城内の追走劇
「大罪人、エリス・ナナトス!これより貴様を処刑する!」
顔見知りの部下達に剣先を向けられたエリスは、酷く混乱していた。
「私が……大罪人だと?」
額の冷や汗を拭い、反射的に左の脇腹をまさぐる。
すると、そこにあるべき筈の感触がなかった。
(なっ、包帯がない!?︎)
その瞬間に全てを悟る。
(まさか、寝てる間に星痣を見られたのか……)
強く舌打ちしつつ、室内を見回す。
長剣は入口付近に立て掛けており、使えそうもない。
魔女である事がバレた以上、抗戦は避けられないだろう。
(どうする?素手で戦うか?)
完全に沈黙するエリスの元に、先頭の聖騎士が突っ込んで来た。
「ハァッ!」
気迫のこもった声と共に鋭い突きを放ってくる。
瞬時に身体強化を使ったエリスは、その刃の腹を右の掌で雑に払った。
「なっ」
横からの衝撃に引っ張られ、先頭の男が前のめりになる。
静かに左手を引いたエリスは、その下顎に思い切り掌底を叩き込んだ。
「グフェッ」
奇声を上げた男が勢いよく背中からひっくり返る。
その体を乗り越えるようにして、後続の騎士達が勢い良く突進してきた。
正面と左右から一人ずつだ。
同時に繰り出される剣先を地面すれすれまでしゃがみ込むことで躱し、超低姿勢の回し蹴りで全員の足元を纏めてすくう。
次の瞬間、宙空に浮いた騎士達の顔面に左の拳を叩き込んだ。
連続で三発。
流れるような動作で一発一発正確に打ち込んでいく。
正に電光石火の早業だ。
そのあまりの速さに驚いたのか、他の聖騎士達の足が一瞬だけ止まった。
その一瞬を見逃さず、部屋からの逃走を図る。
その場で素早く身を翻したエリスは、開いた窓の枠に足を掛け、勢い良く外に飛び出した。
そのまま、足裏からヒラリと地面に着地する。
エリスの住まう自室は王城の四階。
普通の人間なら間違いなく足を折っている高さだ。
追っ手の騎士達は躊躇したのか、追随して来ない。
素早く窓辺から視線を切ったエリスが左右を見回すと、両方向から数十人の兵士が迫って来ているのが見えた。
まるで、動く人壁だ。
(流石にあの人数を突破するのは無理か……)
静かに目を細めたエリスが下唇を噛んだ瞬間、
ヒュンヒュン。
周囲の建物から多くの矢が射かけられた。
堪らず、建物内に引き返す。
上位騎士の居住区である西棟。
その一階は朝礼を行う大理石のフロアだ。
ダンスホールのような広い空間には、奇跡的に一人の兵士もいない。
(これはラッキーだな。このままフロアを横切れば、最短で裏庭に辿り着けるぞ)
王城の裏庭から城壁を越え、その先の森に逃げ込む。それがエリスの思い付く唯一の脱出プランだ。
深く息を吸い込んだエリスが、一気にフロアを駆け抜けようとしたその時、
「ナナトスはどこに行った?」
不意に裏庭側のドアが開き、銀髪の長身イケメンが部下を引き連れて入って来た。
リーン王国、第ニパラディン、アラン・ロラード。
その姿を目にし、咄嗟に近くの階段の陰に隠れる。
一人で大隊数個分に匹敵するパラディンは、現状、最も敵に回したくない存在だ。
こんな所で彼と戦ったら、他のパラディン達も集まって来かねない。
(もし、そうなったら絶望的だな……)
階段の死角に隠れたエリスが息を潜めていると、部下を引き連れたアランがゆっくりとこちらに近づいて来ているのが分かった。
このままでは、数秒後、確実に見つかってしまう。
(どうする?二階に逃げるか?)
上へと続く階段を登るには一瞬、アランの前に姿を見せなければならない。
しかし、不意を突いて駆け上がれば背後から追いつかれることはないだろう。
エリスの身体強化はスピード特化で、マイク以外に俊敏性で遅れを取ったことはないのだ。
外からの足音も既に大分近くまで迫っている。
(ここは一か八かの勝負だ!)
胸の内で覚悟を決めたエリスが、身体強化を使って物陰から飛び出そうとした瞬間、
『はぁ?エリスのババアに窓から逃げられた?馬鹿なこと言ってんじゃないわよ!』
身体強化で研ぎ澄まされた聴覚が、二階での会話内容を捉えた。
部下を叱責する甲高い癖声。
(まさか……上にはラナがいるのか?)
聞き慣れた同僚の声音に思わず顔をしかめる。
前からはアラン・ロラード。
上からはラナ・ティーン。
後ろからは大勢の部下達と、完全に袋の鼠だ。
(くそ!何処かに逃げ道はないのか!?︎ )
半狂乱状態のエリスが必死に活路を見出そうとしていると、不意に頭の中で声が響いた。
ー こっちだ ー
何かに導かれるようにして、真横を振り向く。
すると、視線の先に地下へと続く階段があった。
この先は一本道の行き止まり。
今は使われなくなった古い地下牢だ。
普通に考えれば、下に降りるなど考えられない。
冷や汗を垂らしたエリスが、謎の声に従うか迷っていると、
ー こっちだ ー
頭の中で再び声がした。
アラン達に発見されるまで、もう一刻の猶予もない。
足音はすぐそこまで迫っている。
(ええい、ままよ!)
静かに立ち上がったエリスは、半ばやけくそ気味に地下の暗闇に飛び込んだ。
◇◆◇◆
かつて、極悪人を隔離する為に使われていたという薄暗い地下牢。
天井に所々開いた小さな隙間から薄い陽光がぼんやりと差し込んでいる。
木板で舗装された細い通路に並ぶ檻の鉄格子は太く、未だに強度は十分に見えた。
「全く生き物のいる気配がないな。確かに誰かに呼ばれた気がしたのだが……」
どこまで行っても空っぽの檻。
左右を見回しながら歩いていたエリスが、自らの正気を疑いかけたその時、
『グルルル……』
不意に前方の檻から何者かの唸り声が聞こえてきた。
(何だ?)
明らかに人の物ではない声色に、警戒しながら近づく。
すると、薄暗い檻の中に一体の巨大な魔物が鎮座していた。
黒い毛並みの足長蜘蛛。
全身を極太の鎖で巻かれ、壁際に固定されている。
(こいつは、まさか……!?︎ )
その姿を見たエリスは、一瞬で相手の正体を悟った。
かつて、王国楽器団を襲撃したという不死身の毒蜘蛛だ。
どうしても殺し切れず、地下に幽閉されたとは聞いていたが、まさか使われなくなった古牢に閉じ込められているとは思わなかった。
「まあ、安全面を考えれば当然の措置か……」
東棟の地下に新設された牢屋は、あくまで一般の囚人用だ。
魔物を閉じ込めておける程の強度はない。
(もしかして、私を地下に呼んだのはこいつか?)
自分の背丈より遥かに大きな毒蜘蛛を見上げたエリスが、その不気味な複眼を覗き込んでいると、
ガタガタ。
周囲で複数の物音がした。
その音に釣られて背後を振り返る。
すると、向かいの檻の中に見覚えのあるフレイムオーガが佇んでいた。
アランと共に戦った炎の巨人だ。
その隣の檻にも、更にその隣の檻にも、見覚えのある魔物達が閉じ込められている。
(まさか、城内に現れた不死身の魔物全てがここに収容されているのか……)
驚いたエリスが牢内を見回すと、全部で二十体近くの魔物がギラギラと目を光らせていた。
『グォォォ!!!』
『ガァァァ!!!』
エリスの姿を見るなり、拘束用の鎖と鉄格子を破壊してぞろぞろと周りに集まってくる。
『クゥ〜ン』
甘えるような声を上げて足元に擦り寄ってくるエレクトリカルドッグ。
「なるほど。私を呼んだのはお前か……」
その頭を優しく撫でたエリスは、自らを囲む異形の集団を見回し、上へと続く階段を睨みつけた。
(これだけの戦力があれば、上階の包囲網も突破できるかもしれない……)
その耳は階段を下りる複数の足音を確実に捉えていた。




