マーガレットとフランは新婚生活を送る1
数話で終わる新婚編の追加です。
お月様に掲載しているものから、R部分を引っこ抜いてそれに合わせて改稿したものとなります。
その日、私はハドルストーン伯爵家へと旅立った。
住み慣れた王都が遠ざかっていく。なのにそれに対する感慨深さや、寂しさのようなものは一切湧かない。馬車の窓から顔を出し寂寥感とともに振り返る、なんてことをやる気も一切起きなかった。
……いい思い出なんて、なかったものね。フランとの思い出は別だけれど。
揺れる馬車の中で私は小さく息を吐く。するとそれに気づいたフランが心配そうに肩を抱き、優しく額に口づけをしてくれた。
「マーガレット、王都を離れるのは寂しいですか?」
眉を下げながらコツリと額同士を合わせてくるフランに、私は微笑んでみせた。
「ううん、逆なの。寂しさを一切感じないなって」
そう言ってフランの薄い唇にそっと口づける。するとフランは泣きそうな顔をした。十七年住んでいた場所に対して、愛着を持てない程度の人生を送っていた私。その大半を側でずっと見ていたフラン。彼は色々なことを思い出しているのだろう。
「そんな顔しないで。私は、平気」
手を伸ばして白い頬に触れると上から手を重ねられ、スリスリと頬ずりされた。その猫のような仕草の可愛いらしさに、私は思わず笑ってしまう。
「これからの人生はフランと一緒に幸せになるのね。本当に楽しみだわ」
肩にもたれかかると優しく髪を撫でられる。そして何度も何度も、安心させるように額や頬にたくさんの口づけされた。
「ふふ、くすぐったい」
「絶対に、幸せにしますから」
フランはそう囁くと私の体を強く抱きしめる。私は目を閉じ……その温もりに身を任せた。
そして一ヶ月半の道のりを経て、ハドルストーン伯爵家に着いた私は……
――見事に体調を崩していた。
旅の途中で感じた、わずかな不調。
それは慣れない旅の間に、確実に積み重なっていった。
本来なら一ヶ月である旅程は、私のために一ヶ月半と長めに取られていた。不調に気づけば心配性な彼は、旅程をさらにゆったりしたものに変えようとするだろう。
それをさせてしまうのが申し訳なくて私は必死に不調を隠した。たぶん、それがいけなかったのだ。
そしてお義父様とお義母様に挨拶を済ませた後……私はそのまま床に倒れ込み、フランや皆様を大慌てさせてしまった。
そして王都にいた時と同じように、寝台の住人となっているわけだ。
「情けないわ……」
ふっと小さく息を吐く私の手はフランの大きな手に握られている。
彼はずっと私に付きっきりで、とても申し訳ない気持ちになってしまう。
傷を負い、長患いをした私の体は以前よりも虚弱になった。そのことで迷惑をかけてしまうかもと思ってはいたのだけれど……ハドルストーン家に着くなりさっそく迷惑をかけてしまうなんて。
「不調に気づけなくて申し訳ありません、マーガレット」
フランは何度目になるのかわからない謝罪を繰り返す。彼が悪いわけではないのに。
弱みを見せると貴族社会では侮られてしまう、そう教えられて生きてきた。だから私は不調を隠すことが得意だ。これは私の唯一の特技のようなもので、フランが気づかなくても仕方がない。
……父は、私が体調を崩しても不快そうな顔をするだけだったわね。
フランの泣きそうな顔を見ながらそんなことを思う。人に心配されるのは、くすぐったくて少し嬉しい。怒られそうだから口には出さないけれど。
「フラン、ごめんなさい。私が悪いの。私が隠してしまったから」
私の謝罪を聞いたフランの瞳がみるみるうちに潤み、涙が零れた。それは白い頬を伝って、ぼたぼたと流れ落ちる。
「フ、フラン……!」
フランの涙を見て私は大いに焦った。寝台から起き上がり頬を伝う涙に手を伸ばそうとすると、その手は掴まれ胸に抱き寄せられてしまう。
「……弱さを隠さなくていいんです。ここは王都じゃないのですから。辛い時はちゃんと口にしてください。私を頼ってください。それを不快に思ったり、見捨てたりすることは絶対にあり得ませんので。……私を信じてください」
涙声で紡がれるフランの言葉に、どうしていいのかわからなくなる。そんなことを言ってくれる人は、今まで周りにいなかったから。
大きな背中に手を回して優しく何度も撫でる。するとフランは嗚咽を上げながら強く私の体を抱き込んだ。
私のために泣いてくれる優しい人。その人に迷惑をかけたくない。だから弱いところは見せずに、笑顔だけを見せたかった。
だけどそれでは……ダメなのね。
「これからは、ちゃんと貴方を頼るわ」
「……本当ですよ、マーガレット」
「ええ、本当。さっそくだけど……頼ってしまってもいい?」
「もちろんです、マーガレット」
フランの返事を聞いて一度彼から身を離す。そして私は上掛けをそっと捲くり上げた。
「一緒に寝て? 独り寝ばかりで寂しくて……」
おねだりをした瞬間。フランは一瞬目を丸くした後に、素早い動きで寝台へと上がる。そして上掛けに滑り込むと、ぎゅうぎゅうと私を抱きしめ頬ずりを繰り返した。
「ふふ、あったかい」
久しぶりのフランの体温。それが嬉しくて仕方ない。
「フラン、大好き」
思わず甘くなる声で囁くと、優しい口づけが降ってきた。
マーガレットさんは相変わらずの虚弱なのです。




