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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第一章 孤高の聖騎士編
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墜落の聖騎士

「私に遅れず付いて来い!間違っても無駄な殺生はするなよ!」

 大声を張り上げたエリスは、背後の魔物達を一瞥すると、一気に階段を駆け上がった。


 その途中で偵察隊らしき五人の聖騎士達と接触するが、問答無用で壁際に吹き飛ばす。


 全員の側頭部に回し蹴りを一発ずつ喰らわせると、走る速度を一切緩めることなく階段を登り切った。


「おい!エリス・ナナトスがいたぞ!」

 その直後、どこからか声が掛かり、一階フロアに留まっていた聖騎士およそ50人が一斉にこちらに向かって来ようとする。


 しかし、エリスの背後から現れた魔物の軍団を見て顔を真っ青にした。

 フロアを埋め尽くす人波の中に毒蜘蛛や炎の巨人をはじめとする強力な魔物達が一切の躊躇なく飛び込んでいく。


「突撃だ!裏口までの道を切り開け!」

 魔物を従えたエリスがその後に続くと、広間内が敵味方入り乱れる大乱戦になった。


 何人もの聖騎士達がエリスの行く手を塞ごうと立ちはだかるが意に介さない。


 一人目の男から長剣を奪い取ったエリスは、続く全ての聖騎士達を一刀のもとに切り伏せた。

 まるで、相手にならない。


 全員急所は外したが、この戦闘中に復帰するのは無理だろう。


(この分だと裏庭に辿り着くのは簡単そうだな……)

 広場内で暴れ回る魔物達の数は一向に減らず、殆どの聖騎士達が自らの身を守ることに精一杯だ。


 とてもエリスの元に駆け寄ってくる余裕などない。

 広間の中央を堂々と駆け抜けたエリスがもう少しで裏口に辿り着こうかという時、


「止まれ!クソババア!」

突然、周囲の人波から一人の少女が飛び出してきた。

 目の前に立ちふさがると、両手に持った二本の短剣で斬りかかってくる。


 その動きを完全に見切ったエリスは、後方へ大きく飛び退くことで、それらの剣先を悠々と躱した。

 エリスと少女、ラナ・ティーンの間には身体強化時のスピードに大きな差がある。


「ラナ・ティーン。ノロマな貴様に私は傷つけられない……」

 静かに目を細め、眼前の少女、ラナに向かって鋭い蹴りを放つ。


 すると、その場で足を止めたラナが堂々と顔面で受け止めた。


 ズドン。

 足裏から痺れがのぼってくる。

 まるで、鉄の塊を蹴りつけたような感触だ。


「それは非力なあんたも同じでしょうが!」

 直後に大声で叫んだラナが二本の短剣を放ってきた。

 そのまま、その行方も確認せず、身体中から先の尖ったワイヤーを射出してくる。


 身体中の筋繊維を鋼のように硬化させ、肌表面から撃ち出すのは、ラナ・ティーンの得意技だ。

 エリス自身、これまで何度も目にしてきた。


「馬鹿の一つ覚えが。そんな遅い攻撃を繰り返した所で無駄だというのに……」

 繰り出される全てのワイヤーをあっさり回避したエリスが、深々と溜息を吐いた瞬間、


「さて、それはどうかしら?」

目の前のラナが不敵な笑みを浮かべた。

 直後に背後から凄まじい殺気を感じる。


 極限まで研ぎ澄ました聴覚で風切り音を捉えたエリスが慌てて頭を下げると、その真上を一振りの大剣が物凄い勢いで通り過ぎていった。


「なっ!こいつ、いつの間に!?︎ 」

 気づくと、背後に銀髪の長身イケメンが立っている。


 リーン王国、第ニパラディン、アラン・ロラード。

《悪魔憑き》の異名を持つ鷹目の貴公子だ。


「ナナトス……君には失望したよ」

 低い声で呟くと、返す刀で首元を狙ってくる。

 その剣先に合わせて後方に体を逸らしたエリスは、両手で強く地面を叩き、宙返りの要領でラナの頭上を飛び越えた。


 そのまま、両足で地面に着地すると、パラディン二人に背を向けて走り出す。


 目指す裏庭まではあと少しだ。

 こんな所で足止めを食らう訳にはいかない。


「ちょっ、待ちなさい!」

 背後からラナの切羽詰まったような声が聞こえてきた。

 直後に甲高い音波攻撃が体を貫く。


「キァァァァァ!!!」

 内臓を内側から破壊され、思わず地面に倒れこみそうになった。

 しかし、すんでのところでエリスと床の間に黄色い影が滑り込んでくる。


 金色の毛並みをたなびかせた魔犬、エレクトリカルドッグだ。


 その背中に半ば倒れ込むような形で覆い被さる。

 硬いたてがみを強く掴んだエリスは、そのままの姿勢で裏口を潜り抜けた。


「逃げんなババァ!!!」

「ナナトス!!!」

 絶叫したラナとアランが後を追って来ようとするが、四足走行の魔犬には追いつけない。


 裏庭では広間内と同様に不死身の魔物と聖騎士による死闘が至る所で繰り広げられていた。

 城壁の側で戦う見慣れた炎の魔人の姿を見つけ、大声で命令する。


「フレイムオーガ!城壁を破壊しろ!」

『ゴァァァ!!!』

 直後にその場で雄叫びを上げたフレイムオーガが城壁に突っ込んだ。


 全体重を乗せた渾身の頭突きだ。


 ズガン。

 その余りの威力に、石造りの壁があっさりと崩れ落ちる。

 次の瞬間、エリスの眼前に森の奥へと続く緑の大穴がデカデカと口を開けた。


 その距離、前方50メートル。


「いける……このまま、森の中へ突っ込め!」

 エレクトリカルドッグの背中に跨ったエリスが、口元の血をぬぐいながら口早に叫ぶと、


『バウバウ!』

足元の金毛犬が何かを訴えるように吠えた。

 その反応に違和感を覚える。


(もしかして、私に危険を知らせようとしているのか?)

 怪しく思ったエリスが強化された五感で周囲の様子を探るが、一切の危険を感知できなかった。


「何だ?何もないじゃないか」

 小さく呟いたエリスが、前方に視線を戻した瞬間、


「低位の魔犬より鈍いとは、情けないぞナナトス」

不意に後ろから首を絞められた。

 その凄まじい握力で、一気に気道を塞がれる。


(なっ、この私がここまでの接近に気づかないとは……!?︎)

 驚いたエリスが鋭い目つきで背後を振り返ると、そこには精悍な顔つきの白髪紳士が座っていた。


 聖騎士長、デイビッド・ゾイ。

 かつて、最強のパラディンとして恐れられた伝説の偉丈夫が怒気の篭った両目をギラつかせ、ゆっくりと口を開く。


「初めて会った時、まだ15歳のお前に本物の才気を見た気がした……マイクでもラナでもない!荒んだ目をしたお前にだ!」

 聖騎士長の怒号が朦朧とするエリスの意識を強く揺さぶった。

 首元の拘束を解こうにもエレクトリカルドッグの背中から手を離せない。


 もし、今地面に落ちたら一巻の終わりだ。

 聖騎士長の背後にはこちらに向かって駆け寄ってくるラナとアランの姿が見えている。


「周囲の反対を押し切って、性格に難ありとされたお前をパラディンに任命したのは私だ。故に責任を持ってこの手で終わらせる」

 耳元で鋭く呟いた聖騎士長がエリスの首元を更に強く締め上げてきた。


(くそっ。この私が魔女として処刑されるなどあり得ない……)

 胸元が圧迫され、肺に残っていた僅かな酸素が押し出される。

 目の前がチカチカと点滅した。


「き、切れろ!」

 口元から嗄れた声を発するが時空魔術は発動しない。

 自らの奥深くを覗き込むと、相も変わらず魔力切れの器だけがあった。

 徐々に遠退いて行く意識。


(ダメだ。もう保たない……)

 必死で魔術の使用を試みていたエリスが、諦めて意識を手放しかけたその時、


ドクン。

自身の奥底で感じたことのない力が脈打つのを感じた。


(何だ……これは?)

 僅かに覚醒する意識。

 必死で頭をもたげたエリスが改めて自らの奥底に意識を集中させると、普段使用している魔術の器とは別に、もう一つ知らない器が隣にあることに気づいた。


 今にも消えてしまいそうな不安定な力。

 手を伸ばせば全てが壊れてしまいそうな程に儚い。


 しかし、


(今だけ……今だけ私に力を寄越せぇぇぇ!)

切羽詰まったエリスは問答無用でその器に手を伸ばした。


 ブワリ。

 それと同時に全身を満たす透き通った魔力。

 その全てを込めて空に向かって絶叫する。


「あ゛あぁぁぁ!!!」

 雨上がりの空を切り裂く甲高い悲鳴。


 次の瞬間、エリスとエレクトリカルドッグを除く周囲の景色全てが白銀に包まれた。

 裏庭を覆っていた喧騒も、背後で聞こえていた息遣いも一瞬で聞こえなくなる。


 直後に緩まる首元の拘束。

 胸いっぱいに空気を吸い込んだエリスが背後を振り返ると、そこには氷漬けのゾイ聖騎士長が座っていた。


 ボロボロと崩れ落ちる両手に驚愕で固まった表情。


「ナナトス……お前……まさか……」

 最後に何かを言いかけるが、風に煽られて犬の背から落下する。

 そのまま、地面に打ち付けられると後方へ消えて見えなくなった。


「ゾイ聖騎士長……」

 その姿を肩越しに見送り、小さく呟く。


 細氷舞う辺り一面氷漬けの銀世界。

 素早く前に向き直ったエリスは、勢いよく城壁の穴を潜り抜けると、エレクトリカルドッグの背に乗り、薄暗い森の中を疾走した。


◇◆◇◆


 周囲を囲む石壁に視界を阻む鉄格子。

 伽藍堂の牢の床に腰かけたマイクは、囚人用の質素なパンを静かに口に運んでいた。


 エリスが逃走してから既に一週間が経過している。

 その間、彼女を捕らえるための追跡部隊が何度も派遣されたがいずれも失敗に終わっていた。


 その最たる原因は森の奥から無限に湧いてくる不死身の怪物だ。

 殺しても殺しても一向に数の減らない魔物の大群に聖騎士達は毎度のように甚大な被害を受け、森の入口での撤退を余儀なくされた。

 そのあまりに不毛な結果に、今では捜索自体が打ち切られていた。


 今現在、《魔女殺し》の異名を持つパラディンのまさかの裏切りで城内は騒然としている。

 そんな中、彼女が魔女であることを知りながら報告を怠ったとして、マイク自身も罪に問われていた。


(事態が露見してから一週間。そろそろ判決が下ってもいい頃だが……) 

 囚人用の昼食を綺麗に食べ終えたマイクが、腹ごなしに筋トレをしていると、


「マイク様、陛下がお呼びです」

牢の外から一人の聖騎士に声をかけられた。

 彼はマイクに仕える精鋭部隊の一員だ。


「ああ、分かった」

 その指示に従い、囚人服から軍服に着替える。

 王族謁見の為、一週間ぶりに身なりを整えたマイクは堂々とした足取りで王座の間を訪れた。


「よく来たな。マイク・ピアス」

 真紅のカーペットが敷かれた広間の両脇に高位の聖騎士と文官達が整列している。

 その最奥に腰掛けたリーン国王がマイクの姿を見るなりゆっくりと顔を上げた。


 そのまま、マイクが玉座の前に跪くのを待って簡潔に判決を述べる。


「マイク・ピアス。今回の貴様の行いは魔女狩りを生業とする聖騎士として有るまじき行為だ。到底、許容できない!」

 王座の前に跪き、頭を垂れるマイクの鼓膜を国王の重々しい声が震わせる。


「しかし……これまで我が国に多大な貢献をしてきたのも事実……」

 一瞬、悩むような表情を浮かべた国王がマイクの目を真っ直ぐに見つめて口を開いた。


「よって、聖騎士としての全ての権利を剥奪すると共に、これを退職扱いとし、金貨200枚と領地3000石を授ける。今後も一国民として我が国に貢献せよ!」


「……陛下の慈悲深きお心に感謝します」

 黙って判決を聞いていたマイクは一度頭を上げると、その慈愛に溢れた瞳を見つめ、再び深く頭を下げた。


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