第三話
「あ……どうも……」
「やっぱり! あのとっても速い子だ! 名前なんだったっけ? 私あんまり記憶力良くなくて……」
「か、加藤彰人です」
「加藤くんね。もしかして……おうち、ここの階だったりする?」
「そうです」
「ほんと? すごい!」
「え?」
「今日の歓迎会に来てた、柳明里っていう名前のかわいい先輩覚えてる?」
柳というと……あの愛嬌のあるかわいい四年生の先輩か。
「なんとなく……」
「明里先輩もここの六階に住んでるの」
まさか、僕はあのかわいい先輩と同じ階に住んでいたのか。
「じゃあ、白川先輩はどうしてここに?」
「私? 私は今日、明里先輩のおうちにお泊まりなの。明里先輩は二次会行くらしいから、鍵もらって先入らせてもらっとくことになったんだ。私たち、けっこう仲良しなんだよ」
「なるほど、そうでしたか……」
話しているうちに、エレベーターは六階についた。
白川先輩は、エレベーターを降りてすぐの階段に腰掛けて、話を続けた。
「凪沙ちゃんに誘われたんだよね?」
「はい」
「それで、うちのサークル入ってくれるの?」
「一応、そのつもりです……」
「よかったぁ。もう友達はできた?」
「大雅とは少し話しました」
「斉藤くんね。二年生はいい子ばかりだし、すぐみんなと仲良くなれるよ」
「がんばります……」
美人慣れしていないせいか、緊張して顔が見れない。
返答もぎこちなくなってしまう。
しかし、もう少し冷静にならなければ。
この人は一年後に僕を殺す犯人かもしれないのだ。
「じゃあ、そろそろ部屋入るね。引き止めちゃってごめんね」
「いえ、大丈夫です」
「それじゃあ、また明日ね」
そう言って、白川先輩は僕の家の方とは反対側の方向に去って行った。
結局、僕の死についての手がかりはひとつも得られなかった。
先ほどの会話を思い返しながら、自分の家に向かって歩き出そうとした時、僕は自分の頬が少し赤らんでいることに気づいた。
しっかりしないと。
彼女は要警戒人物なんだぞ。
美人だからって、騙されたらだめだ。
僕は、もう一度気を引き締め直して、自分の家に向かって歩き出した。
***
サークルの練習初日、僕は久しぶりの練習の雰囲気に緊張していた。大学生になってからも、気分転換に少しランニングすることはあったが、しっかり練習するのは高校生の時以来だ。
ここでは、レベル別にグループに分かれて練習を行う。僕は過去の経歴から一番上のレベルのグループになった。
このグループは、四年生は妻夫木代表一人、三年生は三人でそのうちの一人は小西先輩、そして、二年生は僕と大雅の計六人と少なめだった。
小西先輩や大雅を含め、このグループのメンバーはみんな、五千メートルの自己ベストは十四分台と、都道府県大会レベルなら上位を狙えるようなタイムを持っていた。
練習開始前に、僕はグループのメンバーに挨拶をした。
「二年生の加藤です。しっかり走るのは久しぶりなので迷惑かけるかもしれませんが、よろしくお願いします」
「初日だし無理せずな。今日は一時間ジョグでペースも遅いし、たぶん大丈夫だと思うけど。まぁ一応、俺が横ついとくわ」
そう言ってくれたのは、小西先輩だった。
そして、僕たちのグループはジョグを開始し、僕は最後尾で小西先輩の横を走った。
「このサークルは、俺みたいに記録会やマラソンに出場したりする奴もいるけど、それは少数だ。多くは趣味で走ってるだけ。加藤がどうしたいかはゆっくり決めればいいが、楽しく活動することを一番に考えてほしい。そして、困ったことがあったら、なんでも相談してくれたらいいからな」
小西先輩は、とても親切で面倒見のいい先輩な印象を受けた。しかし、その完璧すぎる笑顔に、少し怖さも覚えた。
***
練習が終わった後、二年生のみんなで一緒にお昼ご飯を食べることになった。僕のプチ歓迎会らしい。
僕たちは大学の近くのファミレスに入った。
二年生は僕を含めて六人だ。確かに他の学年に比べたらかなり少ない。
「いやー、それにしても彰人が入ってくれてよかった。これで男と女の人数が一緒になって、あっちの言うこと聞かなくて済むぜ」
大雅がそう言うと、凪沙が応戦した。
「何よその言い方。まるで今まで私たちの言いなりだったみたいじゃない」
「多数決じゃ勝てないからな」
仲が良さそうで何よりだ。
しばらく、たわいもない話が続いた。
二年生はどうやらイケイケ集団ではないみたいで、人見知りの僕でも馴染めそうだ。
そんなことを考えていると、後ろから声が聞こえた。
「お! 二年じゃん!」
後ろを見ると、そこには三年生の姿があった。どうやらこのファミレスは、このサークルの溜まり場になっているようだ。
それにしても、三年生はなんというか、僕達よりキラキラしていて目立つ。
しばらくして、こちらの女子たちが三年生を見て小声で話し始めた。
「ねぇ見て。また小西先輩、白川先輩の横キープしてる」
「確かに。やっぱり、小西先輩が白川先輩を狙ってる話、本当なんじゃない?」
「代表が言ってたし、本当っぽいよね」
そう言われてみれば、新歓の時もあの二人は隣同士だった。
「でも、うちのサークル、どっちの推しも多いから、二人が付き合ったりしたら大変だね」
「それこそ、前の柳先輩と小西先輩の時も大変だったもんね。特に柳先輩、その時けっこういじめられて、今でも四年の女子の中で孤立しちゃってるし」
やはり、モテるもの同士が付き合うとなると、そういうことが起きるのか。僕はそんなことは経験したことがないが、気の毒な人生な気もするな。
「みんな食べ終わったし、そろそろ出るか」
大河の一言で、僕たちは解散になった。
みんな家の方角がバラバラなため、今日も僕は凪沙とふたりで帰ることになった。
「初めての練習どうだった?」
「久しぶりに走って、めちゃめちゃ疲れたよ」
「でも、フォームとかめちゃ綺麗で、やっぱりすごいなぁってなっちゃった」
「そんなに褒めても、何も起こらないぞ」
「そういうつもりじゃないし……」
凪沙に褒められるのは少し気持ち悪い。
今まではそんなことはなかったから余計にだ。
いかにバイトの時の自分が陰キャなのか、思い知らされる。
「そういえば、今日ファミレスでずっと白川先輩のこと見てたけど、やっぱり狙ってるの? 白川先輩と小西先輩の話も興味津々だったし……」
「ち、違うから。小西先輩のことを見てたんだよ。今日の練習で優しくしてもらったし。かっこいいし。あんな完璧な先輩になりたいなと思って」
「ふーん、まぁ別にいいんだけど」
もう少し言い訳をしたいところだったが、凪沙とはここで別れてしまった。
僕は、ふと白川先輩と小西先輩が隣で話しているところを思い出した。
なぜか少し胸が締めつけられた。
まさかね。
そんなことありえない、ありえない。
僕はバカげた考えを振り払うかのように、歩くスピードを早めた。




