11.今後の計画
私も身を乗り出してアレクさんの指の先を見た。この海図には近海の航路とその沿岸地域しか描かれていない。まあ、地形だの航路だのは軍事機密でもあるので、これは外国人の私たちに見られても差し支えないように編集したものだろう。その中の、港を表わすマークのひとつ。海沿いにいくつかある似たようなマークの中でも大きく、装飾的に描かれている。これがヴァモントという街なんだろう。位置的には、私たちの当初の目的だったハブールの街からみて、海を挟んで北東だ。ヴィオーラ様に向き直ってアレクさんが言葉を続ける。
「いったんヴァモントに上陸、王都へ早馬を手配して、取り急ぎ状況を報告するとともに、領主代行には陸路に切り替えることを提案いたします。そのような巨大な魔物が複数目撃されたのであれば、もはやこの海域は安全ではありますまい。それに……」
そこで彼は言葉を切って私たちを見た。番頭さんが同意を示す。
「私どもも、本国に状況を伝えたいと思いますな」
それはまったくもってもっともな話だ。ヴィオーラ様もそうね、と口にする。
「ヴァモントに着きましたらハベルスへの使者を立てますので、商会の方々は、彼らと同行をしていただけますか? もちろん待遇は保証します」
「願ってもないお話です」
番頭さんは頭を下げた。おそらく他の乗客も、ハベルスに向かいたい人はそれに同行することになるだろう。
「お願いしますね。――ナジェドへはどうしましょう?」
ヴィオーラ様が私とベニートさんを見る。故郷の人たちを心配する気持ちはもちろんあるけど……
「知らせたい気持ちはございますが、海路になりますので……」
「そうだよな……」
ベニートさんも思わずといった感じで声を漏らした。
しつこいようだがこの世界には前世の地球のような通信網はないのだ。知らせに行くとしても、船に乗らないといけない。それがあのタコに襲われないという保証はないし、あのカニみたいなのがまた出てこないという保証もない。まあ、この船みたいな大きな軍船なら襲ってこないかもしれないが、もともとフェルメランと仲良しのハベルスならとにかく、ナジェドにも使者を立ててくれとは頼めない。
「ハベルス本国に戻りましたら、どうにかナジェドにも伝えられないか商会でも動いてみましょう。確実なお約束はできませんが、お気を落とさずに」
番頭さんがそう言ってくれたので、私たち二人は頭を下げた。できることとできないことがあるのは仕方ない。ここはおとなしくご親切に甘えておくことにする。
「ではアレクの案を容れましょう。ヴァモントに上陸します。ハベルスに向かう方は使者とともに。――貴女たちはどうするか、何か考えはおありかしら?」
「そうですわね……」
ヴィオーラ様に話を振られて私は思案した。というか、思案しているしぐさをした。
「本当はトレッガで学院生活を送りながら冒険者稼業をするつもりだったのですが、ここまで来たらもう、引き返す気にもなりませんし、私自身は、このまま旅を続けてもいいかと思っています。――フェルメランでも冒険者の仕事はできるでしょう」
「トレッガとは少々毛色が違いますが魔法の学校もありますよ。貴女さえよければ、私と一緒に王都へいらして、魔物のことを証言してくださると助かるのだけど……」
「そういうことでしたら、喜んで」
まあ、誰かが証言とか報告とかしないといけないだろうとは思っていた。もうこの際、フェルメランの王都まで行ってしまおう。運命というかGMの導きというか、そういう何かを信じてみようと思う。
普通に生きていたら、こんなに何か国をも股にかけた旅なんかそうそうできるものじゃない。振ってきたチャンスには乗ってみよう。冒険とか魔法とか神秘とか、そういうものに彩られた人生を生きてみたくて、わざわざ生まれ変わったんだから。
「ベニートさんは?」
「あー……俺たちはなあ……」
私はいろいろと乗り気だったが、ベニートさんの表情は晴れない。まあ、フェルメランの王都は確かここからかなり東の方で、行ってしまったらこっちに戻って来るのも大変だ。だからといって、いっそ河岸をフェルメランに変える、というのも難しい。言葉の問題があるからだ。
彼らのパーティで、フェルメラン語で日常会話以上のことができるのはベニートさんしかいない。大陸ではフェルメランがぶっちぎりに広い国なので、フェルメラン語も話者が多く、大陸では半分共通語みたいな扱いだが、ナジェド人にはフェルメラン語ができない人の方が多い。リュナは交易港の商家という生まれの関係上フェルメラン語に接する機会もあったし、必要性も感じていたので頑張って学習したが。
私の外国語はたぶん、冒険者のジョブではなくて一般人のジョブで取得されているのだろうと思われる。あの部屋で書いた自分のキャラシ―にはなかったんだけど、GM神が設定にふさわしい知識を付けておいてくれたようだ。もちろん、リュナだって外国語を身に着けるためにきちんと、自分の時間を削って勉強する……ゲーム的には一般人のジョブで得た経験点を消費するというコストを支払っているわけで、ちゃんと、この世界のルールを守って取得したスキルである。
そういえば前世のTRPGサークルで、私のキャラはこういう設定だから、ルールにはないけど言語余計に取ってもいいよね? とか言い出したプレイヤーが実際にいたなあ。もちろん普通はNGだ。設定を盾に、本来なら経験点なんかを支払わないと手に入らないデータをタダで自キャラにくっつけることはできない。ルール違反だ。
そいつはそれ以外にもいろいろとワガママをかましてくれて(自分ではワガママだとも思ってなかったようだ、面白いことを考えついたのにみんなが理解してくれないと逆恨みばかりしていた)、そいつのせいでGMがやる気をなくしてしまい、愚痴を聞かされたプレイヤーがメンタルを病みかけ、キャンペが崩壊して……何年も前のことだがあの恨みは忘れない。忘れないぞー……。
あ、しまったつい。前世で困ったちゃんにムギャオーされた記憶は相当根深かったんだね私……サークル仲間元気かな……弟は私がTRPGやってるなんて知らないだろうし(というか、あいつTRPG知ってるんだろうか)、連絡付いてない可能性はあるな……ここで私が気にしてももうどうしようもないんだけどさ……。
まあとにかく。おそらく上陸後はベニートさんたちともお別れすることになるんだろう。仕方ない。冒険者が色々な事情でパーティを解散したり、仲間割れしたわけではなくてもいつの間にか組む相手が変わっていたなんてよくある話だ。さよならだけが人生だね。
とはいえ、トレッガまでは絶対食い詰めさせないと決心して出発した私である。とりあえずこの程度の自分との約束くらいは、守ろうと思う。主に金銭的な意味で。




