第五話
「柳先輩……ですね?」
「加藤くんだったよね? 美月から聞いてるよ。私と同じマンションに住んでるんだってね。しかも同じ階」
「そうみたいです……なんかすみません……」
「謝ることじゃないのに……君、おもしろい子だね」
「あの……柳先輩はなぜここに?」
「私? これ、取りに来たの」
柳先輩は僕が見つめていたランニングシューズ二足を持ち上げた。
「これ、私と美月ちゃんのシューズ。私たち、時々捨てられるんだよね……」
「え?」
「……私が小西くんと付き合ってたことはもう知ってる?」
「はい」
「じゃあ、それで私がいじめられてたことも?」
「はい、少しだけですけど聞きました」
「そう……実はそれが今も続いてるの。それで、最近標的がもう一人増えちゃったみたいでね」
「それって、白川先輩……」
「そう。最近小西くんが美月ちゃんのこと好きっていう噂が回っちゃてね。確かに小西くんの態度見ててもそんな感じだし……」
「誰がそんなこと……」
「詳しくは言えないけど、三、四年生の女子よ。私はもう慣れちゃってるから全然大丈夫だけど、美月ちゃんは……正直、かなり傷ついてると思うわ。なんとかしてあげたいんだけど……」
衝撃的な話だった。まさか、白川先輩まで……
けれど、確かに花見の買い出しの話も、少し違和感を感じてはいた。
確か、花見については男子は当日の運営を行い、買い出しなどの準備は女子がやることになっていると聞いた。しかし、その買い出しを白川先輩がひとりでやるのはおかしな話だ。
「何か僕にできることは、ありますか?」
「あまり関わらない方が身のためだと思うけど……」
「それでも……これは見過ごせません」
「はぁ、仕方ないわね。それじゃあ、私から一つ提案があるわ。美月ちゃんを救うための方法」
「それは、一体どうすれば?」
「偽装カップルよ」
「偽装、カップル?」
「君が美月ちゃんの嘘の恋人になればいいの。そうすれば、美月ちゃんに矛先が向くことも無くなるはずよ」
「そんな……」
「さぁ、君はどうする?」
「それは…………僕には無理だと思います。僕では役不足です」
「そうかな? 私はそうは思わないけど……」
「え?」
「だって……君、美月ちゃんのこと好きなんでしょ」
「な、なんでそれを?」
「分かるわよ。好きだから、こんなに必死になってるんでしょ?」
「……はい」
「それで……どうするの? 好きな人が苦しんでるのに、君は知らないふりできるの?」
もう、僕の中で答えは決まっていた。
そして、今は未来の自分のことなど考えられなかった。
苦しんでいる白川先輩をどうにかして助けてあげたい。ただそれだけだ。
「僕、やります……偽装カップル」
「よく言ったわ、加藤くん。じゃあ、私から美月ちゃんに提案してみるね。美月ちゃんがなんて言うかは分からないけど……」
「ありがとうございます」
「それじゃあ、健闘を祈るわ」
練習が終わり、グランドの端で休んでいた僕は、ふと白川先輩の方に視線を移した。
白川先輩はグループの人たちと楽しそうに会話をしていた。顔にはキラキラした笑顔を浮かべていた。
みんなの前で明るく振る舞う彼女を見て、僕は胸が痛んだ。
「あ! もしかして、今また白川先輩のこと見てた?」
凪沙が声をかけてきた。
僕は急いで視線を外した。
「そんなことない……」
「そう……」
「そういえば、今日の花見の前に二年生でカラオケ行こうってなってるけど、彰人も来るよね?」
「あ……僕はちょっと用事が……」
「なんだ……」
「でも、花見はちゃんと行くから」
「そう? じゃあ、花見でね!」
***
大雅と大学の食堂で昼ごはんを食べると、カラオケに誘ってくる大雅にうまく言い訳をして、僕はいち早く帰路に着いた。
帰ると白川先輩が家の前で待っていた。
「待たせてしまってごめんなさい」
「全然待ってないよー。それじゃあ、行こっか」
そう言うと、白川先輩は近くに停めてあった車に乗り込んだ。
「早く乗ってねー」
「運転すみません」
「いいのいいの、私が頼んだことだし」
僕はシートベルトをして、発進を待っていた。
しかし、いつまで経っても発進しない。
僕は、チラッと白川先輩の方を見た。
「え?」
彼女はシートベルトを外し、僕の方をじっと見つめていた。
「し、白川先輩?」
「加藤くん。明里先輩から聞いた偽装カップルの話だけど…………お願いしてもいいですか?」
「え! あ、えっと……」
「やっぱりだめ?」
「いや、その……僕で本当にいいんですか?」
「うん。私、今好きな人とかいないし。それに、加藤くんって聞いた時、なぜか安心したの。加藤くんとならうまくできそうって」
「僕でよければ……ぜひ」
「よかったあ。じゃあ、これからよろしくね」
ひとまず安心した。
これで、白川先輩がいじめられている原因を取り除くことができそうだ。
それに、こんな美人な先輩の横を彼氏ヅラして歩くことができるなんて、こんなに幸せなことはない。
「期限はいつまでですか?」
「うーん、そうだなあ。私に本当に好きな人ができるまでかな」
「そうですね、分かりました」
これはあくまで偽装だ。
白川先輩に本当の好きな人ができれば、その時はこの偽装カップルは解散になる。
僕の頭に、小西先輩の顔が思い浮かんだ。
少し落ち着かない気持ちになった。
今から変な心配をしていても仕方がない。
まずはやってみないと。
「お互いの呼び方はどうしますか?」
「そうだね。お互い苗字はおかしいもんね。じゃあ、みんなの前では彰人くんって呼ぶから、加藤くんは私のこと美月先輩って呼んでね」
「分かりました……」
「なんか照れちゃうね」
白川先輩はなんだかこの状況を少し楽しんでいるようだった。
しかし、ボロが出さないように気をつけないと。これは僕の問題だけではない。彼女のこれからにも大きく関わってくるのだから。
***
買い出しを終えた僕たちは、花見の会場に着いた。会場はたくさんの人で賑わっていた。
三年生の男子が場所取りをしてくれていた場所には、サークルメンバーのほとんどが既に集まっていて、みんな食べ物やお酒の到着を待ちに待っていた。
そんな中、僕たちは大量の荷物を持って、ふたりで現れた。
みんなが少しざわついた。
「お待たせしましたー」
白川先輩がそう言って近づいて行くと、みんな少し怯んだ後、ぞろぞろ集まってきて、それぞれ物を運んだりし始めた。
小西先輩が僕の方に近づいてくるのが見えた。
これは、絶対に聞かれる。どう返すべきか。まだ準備ができていない……
「なんで、加藤と美月が一緒だったんだ?」
「いや……それは…………」
その時、白川先輩が少し大きめの声で答えた。
「私たち、付き合ってるの」




