第十七話 団体のお客もやってくる イノシシ鍋 後編
猪肉の美味しい料理方法。
それをアカネはあっさりと教えた。
異世界から来たという彼女は自分の知識がどれだけ特殊なのか理解してないらしい。
そうヨハンは溜息をついた。
猪肉というのは庶民……それこそ、山中の田舎でも手に入れやすい肉だ。
それと同時に庶民向けの肉だ。
たまに畜産として猪を家畜用に品種にしたという豚を育てている。
そちらの方は旨いが……猪は不味い。
そういったことがそんな問題があったのだが、これは違う。
豚のようなうま味とは違うが……。
これはこれで野性味有るうま味というやつだろう。
少なくとも畜産も難しい一般家庭から見たらむしろ人気があるだろうと思われる。
すぐに食べることができないのがデメリットだが……。
それこそ、大量にとれて時間がある今は調理に時間がかかるのは問題が無い。
その情報をほぼ無料で売り払ったのだ。
「あれは職人だね」
そう師匠に言われてヨハンは首をかしげる。
「職人。利益とかそういうのは考えていない。
自分が気に入った相手に満足した品を売れれば良い。
そう思っているだけなんだ」
そう言った人間にはヨハンも心当たりがあった。
素晴らしい絵画。素晴らしい美術品。
素晴らしい道具や武器。
それらを作る者立ちだ。
そう言った人達は、ほしがる人がいればいくらでもお金を払う。
そう言った人間はいるのだが、気に入らなければ何を言っても商売をしない。
あるいは、良い品でちゃんと気をつければ人並み程度の収入以上を手に入る。それなのに興味が無く適当に二束三文で売り払い、仲介業者がボロもうけしてしまう。
そう言ったことが多い。
「そう言った相手をカモにするやつは多い。
だがな。
それは商人として三流以下だ」
きっぱりと師匠が言う。
「良い職人を守り育て……。
利益を与える。
そうしてこそ、本当の商人だ」
自分の利益だけを考えるのは、商人として三流だという。
「木に実る果実を奪うだけではだめだ。
木を育てよりよい実を実るようにする。
それが商人だ」
そんなふうに言っていた。
その中には、なまじにも大量に実るものがある。
おそらくアカネはそれで……。
運が悪ければ、そのまま利用されていただろう。
お人好し……おそらく育ちは根本的なところで良いのだろう。
悪意というのに対して驚くほど鈍感だ。
このままだと大変だが……。
そう思ってからヨハンはホムラを見る。
「いや。大丈夫か?」
「なにが?」
「独り言だよ」
きょとんとするアカネにヨハンはそう答える。
幸運を引き寄せるというホムラ。
おそらく自分がアカネと出会ったのもそれだろう。
一対一の向き合いで面倒を見る。
ツテもあり、そしてコネもある。
さらに腕にも多少は覚えがある。
一緒に成功していくには理想的な人材。
そう判断されたのかも知れない。
(まあ。良いか……)
ある意味、利用されている。
そう言われてしまいそうな状況だが、それによって利益が出ているのだ。
不満や文句などあるはずはない。
彼女が幸運の使いを連れているなら、彼女の幸せを考えてあげよう。
おそらく彼女の性格上、優しい人は幸せでいてほしい。
そう願うだろう人だ。
まあ。
(そんな損得がなくても助けたいと思うんだけどね)
そんなことを師匠に聞かれたら、
「だから、お前は商人としても未熟なんだ」
そう言われてしまうだろう。
そんな事を考えるヨハン。
そこに、
「ヨハンさん。
猪鍋はどうですか?」
そう言ってアカネが差し出したのは猪鍋という料理だ。
茶色い液体で煮込んでいるが……。
これがアカネが愛用している調味料である味噌だということはわかった。
見た目こそわりと食べるのに躊躇する見た目だが……。
食べてみれば驚くほど美味しかったりするのでヨハンももう嫌悪感はない。
むしろ、
「良い匂いだな」
「猪肉は臭みが嫌だと言う意見もありますが……。
むしろ好んで食べる人からみたらこの匂いこそ美味しいんですよ。
ちゃんとした丁寧な処理と腕の良い料理人。
それが使えばジビエの独特の臭みはむしろ美点になるんです」
そうアカネが言う。
「と、言っても私はそこまで上手じゃ有りませんが……。
できればプロに教わりたかったんですけれど……」
「あー」
アカネの世界はおそらくこちらよりも食文化が優れていたのだろう。
そういう意味ではアカネの技量を上げたい。
そう言った望みを叶えることができなくなってしまっている。
それを申し訳なく思うが只の人にすぎないヨハンには何もできない。
とにかく、ヨハンが出来るのはツテを使いアカネの望み食材を手に入れたりすることだろう。とはいえ、そのツテも主に師匠経由なのだが……。
そんな事を思いながら食べれば、
「旨い!」
独特の味だがそのうま味が強い。
「味噌……正確に言えば味噌麹ですかね?
それは肉を柔らかくする作用があるんです。
ただ作るのは手間がかかります。
材料は特別じゃないんですが……」
「ああ。知っている」
作り方を確認して見れば材料も特殊なものはほとんど無い。
むしろ主な材料である大豆。
馬の餌に使われているぐらい安価な品だ。
大量生産もさほど難しくない。
問題は……
「ただ時間がな……」
「あはははは」
時間がかかる上に試行錯誤がかかりすぎる。
何よりも、
「あと、……この見た目はどうにかならないのか?」
「難しいですねぇ。
見慣れていれば気にならないんですが……」
見た目があまりにもドロのように見えるのが気になってしまう。
アカネもその指摘には苦笑を浮かべるしかない。
「それでも、必要というか……。
まあ。文化の違いですかねぇ?」
アカネに言わせてみれば、物心ついた頃から会った味噌を使った料理。
料理なんてくだらないと一笑する元家族ですら、味噌の調味料をみて食欲が失せる見た目だとはいわないだろう。
そう言われてしまえば、文化の違いなのだろう。
「まあ。私の故郷では大抵のものは食べますからね。
魚も食べますし、イカやタコも食べますし……。
鯨も食べますし」
とはいえ、アカネ自身も鯨肉は食べたことがなかったりする。
「イカや……タコに……くじら?」
どうやらアカネの言葉に驚くヨハン。
「いや。イカやタコって……。
出してませんよね?」
「仕入れたことがないので……」
「……あの、少なくともこの世界というか……。
この国でタコやイカを出すのは気をつけた方がよいです。
……むしろ、注意した方が良いです」
「……あ、ひょっとして……、イカとかタコって悪魔と扱われていますか?」
ヨハンの言葉にアカネが何かを察したように言う。
その様子にヨハンはほっとする。
「はい。イカやタコは悪魔の食べ物だ。
そう言って教会が言っているんです。
おそらく食べると言い出したら教会からやはり……」
「魔女認定ですか?」
実際の所、アカネの存在は魔女認定されかねない。
今のところ、小さな小料理屋で……しかもそうそう客が来ない。
謎が多い客であまり店にも素性を聞かない。
そう言った信頼できるかそう言った人間だということで安全を守っていたのだ。
とはいえ、イカやタコだと……。
正直、見た目から躊躇するのが本音だ。
「わかりました。
……けれど、タコの唐揚げとかイカの刺身とか……。
美味しいんですけれどねぇ」
大概に食に関しておおらかなのかも知れない。
そう思いつつもさらに、アカネの料理を一口食べるヨハン。
その味に……この貪欲さ故においしさが生まれるのかも知れない。
そう思うヨハンだった。




