第31話「イサミとジュリアン」
シャルロットとユウキが、激しいブレイヴバウトを繰り広げていたのと同時刻。
アスカら教師たちは、教員向けにあてがわれたコテージの中にいた。
そのコテージには、各教員の個室の他に、中央にラウンジがあり、休憩がてらみんなで集まって話をしている最中だ。
「はははっ。たまに、授業をするだけの気楽な仕事だ。これで、報酬もがっぽりだというのだから、ジュリアン様々だな」
アスカが、ぎしりと音を立てながら椅子に背を預け笑っている。
着ているスーツは、乱れに乱れ、ビールを片手に上機嫌だ。
「あんたって、やつは! 仮にも、子どもたちを指導する教師として招かれたんだから、その自覚を持ちなさいよ!」
憤慨するのは、ソフィアだ。
「そう言われてもなぁ。だいたい、教師なんてガラじゃないんだよ。何をしていいのかもわからないしさ」
「だったら、なんでこの仕事を引き受けたのよ!」
「そりゃあ、報酬が良かったからさ」
「報酬をもらうってことは、報酬に見合った仕事をするってことでしょう!」
「だから、さっき仕事として授業をしたじゃないか」
「あんな手抜きの授業……子どもたちが、かわいそうだわ!」
「いやいや、あいつらも長々と授業を受けたくないって顔に書いてたじゃん。むしろ、子どもたちに寄り添った授業だと思ったけどな」
「……はぁ。呆れたわ」
「そりゃあ、どうも」
ソフィアは、疲れ切ったように椅子に腰を下ろした。
「お前も、ビールを飲むか?」
「いらないわよ! まだ、仕事中よ!」
「仕事中ねぇ? もう、日も暮れるし終わりで良いんじゃないか?」
「良いわけないでしょう……!」
アスカは、ソフィアに睨まれながらも、ジョッキのビールを軽快に飲み干した。
「ぷはぁ……!」
「おい……アスカ。お前、いまジュリアンがやってきたら、その場でクビじゃないのか。着乱れてビールなぞ飲んでるところを見たら、あいつも怒るだろう」
そう言ったのは、クラウンだ。
ケータイ端末で、作業をしながらチラりとアスカを見やる。
「なぁに、そのときはそのときだ」
アスカは、へらへらと笑いながら缶ビールをもう一缶、開けようとした。
「どうやら、クズがクビになるときが来たようだ」
「うん? トウコ、なにを言ってるんだ?」
「ジュリアンが、このコテージに向かって歩いてくるぞ」
くいっと、親指で窓の外を指すトウコ。
「げぇ!? マジじゃん!?」
ジュリアンが、学園の第1棟校舎の方から、離れにあるコテージに向かって歩いて来ている。
「あ~~あ、これであんたもお終いね」
と、ソフィア。
「短い間だったが、お疲れさん」
と、クラウン。
「クズめ」
と、トウコ。
「いや、まてまて……! 初日で、クビってことはないだろう……!」
アスカは、そう言いながら慌ててビールの空き缶とジョッキを物陰に隠した。
「そうだ! ちょっと、見回りに行ってこよっかなぁ!」
わざとらしく言いながら、裏口に回ろうとするアスカだったが。
ばん――!
コテージのドアが、音を立てて開いた。
「どちらへ、行こうというのですか?」
ジュリアンが、冷ややかな目でアスカを見据えていた。
「や、やあ! ジュリアン! ちょっと、見回りに行こうかと! ほら、教師たるものあらゆることに目を配らないといけないからさ!」
「ほう……? 見回りですか? 酔っ払った状態で?」
「い、いや……その」
「酒の匂いが、ぷんぷんしますよ。そんな状態で、出歩かれると困りますね。子どもたちの教育に障ります」
「ぐ……!」
アスカは、何も言い返せなかった。
「あなた方が、ちゃんと教師を務められるのか確認しにきましたが、いささか……いえ、大いに不安になりました」
「ま、待って! 不真面目なのは、アスカだけよ! 私たちは、真面目に教師を務める気持ちがあるわ!」
「私もだ」
「同じく」
ソフィアもクラウンもトウコも、一様に、不真面目なのはアスカだけだと主張する。
アスカに足を引っ張られ、自分たちまで不真面目な教師だと思われるのは心外だった。
「やれやれ、アスカ……貴女とは旧知の仲ですが、どうにも合いませんね。せいぜい、ソフィアたちの足を引っ張らないよう気を付けることです」
「……へ~~い」
「返事は、はい」
「は、はい」
ジュリアンは、くるりと背を向けた。
「今回は見逃しましょう。ですが、しっかりと教員マニュアルを確認しておいてくださいね。代わりは、いつでも用意できることをお忘れなく」
そう言って、コテージから出て行こうとした。
そのときだ。
「お掃除係で~~す。どこか、お掃除するところはありませんか~~?」
のほほんとした様子で、イサミが、ふらっと現れた。
「――くっ!?」
「――あっ!?」
コテージの出入り口で、鉢合わせたジュリアンとイサミが、びくっと固まった。
「ふ、ふたりとも時間が停まったみたいに動かないわ」
ソフィアが、ジュリアンとイサミのことを怪訝そうに見ている。
「まあ、喧嘩別れしてから10年あまり会ってなかったふたりが鉢合わせしたら、こうなるだろうさ」
フッと笑うアスカ。
「じゃあ、あの噂って本当だったの?」
ソフィアが、小声で訊ねる。
「ああ、だいたいな。イサミの電撃引退がきっかけで、ジュリアンとイサミは喧嘩して、それっきりになったんだ。近しいやつから、直接聞いたよ」
「ジュリアンは、ショックを受けたのか1年ほど公式戦の表舞台から消え、イサミもイサミで10年以上、音沙汰がないんだったか」
と、クラウン。
「そのせいで、イサミは死亡説まで囁かれる始末だ」
と、トウコ。
「あら、まあ……ただのゴシップだと思ってたわ」
ソフィアは、思わず口元に手をやる。
当のジュリアンとイサミは、まだ動かない。
一言の会話もなく、お互いに見つめ合っている。
「かける言葉もなく、さりとて素通りもできずって感じだな」
と、アスカ。
「無理もないわよ。10年ぶりに大切なライバルと再会したんだもの」
と、ソフィア。
アスカたちも、容易にふたりの間に割り込めない雰囲気を理解している。
だから、ただ見守るしかなかった。
「あ、あの……!」
先に、動いたのはイサミだった。
掃除道具を置き、意を決したようにジュリアンに声をかけようとした。
だが……。
どがぁ~~~~ん――――!
すさまじい爆音が、イサミを邪魔した。
「な、なんだ……!?」
全員が、爆音が鳴り響いた方向を見た。
「城下町から、黒煙が上がってるわ!」
「爆発だ! エンカ・シティで何かが爆発したんだ!」
「激しい波動が、ここまで届いている!」
ソフィアが、クラウンが、トウコが、コテージの窓から身を乗り出し城下町の様子に注目している。
「くっ……!」
ジュリアンが、イサミの脇をすり抜けるように、走り出した。
そして、足を止めると、城下町に視線を向けながらケータイ端末で、どこかと連絡を取り始めた。
「いったい、あの爆発はどうしたというのです! 状況は! なっ!? ブレイヴアリーナでシステム異常!? あの爆発は、それが原因だと言うのですか!?」
ジュリアンの表情が、驚愕と困惑に染まる。
「おい! あの爆発に巻き込まれた生徒はいないのか!?」
クラウンが、焦った様子で言った。
「待って! いま、生徒のリストから所在を確認するわ!」
ソフィアが、端末で生徒のリストを確認しようとしたときだった。
「…………シャルロット!」
イサミが、飛翔技で飛び出した。
「…………ヴィクトリア!」
ジュリアンも、それを追うように飛翔技で飛び出した。
ふたりは、大空を翔け城下町の方に向かって飛んで行った。
「はっや……!?」
と、アスカ。
「さすが、イサジュリ世代のイサとジュリね。動くときは、早いわ。ほんと」
ソフィアは、懐かしむように目を細めた。
「おい! そんなこと言ってる場合じゃないぞ! 私たちも行くぞ! 教師だろ、これでも!」
そう言って飛び出したのはクラウンだった。
ソフィアもトウコも、それに続いた。
「ああ、そういえば……教師だったな」
アスカは、ため息をつきながら飛び出した。




