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P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第一章
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6/29

第四話 UИ⧉Σ⧉LΣD ODD⧉ƬƳ (1)



 夜明け頃に自然と目が覚めるのは長い放浪生活の中で染みついた癖で、具体的に何をきっかけに目覚めているのかは、自分でも不思議に思う所でした。目覚めていく世界の呼吸的な何かを感じているなんて考えた事もあったようですが、結局のところ眠りにつく環境次第という事のようでして。

「んぁ」

 窓から差し込む朝日にまぶたを焼かれてばね仕掛けのように上半身を起こします。寝袋特有の拘束感も無ければ、特級寝具であるふわふわの毛並みもなし。サラサラの手触りのシーツに、体にかけていた質の良い毛布の重さ。

 身に着けているのは肌着と言って差し支えない薄着で、他人様にお見せできる類の恰好ではないです。ついでに言えば、耳の毛並みを整える際に触れた骨色の髪はかなりユニークな癖がついてしまっていました。

 撫でた耳がぴょん、とまっすぐに戻ってから、ぼんやりとした頭で朝日が差し込む窓へ視線を向けます。夜明けどころか、ばっちり朝でした。

「なんたる寝心地のよさ! これが旧文明の遺産!」

 食堂の主人、マーニさんがご用意してくださったお部屋は、食堂の裏側、井戸のある中庭から入ることができる建物にあります。普段は食堂で酔いつぶれた村人を叩きこむための建物らしく、普段はあまり使わない二階の一室を滞在中の宿として割り当ててくださいました。

 急ぎ用意してくれたにも関わらず掃除は行き届いており、簡素ではありますが棚があり、クローゼットがあり、机も椅子もガタガタしない木製のものがセットであります。窓は一つですが広さは十分にあり、リムが横になっても大丈夫。絨毯がほしくなる飾り気の無さですが、簡易宿としては十分でしょう。

 しかし驚くべくはベッドに使われていたマットレスです。なんとこちら、キャラバンが村に到着前にパッチで回収してきたという旧時代の寝具。真空圧縮された密封状態のそれをマーニさんが複数頂いていたそうなのですが、良いものだからとわざわざベッドに敷いてくださっていました。

 体の形に合わせて沈み込むような柔らかさのくせに、完全には沈まず程よく身体を支えてくれる。下手な寝具なら使わないでリムに抱き着いて眠るつもりだったのですが、これは完敗。旧文明がいかに豊かで優れていたか、その片鱗を味わう目覚めの良さでございます。

 感嘆に値すると評価いたしますが、しかし何かが足りません。体は十分に睡眠を味わい癒されているのを実感しますが、物足りなさを感じています。

 閃き、己がいかに常識に縛られていたか、その愚かさに後悔をします。

「私としたことが。寝心地次第では床に横たわったリムのお腹で寝る事を想定していたというのにッ! リム! 来てください!」

 パチン、と指を鳴らせば…そんな必要は無いのですが、空気が読める子であるリムはベッドの脇に姿を現します。

 光を吸い込むような漆黒の体は相変わらず。ただしそのサイズはベッドを覗き込む少し大きめのぬいぐるみサイズです。言い方を変えると狼がお座りしているようなサイズ感ではあります。つまりそこそこ大きい。市場で見た時は、もう少し小さかったかも。

 彼の視線には意思なんてものはなく、凝視されたところで見られている感覚は無いはずなのですが、なんだか今はほんのり嫉妬というか、やきもちを焼いているような気がしました。愛いやつめ。

 そんな彼を、サイズに対してかなり軽い彼を抱き上げてベッドに乗せます。そしてそのまま抱き着いて横になれば、欠けていた何かがぴったりと埋まるのでした。

「これが幸せ…ッ! サイズ変更の特性はもしやこのために取得してくれましたか? だとしたら昨夜のうちに気付けなかった私の落ち度です。今夜からこうやって添い寝をしましょうね」

 大きな体のお腹に埋もれるようにするのも最高ですが、こうしてこちらが抱きしめるのも悪くないです。自身が薄着なのもあって肌に直接ふれる毛の感触と冷たさは、彼を直に感じているような幸福感がありました。若干毛の硬い部分があるのがまたなんとも。

 嫌がる素振りもなし。普段は届かない頭の後ろに匂いまで楽しめます。後ろ向きに倒れた耳だか角のような突起の間はほんのり香ばしいです。幸福を感じる何かを発しているのでは。

『今までの生活を考えりゃ、惰眠をむさぼり一日を無駄に過ごす権利をお前は持っていると俺様も思う。だが気持ちよさそうに眠る小娘を想って、いつもの時間に起こさなかった俺様の気遣いにも少しは配慮してくれねぇか』

「なんて口では言うものの、いつもより薄着で無防備な美少女を前に目のやり場に困りつつ一晩過ごしたガンターなのでした」

『お前のどこに目のやり場に困る部分があるんだ? むしろもっと食え。つけるべきところに肉をつけろ。そうしたら見る目を少しは変えてやる』

「それが出来れば古来より一定数存在する乙女の悩みは存在いたしませんよ。もっとも、竜のキメラであるイコナさんの身体的成長はずいぶん前に止まっておりますので、遺伝子という設計に基づけばこの姿が完成形なのだと思います」

 散々ガンターには小娘と言われますが、純粋な年齢は小娘とは言い難い。少なくともお酒を嗜んでも倫理的にも問題ない年齢というのは明言させていただきましょう。故に、イコナさんがお酒を飲んでいても見た目にそぐわないなどと騒ぐ方は、旧文明の倫理観に囚われており、なおかつ外観で判断をしがちな古い認識の持ち主と評価させていただきます。多様な外観とそれに合わせた生活が求められるキメラ種溢れるこの世界では自然淘汰されるでしょう。

『何たることだ。この際このぶっ壊れた世界を管理する神でもいい。この哀れな小娘にどことは言わないが成長の兆しを見せてやってくれ。このままじゃ嫁の貰い手が世間体を気にしなきゃならなくなる』

「外観で人を判断するのは、キメラ種が文明の主導権を握っている今の時代において実に偏見かつ危険に満ちた思想ですよ。ちなみに、嫁入りだの結婚だのその手のお話であれば、私はリムと結ばれたいですね。寡黙ですが私のために尽くしてくれる。あなたの正体がなんであれ、私はあなたが大好きですよー」

 正体不明のアノマリーであるリムに頬擦りをしますが、嫌がりません。仕方ないなぁと許してくれてる感じすらしますね。圧倒的包容力。その上他の女性に見向きもしない。私に夢中なのです。

『冗談はさておき、マジな話、起きて外に出た方がいい。窓の外は見たか? かなり面白い事になってるぞ』

「窓の外ぉ? 素敵な青空か、井戸の見える中庭が見えますよね。あの井戸は蔦がいい感じに絡まってて芸術性すら感じますよ。まさに衰退した時代の田舎の井戸。あの蔦を除去せずにあえて絡まるままにしているのでしょうから、管理されている方のセンスの良さが伺えますね」

『そうだな。その井戸、今すぐそこにあるぞ』

 はは、何を言ってるんだと愚か者めと思った直後、陽の光が何かに遮られて室内に影が落ちます。

 リムも顔をあげ、視線を窓の外に。ほんのり目が開いた彼が見ていたのは、窓の外に浮かんでいた、井戸でした。

 井戸。水をくみ上げるための穴。石組には蔦が這い、雨よけの井戸小屋には蔦が這って赤い花が咲いております。それ自体はいいのですが、本来ベッドに横になって見られるような場所にはありません。あれは中庭の真ん中にあったもの。

 窓の外に浮かんでました。回転しながらゆっくりと漂うように。地面と一緒に。中身をこぼすことなく。

 井戸は建物にぶつからずゆっくりと漂って窓から離れていきます。井戸を中心とした地面の形はまるで、パズルのピースのような薄っぺらで、人工的に剥がれたような形状でした。

 ベッドから起きて、開け放った窓から身を乗り出してみれば、ガンターの言う通り、かなり面白い事になっておりました。

 中庭に漂う井戸、本来井戸のあった場所には剥がれた形状と同じ形に、水たまりのような青空を映す大穴が開いております。

 穴は中庭の数か所に開いていて、同じ枚数分、中庭の中を漂っていました。そしてその中に人影が一つ。

「おやおはよう! 丁度いい! 今からロープ投げるから、井戸のどっかに引っ掻けてくんないかい!」

「は? うあ!」

 中庭に立っていたマーニさんが、こちらが返事をする間もなくロープを器用に投げてきます。先端が輪っかになったそれで何をするのか、予想はできますが。本当に?

「えっと、どういう状況なんですか?」

「話はあとだ! とりあえず井戸を捕まえておくれ! 水がすぐに欲しい!」

 ひとまず、まだ部屋のすぐ近くを回転しながら漂っていた井戸に輪っかを投げてみます。井戸小屋にいい感じに引っかかり、軽く引けば先端の輪が縮まり、捕まえる事が出来ました。

「よし! じゃ縄を離して、あとはこっちで何とかできるから!」

 言われるがままに残りの縄を下に降ろせば、マーニさんはそれを掴んで六本の腕で井戸を中庭の真ん中へと引っ張っていきます。

 空中で向きを整え、地面の穴と同じ形に、まさにパズルをはめる様にして井戸を元に戻しました。綺麗に隙間が埋まると地面が再び浮かぶこともなく固定。そして何事もなかったかのように井戸の水をくむのです。

「これでよし。あぁ、降りてくるときは穴に気をつけな! あたしは食堂で仕事してるから、腹が減ったら降りてくるんだよ!」

 桶に水を汲んで、さっさと食堂の方へ行ってしまいます。私からしたら完全に異常事態なのですが、これが日常とばかりの慣れた様子。

「えっと、本当に何が起こってるんです?」

 見上げれば青空。ただし、たくさんの土くれ、パズルピース型の地面、村を周回するように浮かんでいます。昨日もいくつか見ましたが、その比ではない無数の地面。

 石畳、建物の一角、畑、所かまわず切り取られているように見えます。

 耳を澄ませば何やら掛け声や怒声も。村中お祭り騒ぎのようですね。少なくとも混乱しているような感じは無いので、慌てる必要はなさそうですが。

『どうにもこれが村人の日常らしい。覚悟はいいか? 今日は間違いなく、異文化交流になるぞ? せいぜい楽しむんだな』

 楽しそうなのはガンターの方ですが、確かにこれは、楽しんだ者勝ちかもしれません。その精神論は散々放浪生活でやってきたことですし、身についてますから。

 疑問ばかり浮かべていると疲れてしまいます。世界は壊れてて、ありのままに起こっている事が事実なのです。

「それでは、壊れた世界を楽しむとしますか」

 そのためにまずは寝癖を直すところから始めましょう。いつもと違って、他人との交流が待っているのですから。



>>



 今朝焼いたばかりだという丸いパンには焦げ目のついたトロトロのチーズがこぼれてお皿に垂れる程乗せられ、芳醇な小麦の香りに濃厚なチーズが合わさって暴力的なまでの多幸感を生み出しておりました。木製のボウルに飾られた新鮮サラダはウサギの本能も満足な瑞々しさ。加えて飲み物はチーズの原料だという濃い乳白色の液体。こちらはなんと信じられない事にミルクだそうで、知識との差異に眩暈を覚えながらも濃厚な味わいに感動いたしました。あの粉末状の粉薬の正体は一体何なのか。ミルクと名を付けた詐欺商品ではないのか。

 保存の難しさから幻の食材とまで言われるバターの原料でもあり、昨日村に到着してすぐに飲んだ酸味のある飲み物も、チーズやヨーグルトなる加工品の副産物だそうで、それらの原点たるミルクが濃厚で美味しいのも納得です。ただし、人によっては摂取量によってお腹を下しかねない若干の毒性があるそうです。

 放浪生活で鍛えられた胃腸のおかげで毒性の心配など微塵もなく、現在は心地よい食後の余韻に尻尾がご機嫌に持ち上がって揺れております。在庫が残ってさえいればコーヒーを飲みたい気分ですね。私の直感によれば、ミルクにコーヒーを混ぜると神の飲料が誕生する予感がしています。

 しかし、優雅な食後を夢想する私と違い、周囲の喧騒は正直なところフードを被ってしまいたくなる状況です。村の食堂は昨日の昼過ぎとは比べ物にならないほどに込み合っていて、よそ者の自覚のある私は食堂の隅の二人掛けの席に、半ば追いやられる形で遠慮がちに座っているのでした。

 アマリのお気に入りの席とは反対の、暖炉からも遠い壁際の席。壁には昨日のウサギの混じったキメラのご老人が描いたとされる絵画が飾られてます。不敵な笑みを浮かべどこか貫禄すらあるマーニさんの肖像画でした。美しすぎる。

『日常に慣れた奴はそこにある本当の価値がわからなくなるもんだ。見ろ連中の食い方を。作り手に対する礼儀がなってない。ここは一つ見本を見せてやったらどうだ? お前の表情は誇っていいはずだからな』

 ガンターがそんな事を言うのも無理もないくらいに、食堂にやってきていた皆様の食事の仕方は褒められた物ではありません。誰もかれも味わうというより口に詰め込むような勢いで、席も入れ替わりが早いのです。若い方の中にはカウンターで受け取ってその場で口にパンを詰め込み、ミルクで流し込む方もいました。口の周りどころか床にまでこぼす様は見るに堪えません。それらを対応するマーニさんの動きも素晴らしいですが、さすがに彼女一人で切り盛りしているわけではなく、もう一人首周りにもこもこした毛皮が現れてるおばさまがいらっしゃいます。それでギリギリ回ってる感じですね。メニューは選べず、並んで順番に受け取っては席についてる感じです。

 そんな訳なので、端っこにいる私に声をかける人は今のところいません。そもそも私の存在が知られていない…という事でもなく、マーニさん曰く昨夜の時点で食堂には普段自炊されている方もやってきては謎の少女について聞かれたそうです。それ故に、今朝からの接触も覚悟していたのです。

 ちなみに昨夜は旅の疲れが出たという名目でお部屋で食事をいただきました。特別に手をかけたグラタンなるチーズとジャガイモが素敵なお料理で、私の事も悪い奴じゃない程度で話してくれているそうです。なんだか甘やかされてる娘の気分。でも今朝の現象については何にも教えてくれてません。別にいいですけどね。

「私目当てで近づいて来るならそれはそれであれこれ聞けると思ったんですけどね。それほど忙しいのか、あるいは私に気を使ってくれているのか」

『純粋に情報が欲しいならとっとと外に出ちまった方が手っ取り早いと思うが……あぁみろ。お望みの空気の読めない奴だ』

 大変失礼な物言いですが、私の元にやってきたのは予想していたのとはちょっと違う方々でした。

 入れ替わりの激しい食堂の席を探すわけでも順番待ちに並ぶでもなく、その二人組は私を見つけるなりまっすぐやってきました。私の前に立った二人の視線の高さは、椅子に座っている私にとても近い。

 お子様二人です。

「なーなーねえちゃん、昨日アマリ様と一緒にいたねーちゃんだろ?」

 遠慮なく声をかけてきたのは、横向きの四角い瞳孔が特徴的な黄色い瞳の男の子。短い髪の毛にちょんと出た角と黒い指先、肩ひものゆるいオーバーオウルを着たいかにも農民って感じです。鼻先がちょっと猪のような独特の形状をしています。

「いかにもそうですよ。そういうあなた達は広場で元気に遊んでいた子ですね。大変健康的でよろしいです」

 そしてもう一人は腕に羽毛が生えた女の子。ネズミのような細い尻尾が生えております。

「あの、うちらきのう見かけた時からすごい、アマリ様と仲良さそうだったから気になってて、えぇっと」

 女の子の方は視点が定まっておらず、指先の爪をカリカリと擦り合わせております。

 そんな彼女に対し、農民の子らしき男の子は肝が据わっているというか、物怖じせずに言ってきました。

「あのなー。こいつアマリ様に憧れてんだ。でも最近のアマリ様は忙しそうで、なかなか遊んでくれなくてな。いきなり現れて仲良さそうにしてるねえちゃんを羨ましがってるんだ」

「あ、ちょ、そうだけどそんな真っすぐいわないでッ」

 胸倉をつかんで男の子体を激しくゆさぶる女の子。なかなか微笑ましい? ですね。

 アマリ様、なんて呼ばれるくらい敬われてるのは彼女の出自に関わるんですかね。本人の性格だけ考えればアマリちゃんとか、もっと親しく呼ばれてそうです。

 ドラコニアンだから? 他人と違う特別な存在だから敬われてる? 単純にがんばってみんなのために働いて感謝されているから、という理由ならともかく、妙に距離を置いた呼び方にもやっとします。私の印象では、様付けされて喜ぶような子でもない。私じゃあるまいし。

 女の子はお友達を一通りゆさぶった後、深呼吸をして意を決して要件を伝えてきます。

「アマリ様とどういう関係ですか」

 あまりに迫真で、ちょっと気圧されちゃいました。こう、返答如何によっては刺します、みたいな。正直怖いですが、顔に出さないようにします。

「関係、関係ですかぁ」

 尻尾を揺らし、天井を仰いで悩んでしまいます。かなり一方的に慕われてて? 竜での繋がりがあって? かわいいので妹にしたいとは思ってて?

 仮に困ってたら助けるでしょうし、傍にいても不快ではない。自分の生活圏に入り込んできても許せる相手。交流を通して色々知っていきたいなとも思ってます。

 友達、と返答するのが適切ですね。気の合う友人。これです。

 返答が決まりましたので、胸に手を添え、堂々とお答えしました。

「ずばり姉妹です」

 おっと、イコナさんの素直な気持ちが事実を騙ってしまいました。

 子供相手になんて大人げない。恥を知ってほしいところ。しかし村で様付けされている存在が姉と慕う私は一体どんな扱いを受けるのが最適ですかね? 神? あ、まだ見ぬお兄さんの嫁というのは勘弁していただきたいです。

 衝撃の事実? に女の子がガタガタと震え始めます。現実を受け止めきれないようです。

「うそ、うそだよ…アマリ様の家族はカイリス様だけだもん」

 お兄さまの名前、カイリスって言うそうです。情報ゲット。

「姉さま、という愛称が別にそのまま家族を意味するわけではないのですよ。実の姉のように慕い、さらに敬う気持ちが加わることで家族とは違う意味での『姉さま』呼びになるのです。古来よりこういった関係に至る感情を『敬愛』と呼びます。一つ賢くなりましたね?」

 アマリが私に対する気持ちというのを上手に説明できました。彼女が私に抱く感情は敬愛の他にありません。今のところは、たぶん。

「う、うちだってアマリ様の事、お姉ちゃんみたいに思ってたもん。そんけーしてるもん。でもアマリ様はアマリ様でうちには憧れでぇ」

 悔しさに泣きわめきそうな雰囲気でした。仲良くなりたいって素直に言えばよろしいと思います…が、近くの席で様子を見ていた恰幅のいい村人が絶句したような表情を浮かべました。このまま食堂が静まりかえるのはまずい。意地悪したい気持ちが無いと言えば嘘になりますが、ここは予定を変更してなだめる言葉を先に告げるとしましょう。

 私は泣きそうな彼女の頭を優しく撫でて、静かに言ってあげます。

「ではあなたもアマリの事をお姉ちゃんと呼べば良いのです。心の底から慕い、ちゃんと尊敬していれば、仰々しく様なんて呼ぶ必要は無いのです。アマリもきっとその方が喜びますよ」

 悔しくて泣きそうな顔は驚きに。でも、とか何か言葉が出そうでしたが、泣くな、と意思を込めて優しく微笑んであげると、何やらでかかった言葉を飲み込んでくれました。

「…わかった、そうして、みる」

 おずおずと一歩下がって彼女は隣の男の子の後ろに隠れてしまいます。体格の良い豚鼻の男の子は何か気に入ったようで、素敵な笑顔で言います。

「なーねーちゃん。名前おしえてくれー。おれハルゴ。羊と豚のキメラ。んでこっちはリッカ。なんかの鳥とネズミ」

 自分の混ざってる種について詳細がわからないのはキメラあるあるです。私も改めて自己紹介です。

「私はイコナですよ。竜とウサギのキメラで、自由気ままな旅人です。村にいる間はよろしくおねがいしますね」

「よ、よろしく………イコナ…お姉さま」

 ハルゴに隠れてしまい、ほぼ聞こえないような声量でしたが、イコナさんの素敵なウサギ耳にはしっかり聞こえてしまいます。でも聞き間違えかもなー。耳のお手入れが必要かもです。

 だって敬愛というよりは、アマリの事を姉と慕う以上、仕方なく私の事もそう呼ばざるを得ないみたいな納得いかない感情が宿った言い方でしたからね。まだ認めてない、みたいな敵意。

「イコナねーちゃん、もう空は見たよなー? すっげー落ち着いてんじゃん。キャラバンの人なんてなんじゃこりゃーってめっちゃ慌てて面白かったのになー」

 リュミンが慌てふためいてる姿は、あまり想像できませんね。リムを見た時ですら冷静さを垣間見ましたから。硬直はしてましたけど。仮に慌ててたとしたら、確かに面白いかもしれません。

 つまらなそうにするハルゴに、私は余裕たっぷりにお答えします。

「自由な旅人たるイコナさんはパッチで誰もが聞いて驚くような光景を散々見てきましたからね。鏡の湖、地面の無い底無しの摩天楼、深紅の白夜が支配する住宅地、あれらを考えますと、この村の今の状況というのはマシですね。まぁ、居住地として考えるとかなり異常で驚くべき事態ですが、あなた達の様子を見るとこれが日常みたいですし、対処方法も知っているようなので」

 現在村に起こっている何かしらが突発事件で村人たちが対応に追われているのだとしたら、あまりにも緊急事態に慣れすぎていると言わざるを得ません。いっそ、人型の村人を偽るアノマリーであると仮定してしまうところです。

 しかし目の前の子供らとの会話も、昨日市場で会話した方々も実に自然な対応。まさに普通の人です。今は姿を消しているリムが警戒状態に無いのも揺るがぬ証拠。つまり、村で起きていることは定期的に発生する事象であると推測できます。

「はー、もしかしてイコナねーちゃんって、キャラバンの人達よりすごいのか? やっぱ竜が混じってる人って違うよなー。やっぱアマリ様みたいに壁とか素手でぶちぬけるのかー?」

「ふっふーん! その通り、イコナさんはパッチでの生存に関してはキャラバンと言えども比べ物にならない経験があります! 純粋な力という点については竜っぽさは無いんですけどね、っていうかアマリ壁ぶち抜けるんですか? さすがドラコニアン…」

 試しにすぐ近くの壁を軽くノックしてみますが、硬いですね。無理です。真似したらイコナさんのか弱いおててがぐしゃぐしゃになります。

 それはともかく。

「ところでお二人とも、他の皆さんのようにご飯を食べに来たのでは? 席に困ってるのでしたら、私はそろそろ行くつもりなのでお譲りしますが」

「おれたちはいつも家で食べてるから食堂はあんまり使わないんだ。地返しの日は子供は外に出ちゃいけないんだけど、リッカがどうしてもねーちゃんの事気になるって通信機でうるさくてギュ!」

 ハルゴの後ろにいたリッカがきゅっと首を絞めます。なんだか、私とガンターの関係にちょっと似てますかね? ハルゴの方が純粋で悪気が無い感じですが、その分苦労もしてそうです。

「ハル、通信機は大人には内緒でしょッ! 取り上げられちゃうじゃないっ」

 とても小さな小声、イコナさんには聞こえてしまいます。どうやら通信機なる利器は子供たちの秘密の道具らしいですね。

 ちらりと、一番近くでこちらのやり取りを微笑ましく見ていた恰幅の良い、長い牙が特徴的な男性に視線を向ければ、ウィンクをされちゃいます。大丈夫、黙ってるよ、と。小規模な共同体ですので、子供には甘いのかもしれませんね。彼は何も聞いてないとばかりにジョッキを飲み干して、片付いた食器をもって席を離れていきます。

 でもまぁ、子供に科せられたルールを破ってる彼らを心配はする人はいるわけです。今しがた食堂に入ってきた人とか。

「んー、手が空いてたら村の案内とか地返しについても教えてもらいたかったのですが、内緒で来てるなら怒られる前にお家に帰った方がよいのでは?」

「そうだよ二人とも。ほんとに何してるの?」

 私と長い牙の男性のいた席の間、つまりお子様二人のすぐ背後に立つは、今日も白っぽいシルエットが特徴的で、白と青のコントラストが美しい少女。腰に手を当て怒ってますと表現するは、ドラコニアンのアマリでした。改めて見ると肌もずいぶん白い。

「あー、アマリ様おはよー」

「アマリ、おね、おねえ、さま」

 ハルゴはやっぱりとでも言うようなのんびりとした反応。対してリッカの方は顔を赤くしてやや過呼吸気味、しかもハルゴの身体ごと回転させて隠れてしまいます。

 そんな二人にアマリはため息一つついてから言います。

「もう、二人ともお父さんが心配してたよ? なぜかどっちのお母さんも心配はしてなかったけど、なんにしても地返しの日に外に出ちゃダメじゃない。そりゃイコナ姉さまの事気になるのはわかるけどさ。穴に落っこちたらわたしも兄さまも助けられないんだよ?」

 リッカが一瞬、こちらを睨むような視線を向けてきますが、にこりと微笑んで受け流して差し上げます。悔しかったらまずはアマリの事を素直に呼べるようになってから物申して頂きたい。

 怒られた二人はその場で『ごめんなさい』と素直に謝ります。口答えしないいい子たち。コロニーの子供なんて叱ると屁理屈を返す習性がありました。故にイコナさんに絡んでくるガキんちょは常識的な範囲でからかって差し上げました。懐かしいです。

「帰ってくるのも危ないから、今日はもう一日食堂で待ってなさいって言ってたよ。あと罰として一日マーニおばさまの事手伝ってこいって」

 二人とも食堂の込み具合を見て、同じタイミングで肩を落とします。仲がよろしい。

「わかったよー。ほら、リッカいくぞー」

「うん……あ、あの、アマリ、お姉さま、ありがと」

 呼ばれ方が変わっているのに気付いたのか、驚いた様子を見せたのは一瞬だけ。その後は少し嬉しそうに笑顔を浮かべます。

「どういたしまして。お手伝いしっかりやってね、リッカ」

「…ッ! はい!」

 元気な返事で離れていく二人。こういう人と人のやり取りっていいなぁ、なんて他人事として眺めておりました。

 そして私の予想だと、アマリの用事はこのまま私にあるはずです。

「素直ないい子たちですね。そして朝からお子様の捜索お疲れ様です」

「行き先は予想してたし、ついでだもん、大したことないよ。それよりわたしは、もっと姉さまが慌ててるかなって思って見に来たんだけど……全然落ち着いてるね。つまんない…」

 現在の私を支配するは冷静担当のイコナさんです。状況把握、分析に優れておりますのでとても落ち着いてみえるでしょうね。内心では面白おかしい状況の村への興味によって暴走しかけている好奇心担当イコナさんと意思決定の主導権を争っております。こちらのイコナさん、普段は大変発言力が強く他のイコナさんも味方につける事もしばしばありまして、大変制御に忙しい。

 そろそろ解放してあげないと、脳内で暴動が発生いたします。

「現在の村の状況については大変興味があります。きっと驚くことがたくさんあると思いますので、案内お願いしたいですね。もちろん、アマリが忙しくなければ、ですけど」

「大丈夫! もともとそのつもりだったから! でも、途中みんなの手伝いはするかも。その時は姉さまも手伝ってくれないかなー、なんて」

「もちろんいいですよ。村の行事に混ぜていただけるなんて光栄です」

「やった! でもちょっと待ってて! わたしもご飯たべるから!」

 アマリは嬉しそうに足取り軽く厨房の方へ向かっていきました。彼女の事なので、自分の分くらいは自分で、という事だと思います。

 彼女が戻るまではガンターと二人だけ。ずっと黙っていたので、いつもみたいに皮肉交じりの感想を述べると思ったのですが、黙ったままです。

「ガンター?」

 問いかければ、少しの間の後に彼は答えます。

『どうした? 俺様はただガキ同士の会話は聞くに堪えなかったから席を外してただけだ』

 一部発言がひっかかるために手元にフォークがあれば刺してる所ですが、彼との付き合いはそれなりに長くなってます。彼のせいで危険にさらされることもありましたが、共に切り抜けた窮地もある訳です。

 彼の感覚器がどうなっているのか不明ですが、これまでの経験上、娯楽型端末自体が彼の感覚機である可能性はありません。痛みこそ感じるようですが、見聞きする感覚はもっと、我々に近い。

 触れる事も出来ない透明人間、それがガンターの普段の感覚のはず。つまり、文字通り『席を外していた』という事。これはとても便利な能力ですね。

 きっと後ほど、面白いお話が聞けるでしょうね。楽しみにしておきましょう。

『俺様が悪かった。だがガキって言われて気に障る奴は大抵ガキだ。頼むから傷を爪でなぞるのはやめてくれ』

 今日は忙しくなりそうですねぇ。



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