マーガレットとフランは新婚生活を送る2
フランは本当に優しい。
こんな優しい人が私の旦那様でいいのかしら、と心配になるくらいに優しい。
よかったわ、フランが旦那様で。
私を抱きしめながら寝入ってしまったフランのお顔を見つめながら、思わずにまりとしてしまう。
高くはないけれど綺麗な鼻梁のお鼻、薄く形のいい唇、寝ている時も起きている時も差があまりない細い目。この少し地味に見えるお顔が、彼と一緒にいればいるほど好きになる。今では世界で一番好きなお顔。
手を伸ばして白い頬に触れる。手に伝わる感触は、とても滑らかだ。
「ふふ、世界一素敵な旦那様だわ。大好きよ、フラン」
囁いて、彼の胸に体を擦り寄せる。するとフランの抱きしめる腕の力が少し強くなった。
「……フラン? 起きてるの?」
「買いかぶり過ぎですよ、マーガレット」
フランの細い目がパチリと開いて、深海の色の瞳が私を見つめた。その綺麗な色に吸い込まれそうになる。フランの瞳の色は、宝石のように綺麗だ。
「買いかぶってなんかないわ? 本当のことだもの」
「マーガレット……」
フランの白い頬が淡く染まる。その頬に私はそっと口づけた。
「世界で一番、素敵」
じっと見つめるとフランの口元が嬉しそうにゆるんだ。そのゆるんだ口元を白く綺麗な手で隠してしまうから、その手にも口づける。するとフランは少し困ったようにこちらを見た。褒められることに、彼はあまり慣れていないらしい。
「マーガレットがそう言ってくれるなら、そういうことにしておきます」
「本当に私にはもったいない、素敵な旦那様よ」
「マーガレットは自己評価が低すぎなんです。さ、寝てください」
「……少しお外に出たいな。寝台の上は、飽きてしまって」
そうなのだ。自業自得とはいえ、ここに来てからずっと寝台の上だから……少し飽きているというか。
私の言葉を聞いて、フランは考える顔をした。
「じゃあ少しだけ、外に行きますか?」
「本当? 嬉しい!」
フランの言葉に心が華やぐ。せっかくハドルストーン家の領地に来たのに、窓からばかり景色を見ていたから。自業自得、なのだけれど。
「では、失礼」
フランは寝台から下りると私の肩にケープをかける。そして膝裏に手を差し入れ、私の体を軽々と抱え上げた。
「フラン、歩けるわよ?」
「ダメです。無理はもうさせませんよ? 私は騎士なのでマーガレットの重さなんて、抱えているうちに入りませんし。大人しく抱えられていてください」
私に拒絶をさせないためだろう。フランは少しそっけなく言った後に、扉に向かって歩き始めた。家人に見られたら恥ずかしいわ……。でもこのまま甘えてしまいたい気持ちも、大きいわけで。
結局私は、なにも言わずにフランの胸にもたれかかった。するとフランが満足そうに額に口づけてくる。旦那様は、いつでも甘い。
「ふふ。甘やかされてるわね、私」
「そうです。これからはずっと私に甘やかされて生きていくんです。覚悟していてください」
「……嬉しい、本当に……」
嬉しい。嬉しすぎて、時々どうしていいのかわからなくなる。いつの間にか私はポロポロと涙を零していた。嬉しい時も涙は流れるのだと、フランと過ごすようになって私は初めて知ったのだ。
「あーっ! 坊ちゃま! どうして若奥様を泣かせてるんですか! 奥様に言いつけますよ!」
扉の外にいたメイドが、泣いている私を見て声を上げる。するとフランは少し慌てた顔をした。
「違います、これは……!」
「そ、そうなの! フランがとても優しくて、その。嬉しくて泣いてしまったの」
「まぁ!」
私の世話をしてくれているメイドのサリュは目を丸くした。サリュは四十代半ばのメイドで、フランが小さい頃からこの屋敷にいるそうだ。だから時々、子供の頃のフランの話を聞かせてくれる。
エインワース公爵家でお世話になったメイドのメリーもこの屋敷に連れてきており、サリュと交代で私の世話をしてくれている。彼女には昔から、そして今もお世話になっているわね……
「それは、まぁまぁ失礼しました。あの坊っちゃんがこんな綺麗なお嫁さんを連れてきて、しかも泣くほど喜ばせるなんて! あの坊っちゃんがねぇ。若奥様聞いてくださいよ、小さい頃なんてね……」
「サリュ。今からマーガレットと外の空気を吸いに行くところなので。おしゃべりはそこまでにしてくれませんか!」
「あら~そうだったんですねぇ! お気をつけて。あまり遅くならないようにしてくださいね」
大きな声で話すサリュをフランが真っ赤な顔で睨む。けれどサリュは気にする様子もなく、快活な笑い声を立てながら去って行った。
「いつもながらサリュは賑やかね」
「申し訳ありません……」
「どうして謝るの? サリュはいい人だわ」
サリュはいつでも不快そうな顔一つせずに私の世話を焼いてくれる。少し世話を焼きすぎるきらいはあるけれど、それはハドルストーン家の方々皆に共通することだ。
お義母様とお義父様もたびたび私の部屋に顔を出し、あれやこれやと差し入れてくれる。王都でお世話になったフランのご親戚一同もよく様子を見にきてくれるし……。私の毎日は、今までにないくらいに賑やかなのだ。
「では、行きますか」
「そうね、フラン」
気を取り直したようにフランが言う。そんなフランに微笑み、私はうなずいた。
フランさんはよい旦那様なのです(*´艸`*)




