20.フェルメランの着道楽
さて、緊張しつつも楽しくおしゃべりさせていただいて―― とはいっても二、三十分くらいだったけど――いると、行列の先頭近くに居たロマンスグレーのクライスさんが馬を寄せてきた。
「失礼いたします。そろそろ宿営地に近づきますので、お支度を」
「まあ。わかったわ」
つまりそろそろ白狼領の領主代行らしく馬車に戻れってことね。ヴィオーラ様も素直に同意して、私に再度馬車に近づくよう指示された。馬車に平行に慎重に寄せると、エベレ夫人がタイミングよく馬車の扉を開ける。そして先ほどの逆、つまり走っている馬から走っている馬車へ乗り移るという、やっぱり同じくらい曲芸めいた行為を、ヴィオーラ様はまったく危なげなくやってのけた。
……地面すれすれの丈の長いお衣装、しかもスカート部分は二枚重ねで、どちらも布地をたっぷりと使ってあるというのに裾がまくれることもなく、つま先より上は少しも見せないんだから恐れ入る。
ヴィオーラ様の今日のお衣装は白いレースのドレスにオーバードレス……と言えばいいのかしら、前が全開にできるタイプの長袖の超ロングコートのような服(袖口には紋) を重ねて、ウエスト部分は柔らかい生地の帯を結んで締めている。その上にウエストより少し長いくらいのケープのような上着。オーバードレスと上着の、ちらちらと見える裏地はきれいなラベンダー色。帯の端の房飾りと、一番下のドレスの縁の刺繍は繊細なライトグレーだ。
どうも、フェルメランの服飾文化は重ね着がキモのようだ。ナジェドより寒冷な気候の土地なので防寒という意味もあるとは思うけど、わざとオーバードレスのスカート部分を開けて下のドレスを覗かせるだとか、帯との色の取り合わせだとか、重ねる服の組み合わせを楽しむ趣味があるみたい。旅装だからこれでも簡素なコーディネートなんじゃないかな。バンデリカ騎士団の制服みたいに、もう少しきちんとするときは上着も二枚重ねらしい。
フェルメラン語では、一番下に着ているドレス(あ、ドレスっていうと日本人はついウェディングドレスとか想像してしまうけれど、この場合は上下がつながった服……つまり和製英語の「ワンピース」型の服のことを言うので念のため)のことは「下の長衣 」、その上のオーバードレス(袖はあったりなかったり、襟ぐりの形もいろいろ)は「上の長衣」という。「下の長衣 」 をワンピースではなくブラウスとスカートにしている人も多くて、その場合は「上の長衣」 から「上の」がとれて「長衣」になるとか……他にもいろいろと、とにかく衣類関係の語彙が多くてややこしい。机上で語学だけ勉強してた時はピンとこなかったけど、こうして実物を見ると何となくわかったような気になるわ……。
私はというと、とりあえずまだナジェドで買い整えた冒険者の服だ。男装に近い格好で、もちろんパンツ(ズボンのことよ)をはいている。馬にまたがってるし、冒険者だしね。
……前世のライトノベルやMMOだと、なんか、男性キャラはちゃんと全身覆う服や鎧なのに女性はミニスカとかヘソ出しっていうのが常識っぽかったけど、こちらの世界ではそんなわけのわからない恰好をしている女性冒険者や兵士は居ない。当たり前っちゃあ当たり前だが。
あれで藪の中歩いたり岩登りしたり、火の玉飛び交う戦場に出るとか、できるものであろうか。常識的に考えて、無理。女性キャラクターのああいう扱いって昔から釈然としないというか、間違いなく女性プレイヤーを減らす原因のひとつだと思うんだけど……まあもう私の人生には関係ないからね。うん……。
なお、こちらでは――もちろん地域や民族によってどこまで肌の露出をアリとするかには差があるんだけど、フェルメラン王国のあるこの大陸では――男女とも膝より上を見せるような装いをすること自体、非常にまれだし、脚も基本的には出さないものだとされている。スカートやズボンの丈は年齢や立場によって変わるけれど、十にもならない子供が、よっぽど貧乏でつんつるてんの服をやむなく着ている……といったケースでもなければ、最低限、膝は隠せる丈にするものだ。フェルメランの軍船で貸してもらったズボンは膝下ぎりぎりの丈だけれど、あれはよそいきではなく作業服で、それも靴下やブーツで膝下を覆うことが前提だ。
酷暑の時期に肉体労働をするとか、そういう状況なら靴下省いてスネを出していることもあるけれど、それも原則として作業中の現場でだけだ(まあ、私の故郷のナジェドはフェルメランよりかなり温暖多湿だから 、特に夏場はもう少し許容範囲広くなることもある)。
フェルメランにしてもナジェドにしても、女性なら十五歳くらいになったらもう庶民でもスカートはくるぶし丈が基本かな。食堂のおかみさんや市場の売り子、お屋敷のごく下級のメイドさんなど、自分でばたばた動き回って働く女性の仕事着であってもせいぜいふくらはぎの下くらい。荷物を運ぶとか、農作業とかでそれ以上に身軽になりたいときは前世で言うガウチョパンツにする――袴のようなゆったりしたズボン状の服、もちろん丈は膝より下だし、靴下や長靴で脚は隠す――か、いっそ男のようなパンツ(ズボンね)をはく。一般女性はガウチョパンツを、冒険者や兵士など荒事に関わる仕事の女性は男性と同じパンツ(下着の話はまた別の機会にしたい)を好む傾向があって、とりあえずフェルメランではズボンはいてる女性はだいたい冒険者か兵士だと思っていい。私も含めて。
ヴィオーラ様のような身分なら、床や地面すれすれが基本のスカート丈だろう。野外の散歩とか、特別に下々の仕事場に来て直接指示をするようなシーンならくるぶし丈もあるかもしれない、くらいかな? 馬に乗るときはどうされているのかわからないけど。
さて、そうやって一行が通常運行に戻ってしばらく経った……私がトランくんの隣に戻って落ち着き、雑談しながら周囲を見渡したりする余裕を取り戻したころ、ふと私は街道沿いの藪の一角に目を止めた。
今私たちが通っているこの街道は、馬車がすれ違えるくらいのじゅうぶんな幅がある。石畳ではないけど、土を厳重に突き固めて造ってあり、道の端っこの部分だけ石で縁取りをして土止めにしてある。道の両脇十メートルほどは、草刈りなどがされていて見通しもよい。その向こうも数十メートルくらいは背の高い木がなく、灌木の茂みや藪があるくらいだ。
そこからさらに遠くなると、いきなり結構深い森が始まっている。つまり、森を切り開く形で通されたこの街道の周囲の木は人為的に伐採されているわけだ。つき固めた道にも馬車のわだちはほとんど残っていなくて、定期的に整備の手が入っていることが伺える。
やっぱりフェルメランは大国……なんだけど、本題はそこじゃない。その灌木の茂みの陰に何かが……いや、それ以前の問題で、何となく視線が行ったというか。
私だけじゃなかったようで、何人かの騎士さんが同じようにそちらに目をやっている。一騎が後方から少し馬の足を速めて、クライスさんやアレクさんのいる先頭集団に声をかけに行った




