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第九話

 その日の練習後、僕は小西先輩に話しかけた。話すのは花見の日以来だった。


「僕、今度のナイトカーニバル出ることにしました」

「そうか。期待してるぞ」


 それだけだった。

 しかし、十分に敵意は感じられた。

 それが、さらに僕を奮い立たせた。


「彰人も出るのか? 楽しみだなー」

 

 僕らの会話を聞いていた大雅が、僕に話しかけてきた。


「精一杯頑張ってみるよ」

「一万メートルだけど、今の彰人なら心配なさそうだな」

「いや、まだまだだよ。あと二ヶ月間、とにかく練習積んで、なんとか体力を戻さないといけない」

「まぁ、あんまり無理すんなよ。怪我だけには気をつけてな」


***


 ナイトカーニバルに出場すると決めて以来、僕はとにかく練習を積んだ。

 サークルの練習の後も、追加で走り込みを行い、サークルがオフの日も、一人で自主練に励んだ。

 少しオーバーワーク気味だったが、僕はもうそんなことを気にしている場合ではなかった。


***


 今日はサークルの練習の日だったが、雨で中止になった。

 しかし、僕はいつも通り練習を行なった。

 僕は冷静では無かった。

 風邪を引くことより、足を止めることの方が怖かった。

 

 メニューが終わって部室に戻ろうとした時、部室に人影が見えた。

 近づいてみると、それは凪沙だった。

 凪沙は僕に気がつくと、びっくりした顔で声をかけてきた。

「まさか、この雨の中練習してたの?」

「……うん」

「バカじゃないの? 風邪ひいちゃうよ!」

「そ、そうだな……それより、なんで凪沙はここにいるんだ?」

「明日、サークル無いけど友達とランニングするから、部室に置いてあるランニングシューズ取りに来たの」

「そういえことか……」

「ねぇ、一つ聞いてもいい?」

「うん」

「最近、なんでそんなに頑張ってるの?」

「最近走るのが楽しくて、つい……」

「何よそれ。風邪ひかないように、帰ったらすぐお風呂入ってあったまるんだよ」

「りょーかい」


***


 次の日、僕は凪沙に言われた通り風邪をひいた。

 今日は凪沙とバイトのシフトが被っていたが、凪沙は僕が風邪でバイトを代わってもらったことを聞き、電話をかけてきた。


「ねぇ! やっぱり風邪ひいたじゃん! もうこれからは雨の中走っちゃだめだからね」

「分かりました……」

「それで、体調はどうなの?」

「熱があって、体もだるいけど、このくらい一日寝ればきっと大丈夫だよ」

「白川先輩も心配してるんじゃないの?」

「それが……」

「どうしたの?」

「白川先輩には内緒にしてるんだ。かっこ悪いとこ、見せたくなくて……」

「なにそれ……それじゃあ、私がなんか買ってきてあげようか?」

「いいのか?」

「別に……それくらいなら……」

「ありがとう……助かる」

「じゃあ、私がバイト終わったら家寄ってあげるから、それまで大人しくしててね。病人は寝てないとダメだからね」

「は、はい……」


***


 凪沙がバイト終わりに飲み物などを家に届けてくれた。

 

「助かったよ」

「全然これくらいはいいけど……明日も無理しないでね。私に何かできることがあったら言ってね」

「ありがとう。でもこれくらいすぐ治るよ」

「あと……練習無理し過ぎないでね。私、これでも心配してるんだから」


 そう言うと、凪沙はそそくさと帰っていった。

 

 それにしても、最近の凪沙は少し様子がおかしいような気もする。

 なんというか、優しすぎる。

 それとも、僕の気にし過ぎだろうか。


***


 凪沙の差し入れのおかげで風邪は無事治り、僕はまた練習漬けの日々に戻った。

 そんなある日、僕は夜道を一人歩いていた。

 目的地は白川先輩のバイト先のお店、フランジェである。

 話は半日前に遡る。


「私、今日のバイトも閉店までのシフトなんだよね」


 サークル後の帰り道、白川先輩がふと愚痴をこぼしてきた。


「大変ですね……」

「最近毎回だよ……嫌になっちゃう」

「それなら、バイト終わりに迎えに行きましょうか? 女の子が夜道を一人は危ないです」

 

 心配半分、下心半分だった。

 

「それは申し訳ないわ。でも……ちょっとだけ来て欲しい気もする」

「じゃあ、行きますね」

「ありがとう! 実は遅くなる時は少し怖いんだよね。何回か男の人に絡まれたことあるし……」

「それじゃあ、終わる時間また連絡してください。お店の前で待ってますね」

「うん!」


 こうして今、僕は白川先輩のお迎えのために、フランジェまで歩いているということだ。

 そして、僕はかなり浮かれている。

 バイト終わりの彼女を迎えに行くなんて、鉄板の彼氏ムーブだ。しかも、相手は白川先輩だ。

 サークルの男なら一度は憧れるシチュエーションと言っても過言ではない。

 そんなことを、本当の彼氏でもない僕が体験できるなんて、とても幸せな話だ。

 

 少し早めにフランジェに着いて、しばらく待っていると、以前会ったスタッフの女性が入り口から出てくるのが見えた。

 彼女は僕を見つけると、こちらに向かって走ってきた。


「白川先輩の彼氏さんですね! お久しぶりです。白川先輩、今日彼氏さんが迎えにきてくれるって言ってめちゃめちゃテンションが高かったんですよ。可愛かったなぁ」

「そうですか……」

「彼氏さん、愛されてますね!」

「は、はぁ……よかったです……」


 遅れて、白川先輩が駆け寄ってきた。


「何話してたの?」

「え? 大したことじゃないですよー」


 そう言い残して、スタッフの女性は去っていった。


「あの子、なんか変なこと言ってた?」

「いや、別に……」

「そう……それならいいけど……」

「バイト、お疲れ様でした」

「ううん、加藤くんこそありがとね。遅いのにわざわざ来てくれて」

「いえいえ、これくらいなら全然大丈夫です。これからもバイト遅い時は迎えに来ますね」

「え、いいの?」

「いいですよ。心配ですし。それに……一応、彼氏ですから。偽装ですけど……」

「いつも思うんだけど……加藤くんって、私にとっても優しくしてくれるよね。たまに、偽装じゃないんじゃないかって勘違いしちゃいそうになるくらい……」

「え?」

「私、偽装彼氏が加藤くんでよかったなって思う。私にとっては百点の偽装彼氏だよ」

「そ、そうですか……それはよかったです」


 百点の『偽装』彼氏か。

 白川先輩にとって今の僕は、あくまで偽装彼氏でしかない。

 果たして僕に、それ以上の存在になれる可能性はあるのか?

 

「そういえば……もうすぐ私の誕生日なんだけど、その日に明里先輩が私の家で誕生日会開いてくれるの! それでね、今回は加藤くんも呼ぼうっていう話になってて。どうかな?」

「え……それって、僕も参加してもいいんですか?」

「うん! ぜひ来てよ! 明里先輩なら私たちの事情も知ってるから、変に気を使うこともないし」

「それなら、行かせてもらいます……」

「やったぁ! ありがとね」


 白川先輩の誕生日が近づいていることを今知った僕は、内心かなり慌てていた。


 そういったことは柳先輩にしっかりリサーチをかけておくべきだった。

 これは、早急に白川先輩への誕生日プレゼントを用意しないと。

 しかし、どんなものがいいだろうか。

 ここは少し、あいつの手を借りるか。


***


 白川先輩の誕生日の数日前、僕は凪沙と近くのショッピングモールに来ていた。

 白川先輩への誕生日プレゼントを一緒に選んでもらうためだ。


「やっぱりここは少し思い切って、ネックレスがいいと思うんだよね! 身につけてもらえるものだし、記念になると思うの」

「そういうものなのか?」

「そうだよ! 彰人は分かってないなぁ」


 やはり、凪沙に頼んでよかった。僕なら思いつかなかった。

 それにしても、アクセサリーショップというものは、なんでこんなにこんなキラキラした空間なんだ。とても居心地が悪い。


 お店に入ってしばらく経ち、ふと通路に目を移した僕は、こちらをじっと見つめる二人組の姿が目に入った。


「あ、彰人くん……どうしてここに?」


 そこには、白川先輩と柳先輩が立っていた。

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