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黒龍の娘  作者: レクフル


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閑話 初恋の人


 『黒龍の天使』像


 始めに創られたのはオルギアン帝国の帝都エルディシルだった。


 それは『黒龍の天使』に助けられた住人達が基金を募り、像を設置する許可を申請し、中央広場の噴水のある場所の一角に据え置かれる事となった。


 『黒龍の天使』像は、今や病を防ぐ、禍いを防ぐ、に加え、幸運を運んでくれる女神とさえ言われる程となっている。


 

「では行ってきます」


「あぁ、頼むよ。シグリッド陛下によろしくね」


「はい!」



 父上の仕事を受け継いで、僕は現在外交の仕事を主に行っている。まだまだ父上には叶わないが、この仕事にやりがいを感じている。


 今日はゲルヴァイン王国のシグリッド陛下と会談するのだ。


 年が近いのもあって、シグリッド陛下とは立場は違えど友人のような感覚でいる。



「お久し振りです。シグリッド陛下」


「おぉ、リオディルス! 会いたかったぞ!」



 しっかりと握手を交わし、それからソファーに腰掛けて話をする。

 今日は新しく特産物を輸出したいとシグリッド陛下が言われているので、その交渉にやって来たのだ。


 エリアスさんがゲルヴァイン王国との繋がりを作ってくれたから、こうやって簡単にこの国と行き来する事が出来るようになった。

 現在ゲルヴァイン王国はオルギアン帝国と同盟を結んでおり、関係は凄く良好だ。


 

「では産地を確認しに行くのだな? そこまでせずとも良いと思うのだが……」


「いえ。父からは現場を見なければ知ることが出来ない事は多いと言われております。数字上や報告だけで判断しないように心掛けているのです。あ、ですが陛下を疑っている訳ではございません!」


「ハハハ、分かっておる。そうだな、ゾランはそういう男だな。余は何度も助けられた。そのゾランが言うのであれば、それに従う他ないよのう」


「ご理解頂き、ありがとうございます」


「余は同行できんが、他の者をつける。それで構わぬか?」


「もちろんでございます」


「うむ。では後程な。晩餐は楽しみにしておるぞ!」


「はい!」



 王城を出て、案内されて特産物の産地へとやって来た。


 ここはあまり大きくない村だったが、見渡す限りベリイチゴの畑が並んでいた。

 ゲルヴァイン王国は北に位置し、オルギアン帝国よりは気温が下がる事から、このベリイチゴの栽培には向いている土地なのだ。

 しかも、ここで採れるベリイチゴは糖度が高く、実も大きい為、ゲルヴァイン王国では贈答用として貴族間で多様されている。


 今回産地まで赴いたのは、このベリイチゴの値段がそれに見合っているのかどうかを確認する為だ。

 勿論、高いだけじゃなく、安い場合も指摘する。かかるコストに見合う利益を上げられているのか、まずはそれを知らなければならない。

 生産者が潤わなければ、栽培に力を入れる事が出来なくなり、いずれ破綻していくからだ。

 適正な価格で取引し、長く付き合っていけるようにするのも大切な事なのだ。



「どうぞ! 良ければ食べてみて下さい! 自慢のベリイチゴです!」


「ありがとう。頂くよ」



 貴族が来て、緊張の面持ちで村人達はベリイチゴを差し出す。そんなに緊張しなくていいんだけどな。


 ベリイチゴを見るとリュカを思い出す。


 ケーキが大好きで、特にベリイチゴとクリームのたっぷりのったショートケーキやホットパンケーキに目がなかった。

 いつも幸せそうに、ベリイチゴを食べていたな……


 差し出されたベリイチゴを口に含むと、甘さと酸味が絶妙なバランスで、本当に美味しいと思える物だった。

 これをリュカにも食べさせてあげたかった。

 そう思うと込み上げてくるものがある……



「いかがでしょうか……?」


「え? あぁ、凄く美味しいよ。甘味もしっかりあるし、程よい酸味とのバランスが凄く良いね。これ程大きく成長させるのにも苦労したんじゃないのかい? 生産者の努力が伺えるよ」


「お分かりいただけますか?! そうなんです! あまり水をやらないように注意をしております! 肥料を厳選し、雨の日にはビニールで覆ったりと大変なのですが、お陰で自慢できる物が出来上がりました!」


「値段も……そうだね。この値段が妥当かな。うん、良い取引が出来そうだ」


「ありがとうございます!」


「これからもよろしく頼むよ。あれ……あの像は……」


「あぁ、あれは『黒龍の天使』像です! 昔この村が感染病に侵された時に助けてくれた少女なんですよ!」


「え?! この村に来たのか?!」


「はい! 自分も助けられた一人です! とても可愛らしい少女が一瞬で病を治してくれたんですよ! 遠い国でも銅像を建てたと聞き、助けて貰った村が建てないのは可笑しいと、何とか皆で村長に掛け合って建てて貰ったんですよ!」


「そうなんだね……実は僕もその少女に助けて貰ったんだよ」


「そうでしたか! 奇遇ですな!」

 

 

 こんな遠い地で、君は人々を救っていたんだね。


 僕は何も知らなかった。


 君の出生の事も、その力の事も。


 そしてその素顔も、龍として育てられた事も何も知らずに……


 だけど、どんな姿であれ、僕が見ていたリュカの顔が本当の姿じゃなかったとしても、僕はリュカが好きだった。大好きだった。

 リュカを想う気持ちは、あの頃から何も変わってなどいない。

 そしてこれからも変わる事などないのだ……





「今日は無礼講だ! 目一杯飲むのだぞ!」


「ハハハ、そうは言っても明日も仕事があります故」


「何を申すか! 仕事と友人と、どちらが大切なのか?!」


「どちらも大切ですよ。比べるものではありません」


「うむ……それはそうだな。だが、仕事をする上で、その者の性質が分かるものだ。仕事を通して気が合う者とは友人となれると余は思っておる」


「そうですね。それは私も同感です」


「また! 自分を「私」等と言いおって! 普段は自分の事を「僕」と言うておろう? 今は気遣いは無用ぞ!」


「ハハハ、そうですね。分かりました」



 ゲルヴァイン王国へ来ると、いつもこうやって夜はシグリッド陛下と飲む事になる。勿論、僕はシグリッド陛下を友人だと思っているので、こうやって飲めるのは嬉しい。だけれど、飲まれ過ぎて我を失うなんて事のないようにしなくては。無礼講とは、何をしても良いということではない。節度を持って接するのが大前提なのだ。


 

「リオディルスが自国の民であれば良いのにのう。さすれば、いつでもこうやって飲み明かせるというものぞ」


「たまにしか会えないからこそ、より楽しめるのではございませんか?」


「そうかも知れぬが……」


「陛下の他の友人とは、こうやって飲み明かす等はなさらないのでしょうか?」


「余に友人等……エリアスは姿を見せぬしな」


「そう、ですか……」


「前に来たのは二年ほど前か……」


「二年前に来られたのですか?! エリアスさんが?!」


「う、うむ!」


「その時はなんと?!」


「いや……その頃王都にな、銅像を建てたのだ。なんだったか、その……黒の……」


「『黒龍の天使』像ですか?!」


「そう、それだ! 他国で流行っていると聞いてな。幸運の女神だか言われておると聞いて王都に設置したその日だったか……いきなり余の前に現れてな」


「そ、それで何をお話しされたんです?!」


「何やら感謝しておったぞ? その銅像を大切にして欲しいとだけ言っておったな」


「そう……でしたか……」


「どうしたのだ? 何故あの銅像をそんなに気にするのだ?」



 僕はシグリッド陛下に、エリアスさんとリュカの事を話してお聞かせした。それをシグリッド陛下は涙を浮かべながら聞き入ってくださった。そして、銅像を置いてからは大きな事件が未然に防がれていることにも納得なされたようだった。


 それからもシグリッド陛下と飲んでいたけれど、陛下は飲み明かすと言いながら酒には弱い。いつも途中で眠られてしまう。今日もそんなに飲んでいないのに酔いつぶれて仕舞われたので、後ろで控えていた侍従に連れられて部屋に戻っていかれた。 

 この侍従はエリアスさんの置いていったゴーレムだ。ここでもエリアスさんを感じる事ができて、僕は嬉しくなる。


 夜も更けた頃だけど、僕はオルギアン帝国へ転送陣で戻ってきた。


 帝城へ戻る前に、人気が無くなった帝都へ向かう。


 こうやってお酒が入ると、僕はついこの場所に来てしまう。


 僕の幼いままの初恋の人


 街灯が噴水周りを照らし、うっすらと『黒龍の天使』像を浮かび上がらせる。


 いつもこうやって一人僕は訪れてしまうのだけど、今日はその像の前に見覚えのある人影があった。


 暗闇に馴染むような黒い髪……


 あれは……



「エリアスさん?!」


「え? あれ? ……リオ……か?」


「やっぱり! エリアスさんじゃないですか!」


「うわぁ、お前デカくなったなぁ!」


「そりゃそうですよ! あれから何年経ったと思ってるんですか! もう十年ですよ!」


「そうだな……十年か……もう……いや、まだ十年だ……」


「エリアスさん……エリアスさんもこうやってこの像を見に来てたんですか?」


「そうだな……帝都のが一番リュカに似てるんだ。けど、リュカの方が百倍可愛いけどな!」


「そう、ですね……」 


「しかし、立派になったなぁ! ゾランにそっくりじゃねぇか!」


「そうですか? エリアスさんはお変わりありませんね……」


「そうだな。俺はずっとこのまんまだ。ハハ……気持ち悪ぃよな……」


「そんな事……っ! そうだ、エリアスさん! これから帝城へ来て下さい! 父上は貴方に会いたがっています! 元気なお顔だけでも見せてあげて貰えませんか?!」


「いや……やめとくよ」


「何故ですか?!」


「俺はそばにいない方がいい。俺が大切に思う人は……みんな……」


「えっ……?」


「ま、元気でやってるって言っといてくれ! じゃな!」


「あ、エリアスさん!」


 

 笑顔でそう言い残して手をヒラヒラ振って、エリアスさんは姿を消した。


 エリアスさんが去った後は、いつもの様に薄明かりの中に『黒龍の天使』像があるだけだった。

 

 僕のようにこうやって、エリアスさんもこの銅像を人知れず見に来ていたんだろうか……


 『黒龍の天使』像を……リュカの像を見るエリアスさんは、凄く辛そうで泣きそうで、それでいて愛おしい人を見るようにその目は優しくて、その姿が頭から離れなくて涙が出そうになる。


 もう十年……


 いや、そうだな……まだ十年だ……


 今もまだ、エリアスさんはリュカを失った悲しみと、そして心の傷も癒えていない。


 そうして、それからもエリアスさんの姿を見る事は叶わなかった。


 そうして、それからも『黒龍の天使』像がある場所は平和に時は流れていったんだ……

 

 



ここまでお読みくださり、ありがとうございました!


続編となる『慟哭の先に』は、カクヨム、アルファポリス、エブリスタで掲載させて頂いております。

よろしければ読んで頂けると嬉しいです。


長々とお読みくださり、本当にありがとうございました!(*T^T)


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