第5話 あんた、雪山で数日過ごしたって正気?
「まあ、そんなこったろうとおもったけど……」
翌日の早朝。クリッパーを包み込む外壁に対して、オリエラはロープを引っ掛け登っていく。特に理由のない街の外への行き来は法律上許されていないこのハーゲルンで雪山へ依頼関係なしに出入りする、なんて普通に考えてあり得ないとは思っていた。不法侵入不法滞在だったわけね……
「さあ、ロープに掴まってくださいませ。引き上げさせていただきます」
「ああ、大丈夫よ、これぐらい。登れるって。よっと!」
あたしはそういって壁を利用しながらすいすいとロープを伝って外壁を登った。
「あんた、毎日これやってたわけ? 止血剤買うため? よくやるわ」
「必要な事でしたので」
「あ、そ。じゃあ、案内よろしくね」
「かしこまりました。こちらです」
慣れた手つきで外壁から降り、雪山へと踏み入れるオリエラに続いてあたしもまた外壁を降りて雪山へと足を踏み入れた。
「動物や怪物の毛皮とか狙わなかったの? 毛皮はこの辺じゃ必須品だから多少傷んでてもそこそこの値で買い取ってもらえるわよ」
「人様に提供する商品の品質に問題があるのが許せない性分です故」
「まあ、気持ちはわからないでもないけど、使えればよくない? それで助かる人もいるわけだし。あ、もちろん最低限の効果が得られないってときは論外ね?」
「なるほど、そういう考え方もありますか。しかしながら、やはり、わたくしは、自分が提供する品は常に最高品質であるべきだと考えてしまいますね」
「良いんじゃない、そういうのも。そういうやつがいるから上手く回ってるんだしさ~」
道中、何気ないオリエラとの会話はとても楽しかった。考え方に大分違いはあるんだけど、あたしも、そしてオリエラも否定はしないのだけは共通で話していて気持ちが良かった。
* * * * *
「到着いたしました。こちらが、薬草の採取地でございます」
そこは、雪山の中腹に近い洞窟だった。入り口は木々に覆われ入念に調べないと見つからない。よくここを見つけたわね……
「実は最初、宿代すらない時に寝泊りをしておりました。少々寒いことに目を瞑れば、雨風もしのげ、食料も見ての通り」
そう言って、外の木々を指さすオリエラ。よく見れば硬い皮でおおわれた実をつけている。え、これ食べてたの? 確かに食用ではあるけど……
「わたくしが住んでいた故郷でもわずかに生えている木です。ここのように群生はしておりませんが……おかげさまで、助かりました。しかし、この木が導いてくれたのです。この薬草の存在を」
ああ、なるほどね……オリエラの指摘に記憶を掘り返してみると、この薬草の産地とこの木の分布は重なる所が多い。温度さえ条件を満たせばあるかもってなるわね。あたしはその説明を聞きながら、薬草を選んで丁寧に採取する。
今必要なのは、最高品質ではない。成功率が低いのに最高品質を用意する必要性は薄い。見た目が悪くても効果は一流な、いわゆる二流品。最高品質の品は麻袋にしまって、今回使う物だけをひとまとめにしていく。
「手伝いが必要でしょうか」
オリエラの申し出を手で制する。この時ばかりは少し集中したいの。悪いわね。
あたしの気持ちを理解してくれたのかオリエラは洞窟の入り口に視線をうつし、警戒を強めてくれた。
材料の採取が終わるとあたしは洞窟の少し開けた場所に蒸留器具や乳鉢といった粉砕器具を広げる。あたしが乳鉢を使って薬草をすりつぶそうとした時だった。
「こちらの岩の方が安定していると思いますが、いかがでしょうか?」
オリエラが入り口の近くにあった平たい岩を、重たそうに引きずってきた。あんた、できないのに無理して……あたしはオリエラに駆け寄って岩の側面を持って、一緒に器具の近くへと寄せて置いた。
「オリエラ、気持ちは嬉しいんだけど、見つけたなら見つけたって言ってくれればあたしも運ぶの手伝うからね。あんたそんな細腕なんだからさ」
「ご迷惑をおかけし申し訳ございません。少しでも、お力になれればと思い先走りました。今後はそのようにいたします」
そう言い、丁寧にお辞儀をするオリエラの姿を見て気が付いたことがある。オリエラの所作がメイドそのものなのだ。もしかしてオリエラの着ている踊り子みたいな衣装。本当にメイド服を模してるんじゃない? ってことはよ?
「ねえ、オリエラ」
「はい、なんでしょうか、シルバーナ様」
背筋に寒気が走った。ちょ、ちょっと。様付やめてよ、気色悪い!
「オリエラ、その。癖だったら悪いんだけど。様付、やめてくれない? 気持ち悪いのよ。呼び捨てでいいわ、呼び捨てで」
「これは失礼いたしました。ですが、確かに貴方に『様』という敬称はあまり似つかわしくありませんね。ではお言葉に甘えて呼び捨てとさせていただきます」
……それも、どうなの? 本当、馬鹿みたいに素直に言う奴ね。あたしじゃなければ怒ってるわよ? そんなことより。
「あんたさ、どっかの大型の冒険者ギルドとかに所属してるでしょ? その踊り子衣装、制服?」
「なぜそのようなことを?」
「あんたの所作がさ、めっちゃメイド。どっかのメイドだったんだけど、でかい冒険者ギルドに買われた、ってのが一番しっくりくるなって思ったんだけどさ」
この大陸ではよくあること。この国でも、隣国でも。十年前から世界はみーんな困窮してる。苦しんでないのは国のお偉いさんだけ。でも、メイドや執事となると少し話が違う。お偉いさん同士の取引で、やり取りされる道具って側面が強くなる。そんな、メイド上がりの冒険者が、どうしてこんな雪山に用事があるのか……
「もしかしてさ、あんたが止血剤欲しいのって、ご主人様かなんかのためだったりする?」




