↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
11/16

第11話 彼女が生まれる前の記録

君のために、という言葉で隠していた


「ぼくがいないほうが、安心?」


 作業分担表を見ながら、みちるが言った。

 管理者の欄から、彼の名前を外したところだった。

 文化祭まで九日。机の真ん中には、昨日決まった三つの条件が並んでいる。


「一人で保守を触れるのを、いったん止める。顧問とも話した」


「うん」


「作業から、いなくなってほしいとは言ってない」


 みちるは、表を見たままうなずいた。

 技術の欄には、名前が残っている。その横に、実行の前に確認を受ける、と書き足した。

 普通なら二人でさっさと済ませる作業に、今日は紙が一枚要った。


「案は作ってほしい。試験も頼みたい。でも、本番の設定を変えるときは、学校と貸与元の承認を取る。必要な操作だけ、立ち会ってもらってやる」


「ハルの権限は?」


「俺のも、使ったことを確認してもらう。自分だけ例外にはしない」


 みちるが、工具袋のひもを結び直した。

 いつもより、固い結び目になっていた。


 端末のノアは、作業表をこちらと同じ向きで見ている。

 今朝は全員が名乗り、昨日の協議と、今日変える範囲を説明した。彼女の日記にあるのは、十日以内に運用を直すことと、自分だけが問われているのではないということ。それ以上は、今日聞いた話だった。


「みちるさんが入れた、最初の三行のことも、今日、もう少し聞いていいですか」


 ノアが尋ねた。


「原文を全部読むのでなく、なぜ入れようと思ったかを」


 みちるは俺を見た。

 俺は、うなずく前に椅子へ座った。


     *


「ハルが、話せる相手を作りたかった」


「それは、聞いた」


 自分でも冷たい返しだと思った。

 みちるは返事を急がず、眼鏡を一度外した。布で拭くのかと思ったが、そのまま机へ置く。


「君のためだった、は本当。でも、それだけじゃなかった」


 机の向こうで、天音が使っていた鉛筆を置いた。

 莉乃も、書類を重ねる手を止める。


「君に、必要とされたかった」


 みちるの指が、外した眼鏡のつるへ触れた。


「直してって言われたら、ぼくにはできることがある。直ったら、助かったって言ってもらえる。君が話せる相手まで作れたら、もっと……」


 続きは、声にならなかった。

 俺は、返してもらった端末を思い出した。電源が入ったことに安心して、みちるの肩をたたいた。

 助かった、と確かに言った。


「修理を頼んだのは、文章を読んで使う許可じゃない」


「うん」


「困ってたのを知ってるからって、聞かずに決めないでほしかった」


「……うん。ごめん」


 昨日から聞きたかった言葉を、聞いたはずだった。

 それで全部が前へ進むわけではない。俺の中には、まだ怒りがあった。みちるが顔を上げるのを待つのも、少しつらかった。

 ノアは、その間に口を挟まなかった。


「最初の三行にあった、二人って」


 俺は自分から話し始めた。


「中学のときの、友達なんだ」


 ノアがこちらへ向く。

 名前や私的なやり取りまで話す必要はあるかと聞くと、彼女は「どんな判断をしたかが知りたいです」と答えた。

 俺は膝に置いた手を開いた。


「二人が、仲違いした。同じことをやってたのに、途中から意見が合わなくなって」


 どちらも俺に、別々に話しに来た。

 放課後の教室。階段の踊り場。相手がいないところで、あいつとはもう一緒にできない、と言った。


「俺、お前の味方だよって、二人ともに言った」


「仲直りしてほしかったんですか」


 ノアが聞いた。


「そう言えば、格好はつく。でも、あのとき考えてたのは、自分がどっちにも嫌われないことだった」


 片方の前ではうなずき、もう片方の前では違うことへうなずいた。

 同じ話をされても、相手が気に入りそうな返事をした。

 その日の帰り道は、いつも少し楽になった。


「ある日、二人が一緒に待ってた。靴箱の前で」


 自分の場所まで歩く前に、立ち止まったのを覚えている。

 どちらに言った言葉を先に説明するか、まだ考えていた。


「俺は、どっちと話したかったんだろうな。どっちともだったと思う。でも、そう言わなかった。誰かを選ぶとか、選ばないって言って怒られるとか、それが嫌で」


 謝る文章を書いた。

 途中で、自分が悪いと認めた部分を消した。

 また書き直して、結局送らなかった。

 今まで隠していたフォルダへ、残した。


「二人とも、俺に話しに来なくなった」


 天音の椅子が、小さく鳴った。

 顔を上げると、彼女は机の端を見ていた。何か言いかけたように唇が動き、そのまま閉じる。

 俺は、自分が今も返していない言葉を思い出した。


「俺も、相手を傷つけたくないって言えば、自分が楽になれると思ってた」


 その言葉を口にしたからといって、天音へ何と返すかまで決まるわけではなかった。

 目が合う前に、俺は紙へ視線を落とした。


     *


 莉乃が、原文を今後の素材にしないという約束を紙へ書いた。無断で操作した事実まで消すものではない。

 ノアは、その紙にもう一つ、加えるよう求めた。


「今日、聞いた話も、私に代わって日記には入れないでください」


「入れない」


 俺は彼女の言葉どおりに書いた。


「みちる。複製の試験画面、分かりにくいところを直してほしい」


「どこ?」


「本番と見間違えないように。あと、どこまで操作すると何が起きるか、先に見せたい」


 みちるはパソコンへ手を伸ばして、途中で俺を見る。


「検証用だけ、開くよ。本番へはつながない」


「うん。それを頼む」


 眼鏡をかけ直した指が、まだ少し遅かった。

 黄色い枠が開く。俺が前に置いた表示へ、みちるが接続先の名前を足した。

 次に触るところを指し、ノアにも画面を向ける。


「その確認には、私も参加したいです」


 ノアが言うと、みちるは変更する箇所を指したまま待った。

 四人で覗き込むには小さな画面へ、天音が椅子を寄せる。俺も端末を少し近づけた。

 ノアが見えたと答えてから、みちるは最初の設定を変えた。


 元通りになった、とは思わなかった。

 それでも、友人を追い出す以外の作業を、今は一緒に始めていた。


 片付けるころ、みちるは机の下に置いた工具箱まで持ち上げた。

 工具袋に入り切らない部品を、上へ重ねている。


「それ、持って帰るのか」


「置いたままにしていいか、分からなくなって」


 俺は箱の横へ、自分のドライバーを戻した。


「明日も使う。ここへ置こう」


 みちるが箱を下ろす。

 天音は机の端に残った付箋を集め、莉乃は明日の分の作業表を挟んだ。ノアの端末を運ぶ布を広げながら、俺はみちるに聞いた。


「駅まで、一緒に帰る?」


「まだ、何か直すものがある?」


「帰るだけ」


 みちるは、手元を一度見た。

 何か渡すものを探したようだった。


「……うん」


 校門を出ても、話はなかなか続かなかった。

 いつもなら、直しかけの機材や、明日の演出を話す。今日はどちらも、言い始めるのが難しい。

 頼み事を一つ作れば、この沈黙は埋められる。ポケットの携帯へ触れて、手を出すのをやめた。


「さっきの、二人の話」


 みちるが言いかけた。

 顔を向けると、彼は眼鏡を押し上げた。


「読んだだけで、前から知ってる話みたいに思ってた。ハルが何に困ってるかも」


「今日、俺が話したところまでにして」


「……うん」


 また黙って歩いた。今度は、続きを話すように促されなかった。

 並んだ影が道の傾きで離れて、また近づく。俺は歩く速さを変えなかった。

 駅前の信号で、みちるが俺より半歩遅れて止まった。


「明日、また来ていいんだよね」


「うん」


 俺は顔を向けた。


「でも、今日、全部許したって意味にはできない。まだ腹が立ってる」


 みちるは、すぐにはうなずかなかった。

 青になった信号を、一緒に渡る。


「明日も、それは聞く」


 改札の前で、彼はそう言った。

 俺も、何を頼めば友達でいてくれるかを探さずに、そこで手を振った。


     *


 夜、ノアが「今夜はこうします」と、三つの枠を共有した。

 俺の部屋の画面に並んだ枠は、どれも空欄だった。


「全部、空欄?」


「はい」


「書くのを、やめたくなった?」


「書かないことに、したいです」


 ノアは一つ目から順に、空いている枠を見た。


「みちるさんが言ったことも、ハルが話したことも、聞きました。今、思うことはあります」


「うん」


「でも、明日の私に、こう思うべきだって渡したくないんです。許すとか、許さないとか。今夜、結論を三つ選ぶのは」


 入力する場所へ、白い線が点滅している。

 俺の名前も、舞台の条件も、何もない。


「明日、俺のことも知らなくなる」


「名乗ってもらえますか」


 俺は画面の前でうなずき、それから「うん」と声にした。


「何から聞きたいかは、明日の君に聞く」


 ノアが確定を選ぶ。

 空欄のままでよいかという確認に、彼女自身がもう一度答えた。

 確定済み、という小さな表示だけが残る。


「明日の私には、今日の結論を渡しません」


 ノアはそう言った。

 その言葉を選んだ理由まで、明日の彼女は知らない。


     *


 今夜の三行


 一 (空欄)

 二 (空欄)

 三 (空欄)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。