衛しているのだろう。あの巨体が見えないということは認識阻害の魔法をかけている。
「リリアはどんな色がいい?」
「私ですか?んー、好きな色はオレンジとか明るい色だけど、好きな色イコール似合う色ってわけじゃないですもんね⋯」
「私が選んでもいいだろうか。それと時間があれば貴族街のほうにも行こう」
「え、フェル様が選んでくれるの?それは…それは、いいのか…まがりなりにも一国の王子様…」
「私が選びたいんだ。君に、似合うものを」
少しだけ照れたように笑うフェルディアークを見た。なんでスクショできないんだろう、とまじめに考えるものの、七海に似合うものを選んでくれるというその気持ちが嬉しい。問題は高級品を見慣れているであろうフェルディアークが平民たちの服を見て驚かないだろうかというところだろうか。フェルディアークのお眼鏡にかなう服があればいいのだが、王族が普段着ているものは平民の年収の何倍、とかいう状態かもしれない。経済格差がありすぎる。
「にぎやかだな」
フェルディアークのつぶやきが聞こえた。あれやこれやと心配しているうちに二人は平民街に入ってきていたのだ。王宮の裏口から平民街はすぐだ。夕飯の材料を市場に買い物に来ている平民たちが多く見受けられる。
七海はそれを横目に見ながらガイクスから受け取った店の名前のメモを見た。リリアならば知っている店なのだろう。だが、七海にリリアとしての記憶はない。メモの名前を見つめて渋い顔をする。
「どうした?」
「お店の場所わからないんですよね。ガイクスに、”私”がよくいく店だって聞いてはいるんですけど」
「…わからないのか」
「はい」
「見せてみろ」
フェルディアークは七海の手からメモを取る。しばらく店の名前を見ていたが、平民街に来ることのないフェルディアークではわからないのも無理はない。どうしたものかと七海は頭を抱えかけた。
「おや、リリアちゃんじゃないか」
二人のそばの店から声がかかった。フェルディアークと同時に声がしたほうに顔を向ける。少々小太りの女性が七海を見ている。
「えと…」
「どうしたんだい、そこで。隣の人は」
女性はフェルディアークを見る。今のフェルディアークの姿はいつもとは違ってみると言っていたが、どうだろうか。瞬きを繰り返した女性は再度リリアへと目を戻した。
「いい男と一緒にいるねぇ。ガイクスよりもよっぽどだ」
「ガイクスも顔いいですけどね」
「ふふ、そうかい。それで、今日は平民街に一緒に来て、デートかい」
「デ…いや、ち」
「そうです」
「フェル様?!」
「彼女の服を買いに。この店なのですが」
フェルディアークは七海の言葉をさえぎって女性にメモを見せた。女性はメモの名前を見ると笑う。
「なんだ、マダム・レティの店じゃないか。平民街の人気店だよ。リリアちゃんもよく行くじゃないか」
「え、えぇ…」
「この通りをまっすぐ行った先、二つ目の角を右に曲がるとすぐ見える赤い屋根がその店だよ。リリアちゃんに似合う服を買っておくれ」
「もちろん、そのつもりです」
女性に礼を告げたフェルディアークは七海のもとに戻ってくる。少し顔が赤い七海を見つめて首をかしげるが、また手を取ると歩き出した。平民たちの店が珍しいのか、時折足を止めて店先を見ている。他人には全くの別人に見えているというのに、七海にはフェルディアークの姿のままで見えているから違和感しかない。
本当ならば多くの臣下に傅かれている男だ。それが今、普通に七海と歩いている。
それも興味深そうに店を覗いていた。おすすめだよ、と野菜を見せられ、採れたてだ、と魚を手渡される。フェルディアークに対して不敬では、と七海はドキドキする。シグルドや護衛の騎士さんたち剣の柄に手を当ててないだろうかと不安にもなる。だが、フェルディアークは野菜を手に観察しているし、魚を見てはこの魚の名前はと聞いている。
「…フェル様、楽しい?」
「意外と。そうか、この魚は元はこういう姿をしていたのか」
「初めて見たの?」
「あぁ…目の前に出てくるときは、たいてい料理されている状態だからな」
それも冷めたもの、とは口にはしなかった。七海の目は大きくなり、それから伏せられる。フェルディアークはそっと七海の頭を撫でた。
「マダム・レティの店…あぁ、あそこだな」
並んで歩けば目的の赤い屋根が見える。ドアを開ければ七海の目に色とりどりの服が入った。平民たちが祭りで着るための衣装や普段着はもちろん、奥にはかわいらしいワンピースも並んでいる。
「うわぁ…かわいい…」
「ワンピースだったか…ならば、奥だな」
フェルディアークと七海が奥に向かう。ドアを開けた際つけられていた鈴が鳴ったため、客がきたことはわかるだろう。七海はワンピースに目をやった。どれも丁寧に縫われている。七海の好きなオレンジ色のワンピースもあった。オレンジながら、派手さというものはなく、目にも痛くない。フリルがあしらわれており、七海が着たらおそらく太ももの半ばほどの丈ではなかろうか。
フェルディアークは七海の姿を眼中に収めつつ、服を見て回る。店の外に目をやるとシグルドが腕を組んで外の壁に寄りかかっているのが見えた。
「…リリア、いいものはあっただろうか」
「ん-…フェル様、夜会って…こういうワンピースだとやっぱり浮きますか」
七海の後ろからワンピースを見る。手を伸ばして生地に触れてみた。やはりどうしても貴族たちが着る服よりも質はよくない。リリアには似合うだろうな、と思いながら首を振る。
「そうだな…平民もいるが、富裕層だ。どちらかというとドレスが多いだろうな…リリア、着てみるか?」
「え、買わないのにさすがに試着は…」
「あら、お客さん?」
二人の後ろから声がした。振り向けば女性が一人、おそらく五十代と見える。だが、服装は平民とは少々異なる。ふんわりとボリュームのあるスカートに刺繍が施されたシャツ、髪には金属で作られたアクセサリーを付けている。
「こんにちは」
「何かお探しで?」
「夜会用の服を」
「夜会…あらまぁ。うちみたいなところに来てくださるなんて」
驚いた女性はそう口にするものの笑顔を浮かべる。
「そうねぇ…夜会用のはどうしてもうちではないんですよ。あなたたちの制服、学園の貴族科でしょう?一般科の子たちの私服ならあるんだけどね。ごめんなさいねぇ」
「いいえ、じゃフェル様、いきま」
「この、ワンピースを…青と白、それとオレンジ。彼女のサイズに合うものがあれば一着ずつ。それとあちらの壁にかかっている刺繍入りのシャツ、それとスカートをそうだな…右から三着全部」
「フェル様?!」
「平民たち用のだとしても質がいい。夜会で着られるものではないが、リリアの普段着に」
「いや、多すぎる!」
「ありがとうございます。ではサイズだけ確認したいので、こちらに」
「待って、買うって…」
「どうぞー」
女性に押し切られ、七海は試着の場所へと連れていかれる。フェルディアークは微笑みながらそれを見送った。
一連の流れを外で見ていたシグルドはため息をつく。入口のドアを開けてシグルドを見た。
「シグルド、支払い、どうしたらいい?」
「お前、わかってないで買ったのかよ」
「リリアに似合いそうだったから」
「あーはいはい…」
シグルドは銀貨の入った袋を出す。彼自身は店の服の値段を確認はしていないが、足りないということはないだろう。金貨一枚でも十分と思われる。
袋を受け取ったフェルディアークは店に戻る。サイズを計測された七海が戻ってきていた。
「ちょうど出ているものがぴったりのサイズでしたから、これで準備しますね」
「すまない」
「いいえ。では少々お待ちくださいね」
「フェル様…」
「この後は貴族街に行こう。似合うものを探す」
「もういいんですよ…」
「だめだ。どうせだから似合うドレスをちゃんと見つけたい」
行こう、と微笑まれては嫌だとは言えない。七海は小さくうなずく。
店主だろう女性が服を入れたカバンを持ってくる。フェルディアークはそれを受け取り、代わりに袋を差し出した。中を確認した女性は目を丸くする。袋の中から銀貨を十枚とると残りをフェルディアークに返した。七海から見えた袋はずいぶんと膨らんでいる。
「こんなにはいただけません。これで十分です」
「そうなのか」
「えぇ。また来てくださいませ」
「わかった。ならリリア」
「はい」
「また来よう」
フェルディアークは笑顔で告げた。断れる雰囲気ではない。七海はあきらめてうなずいた。
服をもってご機嫌な様子のフェルディアークは店を出る。だが店を出たところで足を止めると七海へ手を差し出すのを忘れない。
「でも、服あるし…」
「いい。私がつなぎたいんだ。だめだろうか?」
「だめじゃない…顔いい…」
七海はフェルディアークと手をつなぐ。普通につないだはずだがフェルディアークはその長い指を七海の指と絡めてきた。七海の喉が鳴る。これは俗にいう恋人つなぎでは、とつながれた手に視線を落とした。
フェルディアークはつないだ手を持ち上げると七海の手の甲に唇を寄せる。ヒュッと瞬時に七海の意識が灰になる。
これは、貴族街までメンタルがもたないかもしれない。顔のいい男がやっていい仕草ではない。
これはユズフィーナのためだ、と必死に自分に言い聞かせてフェルディアークの歩みのまま貴族街へと向かっていった。




