第23話「黒いフードの侵入者」
「うん! こんなもんじゃないかな!」
「ああ、レアから剥ぎ取ったバックパックも上手くアジャストしたな」
「剥ぎ取った言うな!」
ここは、ブレイヴアリーナに内包されている別空間。
主に、ブレイヴバウト前のフォージ・ブレイヴが、アーキ・ヴェセルナーの調整などを行う控え室のような場所だった。
天井からは、アーキ・ヴェセルナーを部位ごとに吊り下げるアームが伸び、分解や圧着などメンテナンスに必要な機器や端末が並んでいる。
そこで、ジュンはレアとともに、次のブレイヴバウトに備えてアーキ・ヴェセルナーの調整をしていた。
定格超え――オーバードライヴの負荷に耐えきれず破損してしまったジュンのバックパックに代わって、まだ状態の良かったレアのバックパックを背中に装備した。
もともと、同型のアーキ・ヴェセルナーだったので、取り換えは問題なく済んだ。
「ニュートラルよりも瞬間的な加速力を重視した調整だね。これでなんとかジュンちゃん好みにはなってれば良いんだけどね」
レアが、アーキ・ヴェセルナーに繋げられた端末のキーボードを叩きながら言った。
「まあ、所詮は間に合わせのアーキ・ヴェセルナーだ。高望みはしないさ」
「ここに、モグリちゃんがいたら、もうちょっと上手く調整してくれるのになぁ」
「今頃、あいつもあいつで頑張ってる。オレたちも、負けてられないぞ」
モグリは、ふたりの共通の友だちだった。
ひょんなことで知り合って友だちになったが、いまは離れたところにいる。
「そうだね! 負けないぞ!」
グッとガッツポーズをするレア。
「あとは、オレひとりで大丈夫だ。レアは、観客席から観ていてくれ」
「うん! わかった!」
レアは、背を向けると観客席の空間へと繋がる光の枠――ポータルテレポーターを起動した。
だが、レアはポータルテレポーターの前で、ぴたっと足を止め振り返る。
「ねえ、ジュンちゃん」
「なんだ?」
「あの子と……シャルロットちゃんと何かあったの?」
「なに?」
「密猟者騒ぎのときから、あの子のこと気になってるでしょ」
「密航者な」
「わ、わかってるってば! 密航者騒ぎのとき、ジュンちゃんは、シャルロットちゃんに出会ったんだよね。あのとき、あたしもそばにいたから知ってる。そのときから、ジュンちゃんは、ちょくちょくシャルロットちゃんのことを目で追ってるよ。何が、そんなに気になるの?」
「なんだ、意外と周りのことも見えてるんじゃないか」
「ジュンちゃんのことだから見えてるんだよ。それで、なんでなの? はっ!? ま、まさか……ジュンちゃんって、シャルロットちゃんのことを……!?」
ジュンは、わざとらしく驚くレアのことをジト目で見た。
「お前が、いま何を考えてるのか大体わかるが、それは見当違いだ」
「あら、そうなの? つまらん」
「つまらんって、お前なぁ」
「なら、なんでそんなに気にしてるの?」
ジュンは、話の流れに一拍を置くかのように、ため息を吐いた。
「オレは、あいつのことを知ってるんだ。今日よりも、ずっと前から」
「え!? そうなの!?」
「もっとも、向こうはオレのことを知らないだろうけどな」
「……うそでしょ。もしかして、復讐とか恨み言とか、そういう類の話?」
また、ジュンはレアのことをジト目で見た。
「お前……それ以上、茶化すなら出てけよ」
「ご、ごめんごめん! 冗談です! 許してください!」
ジュンは、「ちっ!」と舌打ちした。
「別に、オレが一方的にあいつのことを知ってるだけだ。これまで、絡みもない。ただ、まさか、この学園であいつと出くわすとは思わなかったからな。驚くし、気になりもするだろう。それだけの話だ」
「ほんとに、それだけ?」
「お前、嫌なやつだな。わかってて言ってるだろ」
「えへへ!」
「お前が考えてる通り、それだけで終わる話じゃない。だけど、悪いが今ここで詳しく話すつもりはないんだ」
レアは、ニッと笑みを浮かべた。
「そっか! わかった! そのうち、話したくなったら教えてね!」
「ああ、そうするよ。とにかく、いまのオレは、あいつに挑戦したい。その気持ちでいっぱいだってことだけは、教えとく」
「おっけ~~! じゃあ、あたしは観客席からジュンちゃんの挑戦を応援することにするよ!」
「ありがとよ」
レアは、もう一度、ニッと笑みを浮かべるとポータルテレポーターの中に、足を踏み入れた。
「ちなみに、モグリは詳しい話を知ってる」
「え!? ちょ!? いま、このタイミングで、それ……!?」
目を丸くしたレアが、ポータルテレポーターの中に吸い込まれるように消えていった。
「……さて」
ひとりになったジュンは、気持ちを集中させた。
「あいつと戦えるのか」
腰のアタッチメントからエナジーソードのグリップを取り外し握る。
「やれるのか、オレに」
ジュンは、グリップを握る手が震えてるのに気づいた。
「なあ、オレ。これは、武者震いなんだろう? そうであってくれよ」
自分に言い聞かせるように、ぐっと力を込めてグリップを握りしめた。
そのときだった。
ぐわん――!!
「なんだ!?」
控え室の空間の一部が、一点に向かって収束するように歪み始めた。
歪みは、渦のような形を描き、やがて――。
ぱりぃん――!
「空間が、割れた!?」
歪みごと、空間が割れた。
まるで、ガラスの窓が叩き割られるようだった。
飛び散った空間の破片が、光の粒子となって消えていく。
「いったい、何が起こったんだ……!?」
驚愕の出来事は、それだけに留まらなかった。
割れた空間の向こうから、ひとりの女の子が、控え室の中に飛び込んできたからだ。
黒いフードのついたノースリーブのパーカーを着ている。
目元が隠れるほど深くフードをかぶっているから、顔や表情が見えない。
フードからチラリとのぞく金色の輝きは、髪の毛の色だろう。
「誰だ……!」
ジュンは、自衛本能から即座にエナジーソードを起動すると、青い光の刃を黒いフードの侵入者に対して向けた。
「待って。キミに危害を加えるつもりはない。落ち着いてほしい」
黒いフードの侵入者は、冷静な口調で言った。
「ここは、アセンブリーチェンバーだぞ。オレのような対戦を待つブレイヴ本人か、その付き添いしか入れない閉鎖空間のはずだ。いったい、どうやって……!」
「何も、難しい話じゃないよ。このブレイヴアリーナは、子どもが使うことを想定しているからか規模の割に、空間の防壁は大したことない。デビュー前の子どもたちの能力なら、その程度の防壁でも、システムが破損することはないと踏んでるんだろう」
「まさか……!?」
「そう、そのまさかだよ。ボクは、空間の防壁を破って、この空間に入ってきた。キミも、空間が歪み、そして割れるのを見たはずだ」
黒いフードの侵入者の後ろの空間は、いまだ割れたままになっている。
ジュンは、舌打ちをした。
「どうやら、デタラメじゃなさそうだな。そんなことをやってのけるってことは、お前はオリジン・ブレイヴだな?」
「そうだよ。ボクは、オリジン・ブレイヴだ」
黒いフードの侵入者が、やおら顔をもたげた。
それまで隠れていた目元がわずかにのぞき、真紅の瞳が煌々と光を放っている。
「……それで、オリジン・ブレイヴが何の用だ? ははっ。まさか、アンチ・ブレイヴを名乗って、ブレイヴバウトの邪魔でもしようってのか?」
「アンチ・ブレイヴ? まさか、そんなんじゃないよ。ただ、ボクは、シャルロットとブレイヴバウトする順番を譲ってほしいと、そうお願いしに来ただけさ」
「なに? ブレイヴバウトする順番を譲れだって?」
「そうだよ。ボクは、いますぐどうしてもシャルロットとブレイヴバウトがやりたいんだ。さっき、観客席でのやり取りを聞いてね。すでに、先客のキミがいるのはわかっていたけど、譲ってもらおうと話をしにきたわけさ。どう? 順番を譲ってくれないかな?」
「答えは、ノーだ。譲るわけがないだろう」
「そこをなんとか頼むよ」
「ダメだ。あんたにも事情があるのかもしれないが、オレにも事情がある」
「それでも、譲ってもらわなきゃいけないんだ」
ジュンは、めんどくさくなってため息を吐いた。
「お前もお前で、このまま引くつもりはないって感じだな」
「ああ、引くつもりはない」
ジュンは、エナジーソードを構え直した。
「だったら、もうこうするしかないだろう。いますぐ、シャルロットとブレイヴバウトがしたいならオレを倒して、その権利を奪い取るんだな」
本当なら、そんなことをする必要はなかった。
頑なに譲る気がないと言い張るだけで良かったはずだった。
だが、ジュンは、そうしたくなかった。
それは、きっと目の前の相手が、オリジン・ブレイヴだからだろう。
「……ありがとう」
「なに?」
黒いフードの侵入者の口元が、にやりと笑った。
「なるべく、手荒な真似はするなと釘を刺されていたけど、キミの方から、そう提案してくれて助かったよ。これで、理由ができた」
黒いフードの侵入者の右手に、ばちばちと音を立てる輝きがあった。
「赤い……稲妻……!?」
ジュンの視界が、赤い閃光に染まった。




