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第六話

「え?」


 小西先輩は僕の方を見たまま、固まってしまった。

 

 すぐさま、僕たちの周りに人だかりができた。

 そして、気がつくと僕は大雅に連れ出されていた。

 

「彰人、どういうことだ? 聞いてないぞ」

「まだ言えてなかった。ごめん……」

「それにしても、彰人……おめでとう。おまえ、すげえや」

「ありがとう…………」

 

 他の二年生も集まってきていた。

 遅れて凪沙が到着した。

 

「彰人、やっぱり白川先輩のこと……」

「いや、その……」

「嘘つき」

 

 凪沙はすぐに立ち去ってしまった。

 凪沙は怒っていたように見えた。

 

 ふと白川先輩の方に視線を移すと、やはりあちらにも人だかりができていた。

 

 大変なことになったちゃったな。

 特に白川先輩の方は、まだまだ収まりそうにない。

 なんだか相手が僕で申し訳ない。

 

 その後、僕たちは花見の場をなんとかやり過ごした。

 そして、大学近くの居酒屋で行われる打ち上げに行くことになった。


***

 

 打ち上げでは、小西先輩になるべく近寄らないようにしていた。

 小西先輩はかなり落ち込んでいるように見えた。

 とりあえず、今日は話さない方が吉だ。

 

 二年生たちの卓で静かに身を潜めていると、僕を呼ぶ声が聞こえた。

 

「加藤くーん。こっち来てー」

 

 三年生の女子の先輩たちだった。その中には白川先輩の姿もあった。

 僕は渋々そちらに向かった。

 

「ねえ、ふたりの馴れ初め聞きたーい」

「私も知りたーい」

 

 先輩たちは盛り上がっていた。

 僕が口ごもっていると、白川先輩が代わりに答えてくれた。

 

「新歓の時に気になって、私から声かけたの。それから話すようになって……」

 

 今日は白川先輩に頼ってばかりで情けない。

 それに、白川先輩からアプローチしたことにしてくれている。

 申し訳ない気持ちで胸が押しつぶされそうだ。

 

「すごーい。美月から声かけるなんて珍しいね」

「加藤くんは美月のどこが好きになったの?」

 

 先輩のうちの一人から聞かれた。

 

「えっと……優しいところ、ですかね?」

「何それー、普通すぎー」

 

 先輩たちは少し上機嫌に見えた。それは、白川先輩に彼氏ができたことを喜んでいるのか、それとも、小西先輩争奪戦の敵が減ったからか、それは分からない。

 しかし、いずれにしても、この中に白川先輩をいじめていた人間がいると考えると、ゾッとする。

 ひとまずは、白川先輩への攻撃が収まってくれることを祈るばかりだ。

 

 僕は隙を見て、元居た大雅の隣に戻った。

 

「一躍時の人だな」

「やめろよ。注目されるのはあまり好きじゃない」

「そっか。そういえば、凪沙が怒ってたみたいだったけど、大丈夫か?」

「今回のこと、黙ってたからだと思う。また謝っとかないとな」

 

 僕は周りを見渡したが、凪沙の姿は見当たらなかった。

 代わりに、柳先輩と目が合った。

 柳先輩は小さくグーサインを送ってきた。

 僕もコソッとグーサインを送り返した。

 

 柳先輩の策略は見事だった。改めて感謝しないといけない。


***


 打ち上げはお開きとなり、僕と白川先輩はふたりで帰ることとなった。

 みんなの好奇の視線に押されながら、僕たちは帰路に着いた。

 

「加藤くん、ごめんね。たくさん気を使わしちゃって。疲れさせちゃったでしょ」

「いえいえ、全然大丈夫です。先輩こそ、いろいろ答えてもらって、すみませんでした」

「いいのいいの。先輩だし。それに、スリルがあってちょっと楽しかったわ」

「それならよかったです……そういえば、先輩の家はこっち方面でよかったんですか?」

「うん。実は私の家、加藤くんの家の近くだよ」

「そうだったんですね……」

「そうだ。どうせなら私の家の前まで来る? 今思えば、カップルで家知らないのもおかしな話だし」

「そ、そうですね」

 

 この後、僕たちは白川先輩の家の前で解散した。

 こうして、偽装カップル生活はなんとか初日を終えた。


 ***


 偽装カップルを始めて、一週間ほどが経った。

 僕たちは、できるだけ毎日話すように心がけていた。

 これは、周りに偽装カップルであることがバレないよう、お互いのことはある程度把握しておくためだ。

 といっても内容は、今何しているだとか、明日の予定だとか、そんなところだ。

 そして、今日はこれから白川先輩に傘を持って行ってあげることになっている。

 図書館で課題をしていたら突然雨が降ってきて、帰れなくなったとのことだった。天気予報を見ていなかったらしい。


***


 図書館に着くと、入り口のところで白川先輩が待っていた。


「ごめんね。わざわざ来てくれて」

「いえいえ。たまにはこういうことしないと、周りから怪しまれますしね」

「お詫びに、今度アイスでも奢るね」

「ありがとうございます」

「……どうせなら、相合傘……する?」


 何をいきなり言い出すんだ、この先輩は。

 いくら偽装カップルとはいえ、これは反則ではないか?


「それはちょっと……」


 僕の声を無視して、白川先輩が僕の傘に入ってきた。

 僕の心拍数が跳ね上がった。

 顔も真っ赤に紅潮している。

 僕は白川先輩に顔を見られないよう、必死に隠しながら歩いた。


「そういえば、今日もバイト夜遅くまであるんだ」

「そうですか、忙しい時期ですもんね」


 白川先輩は少しおしゃれなフランス料理屋でバイトして居る。僕のバイトして居る居酒屋もそうだが、四月の飲食店はどこも忙しい。


「忙しいのやだなー。でも、今日は明里先輩もシフト被ってるし、なんか頑張れそうだな」

「え? 柳先輩も同じバイト先だったんですか?」

「そうだよ。言ってなかったっけ?」

「はい、今知りました」

「明里先輩に誘ってもらって、今のお店に入ったの」

「そうだったんですね……」

「そういえば、明里先輩に今回の偽装カップルの件、順調だよって伝えたら、かなり喜んでたよ」

「柳先輩には感謝しないといけないですね。僕がお礼を言ってたって、また伝えといてください」

「分かったよー」


***


 白川先輩と別れた後、僕はいつものように家のエレベーターに乗り込んだ。

 しかし、次の瞬間、僕は血の気が引くのを感じた。

 エレベーターの中に見覚えのある女性が立っていた。そして、今日もあの日と同じスーツを着ていた。

 間違いなかった。

 僕を未来に連れて行った、あの女だった。

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