第18話 悲鳴で一杯飲みたいのはあたしのようよね
「お帰りなさいませ。こちらの入り口は綺麗に整えておきましたがまずは夕食をお召し上がりください」
綺麗に整える意味ある? というツッコミより、先にそのシチューを食べさせなさい!
あたしは水道水で手を洗って、その辺に空の布袋を置いて座る。隣にも同じように空の布袋を広げた。
「椅子がございますよ?」
「あんたの分までないでしょうが。あたしはね、仲間とは同じ視点で食べたいの。ほら、あんたも座りなさいよ!」
「そういうわけには……」
「ああ、もう、じゃあそういう命令とでも解釈して座りなさいな!」
オリエラはくすりと笑うと軽く頷き、あたしの隣に座って、一緒にシチューを頬張った。明日からは、きちんとテーブルと椅子が揃うからお行儀よく食べるわよ。今日だけ今日だけ。
お腹いっぱいになったところで早速、オリエラが整えたという入り口を開けて中を覗く。真っ暗で見えない……はずだったのだが。その入り口を開いた先には、通路があったのだ。天井には仄かに光る照明。よく見るとこれは、魔蛍光石、と呼ばれる周りの魔素を吸引し光る石でできていた。手の込んだ貴重な照明器具で照らされた通路は二股に分かれている。正面は仄かに明るいが、片方は真っ暗。通路なら湿った石の匂いとかがするはずなのに、土の匂いが濃いということは、どこかで洞窟か何かと繋がっている可能性すらあるわね。
「あ……なるほどね、これ、つまり……」
「地下道でございますね。こちらの方向は、方角的に確か……道の向こう側の空き物件でございますね」
オリエラは正面に続く通路を見ながら言う。
「つまり、この建物ってあっちの建物の倉庫だったのよ、きっと。便利なように地下道を作った。野盗どもはそこに目をつけ、この地下道に通じる道を他に作って、二つの物件を出入りして過ごしてる……普段は使いやすい、あっちの建物を使ってるんでしょうね」
そういってあたしは暗い方の通路を見る。その通路へ続く道は明らかに壊された形跡があった。この街、他に地下通路みたいなのが走っている可能性もあるわね……野盗が一から全部掘るなんてするわけないし。
「野盗の侵入経路について、辻褄は合いそうです。どうされるおつもりで?」
「侵入口が分かったんなら、やることは一つでしょ」
その時だった。こちらに人がいるなんて思っていないのだろう。大きな声が、暗い方の通路から響いてきた。
「お頭、今日はどっちで寝ます?」
「今日は酒があるからな。パーッと騒げる広い方にするか」
「やったぜー! 宴だー!」
あまりに呑気。というか、そういうのは自分らできちんと拠点を買ってやりなさいよね!
あたしは、向こうに聞こえないように。オリエラにだけ聞こえるぐらいの小さな声で話しかけた。
「……オリエラ。あんた、トンカチあったわよね?」
「はい、ございますが」
「オリエラ。あんた、床を剥がした端材、使えそうなものは分けとくタイプよね?」
「はい、そうですが」
「だったら、あたしがこれからやることやったら、あんたもやることやってくれるわよね」
オリエラは静かに頷いた。
あたしはリントにもらった薬莢玉に道具袋から出した水色の液体を注ぎ込む。そして、縄に火をつけて地面に転がし、オリエラに手で撤退指示を出すと同時に、オリエラを押すようにして通路の入り口へと戻った。
「うん? なんか、煙が……な、涙が、止まらない……!?」
「おい、なんだ、なんだこの煙は!?」
扉を閉める前。ごほごほという声とともに悲鳴が聞こえた。
あ~ いい声が聞こえるわ~ 催涙作用のある薬を、煙状にしてあげました。追い払うだけならこれで十分でしょ。突き出すのは骨が折れるし。もう二度と来ないでね~!
手を振るようにしてあたしは入り口から倉庫へと戻った。
あたしが出た次の瞬間から、オリエラが端材を使っての突貫工事を始める。あんた、本当に手際がいいわね。あっという間に扉が封鎖されてしまった。
「さて、扉はこのような形でよろしかったでしょうか?」
「あ、完璧! こんだけガッチガチに固定しちゃったらもう入れないわね!」
気が緩んでつい、大声を出してしまった。それが失敗だった。木の扉の遮音性は低かったみたいで向こうにあたしの声が筒抜けだった。
「ふざけたことしやがって! 野郎ども! 正面だ! 正面の扉の方へ行くぞ! あっちの方が脆い!」
え? ちょっと待って……正面から堂々と入ってくるつもりなの!? あんた達、国の守備隊の兵士怖くないの!?
「……シルバーナ。一応、正面からの戦いも覚悟しなければならないようです。貴方は下がっていてください」
「でも、あんただけに戦わせるわけにはいかないでしょ? あ、あたしだって、やれることはあるんだからね!」
「ご安心ください。護衛業務は冒険者として、当然の嗜みでございます」
そう言い、オリエラは拳を前に突き出し構える。
護衛業務は冒険者として当然の嗜みって……珍しく冒険者らしい事を言うじゃない。でもね、あんたが言ってるのを加味すると、メイドの嗜みでも十分意味が通じそうなのは何でなのよ……き、期待して、いいのよね?
そしてまもなく。買ったばかりの拠点の扉を蹴破って十人の男達が倉庫の中へとなだれ込んできた。お、思ったより、多くない?
「はぁ……なんだお前ら。俺らの寝床に」
「あんた達こそ、何勝手に不法占拠してんのよ! ここは! 明日からあたしの家なのよ! 勝手に入ってこないでよ!」
「あ? また買われたのか。なら売りたい気分にさせてやるぜ!」
男の一人があたしに向かって距離を詰めようとした瞬間。間にオリエラが入り込み、その男の前に拳を『置いた』。男は勝手に拳に突き刺さり、大きく後ろへとのけぞった。
え? な、なによ、その格闘術!?
「お、女! 今何をした!?」
「いいえ、何も。貴方が勝手にわたくしの拳に刺さりに来ただけでございます」
「この女、ふざけやがって!」
今度は三人の男がオリエラを取り囲むように拳を振り上げて襲い掛かる。しかし、それをオリエラは丁寧に受け流しながら、きっちり腹に肘打ちを入れる。
その様子はまるで踊りを見ているようで、なるほど、メイド服を模した踊り子の衣装の意味を理解した。
「この女、できるぞ……」
とはいえ、多勢に無勢。オリエラ一人で全員倒しきれるの……?
* * * * *
一方その頃。クリッパーの街の壁の上に黒い人影があった。
「止血剤のお礼を一刻も早くしたくて降りてきたけれど……邪魔な連中がいるようね。どうしてくれようかしら?」




