3.真犯人
聡美は美琴の部屋に移動し、荷物をまとめて二人で病院を出た。
聡美の愛車86で、美琴を自宅に送ると、新宿の事務所へ向かった。
事務所内に入ると、机の電話が鳴った。
「はい、坂上探偵事務所です。事件の依頼でしょうか?」
「警視庁本部警務部人事一課監察係監察官の三島です」
「長い名前ですね」
「そんなことはどうでもいいです。重要なのは新宿署の木島警部のことです」
「何かわかりました?」
「彼、高校時代に殺人で親を亡くしています」
「それは知ってます」
「当時、捜査線上に浮上したのが、中島 幸雄という人物で、今回、警察病院で殺害された被害者なんですが、証拠不十分で逮捕には踏み切れませんでした」
「なんですって? それじゃあ、義人くんが被害者に恨みがあって殺したっていうの?」
「可能性は無きにしも非ずです」
「三島さん、それ私には信じられません」
「でしょうね。あなたとは懇意にしていたと伺っていますから」
「でも、動機としては十分かも」
「ついでにもう一つ。木島警部は本日付で警察を退職なさっています」
「え?」
「恐らく、動くためでしょうね」
「ちなみに、中島 幸雄が義人くんの親を殺害した動機はわかっているのでしょうか?」
「中島は殺害した木島警部の母親に一方的な恋愛感情を抱いていたのですが、いくらアタックしても振り向いてもらえなかったというのが動機ではないかというのが、当時の警察の見解です」
「そうですか。わかりました。どうもありがとう」
「いえ。お役に立てて光栄です。他に何かあれば協力しますよ」
電話が切れる。
聡美は受話器を置いた。
(義人くんが犯人……)
聡美は事務所を飛び出すと、中島の家に向かった。
中島家の前には黒い車が止まっていた。
聡美はこっそり中に忍び込んだ。
応接室から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。
「あんたに直接の恨みはないが……、恨むならあんたの息子を恨め」
聡美は応接室に飛び込んだ。
何者かがナイフを持っていた。
「そこまでよ!」
振り返り、驚く何者か。
「事件の犯人、あなただったのね、木島 義人くん」
「聡美……。そうか、全てわかったんだな」
一瞬の静寂。
「ああ、そうだ。中島 幸雄を殺したのは、俺だ」
「動機は親を殺されたことによる怨恨。あなたはマル害の親まで殺そうというの?」
「幸雄には親を殺されてるからな。幸雄にも親を殺される苦しみを、地獄で味わわせてやろうと思ってな」
「そんなことしたって、あなたの親は返ってこないのよ!」
「お前に、お前に俺の苦しみがわかるか! 俺はこの日のために、こいつらに復讐するためだけに警察官になったんだ!」
木島元警部が中島の母に迫る。
パン!──乾いた音と共に、木島元警部のナイフが吹っ飛んだ。
振り向くと、聡美が拳銃を構えていた。
そこへ警官隊が乗り込んでくる。
「木島 義人! 殺人未遂の現行犯で緊急逮捕だ!」
警官隊が木島元警部を連行していった。
「こ、怖かった……」
中島の母親が安堵のため息を吐いた。
「中島さん、幸雄さんの件ですが、彼はその……人を殺しているのでしょうか?」
「は?」
疑問符を浮かべる母親。
「幸雄は人に殺されるようなことはしても、人は殺さないわよ。あの子はね、虫一匹殺せないのよ」
(酷い言われようだ……)
「さっきの男、義人くんの親が幸雄さんに殺害されたというのが事件当時の警察の見解なんですが」
「その事件なら知ってるわ。でもね、事件のあった時刻、幸雄は家にいたのよ。妹の美琴も証言してたけど。あら? そういえば、あなた美琴に似てるわね」
「美琴の実の姉です」
「それじゃあ、あなたが生き別れになったっていう?」
「はい。あと、幸雄さんの恋愛事情はわかりますか?」
「美沙って彼女がいたわね」
「美沙さん、ですか。フルネームは?」
「伊坂 美沙よ」
「伊坂 美沙って、あの有名な女性マジシャンの? 確か、アルファベットでMISAが芸名の」
「ええ、そうよ」
「お母さん、ありがとう」
聡美は中島家を出ると、美琴が住む家を訪ねた。
「どうしたの?」
「伊坂 美沙って知ってる?」
「お兄ちゃんの彼女だよ」
「美沙さんの家、わかる?」
「うん。葛飾区に家があるわ」
「行ってみるね」
聡美は葛飾区内で伊坂の家を一軒一軒虱潰しに当たった。
その内の一軒で、美沙と会うことができた。
「弟子入りなら却下よ」
「違うんです。幸雄さんが、殺されました」
「あ、そう……」
「ずいぶん冷静ですね」
「あいつとは冷めてたからね。五年前は夢中だったけど」
「当時、幸雄さんに言い寄ってた女性とかは?」
「そういえば、木島って女がいたわね。なんでも幸雄のストーカーだったらしいわ」
「五年前、あなたは中学一年生……。少年法が適用されます。木島という女性を殺害したのは、あなたですね?」
「ええ、その通りよ」
「なぜ幸雄さんに罪を?」
「あいつが被るって言ったのよ」
「幸雄さんが?」
「ええ。だから、私は警察に嘘の証言をしたの。だけど、証拠不十分で逮捕には至らなかったみたいだけどね」
「そうだったんですね」
「私、どうなるの?」
「当時の法律が適用されるから、逮捕はされません」
「そうなんだ。ラッキー」
「ラッキーじゃないでしょ。あなた、人ひとり殺してるのよ。ま……殺害された方にも問題はあるけど……」
「木島って女が悪いのよ。幸雄は嫌がってるのに、言い寄るから」
「それが動機ですか」
「ええ、そうよ」
「そっか」
「……もういいよね」
「どうもありがとう」
聡美は伊坂家を後にし、その足で警視庁へ向かった。
捜査一課の取調室に乗り込む。
「なんだあんた? 取り調べ中だ」
「直ぐに済みます」
聡美は取調担当官を強引にどかして椅子に座った。
「義人くん、あなたが殺害した中島 幸雄は無実だったわ」
「どういうことだ?」
「あなたの親を殺害した人物は他にいたのよ」
「え?」
「真犯人……それは、伊坂 美沙という有名なマジシャン」
「え?」
「彼女に会って話を聞いてきたわ」
「それで?」
「伊坂はね、五年前、幸雄がストーカー行為をされてて、それに苛立って義人くんの母親を殺害したのよ」
「そ、そんな……。俺は、無実の人間を……。なんてことだ……」
「あなたには重い罰が待ってるでしょうけど、出てくるのを待ってるわ」
「え?」
「人殺しの前科者がまともな仕事に就けると思って? あなたの面倒ぐらい私が見るわ」
「聡美……」
聡美が取調室を出て涙を流したというのはまた別の話である。




