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10.ベリザンドの眼

 入ってきたのはヴィオーラ様とアレクさんだけではなかった。あの番頭さんとフェドーラ号の船長さん、それにベニートさんもいる。

 さらに二人ほど、アレクさんと同じ制服の、騎士らしき男性も続いた。ひとりは年配の男性で、もうひとりはアレクさんと同じくらいの若い人に見えた。

 何はともあれ、ヴィオーラ様に丁寧に礼をとる。ヴィオーラ様の柔らかい声がかかった。

「お部屋に呼びにやらせたら、こちらだと聞いたものだから」

「それは……、お手数をおかけいたしました」

 本来は私の方から参上すべきところだ。恐縮してみせる私にヴィオーラ様は笑って首を振った。

「いいの、私も一度、図書室に来てみたかったのよ。この船には何度か乗っているけれど、いつも、本は運ばれてくるものだから」

「恐縮です」

 おそらく私が気にし過ぎないように気を遣ってくれている部分もあるのだろう。ヴィオーラ様は穏やかな表情のまま、騎士さんたちに目配せをする。机から離れて(文箱は急いで片づけて小脇に抱えた)、図書室の中央の八人掛けのテーブルに案内され、座るよう促される。私に椅子をすすめてくれたのはアレクさんだった。ヴィオーラ様の椅子は後から入ってきた年配の騎士さんのひとりが引いている。ってことはあの人がこの場の騎士の中では一番偉いんだな。

 案内された席は、三番目に良い席だった。……一番の上席がヴィオーラ様なのは当然として。二番目が番頭さん(騎士様たちはこの場ではあくまでヴィオーラ様のお供であり、彼女のゲストである私たちをもてなす立場ということで、どうやら立って控えているつもりのようだ)。その次が私ってことは、つまり私がフェドーラ号の乗客代表と見なされてるってことか。まあ、最初にこの船に乗り込んだのは私だし、ベニートさんたちも、大領主の相手なんて私に任せられるのなら任せてしまいたいのだろう。仕方ない。

 全員が着席すると、ヴィオーラ様が口火を切った。

「夕食の後に、と思っていたのですが。事は急を要すると騎士たちから進言がありました。皆さんの遭遇した魔物についてなのです」

「……この海域にそのような巨大な魔物がいるとなれば、対策を練らねばなりませんからね」

 それを引き継いで発言したのは、先ほどヴィオーラ様のエスコート役をしていた年配の騎士だった。ヴィオーラ様の傍に秘書のように立っている。白髪がだいぶ混じっているが、フェルメラン人に多い真っ黒な髪と彫りの深い顔をしている。アレクさんと雰囲気が似ているが、表情は彼よりは堅苦しくない。

「申し遅れました。私はバンデリカ騎士団のクライス・ヴェルデ・ウィンバース。お疲れのところ申し訳ないが、お話をお聞かせ願いたい」

 彼はそうして名乗ると、私たちを安心させるような頼もしげな笑みを浮かべる。できた人だな。素敵なおじさま……じゅる。あ、おっとっと。前世のアラフォーオタク女の性癖が。

 改めて自己紹介が始まる。番頭さんが告げたのはハベルスの、私でも知っている大規模な商会だった。その番頭さんなんだから相当有能な人なんだろう。それに続いて私も名と立場を名乗った。

「リュナ・ワイリクロスと申します。ナジェドのアルバより参りました、今は駆け出しの冒険者ですわ」

 ワイリクロス、は例の白い部屋でキャラメイクした時に考えた姓だ。綴りはYrecros、逆から書くと魔法(Sorcery)。元ネタは昔読んだファンタジー小説だ。もちろんこちらの世界には英語と同じアルファベットはないので、あくまで私とあの創造主の間だけのお遊びである。

「ほう、冒険者……ですか?」

 私を見て、ちょっと不思議そうに騎士クライスは首をかしげた。そんな些細なしぐさでもロマンスグレーがやるとサマになるな……。

「つい先日までは、両親とともに装粧品を商っておりました。冒険者として旅立ったのは、本当に数日前ですので、まだ『らしく』は見えないかも知れませんわね……」

「リュナちゃ……と、リュナ嬢は我々パーティの雇い主だった商会の娘さんでして。っと、俺、いや私はベニート、今は彼女に同行していますが、やはりナジェドの冒険者です。河岸を変える旅の途中でした」

 隣のベニートさんが私の言葉に補足しつつ名乗った。クライス氏は一応納得したようだ。……やっぱりお嬢様とお付き(もしくはお傅り)の一行と思われてるような気がするけど。まあほぼ事実だしもういいや……。

「さて、巨大なタコ、でしたかな?」

「正確には、カニと、それを捕らえたタコですね」

「まずは巨大なカニが船に乗り込んで来ようとしたんです。それが原因で船は浸水してしまって、ボートで脱出しようとしたときに、巨大な、吸盤の付いた触手のようなものが現れてカニをさらって行きました。港街育ちですから見誤ることはないと思いますが、タコの足だったと思います」

 番頭さんが訂正し、私もさらに言い添えた。ロマンスグレーの騎士とフェルメランの貴婦人は揃って思案顔になる。テーブルに海図が広げられた。

「フェドーラ号の進路は……」

「こんな感じですかね。そちらの嬢ちゃんがあのカニに気付いた時間からして、襲われた位置はこのあたり、じゃねえかと」

 船長さんが海図の上をなぞって示す。騎士さんたちは海図を覗き込んで難しい顔になったが、ヴィオーラ様は私を見た。

「貴女がカニに気付いたの?」

「はっきり気付いたというわけではなくて……」

 アメジストみたいな綺麗な目だ。そもそも虹彩が紫ということ自体が相当珍しいが、このひとは典型的な黒髪のフェルメラン人の容姿をしているので、そこにこの色の目というのがひどく特徴的で、なんだかドキドキしてしまう。

「何となく違和感があって目が覚めて……そうしたら、あのカニが。今にして思えば、たまたま眠れなかったタイミングだっただけかも……」

「いや、そういったカンの鋭いお人はたまにおられます。あくまで、たまに、ですが」

 海図を見ていた騎士クライスが顔を上げてそう言った。横のベニートさんも同意している。

「リュナちゃんは確かに、子供のころから妙にカンのいい子でしたね」

「あるいはベリザンドの眼をお持ちなのかも知れませんな」

 ベリザンド、とは神様の名前だ。あのGMこと創造神ではない。私が十代の青くたくましい想像力を原動力に書き綴った、あのノートの中の神様である。

 最初、世界には何もなかった。ただ果てしない虚無だけが広がっていて、そこへ八柱の神々が形を与え世界を造った。ベリザンドはその八柱の神々のひとりだ。手つかずの森や草原、そこに生きる動植物の主。恵みをもたらしてくれる一方で時には人を脅かす、人間の都合では動かせない自然というものを擬人化した神様、だと思ってくれればいい。

 私をここに連れてきたGM創造主は、そういった神様の設定もひっくるめてこの世界を創ったってことである。

 ベリザンドの眼を持つ、とはまあ、カンがいいねえとか、何か野性味あるねとか、そんな感じの表現だ。この世界では、人の得意分野とか才能とか性格的傾向とか、そういったものを表現するときに神様の名前を出すことがある。

 良い意味でも悪い意味でもだ。例を挙げると、ベリザンドの恋人とされるウユローラは夢幻の女神で、インスピレーションに恵まれた芸術家のことを「ウユローラの裳裾に触れた者」と呼ぶことがある。その一方で、思い付いたことを最後まで実行する粘り強さや実務的能力に欠ける、地に足が付かないフラフラした人をけなした言い方に「ウユローラの夢に迷い込んだまま出てこない」というのもある。

「ベリザンドの眼ですか? そう言われることもありますが……どうでしょう、確かにカンはいい方だとは思いますけど……」

 まあ、感覚の能力値が高いので、いわゆるカンの良さはあると思う。なんとなくいつもと違うとか、そういったちょっとしたヒントからピンとくる能力のことだからね、このルールの感覚って。

「貴女の眼の色は……」

 それまで黙って地図や記録用紙を扱っていたアレクさんがぽつりと口にした。言いかけて口をつぐんでしまったが、だいたい何を言いたいかはわかるので、自分で続けた。

「狼の眼、でしょうか?」

 私の眼も髪も、ナジェドではやや少数派の明るい茶色(ナジェド人も黒髪と言われるが、フェルメランの人のような真っ黒ではなくて焦げ茶色である)をしている。特に目はかなり明るく、ブラウンというよりアンバーだ。地球の英語圏と同じで、こういう色の眼はこっちでも「狼の眼」という。

「お気に障ったのであれば謝罪します」

「いいえ、私、この眼は自分でも結構気に入っていますから。狼の眼と言われるのも嫌いじゃありません」

 私はアレクさんに笑顔を見せた。実際、生まれ変わって得た虹彩は自分でもきれいだと思う。透明度の高い琥珀みたいで、よく見ると金色の筋が入っている。顔立ちはまあ悪くない、という程度だけれど、この印象的な眼にはかなり満足していた。

「そう言っていただけると助かります。昔の友人が同じ眼でしたので、つい気になりました」

「この色の眼ですか? フェルメランの方でしたら珍しいですわね」

 フェルメランは広い国なのでいろいろな外見の人がいるが、典型的には真っ黒な髪に、日に当たると焼けずに赤くなる白肌、眼はやはり真っ黒かダークグレー、たまに濃いブルーといった感じだ。それでアンバーだったら確かに珍しいけど。

「いえ、北の草原の出だと聞いています。その者と貴女が非常に似た髪と眼でしたので」

「そうですか」

 草原、とはフェルメランの北方の山脈を越えた先だ。騎馬民族や遊牧民族が多く住んでいる。

「私の先祖はどこからかナジェドに流れてきたそうですから、ひょっとしたら遠い親戚かも知れませんね」

 というか、だいぶ脱線したな。ひとまず無難なところで話を切り上げませんかと、にこやかに視線に込めると、青年騎士は空気読んでくれたようだった。そうかもしれませんね、とだけ答えて、海図の一点を示す。

「当初の予定とは外れますが、ヴァモントに寄港することを提案します。領主代行には陸路に切り替えていただいた方がよいかもしれません」


本文中にある「昔読んだファンタジー小説」とはマキリップの短篇で、「ホアズブレスの龍追い人」に収録されている「ドラゴンの仲間」です。

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