第9話 怪物にも恐怖ってあったのね。知りたくなかったわよ
「魔素に惹かれる、ねぇ……改めて本当にないのかって考えてみると類似する症状と言えば。なんかのいかがわしい儀式をした連中が体内の魔素のバランスを崩して正気をなくしたから薬で何とかした……って噂話を聞いたことある気がするわ……ってことは、まずはそれを調べて、材料取り寄せて……かしら。それをできるようにするためやっぱり拠点申請はいるわね……」
あたしは必要なことをポーチから取り出したメモに書き記す。あたしの方から押しかけて勝手に引き受けた仕事だけど仕事は仕事。仕事なら責任持たないとね。
「オリエラ」
「はい、わかっております。シルバーナ、よろしいでしょうか?」
あたしがメモを書いていると突然、ヴィエラにけしかけられたオリエラが話しかけてきた。あたしはメモを見たまま答える。
「ん? 何よ? この仕事こなしたらさっきも言った通り、手を貸してもらえると」
「いえ。貴方、この仕事をこなすために先ほど呟いた手順が必要なのでしょう?」
「そうだけど? だから一刻も早く人手が欲しいからこうして最短手順を組み立ててるんでしょ?」
「貴方の性格上、この報酬制度はあまり馴染みがないのかもしれませんが。先払い、という報酬制度もございます。今回、ヴィエラはこの先払い制で支払いたい、とのことですが。わたくしも、それで一時的にヴィエラと離れるという話であれば承諾するつもりでおります」
え? そんなこと言った? あたしは呆気に取られてオリエラとヴィエラを交互に見る。すると、オリエラとヴィエラが顔を見合わせた後、ヴィエラが口を開いた。
「きちんと言語化するのは今が初めてね。貴方の手順を聞く限り、設備は必須なんでしょう? でも、設備を整えるために拠点申請というものを通す必要性がある。そういうことよね?」
「まあ、概ねあってますけど」
「拠点を作ってしまうと維持費がかかる。そのため、商売として安定させることも必要」
「そのために、薬草が必要だったのでしょう? ならば採取要員がいればその分、仕事もはかどるのではないでしょうか?」
えーっと。つまり……
「オリエラも言った通りよ。さっき、私は貴方にオリエラを引き取ってと言ったけれど、オリエラや私がこの山で集められる材料を採取できれば貴方の薬作りは早く進むのよね? なら、人手の面で先払いはどう? という提案だったら貴方も、オリエラも。そして私も助かるのよね。私だって、襲いたくはないしね」
ものすっごくありがたい申し出! ぜひ! と言いたいところだけど……
「ねえ、ヴィエラ?」
「何かしら?」
「襲いたくない、というのは信じるとして。採取については会うための口実だったりしないわよね?」
にこにこしたまま答えないヴィエラ。
「わたくしが定期的にヴィエラが採取した分を回収いたしましょう」
「オリエラ、自分で渡せるわ。どれが私が採取したものか分かった方が安全だろうし」
「薬草に安全という話がついてくること自体、分かりません。少なくとも、貴方とシルバーナを近づけるのは危険だと判断します。わたくしが、仲介いたします」
とまあ、こんな感じで一応、商売をする上で必要な材料の調達元だけは確保できたのは大きかった。雪山登ったかいがあったわ~!
こうして、あたし達が小屋から出て、帰ろうとしたその時だった。
「シルバーナ、気を付けてください。……怪物です」
オリエラが身構えた。そこには普通の熊よりも一回りも二回りも大きい、明らかに怪物となった熊が、今まさに小屋を通り過ぎようとして、扉が開く音に気が付いてこちらを、じっと見ていた。
しかしその怪物の熊は、怯えていた。いや、正確にはあたしも、感じ始めてから冷や汗が止まらないんだけど……
「貴方、私の大事なシルバーナとオリエラに、手を出そうなんていい度胸してるわね?」
とんでもない殺気が、背中越しにビンビンと伝わってきていたのだ……
いや、だからね? オリエラはいいのよオリエラは。なんであたしも対象に入るのよ! 殺気立ったらすぐにあんたの理性は吹っ飛ぶわけ!?
あたしが心の中でツッコミを入れていると、熊の怪物が……逃げた。人が放つ殺気だけで。でももっと恐ろしかったのは……
「待ちなさい! 手を出そうとしたこと自体が罪だと、思い知らせてあげるわ!」
逃げた熊の怪物を、あたし達を追い越して物凄いスピードでヴィエラが追いかけていく。
……ヴィエラ……こっわ……
「昔から執念深い所はありますが、最近は特に……追いましょう。きちんと怪物を倒しきるかを確認しなくては……」
え? 倒しきるかの確認をする必要があるってどういう意味よ?
それは一方的な蹂躙だった。
熊の怪物が諦めてヴィエラに向かって爪を立てて襲い掛かる。ヴィエラはそれを『素手で』払いのけると、もう片方の手で素早く抜剣しその勢いで熊の体を切り裂いた。
熊は踏ん張り頭突きを試みる。それに対してヴィエラは横へステップを踏み、先ほど爪を払いのけた素手にできた傷から出た血で糸を作る。血の糸はふわりと熊の首へと絡まると同時に硬化する。ヴィエラの体が反対側に着地する。その瞬間、血の糸はヴィエラの体に吸い込まれるように鋭く、そして素早く回収される。その勢いで熊の首は綺麗に切断され、白い雪に鮮やかな赤色をまき散らした後、どさりと首が雪にうずもれるように落ちた。
血を、操った?
思わずオリエラの顔を見る。オリエラは苦い顔でそれを見ていた。少なくとも初めて見る光景じゃないことだけはわかった。この二人には隠していることがある。
どう考えても、ヴィエラが抱えている症状はただの病気からくる症状じゃない。
「オリエラ、本当にあたしの仕事内容は『発作的に襲ってくる魔素に惹かれて人を襲ってしまいそうになる衝動を緩和させる薬を作る』でいいの? もう少し、事情を話してもらえれば、もう少しだけ根本的なことができるかもしれないのよ?」
改めて事情を確認した。あまりにも異質なその症状に、本当にただの薬が効果があるのか確かめる意味でも。自分の身の安全を確かめる意味でも。
「……気持ちはありがたいのですが、わたくし達にも今、自分達の判断だけで話せることと話せないことがございます。わたくしは、ヴィエラを発見し、説得を試みていることまでは主人に報告済みなのですが。次の報告の際に、どこまで事情を話せるかの確認をさせていただきます。どうか、お許しくださいませ」
オリエラは申し訳なさそうに頭を下げる。そして珍しく今にも泣きそうな表情で言う。
「貴方の気持ちが本気であること。貴方の身を考えれば全て、話すべきであること。重々承知しております。わたくし自身の判断でなら、今この場でお話ししてしまいたいぐらいです。ですが……どうか、ヴィエラがまだ、自分の判断が可能なうちは、お待ちいただけないでしょうか?」
そう言われてしまうとあたしもこれ以上は追及できなかった。そんなあたし達の重い会話を断ち切る様に、ヴィエラがさわやかに声をかけてきた。
「今日のご飯は熊鍋ね。貴方達も持って帰る?」
自分のモノを守ったという愉悦の笑みを浮かべながら、丁寧に熊の怪物を解体する正気を失ったヴィエラの様子に、思わずこの仕事、釣り合ってる? と思っちゃったのは内緒。




