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ブラックパラディン  作者: 鰺fly
第二章 墜落の神王編
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静かなる息吹

 その日、王都南方にある小さな街の酒場から一人の男が出てきた。

 肩まで届く漆黒の長髪に覇気を失った虚ろな瞳。

 かつて、《神の子》と呼ばれた聖騎士、マイク・ピアスだ。


 夏場に似合わぬ厚手のコートを纏い、人の行き交う夜道を歩く。

 その姿を見た者は皆一様に冷たい目をして視線を逸らした。


 彼が魔女を庇った罪で王城を追放されてから既に二年が経つ。

 その間、王都の南方に位置するプルート地方の領主としてぼうっと過ごしてきた。


 毎日、領主館に顔を出して機械的に書類仕事をこなすだけ。

 そこに感情や意志はない。

 まるで、生きる抜け殻だ。


(まだだ……まだ酔いが足りない……)

 ふらりふらりと左右に揺れたマイクは、震える体を押さえ、夜の街を渡り歩いた。


◇◆◇◆


 プルート地方とは王都南部に広がる深い森とその先に散らばる小さな街々のことを言う。


 遠くから見てもすぐに分かる真っ青な屋根に巨大な石門。

 プルート領主館はタッカールと呼ばれる街の中央に位置する年季の入った立派な洋館だ。


 その最上階にマイクの仕事場はある。

 窓辺に仕事用のデスクがポツリと置かれた殺風景な大部屋だ。


 タッカールの街で散々飲み明かした翌日、目の下に酷いクマを作ったマイクが、領主館にある自室で黙々と書類仕事をこなしていると、


「領主様、失礼します」

突然扉が開き、一人の女性が部屋の中に踏み込んできた。


 青髪ショートカットの塩顔美人、レイ・ハイウェー。

 マイクが腰掛ける仕事机の前まで来ると、一枚の報告書を置く。

 彼女は前任の領主の一人娘で二年に渡ってマイクの補佐役を務めてくれている。


「先程、コルク村に続き、ラグーン村も山賊に襲われたという報告が入りました」

 こちらを睨みつけ、淡々とした声音で告げるレイ。

 その表情は固く、どこかよそよそしかった。


 マイクが領主としてこの地に赴任してそれなりの月日が経つが、領民達にとっては未だに王城を追放された罪人らしい。

 殆どの人々が拒絶したような態度を取る。


「王城への討伐隊派遣要請は3日前に出しているはずだが……まだ返事はないのか?」

「はい。今はどこも大荒れですので、王城側の事務処理が滞っているものと思われます」


 今年、リーン王国は記録的な大飢饉に見舞われていた。

 原因は春先に続いた強力な日照りだ。そのせいで主食となる米や野菜類は全滅し、多くの民が飢えに苦しんでいる。


 その結果として、食料の確保を目的とした窃盗や殺人が後を絶たず、リーン王国の治安は悪化する一方だ。


「とりあえず、コルク村の近隣住民に避難勧告を出せ。討伐隊が駆けつける前にこれ以上死者を増やすわけにはいかない」

 手元の書類によると、コルク村は火を付けられて全焼したらしい。

 今回の襲撃でかなり多くの死傷者が出たようだ。

 数少ない生き残りは今現在、タッカール中央の教会で聖女による治療を受けている。


(とても人間のする事とは思えないな……)

 プルート地方のように王都から距離のある地域は、衛兵や騎兵などの戦力の保持を許されていない。


「我々に出来るのは王都からの応援を待つことだけか」

 深々と溜息を吐いたマイクが深く椅子に座り直していると、


「それなら、領主様が応援に出向けばいいじゃないですか……」

不意に目の前のレイが辛うじて聞き取れるくらいの小声でポツリと呟いた。


(……何?)

 その予想外の言葉に思わず耳を疑う。

 これまで彼女が仕事上の報告以外でマイクに話しかけたことはない。

 ましてや、自分の意見を口にするなど初めてのことだ。


 自嘲気味に笑ったマイクは何度も首を横に振ると、静かに答えた。


「無茶を言うな。俺は王様に剣を握ることを禁じられているんだぞ?もし、約束を破ったら今度こそ打ち首だ……」


◇◆◇◆


「え?今のマイクさんが本気で戦ったらっすか?」

 マイクから質問を受けた糸目の男が驚いたように目を見張った。


 ここは街外れにある小さな鍼灸院。

 彼、ロイ・ブルースは、この街唯一のはり師にして、マイクの元弟子だ。

 結婚を機に聖騎士を引退し、今はタッカールの街で静かに暮らしている。


 医院の軒先に横たわり、上裸で鍼治療を受けていたマイクが視線をあげると、


「そりゃあ、山賊なんて瞬殺ですよ。今のマイクさんの力は底が知れないっすからね」

目を合わせたロイが大きく頷いた。

 彼がマイクの首筋に手に持った針を打ち込むと、やがて全身の痙攣が収まる。


 この震えは精神的ストレスが原因らしく、二年前の事件以降マイクを永続的に苦しめていた。

 定期的に鍼治療を受けなければ、震えでペンすら握れない。


 心はボロボロで体にもガタがきている。

 しかし、全身を満たす聖力だけは驚くほどに充実していた。


 まるで、泉のように体の奥から湧き出てきて枯れる気配がない。


 治療を受け終えたマイクが玄関口で靴を履いていると、


「マイクさん。もしかして……山賊と戦うつもりじゃないっすよね?」

心配気な表情を浮かべたロイが背後から話しかけてきた。


「まさか、俺だって自分の命は惜しいさ」

「そ、そうっすよね。それを聞いて安心しました。正義感の強いマイクさんの事だからてっきり自分の命を犠牲にしてでも山賊を退治しに行くのかと……」

 マイクの答えを聞いたロイがホッと胸をなでおろす。


「ロイ、お前は俺のことを買い被りすぎだ。人間という生き物は自分の命を簡単には捨てられない。例えそれで自分以外の大勢の命が助かると分かっていてもな……」

 靴紐を結び終わったマイクが乾いた笑みを顔に貼り付けていると、不意にドアの外からけたたましい太鼓の音が聞こえてきた。


◇◆◇◆


 ドンドン。ドンドン。

 夕暮れの街に重々しい太鼓の音が響く。

 不思議に思ったロイがマイクと肩を並べて玄関の外に出ると、鍼灸院の前を黒服の一団が列を成して歩いていた。


 彼らは喪服集と呼ばれる修道士達だ。

 聖女が助けられなかった者を街の外へと運び出し、穴を掘って埋める。

教会専属の葬儀社のような存在だ。


『彼らがコクーン村の被害者かい?可哀想に……』

『山賊は村に火を付け、女と子供を片っ端から斬り殺したそうだよ。酷いねぇ』

 荷車に死体を乗せ、規則正しく行進する黒服の男達。

 その様子を遠目から眺める老婆達の会話が不意に耳に飛び込んできた。


(ホント、酷い有様っすねぇ……)

 肌が焼け爛れで真っ赤になった死体が焦げ臭い臭いを発している。

 そのあまりの凄惨さに吐き気を催したロイが目を逸らしていると、


ビキビキ。

突然、真横から乾いた音が聞こえた。


「マイクさん?」

 驚いて音のした方を振り返る。

 すると、真横に立つマイクが無言で両目をギラつかせていた。

 怒りで額がバキバキに割れ、首元まで血の川が伝っている。


 正に鬼の形相だ。


(マイクさん、相変わらず半端ないっすね……)

 現役時代と変わらぬそのど迫力の表情に思わず苦笑いを浮かべる。


 静かに目を細めたロイは改めて荷車の死体を眺め、ゆっくりと口を開いた。


「マイクさん。山賊退治……俺も手伝いますよ」


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