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P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第一章
PR
8/29

第四話 UИ⧉Σ⧉LΣD ODD⧉ƬƳ(3)

 空を焼く鮮烈な赤はあっという間に青空を染め上げ、東の空の裾から焦げ跡のような夜をめくるように覗かせていきました。

 月のない夜。星明りをさほど感じないのは、村の通りを照らす街灯が生きているから。建物の一角に目立たぬように設置されたランプ型の街灯は、オイルでもガスでもない、この壊れた世界において小規模な共同体には贅沢ともいえる、電灯だったのです。

 電気の灯りで夜を克服したとかそんな話があるように、夜の天幕が空を覆っても食堂前の広場はずいぶんな賑わいでした。村人総出で地返しによって剥がれた地面を一日がかりで修復し、おおまかな作業が終わった今、食堂前では慰労会が行われているのです。

 資源は基本的に村の財産として管理される村で、村人同士で好きにお酒を飲んで騒ぐ夜。騒ぐ口実として、毎週の楽しみらしいです。

 夜は始まったばかりで賑やかな声が食堂の裏手、宿舎にまで届きます。今夜あたりは酔いつぶれた村人もこの建物を利用するそうですが、二階部分は現在の所、イコナさんが独占している状態となっております。

 独占していた、が正しいですかね。

 だって、私が使わせていただいているベッドで寝ている子がいますから。

 旧時代のマットレスの寝心地の良さをしっております故に、彼女がそこで寝ていること自体には別に何も思いません。ただ少し、配慮が必要な状況ではありました。

「私を姉さまと慕ってくれるこの子ですが、身体的な成熟具合で言えば、彼女の方が魅力的であることは認めざるを得ません。それは変えられない事実なのですが……ガンター的にこの状況は立ち入っても大丈夫ですか? 名誉のためにお外に置いて行きましょうか?」

『……見た目はともかくアマリは中身がガキだ。とはいえ、俺様の視覚が外観でわからん以上、後でとやかく言われるのはごめんだ。外に置いてってくれ。本人に恥じらいがあるならその方がいいだろ。お前と違ってな』

 ガンターの性別は間違いなく男性ではありますが、私的には娯楽端末アノマリーに裸体を見られたところで何も思いません。そもそも生物的に完成しているイコナさんは見られて恥ずかしい部分など、と言いたいところですが、おそらく人と分類される生き物に実際に裸体を見られたら相応に恥じらうと思います。

 というわけで、ガンターの端末を廊下の窓際に放置し、お部屋の中へ。

 中庭の灯りが微かに届く室内。旧時代のマットレスに敷かれたさらさらのシーツの上で、お腹に毛布を掛けて気持ちよさそうに眠るのは、起こすのもためらわれる絶世の美女というやつでした。

 身に着けるはマーニさんから借りた、男性用の大きなシャツ。すらりと伸びる脚も、豊かさのある胸元も、なんと無防備な事か。色白の肌もそうですが、飾るように現れている白色の竜の鱗も実に美しく、体の内側に当たる部分は水色の柔らかな鱗が点々と見えていて、宝石が張り付いてるかのようです。普段は首の後ろで束ねてる空色の髪を広げるように降ろしてるのもちょっと新鮮です。

 水竜の尻尾に、耳元を飾るティアラのような角。静かに寝息を立てる彼女には、竜以外の要素は見当たりません。本当にドラコニアンなんて幻の種族なのです。

「……とはいえ、私のお部屋で寝ていいとは言ってないんですがね」

 彼女の右足首には包帯が巻かれております。軽い捻挫。無理に動かさないように固定する形で包帯が巻かれているのですが、本人曰く、明日にはこの程度治るとの事です。

 お風呂場は一階にあり、昼の一件で泥まみれになった彼女は汚れを落とした後は同じ一階の部屋で休んでいると思ったのですが、まさか私の部屋で寝ているとは。

 強風と陽射しで乾いた彼女の衣服を机に置き、ベッドに腰掛けて肩をゆすります。

「起きてください。夕飯の時間ですよ」

「ん…」

 小さな返事で身体を丸めてしまいます。疲れているのかもしれませんが、昼過ぎからずっとこの時間まで寝ていたみたいなので、さすがに夜、寝れなくなってしまうのでは?

「お願いだから起きてください。お酒の勢いが乗った村人の宴に一人で飛び込む勇気が無いんですよ。リュミンは全然顔を見せないですし、アマリが頼りなんです」

「んぅ………ねえさま…?」

 呂律の回らない口調でこちらを呼び、薄く目を開けます。眠気で潤んだ瞳に、気だるげな表情は妙な色気がありドキリとしてしまいます。

 ゆるゆると起き上がった彼女は口元を押さえてあくびをしながら伸びをします。はふぅ、と息を吐いた後、薄い灯りで照らされた窓を眺めながら言うのです。

「ずっと、こういう日が続けばいいなぁ」

「…というと?」

 まさか毎日地返しでお祭り騒ぎがいいのですか? と思ってしまいましたが、彼女は嚙みしめるように、口元に笑みを浮かべて静かに言うのです。

「みんながね、ちゃんと笑顔でいられる日」

 閉めた窓越しに聞こえる、村人たちの笑い声。毎週こんな騒ぎなのかと呆れるところですが、アマリは穏やかにその声を聴いていました。

「キャラバンが来る前は、こんなんじゃなかったんだよ。みんな静かでね、暗い話ばっかりするの。あれはあと何日分あるとか、食料は大丈夫なのかとか、子供はあと何人産んでも平気とか。次はだれが外を探しに行く係にされるとか。でも今じゃみんな楽しく笑ってて、未来に希望を持ってる。みんな師匠たちのおかげ。外の世界があるって、教えてくれたから」

 似た話は、昨日聞いてます。今は続きがあるようです。

 息を吸って、吐き出して。言うかどうか迷った様子でしたが、視線を少しだけ落として彼女はいう事に決めたようです。

「だけどね。もしかしたら、キャラバンは、ここを離れたら戻ってこないかもって、思い始めてる人がいるの。師匠も、外の調査には絶対に村の人連れて行かないんだ。危険なのはもちろんあるんだろうけど、出発時期も言わないの。だから、怪しんでる人がいて………姉さまは、何かしらない?」

「それは、私には何とも言えませんが……」

 アマリの言葉を疑うつもりはないです。私の常識で考えると、キャラバンはあくまでも商人集団です。食料資源に富んだこの村との交易路が独占できるかもしれない状況で、往復路の確立を早々諦めるとは思えません。

 考えられるのは、調査自体がキャラバンの秘匿している技術に直接関係する可能性がある、という事でしょうか。頑なに守られている、世界中のキャラバンが守り続けてる秘技ですので、ありえます。

「キャラバンの持つ技術は秘匿性が高いのでそれに関係してるのかもですね。あとリュミンはキャラバンのリーダーがセトルメントについて調べていると言っていました。そっちの調査の進捗次第なのでは?」

 その調査の内容が純粋な知的好奇心を満たすだけのものか、あるいは往復路の確立になにか必要な事を調べているのかは私にはわかりません。一日経ってもまだ、リュミン以外のキャラバンの方とは接触できていないのです。

 リュミンは私があれこれ考えるのが好きそうだから、なんて理由でセトルメントの詳細を教えてくれていませんし、私も出発までにわかればいいくらいの気持ちで構えていましたが、アマリの抱いてる不安を考えると、もう少しまじめに考えてもいいかもしれません。

 異文化交流を通して知っていく方針から、本格的な調査に切り替えますかね。

「あなたの不安はよくわかりました。その辺り、リュミンを見つけたら聞いてみます。なんせ私は彼…? えっと彼であってますかね? とにかく、恩人ですので」

「あはは、師匠の性別はわたしもわかんない…」

 リュミンは自分の性別を頑なにはっきりさせようとしていない感じがします。それもまたあの子の魅力なのかもしれません。女の子の衣装も嫌がらずに着てくれそう。

 それはともかく。

「今はとにかく、ご飯に行きせんか? あなたの言う人々の笑顔と、不安が本当か確かめに行きたいですから」

「…わかった。でもえっと、着替えが」

 机の上を指さしてあげれば、丁寧に畳んである彼女の衣服。いつもより柔らかくいい匂いになったそれに驚くがよいです。

「私は外で待ってますね。あぁ、あなたの事なので大丈夫だと思いますが、私の鞄には触らないようにしてください。適切に扱わないと炸裂する可能性のあるモノが収納されているので」

「え、あ、わ、わかった」

 外に出て、後ろ手にドアを閉め、広場の喧騒がより近い廊下に放置していたガンターの横に立ちます。響く笑い声は、未来に不安などないかのようなお気楽な声。本当に不安なんて感じてますか?

「少女同士の秘密の会話を無遠慮に聞いてたりしますかね」

『…そういう問いをされて俺様はどう答えればいいんだ? まぁ、一応聞いてはいたが…」

「やらしー、というのは冗談で、他人の悩みとかそういうのを分析するのはあなたの方が得意だと思うんですけど」

『そういう自覚ができる程度に大人だってのは評価してやる。だがこの先、人の住む場所で生きていくならその手の感性は鍛えておけ。他人の地雷を踏みぬいて知らないうちに孤立したくなければな』

 以前のコロニーでは交友関係と呼べるほどの相手がいなかったので大変耳が痛い言葉でした。友人と言えるかどうか怪しい人はいましたけどね。無遠慮な物言いはガンターによく似てました。

『結局のところ、あいつの悩みの根幹的な部分は村の未来にあるって事だ。キャラバンはちゃんと帰ってくるのか、その結果次第で暗い日々に戻るのか、自分はちゃんと村の役に立ってるか。お気楽主義かつ自己中のどっかの誰かさんとはえらい違いだな。だからこそお前に憧れてる……いや、羨んでる部分があるのかもしれん。あいつからすると、お前の無責任な言動は自分の悩みが軽くなるような感じがするのかもな』

 若干の棘を感じますが、確かに私からすると、アマリの悩みというのは実に面倒でうっとうしいと評価せざるを得ません。はっきり言って苦手です。

 未来なんてなるようにしかならないし、キャラバンが戻ってこれないならより未来がある方を選んでいっそ村を離れてしまえばよいのです。周囲の人が鬱々と村の未来を憂いてるとか、実にもやっとするお話。

 アマリはドラコニアンで、頼られているからこそその手の心配は尽きないのでしょうけど、実にもったいない。頼られるだけの実力があるのだから、独立してしまえばいい。

 そんな返答は、彼女は納得しないでしょうけどね。本当に、村から連れ出してあげたいです。誘拐するか。

 不満を表して揺れる尻尾。いずれにせよ、明日はリュミンを探してその辺り問い詰めないと話になりませんね。特に今後、キャラバンがどうするかというお話を。

 あの犬ヤギは絶対に何か致命的な事を隠してます。村人に知られたくない、何かを。

「んぁ?」

 明日の予定を決めた私のウサギ耳に、何やら慌ただしい足音が聞こえてきます。

 左の廊下の奥、というほどでもないですが、すぐ近くの階段側から聞こえたのは、誰かが建物に勢いよく侵入してきた事を示唆する、ドアが開け放たれた音。続く足音はまっすぐこちらへ向かい、階段を駆け上がってきています。

 姿を見せたのは見たことが無い人でしたが、その容姿の特徴ですぐに誰かわかりました。名前も知ってます。確か。

「アマリ!」

 こちらを見るなり名を叫びますが、人違いです。私の事を呼んだのではないのはわかりますが。

 全体的に白っぽいその男性はまっすぐこちらへ駆け寄ると、私の細い肩を掴んでゆさぶってきよります。

「アマリ! アマリはどこにいるんだ!」

「あばばばば、おち、おちついてくださささ」

 首はがくがく、ウサ耳も自分の頭を叩く勢いでゆさぶられ、膝の力が抜けて床に座り込んでしまいました。

「は! すまない! でもアマリはどこにいるんだ!」

『…アマリならすぐ近くのドアの奥にいるが今は』

「アマリ!」

 ガンターの忠告は最後まで続かず、バァン! とドアを破砕する勢いで開きやがります。

「ぎゃあ! 兄さま何やっ、出てけぇ!」

「お゛ッ」

 ずどん、という音が聞こえたなと思った瞬間、視界の端に何やら白いものが。

「ァーッ!」

 正体は理解しましたが、私はその男の背中と壁に挟まれてしまう事態になりましたッ!

 いったい、私が何をしたというのか!

「兄さまばか! あと姉さまから今すぐ離れて!」

 ドアが激しく閉められますが、視界は全部兄さまの背中で塞がれています。重い、そろそろリムが出動するかもしれないので、どいていただきたい。

「お、おぉぉ…す、すまないネエサマとやら………ネエサマ? アマリの姉? 私の妹ということか?」

「あなたの、妹なんてごめんですッ!」

 混乱されているので、全力で背中を押して、腕力じゃ足りないので仕方なく足も使って蹴飛ばしてさしあげました。廊下に転がった彼ですが、まだお腹を押さえて混乱の中にいます。

 壁をもぶちぬくドラコニアンの一撃。同族と言えど相当効いてるみたいですね。

「ひどい目にあいました」

『同情する。珍しく心の底からな』

 声は笑ってるんですが?

 立ち上がり、とりあえずガンターを回収してポーチに入れておきます。いつでも逃げられるようにと距離を置くため、階段側に離れておきました。対アノマリー警戒時の姿勢に、私の尻尾も高く持ち上がってしまいます。イコナさん威嚇のポーズ。

 床に転がっているのは、外見は背の高い痩せ身の男性です。アマリと違い金色の髪は丁寧に撫でつけられていて、耳元の白い角はアマリよりも太く、装飾品で飾っているからか冠のような威厳をほんのり感じます。床に転がっておられるので、微塵しかない威厳が消え失せておりますが。

 身に纏っている衣服はなんというか、どこか貴族っぽく、立派なレースのマントまで羽織っております。胸元には旧時代の、さらに昔の貴族がやっていそうな勲章のように、宝石類が飾ってありました。

 手の甲側は白い鱗が点在し、爪はやや鋭いようです。尻尾もよくアマリに似ていて、尾ひれのような形状。こちらも内側は水色で実に美しい色をしていました。

 目を回していますが、顔立ちは整っており、アマリより広い範囲に頬と、鼻筋に白い鱗が出ていました。色白の肌に白い鱗は薄い民族的な化粧のようで目立たないですが、かなり凛々しい顔立ちではあります。美青年って感じで、今まで会ったどの男性よりも顔は、顔だけはよさそうです。

 腰には細い剣。黒いズボンの裾は泥汚れがついており、やはり貴族が好みそうな印象のある革靴も汚れております。外回りで働いてきた証拠ですね。

 カイリス・ばる……ばるなんとかさん。アマリのお兄さんであるドラコニアン。

「初対面で抱き上げてきたアマリ。初対面でゆさぶったあげく、背中で押しつぶすカイリスさん。やはり兄妹ですね!」

『嫌な共通点の見つけ方だな。なんだ? 怒ってるのか?』

 怒っているというか、アマリの怪我の程度を知っていますので、大げさでうるさいと思っただけです。過保護とは聞いてましたが、アマリが不満を抱くのもよくわかります。

「こんなにも素敵な少女の手を取るどころか乱暴にゆさぶるとは! 紳士失格、視野狭窄、盲目がすぎると宣告させていただきます!」

 意識が混濁されているうちに好き放題言わせていただいている間に、私の借りているお部屋のドアが開きます。心なしか軋む音が大きくなったような。

 着替えが終わったアマリは心底恥ずかしがっているように、顔を赤くしておりました。着替えを見られたというより、身内を恥じてました。

「もぅ、ごめんね、姉さま。こんなのがわたしの、兄さまです」

「わ、私が悪かったが、実の兄をこんなの、と紹介するのはどうかと思うぞ、我が妹よ…」

 お腹を押さえながらよろよろと起き上がるカイリスさん。彼にジトっとした目を向けながら、アマリは一応左足を庇いながら私の方へ壁伝いに歩いてきます。

「だって最近の兄さまは心配ばっかりなんだもん。イコナ姉さまの方がよっぽど姉さまらしいよ」

「本人を前になんて可愛い事を言うのですか。もういっそ私の妹になりますか? かわいがってあげますよ!」

「わーい、なるなるー」

 腕を広げてあげればアマリは嬉しそうに飛び込む…というか、私を抱きしめてきます。彼女の方が身長があるのでこちらが抱きしめられているような形になってしまいました。

 絶句するカイリスさんに向ける、アマリの誇らしげなどや顔ときたら。他人を魅了する類の愛らしさがありました。

 カイリスさんはぶるぶると腕を振るわせながら、床に落ちていた眼鏡を手に取り、カチャカチャ音を鳴らしながら装着。金縁の眼鏡は大変似合っており、背筋を正した彼は時代外れの貴族らしさがありますが、猛烈に手が震えておりました。

「い、イコナさん。あなたとは腰を据えてちゃんと話す必要があるようだ」

 鋭い目つきでアマリに抱かれる私をきつく睨みますが、私はつい、にんまりと口元に笑みを浮かべて言ってしまいます。

「お話も何も、他でもない本人が私の所に行きたいと言うのだから結論は出ておりますよね。過保護とはお伺いしておりますが、真に妹を思うのならば、彼女の自由意思を尊重すべきだと思います。結論、アマリはもう私のものにします。お兄さん、アマリを私にください。これはお願いではなく命令です」

「アマリ? この慇懃無礼な方を本当に姉と慕って大丈夫かい? いくら外の人とはいえ、かなり失礼な言動だとは思わないかな? 私いま、初対面なのに命令されたよ?」

「姉さまのそういう所が好き! 兄さま今までありがとう…わたしは姉さまのものになるよ!」

「アマリぃ! この一日で一体何があったんだぁ!」

 再度膝から崩れ落ち、頭を抱えて天井を仰ぐお兄さん。あぁ、元お兄さんでしたか。

 旧時代でこういう状況を三文字の略語で称されていた気がします。どこで仕入れた知識でしょうかね。さらに彼の今の状態を『脳が破壊される』という状態異常なのは知ってます。状況を受け入れられず脳がエラーを吐き出し、精神状態が著しく不安定になった一種の狂乱状態ですね。

 身体能力がキメラ種とは比べ物にならないドラコニアンの狂騒など、不明アノマリーぐらい危険です。リムが警戒度を引き上げかねない事態なので、さっさと距離を置くとしましょう。

「さぁアマリ、哀れな敗者は置いておいて、ご飯を食べに行きましょう。イコナさんが頑張って仕込みを手伝ったのです。あぁ、足は大丈夫ですか?」

「うん! 歩きにくいけど全然痛くないよ! 姉さまの料理たのしみー」

 包帯など取ってしまってもよいのでは? とは思いつつ、一応彼女に肩を貸しながら階段へ。特に問題もなく、一段ずつ順調に降りていきます。

 そこでようやく、脳への直接ダメージから復帰したカイリスさんが追いついてきました。

「そうだ怪我! アマリ、怪我をしたんだろう? 大丈夫か?」

 階段上からのぞき込むような彼に、私がお答えしてあげます。辟易としていると、たっぷりと声と表情に乗せて。

「ご覧の通り、包帯巻いてるのすら大げさなくらいですよ。イコナさんの分析によれば、怪我は本当に大丈夫で私に優しくされるのが嬉しくて今も甘えているのだと思います」

 私の発言にアマリがびくりと、身体を強張らせました。肩を貸すという形で密着しているのでよくわかってしまう。

「そそそそ、そんな事ないよ! あー痛い、痛いなぁ…」

 その割には全然こちらに体重をかけず、あっという間に踊り場で階段の折り返しです。

「アマリ、痛いならお兄ちゃんが抱えて運んであげよう」

「あ、けっこうでーす」

 冷たくあしらわれるカイリスさん。実にいい気味でございます。

 背後から強烈な妬みと敵意を感じますが、大変心地よい視線でした。完膚なきまでに叩きのめされた者からのそういった視線は、勝者に与えられた悦を高めるスパイスに過ぎないというのに。おやさしいイコナさんはそんな彼にも憐憫を覚えてしまいますが、累積した日頃の行いと私に対する狼藉に加え、イコナさんの備え持つ魅力による結果ですので救いの手など出せるはずもありません。敗者の遠吠えをしない程度に理性が残っているのが実に残念ですね!

 なんて事を表に出さずに考え外へ出て、井戸を横目に食堂の方へ。

 今回は裏口から食堂には入らず、建物を回り込んで広場の方へ抜けます。街灯の間隔は広く、薄暗い建物の脇を抜け、騒がしさ極まる広場へ出ました。

 広場に置かれていた平たい岩は演台のような高さでしたが、そこでは村人同士で何やら芸を披露しております。その周りに集まった人達は騒ぎ立てており、それ以外の方々は食堂内にあったテーブルと樽や金属コンテナを椅子に各々食事を楽しんでしました。

 料理も飲み物も長机に並べられ、好きなものを自分で取ってくるスタイル。とても良い香りが漂っておりました。

 燭台を模した電灯が等間隔に置かれ広場は明るく、未来の心配などしていなかのような雰囲気です。それらを一望できる、隅の席に、アマリを座らせ、自分も隣に座りました。予想はしていましたが、カイリスさんも。

「あ、座っちゃいましたが先に料理取ってこなきゃですね。アマリは何が食べたいですか? と聞きたいものの、村の料理の名前ぜんぜんわからないんですが…」

「妹の分は私がもってこよう。『妹の分』は」

 紳士的に見える笑顔で妹を強調してくるカイリスさん。私も笑顔をお返しします。

「では、ちょっと待っててください。ガンターは置いて行きますね」

 娯楽端末を席に置き、アマリのお話相手を一任。私はカイリスさんと共に、並んだ料理を取りに行きます。

 カイリスさんは実に自然に、横に並んで歩幅を合わせてきます。

「アマリから話は聞いてるよ。とてもよく懐いているとは思っていたが、正直予想以上だった」

「私も話を聞いてます。ずいぶん過保護で彼女の事に対して何事も大げさだと。同じく、予想以上でした」

「ははは……唯一の肉親なんだ。無理もないだろう? それにあの子はすぐに無茶をする。いつか取り返しのつかない事をするのではと気が気じゃないのさ」

 料理の並んだ長机の端に積んであった、木皿と器を取り、トレイに乗せます。せっかくおいしそうな料理がたくさん並んでいるのに、意識を割かなければならない相手がいるので正直に楽しめません。

「確かに、種族の特性に任せて無茶をする危うさの片鱗は伺えましたけどね。それはあなた自身にも言える事なのでは? ずいぶん無茶をされているそうで、アマリも思う所があるそうですよ」

「いや私は……確かにその通りではあるが、あの子よりもずっと肉体面で竜に近いんだ。ドラコニアンだからと私と同じ事をさせてたら、いつか本当に危ない目に合わせてしまう」

 迷いのない手つきでパンを取り、器にスープを注いでいきます。野菜のスープ、褐色の液体から立ち上る香りはすばらしいの一言。私もそれをいただきましょう。私が剥いた芋は何になってしまったのかわかりません。

 パンは薄焼きで切り分けられているものを二枚ほど。器に黄色がかった白い山、バターが盛ってあったので贅沢に塗らせてもらいました。

 他にはシンプルな焼き野菜、何かを丸めた白い玉、サラダも忘れません。生野菜はきっとこの村じゃないと食べれないかもです。コロニーでプランター栽培も考えておこう。

「は、ちょっと夢中になってました。何の話でしたっけ?」

「あの子の方が肉体的に人に近いという話だ。何より、私達は普通のキメラ種とは違う。病にしろ、怪我にしろ、どう体に影響してしまうかわからないんだ。信じられないと思うが、あの子は元々は病弱で外にほとんど出られないような子だったからね」

「それは確かに、信じられませんね」

 自分の胃袋を考慮して一度戻りたいのですが、彼に直接あれこれ聞く絶好の機会。聞きたいことは浮かぶのですが、別にアマリに聞かれてもよい話ばかりです。

 この短い滞在で知り合った方々と目が合い、手を振っておきます。

「今はずいぶん元気に見えます。いつまでも昔の印象を引きずるのはどうかと思いますけどね」

「よくわかってるさ。でも当時私はこう思っていたよ。自分たちは未完成の種族なんじゃないかってね」

 耳がぴくりと動いたのは、楽しそうな芸の盛り上がりに対してではなく、不穏な言葉に。

 料理をきれいに盛り付ける彼の横顔は穏やかですが、寂し気でした。しかしこちらの視線に気づくと朗らかに笑うのです。

「病弱な妹を見て幼い子供が思った空想さ。ただし、それを証明も否定もする術はなく、いつまでもついて回る影となっている。私が多少過保護になるのがそれだ。姉と慕われる以上、同じ苦しみを味わってくれたまえ」

「……うわ、あなた最低ですね」

 朗らかな笑みは最後は意地悪な感じになってました。両手に料理の盛られたトレイを軽々と持ち、彼は裏地がレースになったマントを翻して席に戻ろうとします……あれ、よく見たらあのレース生地って、カーテンじゃないですかね?

 胸元の勲章っぽい飾りも、昨日アクセサリーをいただいた露店で見たような? つまり宝石に見えたのはガラスという事?

 古めかしい一面のある村になじむ貴族然とした衣装ですが、やはり壊れた世界に合わせて色々工夫されているご様子。そもそもそういう恰好している事自体が謎でした。似合ってはいますけどね。手作りだったら色々頑張ってるなって感じです。コロニーで仕立て屋をされるとよろしいでしょう。

 言われたことは引っかかりますが、アマリは元気になっているのです。大丈夫。それでももし、なんて考えが浮かぶのは、なるほど。過保護にもなるわけです。

 ドラコニアンは、私が見る限り完成しているように見えます。でも繁栄していない致命的な理由がどこかにある。遺跡で見つかった、なんて話を聞いた気がしますが、そうなるとあの二人は直接昔の施設で作られた個体で、最近まで保管されていた、という事。成功体というより、実験体の可能性の方がよほど強いです。

 席に戻って、ガンターと何やらお喋りを楽しんでいたアマリがぱっと顔をあげます。

「姉さまおかえりなさい!」

 ほの暗い予想もどうでもよくなる素敵な笑顔。穏やかな気持ちになります。

「ただいま戻りました。ガンターが何か余計な事を言いませんでしたか?」

「姉さまについての話に余計な事なんて何もないよ!」

 つまり私の話をしていたそうです。本当に余計な話をしてなければいいのですが。

「……なぁアマリ、実の兄さんも戻ってきてるのだが?」

「あ、うん、おかえりー、あとありがとう兄さま」

 料理を受け取る事自体にお礼が言えて偉い。普段からこんな感じ……ではないか。さっきの事をまだ許してないのでしょうね。

 それぞれ席について、旧時代の風習であればお祈りなんかありそうですが、二人はいただきますとだけ言って食べ始めます。古より続く作り手に感謝する言葉。良い風習です。

 私には祈る神がいるわけでもなく、強いて言えば空の柱が最良の候補ではありますが、神格化一歩前ぐらいの信仰度なので、用意をしてくださった皆様に感謝をして食事を始めました。こんな私ですが、ずっと昔は食べるのにも苦労した時代があったのですから。

 シンプルに焼いただけの野菜がおいしく感じられます。パンも変わらず美味しいですが、塗りすぎたバターの主張が激しい。パンと一緒に味わうならもう少し控えめでもよかったですね。

 スープは繊細でありながらも複雑な味わいで、チーズやバターとは違う方向性のおいしさ。煮込まれた野菜のうまさが溶け込んでいるようです。放浪生活じゃ絶対に望めない味わい。もしかしたらこういうのが一番好きかもしれません。味付けの濃さではない、繊細で深みのある味わいです。タマネギがいい味出してて涙出そう。

「それで、兄さまはちゃんと姉さまにさっきの事謝ったの?」

「謝ってません」

 カイリスさんが口を開く前に答えてあげました。豆鉄砲を食らったような顔をしておりましたので、にやりと不敵かつ魅力的な笑みを浮かべて差し上げます。

 アマリの表情が少し険しくなりました。

「あー、いや、しかしあれはそもそもアマリが私を文字通り殴り飛ばしたからで」

「それを言うならいきなり入ってきた兄さまが悪いでしょ! いつもノックしてって言ってるのに!」

 おやおや、常習犯ですか。これは弁解の余地がありません。年頃の女の子のお部屋に断りなく立ち入ることは特に嫌われる行為だそうですね。私はリムになら裸を見られても大丈夫です! なんて思ったらそろそろ寂しくなってきちゃいました。あの子は今頃どこかからガラクタを拝借してるんですかね。ちなみにもらって帰った絵画はいつの間にか無くなってました。

「わかったわかった、私が全面的に悪い。イコナさんも申し訳なかった。遅れたが、改めてお詫びさせてもらいたい」

 席に着いたままですが、頭を下げてくれます。村では信頼を得て元老院なる大業な名前の組織の仕事をまかされているそれなりの立場の方。誠意は受け取って水に流すのが良いでしょう。

 大人な対応。じつに素晴らしい。尻尾も持ち上がってゆらりと揺れる、最適解ですね。

「イコナ『様』」

 だけど素直な気持ちと悪戯心が抑えられない!

 え、とばかりに顔をあげたカイリスさんに笑顔で言ってあげました。

「イコナ様って呼んでくれるなら全部水にながしてあげますね?」

 語尾を軽く、歌うような楽しさを含めて。

 これにはさすがにアマリも固まっちゃいました。ガンターは絶句、あるいは呆れてるかもしれません。カイリスさんは顔を上げた姿勢のまま、笑顔で考えを巡らせておりました。その考えが手に取るようにわかります。

 立場とか、ドラコニアンとしての誇りとか、兄としての威厳とか、おやおや、全部プライドってやつでしたね。旧文明の素材でがんばって貴族然とされている彼にはとても屈辱的な展開かもしれません。

 彼が悩んでいる間にも私はご飯を進めます。パンおいしー、尻尾もご機嫌に揺れちゃいますね。これで素敵な一言を悔しそうに言ってくれたらもっとおいしくなるのになー。

「えっと、姉さま?」

「アマリ、何も言わないで上げてくださいッ! 私だって本当はこんな理不尽な要求はしたくないのですよ……しかし私は初対面であのような仕打ちを受けてしまい、彼と仲良くなろうと言葉を交わしてもどうしても脳裏にあの瞬間がちらつき、最悪とも言える第一印象が抜けないのです! それを払拭するためにはもう、これしか…」

 ちら、とカイリスさんの方を見てあげますが、笑顔のままでした。眼鏡が割れそうな圧と葛藤を感じます。ふふ。

 深い、迷いを断ち切るため息。おどろくはその息が白く凍っていた事。ドラコニアンの冷気ですかね。水竜かと思いきや、氷を司る竜の類らしいです。

 彼は笑顔で右手を胸に添えて言いました。実に紳士的な態度。

「やはり許してもらう必要ないので、イコナと呼んでよろしいか?」

「よろしくないですよ? カイリス」

 笑顔の応酬。私達の関係が決定的になった瞬間でした。

「えぇ…これってわたしが悪いのかな…」

『悪いのはどう見てもイコナだが……状況だけならイコナが被害者というのが事態を複雑化させてる。つまりどちらも悪い』

 この件について私は謝らないので、これで帳消しという事ですね。私には下手に遠慮して距離を作るよりかはよほど健全にすら思えます。いっそこのぐらいが気楽で好きですね。

 重い沈黙のまま食事を再開、という程でもなく、主においしく食べ進めるイコナさんのおかげでそこまで暗い雰囲気になりません。楽器を持ち寄った人達の演奏が明るいのも大きかったでしょう。演奏者の一人は昼間に欠片の積み込みを行った、結局名前がわからなかった狼頭の青年でした。一瞬だけこちらと視線が合い、僅かな一瞬で手を振ってくれましたので、こちらも振り返しておきました。あれぞ好青年。

 アマリはともかく、カイリスが居なければあの場に呼ばれそうな陽気な雰囲気でした。正直混ざってもいい。混ざりたい。頭空っぽにしてお気楽になりたい。

「ところでアマリ、足の怪我の原因。かなり無茶をしたって聞いたのだが…」

「今更何、兄さま。言っておくけど、がんばって牛一頭助けたんだから、お説教なんて嫌だからね。それとも牛一頭のためになんて言うつもりじゃないよね?」

「あぁいや、そうではない」

 彼は食事の手を止めてアマリを真っすぐ見て言いました。

「自分にできる事をやろうとするお前を、私は誇らしく思う。今回だけじゃない。私よりも村に寄り添うお前の働きには助けられてる。だからこそ勘違いしないでほしいのだ。いつも言ってるが、私とお前とでは体の作りが違う。同じようにやってては、いつか」

「わかってるよ。もうそれは、わたしも割り切ったの。わたしはわたし、兄さまは兄さまでやれることをやればいい。そうでしょ?」

 アマリの視線がこちらに向きますが、はて、私に何か関係がありましたっけ。そういえばそんな話を日中にしたような気もしないでもないです。カイリスの視線もこちらに向きましたが、私は何も言っていないふりを続けました。

 しかしこのままお説教が続くと関係のないイコナさんは眠くなってしまいますので、昼間から抱いていた疑問を口に致します。

「頭では理解しているのですが、アマリの助けた牛ってそんなに貴重でしたか? 結果として足をくじく程度でしたが、考えてみれば危険と釣り合っていたかどうかは正直怪しい所です」

 もし昼間の一件が牛ではなくお子様であれば、アマリの行動はまさに英雄たりえるものだったと思えます。しかし、助けたのは家畜の一頭です。

 子牛を妊娠しているとか、かわいそうとか命の尊さを一旦隅に置いてしまって、単純に資源として考えてしまうとミルクを使った生産物の消費量を抑え、他の生産物、あるいはパッチで物資を拾ってくればよいのだと思ってしまいます。

 疑問に答えてくれたのはカイリス。彼との関係は敵対してるような感じですが、それでも彼は悪意の一切もなく丁寧に教えてくれました。

「外の世界の牛がどうかは我々に知る由もないが、何代にも及んで品種改良されたこの村の牛はミルクの生産量が多いのだよ。既に体験してると思うが、この村では乳製品は欠かせない食糧源だ。小麦や野菜も改良をして病気に強く収穫量も多くなってきているが、作物はどうしても収穫までに時間がかかるし、天候にも左右される。キミが何気なく食べている人参も、実は貴重なものだ」

 炭焼きニンジン、不思議と甘く感じますね。コロニーでも市場に並ぶのは珍しい食材でしたけどね。個人用に育てるのは比較的簡単で、プランターで育てる人もいました。独特の味が苦手で私は忌避していました。この村のは大丈夫です。作物の類は土の良し悪しで決まるそうですので、土が良いのでしょう。

「食料事情についての心配はお察しします。ですが、私からするとこの場所は食料について自給できているのですから圧倒的に恵まれていると思います。コロニーではここの数倍の人数の食料をパッチで回収した保存状態の良い物資に頼っていますから。ワーカーに人数を割けないとはいえ、最悪、牛一頭を潰してしまっても、パッチの探索で補えるのではないですか?」

 セトルメントの外の環境は衰退型廃墟。人が引っ越していなくなったような感じなので、食料物資が乏しいのかもしれませんが、別に物資そのものに頼らずとも、木の実や果実の類は豊富だと思います。若い森のパッチは、食べるものに困りません。季節に影響しない事もよくありますので、陽気は春でも秋の果物が成る事がしばしばあります。その点を考えると、並んでいた料理に新鮮果物類が無いのも不思議に思っちゃいますね。それに探せば川もあるでしょうし、魚も期待できると思うんですけど。

 私のいたコロニー直結のパッチは、機械系廃墟だったので、缶詰とか栄養補助食、サプリメントと呼ばれる錠剤が豊富でした。あとは医薬品と工業油。果物や野菜類は加工済みペーストだったり飲料に加工された物ばかり。魚を売った商人は毒物を売ったとされ拘留されましたっけ。そんな場所にいましたので、遭難してしばらくは、パッチでの新鮮果実が実に贅沢に思えましたね。

 私の指摘に、アマリとカイリスは困ったように顔を見合わせてました。その様子に私もスプーンを咥えた姿で固まっちゃいます。何か変な事言いました?

「あの、姉さま。それは確かにできそうだけど、すごく、危ないんじゃないかな」

「んぐ……まぁ、パッチに危険はつきものですよね。とはいえ、境界付近なら致命的なアノマリーは少ないわけで、初心者ワーカーのように、リバインドの度に境界付近の物資を地道に集めればよろしいのでは?」

 少しおさらいをすると、こういう事です。

 リバインドは世界をめちゃくちゃにし、パッチ内部にいる人を遭難させるような嫌な性質がありますが、ワーカーという職業が成り立つ重要な性質があります。

 リバインドによってパッチは再配置されますが、その際にパッチに含まれる構造物、アノマリーの配置、もちろん道なども再配置されますので、同じ環境でもリバインド前と後ではまったく違う景色となります。

 構造物が変われば当然内部も変化するわけで、物資も『湧く』という事。つまり、リバインドにさえ気を付けていれば、ワーカーはいくら資源を持ち帰ってもリバインドでリセットされ、結果的にパッチから物資が尽きる事は無い。

 これが、この壊れた世界でもキメラ種が生き残ってきた理由であり、各コロニーの文化形態はこれに依存して発展しています。

 もっとも、世界を繫栄させないような明確な意思でもあるのか、パッチ内部で山のような物資集積所というのは絶対に見つかりません。ワーカー業で富を築く方は純粋に探索が上手な方と、リマナ、アーティファクトの素材であるアノマリーを回収した方ですね。

 ちなみに性質上、コロニー毎に隣接パッチの物資が偏りますので、先の理由もあり発展具合というのはかなり差があるそうです。他のコロニーを見た事ないので知識としてしかわかりませんが、印刷技術に特化したコロニーはキャラバンを通した交易に食料事情をすべて頼ってる話は非常に有名です。私のいた所は工房とワーカーが多かったので、物資回収で賄える環境でしたね。工房が充実するという事は装備も良くなるわけで、結果的にワーカーの質が上がり、コロニーとしてはかなり恵まれている方だと思いました。貧富の差が結構ありましたけどね。

 閑話休題。

 お話をまとめると、危険度の浅い所を毎週丁寧に回収してれば、比較的安全に物資集まりますよねってお話です。しかし二人の反応はどうも不穏ですね。

「外って、毎回、変わるよ?」

 アマリの言葉に首をかしげてしまいます。

 変わる? 外が?

 外というのはパッチの事ですよね。変わるというのは、まぁ変わると思います。境界を出てすぐの景色も毎回変わるのが、リバインド。初心者ワーカーが物資を取り合う姿が思い出せますよ。

「イコナ、私達が言う外…つまりパッチというのは、毎週変わるんだ。昨日まで村の外は森だったが、今日からは古い街となっていたよ。私も軽く調査したが、外に出る者、村のワーカーには今回外に出るのは無しにさせるつもりだ」

「んん?」

 カイリスの発言も、アマリの反応も、嘘をついているものではないと思います。理解が追いつかず、咥えたスプーンをかじってしまいます。

 昨日までは森だったけど、今日からは古い街。それって、私がよく知ってるお話ですね。嫌って程体験して、ようやく解放されたはずなんですけど。

 村の境界線は囲うように薄い虹の膜があって、その向こうの景色は草原となっていました。今日も変わっておらず、当然、膜の向こうは昨日のような森の廃墟だと思っていました。

 つまり、これは。

「まさか………村ごと遭難している状態ですか?」

 何を当たり前のことを、とばかりに頷く二人を見て私はようやく、セトルメントなんてわざわざ名称を分けている理由を理解しました。せいぜい、未発見でちょっとアノマリー現象が多く出てる小規模な居住地と。とんでもない。決定的な違いが、名称を分けているのですね。

 なかなかの事実に、薄い星空を仰いでしまいます。めまいすら覚えます。この後、陽気な音楽につられて踊りだしてる村人に混じってみようかなんて考えがどっか行っちゃいました。

 セトルメント。隣接パッチすらランダムに変化する、居住地ごとリバインドに巻き込まれ、遭難している場所。そりゃ、キャラバンが偶然でしか見つけられませんよ。リュミンの案内があったとはいえ、遭難中に遭難する村を見つけられた私の豪運に驚きです。さすが空の柱二本と幸運ウサギの効果ですね。自宅というものを手に入れたら、祭壇を作りましょうね。

 ともかく、明日はリュミンの所にまっすぐに向かいますかね。問い詰めて差し上げましょう。


End_Unveiled Oddity /異常の露呈

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