誰でもない私の、唯一の足跡
第八章:誰でもない私の、唯一の足跡
国道沿いにある、黄色い看板のファミリーレストラン。 かつて高校生だった私たちが、ドリンクバー一杯で何時間も将来の夢を語り明かしたその場所は、内装こそ新しくなっていたものの、漂うポテトフライの油の匂いと、子供たちの甲高い喚き声だけは十年前と何も変わっていなかった。
「真帆! こっちこっち!」
ボックス席から身を乗り出して手を振る女性を見て、私は一瞬、足が止まった。 そこにいたのは、高校時代の面影を色濃く残しながらも、私の知らない「大人の女」の顔をした真紀だった。 緩く結んだ髪には少し疲れが滲んでいるが、その瞳にはどっしりとした、揺るぎない生活の重みが宿っている。彼女の膝の上では、二歳くらいだろうか、まだ幼い男の子が眠そうな目を擦りながら、ポテトを握りしめていた。
「真紀……。全然変わらないね、って言いたいけど、すっかりお母さんだ」 「あはは、ひどいでしょ。もうお洒落なんて二の次だよ。ほら、隼人、真帆おばちゃんだよ。東京からわざわざ来てくれたんだよ」
真紀は手慣れた動作で子供をあやしながら、私を席へと促した。 私は、自分が着ている都会的な細身のコートが、この空間ではひどく浮いているような、あるいは透明な武装をしているような、奇妙な違和感を覚えた。
「お疲れ様。子育て、大変そうでしょ」 「大変なんてレベルじゃないよ。毎日が戦場。でもね……」 真紀は、子供の口元についたケチャップを指で拭いながら、ふっと柔らかく笑った。 「……逃げ出したくなるほど大変だけど、ここに私の代わりはいないからね」
ドリンクバーのメロンソーダを啜りながら、私たちはこれまでの十年を埋めるように話し始めた。 真紀の話は、どれも地に足がついたものばかりだった。住宅ローンの金利、地元の保育園の待機児童問題、夫の両親との同居の悩み。それらは、東京で私が耳にしていた「キャリアアップ」や「投資信託」や「SNSのインプレッション」といった言葉たちとは、全く別の次元で脈打っている現実だった。
「真帆の方はどう? 相変わらずバリバリやってるんでしょ? 広告関係だっけ。キラキラしてるんだろうなあ、東京のオフィス街」 「……キラキラなんてしてないよ。毎日、自分がいなくても回る仕事に必死にしがみついてるだけ」
私は、誰にも言えなかった本音を、真紀になら吐き出せるような気がした。 職場で倒れたこと。私が休んでも、プロジェクトが何事もなかったかのように大成功したこと。私は交換可能な部品の一つでしかないこと。 真紀は、私の話を黙って聞いていた。そして、寝てしまった隼人の頭を優しく撫でながら、静かに口を開いた。
「ねえ、真帆。それって、そんなに寂しいことなのかな」 「えっ?」 「『代わりがいる』っていうのは、裏を返せば、真帆がいつどこへ行っても、誰も困らないってことでしょ。それって、すごく自由じゃない」
真紀の言葉は、予想もしない角度から私を射抜いた。 自由。 私がずっと「不要であることの証明」だと思って忌み嫌っていた代替可能性を、真紀は「自由」だと言ったのだ。
「私はね、真帆」 真紀は少し視線を落とし、空になったグラスを見つめた。 「ここでは、私は絶対に代わりがいないの。隼人にとっても、お姉ちゃんの結衣にとっても、旦那にとっても。私が熱を出して倒れたら、この家の機能は止まる。私が『母親』をやめたいと思っても、別の誰かが私の代わりに『お母さん』になってくれるわけじゃない。……それは幸せなことだけど、一生、この場所から離れられないっていう覚悟でもあるんだよ」
真紀の指先が、テーブルの上で微かに震えていた。 地元の信用金庫で働いていた彼女は、結婚を機に退職し、今はパートをしながら育児に専念している。彼女は「唯一無二」という究極の居場所を手に入れた。 けれど、その居場所は、彼女自身の「個」としての名前を塗りつぶし、「役割」の中に彼女を繋ぎ止めてもいたのだ。
「真帆が羨ましいよ。誰の代わりでもいい仕事をして、稼いだお金で自分の好きな靴を買って、嫌になったら全部投げ出して、明日から全然違う街でやり直すことだってできる。真帆には、まだ『何者でもない自分』でいられる自由があるんだから」
真紀と別れ、私は夕暮れの街を一人で歩いた。 ファミリーレストランの駐車場で、真紀が子供をチャイルドシートに乗せ、少しだけ疲れた顔で手を振って去っていくのを見送った。 彼女の車は、生活の汚れがついた、ありふれたミニバンだった。
私は、自分が立っている場所を確かめるように、アスファルトを強く踏みしめた。 午前中に会った古民家カフェの奈津美さんは、「代わりがいない自由」の過酷さに喘いでいた。 今、別れた真紀は、「代わりがいない責任」の重さに耐えながら、そこに人生の根を張ろうとしていた。
そして私は、東京という巨大な空洞の中で、「代わりがいる気楽さ」を「孤独」と履き違えて、誰かに必要とされることを乞うていただけだったのかもしれない。
足が勝手に向かったのは、高校時代、放課後によく座っていた川沿いの堤防だった。 川面には、夕焼けが溶け込んだようなオレンジ色の光が揺れている。 十年前、私はここで真紀と並んで座り、「絶対に東京で有名になるんだ」と息巻いていた。あの時の私は、自分が「歯車」になることなんて想像もしていなかった。自分が主役の映画が、ずっと続くのだと信じていた。
けれど、現実は違った。 私は、世界を動かすような特別な存在ではなかった。私がいなくても、会社も、街も、物語も進む。 でも、だからこそ。
(……だからこそ、どこで誰と生きるか、私が好きに決めていいんだ)
真紀の言葉が、風に乗って耳の奥で蘇る。 東京という街で、代わりのきく歯車として働きながら、休日は誰にも邪魔されずに静かな公園で本を読む。そんな生き方を選んでもいい。 あるいは、奈津美さんのように、不便さと引き換えに「自分だけの責任」を背負う場所を探してもいい。
「居場所」とは、誰かに与えられる「席」のことではなく、自分が納得して「ここに立とう」と決めた地点のことなのだ。
私はポケットからスマートフォンを取り出し、ブックマークしていた「移住失敗ブログ」を削除した。 他人の失敗を見て安心し、自分の現状を正当化するのは、もう終わりだ。 そして、奈津美さんのカフェのInstagramも閉じた。 他人の「丁寧な暮らし」に自分を投影して、ため息をつくのも、もうやめる。
私は、自分の足元を見た。 母から借りたスニーカー。土埃で汚れているけれど、ヒールを履いていた時よりもずっと、自分の重心がどこにあるのかがはっきりと分かる。
「……帰ろう」
声に出してみると、その言葉は驚くほど滑らかに夜気に溶けた。 東京へ戻る最終の新幹線まで、あと三時間。 私は、実家で待っている両親に、最後に一緒にお茶を飲もうとメッセージを送った。 地元の山々に囲まれたこの場所は、私を育ててくれた静かな揺り籠だ。 けれど、今の私には、あのノイズだらけの、冷たくて、けれど無限に自分を消して「何者でもなくなれる」東京の空気が、少しだけ必要だ。
明日、東京へ戻ろう。 そして、今度は「必要とされたい」という焦燥感からではなく、「私はここにいたい」という自分の意志で、もう一度あの駅の階段を上がってみよう。
私が描くべき地図は、まだ真っ白なままだ。 どこへ向かい、どんな足跡を残すのか。そのペンを握っているのは、会社の部長でも、地元の親友でもなく、他ならぬ私自身なのだから。




