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P4TCHW0ЯK_W0R⧉D  作者: 哉守柚栞
第一章
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第三話 SΣTTL⧉MΣNT (2)


「食べすぎました…」

 感動的な料理の数々を調子に乗って食べすぎて、調子に乗って次々と出してきたマーニさんには感謝しかありません。おまけに滞在中のお部屋を準備してくれるとの事で、夕方まで少し村を散策することをアマリが提案してくれました。

 てっきりリュミンも付いてくるのかと思いきや、食堂を出てすぐにこんな事を言います。

「それじゃおいらは一旦、キャラバンに報告に行ってくるよ。アマリ、くれぐれもイコナをよろしくね」

 リムの件を考えると一緒にいて欲しいのですが、考えてみればリュミン視点だと私の魔法というか、血の契約で完全に制御できてるように見えてるはずなのです。実際はリムが空気を読んでくれているだけだというのに。

 だからトラブルに巻き込まれても別に大丈夫でしょ、みたいな風に考えられてる。そういえば私、リュミンの命の恩人でした。詳細を話してないアマリにも勘違いされてそうです。短時間で心を開いてくれているのも、それが理由の一端なのでは? 心を既に開いている師匠が信頼する命の恩人、そう考えると警戒心は薄れそうですね。

 私が悪い人だったらどうするんでしょうかね。

 監視塔の方へ去っていくリュミンを見送り、アマリがぱっと私の手を取ります。

「じゃあ姉さま! 歩こ!」

 さすがに距離間近すぎでは? なんて言うのも憚れる笑顔。誰かと手を繋いで歩くなんて初めて…でもないですが、ここは大人しくエスコートされるとします。

 しかしアマリは歩き出さず、私の右手を両手で包むとちょっと口元を緩ませるのです。

「ぇへへ、手ちっちゃい…」

 呟きはイコナさんのウサギ耳がピクリと拾ってしまいます。

「アマリ?」

 我に返った彼女は何でもないとばかりに手を放して両手のひらをこちらに向けます。

「なんでもない! なんでもないよ!」

 誤魔化してる仕草も魅力的ですけど、どうやら明るいだけの子じゃないみたいですね。これもイコナさんが素敵な少女である故、か。

「私は何も聞いてませんよ。さ、案内してください」

「耳、いや、わかった。ついてきて!」

 そそくさと歩き始めるアマリ。仲良くなったらそのうち抱き着いてきそうですね。許すかどうかは、その時の信頼とか好感度次第です。

 空は晴天。注ぐ日差しは柔らかい春のそれ。流れる雲は無く、代わりに土くれ漂う昼下がり。

 食事前は誰もいなかった広場も、今は五人ほどの子供たちがボール遊びをしていました。そんな光景を横目に、アマリの横においついてゆっくり歩いていきます。向かう先はどうやら村の入り口からも見えた丘を登る、建物が立ち並ぶ広い通りのようです。

 隣を歩く少女の、白い鱗に覆われた水竜の尻尾はご機嫌に揺れていて、横顔も実に楽しそう。

「それで、まずはどこに連れて行ってくれるんですか?」

「えっとね、今日は上の広場で市場やってるの。外で拾ってきたものとか、手作りしたものとか。あとはいらなくなった物を交換してるんだ。外の人には面白いんじゃないかな」

 市場を見れば地域の特色がわかる、というは今の時代でも同じで、コロニー毎の特色も人々の使う市場を見ればなんとなくわかるといいます。セトルメントの謎を解明する一助にもなりそう。

 荒れてない石畳は歩きやすく、よく手入れされています。元気に遊ぶ子供たちがこちらに気付きますが、遠目に見てるだけで近寄ってきたりはしません。

 腕に羽毛が生えた子、しなやかな尾を揺らす子、容姿は様々ですが、やはり普通のキメラ種のようです。警戒というか、珍しがるような視線は私に向けられてます。

 ドラコニアンよりも、知らない人の方が見慣れていないという事でしょう。

 セトルメントについての仮説はいくつか浮かんでますけど、今は観察に徹しましょう。あれこれ考えてると面白いものも見落としそうですし。

 広場を横切り、坂道に差し掛かります。比較的きれいに保たれた建物が並ぶ通りには何人かの姿があり、せわしなく通りや路地を行き来しております。

「時代が時代なら、目抜き通りとしてお店が並んでそうですが」

 コロニーでの生活を考えれば、昼下がりの目抜き通りなんて買い物客の往来で辟易するほどだというのに、今まさに仕事中だとばかりに目の前の仕事に追われているようです。

「通りの建物はみんな工房と倉庫になってるよ。革とか木工とか。みんな必要になったらここに来るの」

 建物同士の間には広めの路地があり、いましがた若い青年が駆け込んでいった路地を覗き込むと建物の裏側の敷地は確かに広く取られていて、何やら話し声が聞こえてきます。

 うさ耳を立てて聞いてみれば、村人の生活の一端が届きます。

『親方、北の三番バリスタはやっぱり縦軸の調整ボルトが折れてたって。あと弦留めもそれぞれ予備が必要みたいです』

『在庫から届けてやれ。それより中央のはどうだった。あの辺はキャラバンに集めてもらったガラクタで製錬した金具にしたはずだ』

『二週使ってもまだ余裕がありそうでしたよ。やっぱり純度が違うといいものですね』

『あぁ。村の漁り屋、外じゃワーカーって言うらしいな。少しは見習ってもらわんとな』

 なかなか興味深い、生活のにじむ会話に思わず建物の影に隠れて聞き入ってしまいました。

 ついでにすぐ近くの窓から建物の中を覗き込んでみると、店を前提としたつくりの内装には雑然と木箱が積まれ、一角には製品と思われる革製の靴が並んでいました。どうやら靴屋、というか革細工屋の物置みたいです。金物屋は路地を挟んで隣の建物なのかもですね。

 革細工屋も気になります。キメラ種は個人によって足の形が変わる事もある。服もそうですが、それに合わせて作るのが基本ですので、そこに並んでいたのは試作品か、練習品なのかもしれません。

「姉さまは人のいる所に帰ってきたの久しぶりなんでしょ? 新しくしたいものとかないの?」

 ちょっと放っておいてしまったアマリが私の頭の上から同じように店内を覗き込みます。

「そうですねぇ。欲しいなって思ったものはたくさんあるんですけど、すぐには思いつきませんね」

 年単位で遭難生活をしていれば身に着けていたモノなんてボロボロになりそうなものですが、コロニー生活時代に揃えた一張羅は過酷な旅にも耐えうる一級品。ほつれ一つありません。

 とはいえ全てが全てそうではなく、これからの生活を考えるとほしいものはたくさんあります。

 歩みを再開すると、自然とアマリもついてきます。そこでふと思いつきました。

「強いて言うなら、小瓶なんかがまとめて欲しいですかね。ガラス工房とか見てみたい気もします」

「小瓶かぁ。確かにかわいいもんね! でもそういうのは注文が入ってから作るから、作り置きみたいのはないかも。いつもあるのって、食べ物の保存用の瓶とか、窓ガラスばっかりだもん」

「まぁそうですよね。私がもともといたコロニーでもガラスって貴重で、廃材を溶かしたものが主だったんですよ。それに本格的に定住する時にほしいなぐらいですので、急ぎで欲しいとかでは無いですね」

 先ほどの鍛冶屋、というか規模的にはおそらく金物屋だと思いますが、鉱山なんかで鉱石を掘っていた大昔と違い、パッチとリバインドの影響で生活圏で消費される鉱物資源というのは基本的に廃材を再加工したモノが主流です。

 ガラスも金属も回収した廃材の質に左右されますので、製品は想定よりも消耗が激しかったり品質が劣る傾向にあります。腕のいい職人はどんな環境でも高純度の素材を取り出すことができるみたいですが、大量の燃料を消費するようで消耗品はある程度妥協するそうです。ガラス炉は火を落とすことができないので、この村では都度、必要量だけを溶かして加工しているのかも。

 石炭などはコロニー管理局が分配量を調整するほど貴重です。重い、汚い、そもそも見つからない。高額で回収していただかないとワーカーが拾ってくれません。発電用の燃料の方が重量単価は高いですね。

 そのあたり、村という小規模な集落では苦労してそうです。薪なんかも分配制かも。

 それより気になるのは。

「あの、なんでこんな道のど真ん中にバリスタがあるんですか…?」

 基礎部分を地面に固定した強弩。そこそこ広い道とは言え、道のど真ん中に一基、置いてありました。

 文献でしか見た事ないですが、でかい。攻城用のモノでは? リムでもこんなので攻撃されたら大変かもしれません。あの子の事だから矢なんて刺さらないのかもしれないですが。

 ただ村の防衛のための頼もしい装置、というにはなんだか違和感を感じます。あんまり武器に詳しくは無いのですが、攻撃するぞ、みたいな威圧感をいまいち感じません。

『なかなか面白い構造してるな。こいつは水平方向を想定した作りじゃない。完全に上空の何かを想定して加工されてやがる。軸受けやボルトなんかは特に気を使ってるな。それに部品の摩耗具合から見て頻繁に使ってる。おそらく矢に』

「わーッ! それ以上は明日のお楽しみだよ!」

 アマリが私とバリスタの間にやめてーとばかりに割って入ってきます。ガンターの感覚というのは本体である娯楽端末に痛覚等はあるものの、ポーチに完全に覆い隠しても視界が確保されていたりするもので、おそらくアマリの行動に意味はありません。

 ガンターは一応空気を読んで、明日のお楽しみとやらを取っておいてくれます。

「ではこのバリスタは村の名物行事ための何かという事で、今は気にしないでおいてあげます」

「ほんと? わーい、イコナ姉さま大好きー」

 こんな事で好きになられると、数日で好感度が大変な事になってしまうと思います。

 緩やかな坂に緩やかな曲線を描きつつ、徐々に上の広場とやらに近づいていきます。

 道中誰かとすれ違う事もありませんでしたが、広場の方から聞こえる喧騒に、村人の多くがそちらに出向いていたからだと理解いたします。

 飛び交う話し声、足音、露店の呼び込み、笑い声に雑多な物音など、久しく聞いてないヒトという種が作り出す喧騒は、視覚より先に聴覚が混乱して、眩暈を覚える前に自慢のうさ耳をぺたんと押さえてしまいました。

「あ、姉さまもしかして人込み苦手だった!?」

「い、いえ、苦手というか、久々で驚いているというか」

 アマリが心配してくれますが、表情はちょっと嫌がってたかもしれません。思えば、コロニーでも雑踏って苦手でした。昔は手放しで耳ペタンこにできましたっけ。

 ジャケットのフードを被って、ウサギ耳専用の穴に通します。耳のポケットのように全体のほとんどを隠してしまいますが、根元にスリットが入ってて聴覚もある程度確保できる代物です。逆に多少は音が鈍くなるので、少しはマシになりました。一息して、ようやく広場の賑やかさを視覚で楽しめます。

 向かって左側は開けた高台となり、広場全体は二階建ての建物に囲まれていて、それなりの広さには荷車や積んだ木箱にそれぞれモノを並べてやり取りを行っていて、屋台のようなしっかりとした構造物こそないですが、ちゃんと市場の様相を作り出しておりました。

 店主側も客側も当然キメラ種でその姿は多種多様ですので全てを紹介することはできませんが、犬や猫、鳥類や爬虫類など、私にとっては普通の組み合わせの方々ばかりです。つまり、刺繍を見せるように布を広げて見せる女性の腕が羽毛に覆われてても普通ですし、行きかう人が互いに尻尾をぶつけて『失礼』となるのも普通です。リュミンのように下半身に特徴が出ている方も数名いらっしゃいます。尻尾が身体を支えるほどに発達してて、足がなんか、なんでしょうかね。なんかキックとか強そうな生き物のキメラ種もいます。たまに珍獣が混ざってて正体不明がいるのもキメラ種です。

 服装も体に合わせて作っている人もいれば、簡単なモノ、あえてキメラの特徴を見せている人など様々です。継ぎはぎ素材の衣服も、なんだか安心。そう考えると、アマリはきれいな服を着てますね。

 アマリがドラコニアンという特殊な存在なので、てっきりセトルメントにはちょっと不思議な方が多いのかなと思ってました。ワーウルフくらいいるかもと。ざっと見た感じ、行き交う人に目だった方はいませんね。私なんか地味な方ですよ。見た目では耳と尻尾だけで、ほぼ人間ですから。

「姉さま大丈夫? 他の所いく?」

 心配して覗き込んでくれますが、彼女に私は大丈夫と微笑みかけてあげます。

「もう慣れてきたので大丈夫ですよ。さっそくみてまわってみましょう!」

 先に歩き出し、村人の中にそっと紛れ込みます。

 皆さん露店の品を見るにのに必死で、フードを深く被ったちょっと小柄な少女に気付きません。とはいえ、呼び込みをかけてる側からは気付かれてしまうのは仕方がない。いぶかし気な視線はありますが、直接声はかけられませんでした。

 やり取りしてるのは、綺麗な布や、刺繍、手作りの石鹸、アクセサリー類ですね。それにパッチで拾ってきたガラクタと。

「姉さま姉さま! これ姉さまに似合いそう!」

 呼び止められ、向かってみればそこは透明感のある石を使った手作りアクセサリーの露店でした。

「ほほう、これは」

 アマリが見つけたのは紫色の結晶片を薄茶の紐に合わせてきれいに結んだアクセサリー。はて、どこにつけるのやらと思っていたら、彼女はそれを私の黒い毛で覆われてる尻尾にあてがうのです。革紐に一定間隔でぶら下がる紫の雫型の石はきれいで悪くないはないですが。

「尻尾飾り、嫌いじゃないんですけど、無意識に激しく振ってしまってどこか飛んで行っちゃうんですよね。あと落ち着かないです」

「わかるー。かわいいけど難しいよね」

 長さで言えば、アマリよりも私の方が長く飾りがいはありそうです。尻尾の先にちょっとくっつける系は好きですけどね。尻尾を持つキメラ種的には、イヤリングみたいな感覚です。穴はあけませんが。鍵尻尾になってる方なんかは先端を飾ってる方がよくいますね。

「は、尻尾飾りが落ち着かないなんてまだまだ子供だって事だ」

 やや甲高い声はカウンター代わりに積まれた木箱の向こう側。樽に腰掛けて胡坐をかいていたのは、小さな子供のようなキメラでした。

 体躯は樽に座って丁度よさそうな大きさ。ただし全体の体の縮尺は、成人をそのまま小さくしたような感じで、その背には透明な羽が生えております。

 下半身は褐色の羽毛に覆われ、足先は鳥類のタロンとなった、オレンジの髪をした女性です。手足や胸元には自身で手掛けた装飾品があしらわれてます。

「よぉよそ者。あんた何か珍しいモノ持ってないか? ガラス片でも宝石でもいい。あたいが気に入ったらどれでも好きなのと交換してやるよ」

 子供のような外見に粗野な態度。印象は良いとは言えませんが、口先だけならもっと失礼なのが身近にいるのでその辺りは気になりません。

 妖精と鳥のキメラ種。妖精の混じってるキメラは珍しいですが一定数存在していて、お人形みたいな外観からちやほやされる傾向にあります。種族特性で羽の大きさに関わらず空中に飛ぶことができるのが特徴ですね。粗野な口調も可愛く見えますよ。

「ここは装飾品店ですか?」

「おう。ガラスだの石だのを磨いていい感じに飾りにしてんだ。貴金属がまとまって手に入れば、彫金もやってるぜ」

 短い杖で彼女が指したのは、縞模様の綺麗な石がはめ込まれた髪留めです。銀細工に施された装飾は驚くほどに緻密で、美しい。

「飾り物の類であれば私はこういう地味なのがお好みです。おぉ、これも細かい部分がすごいですね。コロニーでやっていける細工の細かさです」

 ポーチにぶら下げてたらよさそうな小物を手に取ってみますが、磨かれた歯車には細かく彫刻が施されており、古代文明の何かを彷彿とされる一品に仕上がってました。これは悪くないです。職人技といっても過言ではない。

「姉さま、見て、おそろいっ」

 アマリがキラキラした顔で使用されている石の色違いのモノを見せてきます。

「なんだぁ? アマリ様は師匠の次は姉を見つけたのか? また兄貴が…ってもしかして兄貴の嫁ってことか?」

「紛らわしいですが違いますよ。親しみを込めて呼んでくれてるだけです。お兄さんはまだ見かけてもいないですよ」

 腰にくっついてるポーチを漁って、彼女の技能に見合った珍しいモノを取り出します。

「わ、なにこれ綺麗」

「これは空の石ですよ」

 私が出したのは、片手で握りこめるほどの大きさの石です。ただしその色彩は夜の星空を模したもの。深く暗い色合いですが、ちりばめられた星々が渦を成し、集まった星が中心で大きな星となっています。

「空の向こうのさらに奥。星空の世界の光景…によく似た石です。割っても割っても同じ光景が映し出されるアノマリーの欠片です」

 大元のアノマリーは道をふさいでいた超巨大な水晶でした。超危険アノマリーがいた道を戻るか無理に進むかで、ガンターを使って頑張って壊して進んだ際の思い出の品です。

 綺麗なだけ、では無いので持ち歩いてるのですが、リムの大鞄にまだあるので大丈夫です。

 店主の彼女は身を乗り出して石を取り、彼女の小さな手ほどのサイズのそれを覗き込んで感嘆の息。

「はー…やっぱよそ者は珍しいモノ持ってるなぁ。交換するのがそんなガラスのでいいのか? もう二個か、三個ぐらい持って行ってもいいぞ?」

 耳やら尻尾やら首元やらを飾るには悪くない品々。悪くないですが、今は二つだけで充分です。

「少しの間村に滞在するかもなので、よろしく代という事で。アマリの持ってるのは一緒にもらいますね」

 幾何学模様が刻まれた歯車と一緒に結ばれてるガラスは、私が青色、アマリの持っていたのは琥珀色でした。お互いの瞳の色です。

「まいどありー、また頼むぜ!」

 妖精のキメラの露店を離れると、すぐにアマリが横に並びます。手には先ほどのアクセサリー。

「あの、姉さまありがと」

「どういたしまして。案内料とでも受け取ってください。もちろん可愛い妹へのプレゼントでもいいですが、姉として振舞うにはまだ時間が浅い気がしますので」

「そんな事ないけど、わたし、馴れ馴れしいかな…」

 少しだけ元気がなくなり、反省しようとする彼女に笑ってあげるのです。

「頑張って仲良くなろうとしてくれてるのはすごく嬉しいので、大丈夫ですよ。元気で素直なあなたはお話をしていてとても気持ちが良いです。この私が仲良くしてもいいと思える相手はそうそういないのですよ?」

『その通りだぞアマリ。こいつが気を使った発言をするのは珍しい。俺様との会話なら皮肉や暴力の一つ二つ当たり前だからな。俺様から見ると猫を被っていてめちゃくちゃ気持ちが悪い』

「これはこれで仲の良さの違う形です!」

 彼の入ってるポーチを軽く殴っておきます。

 人込みの中ではガンターの声も気になりません。手に入れたばかりの小物をどこにつけようかなと悩みつつ、露店を見て回ります。真ん中の島と、外周沿いの露店、扱ってるものはバラバラで法則性なんて無いですが、その雑さがなかなか楽しいものです。

 結局アクセサリーは一旦ポーチにしまい、他の人の尻尾や足を踏まないように気を付けてみていると、ふと一つの露店に目が行きます。

 石畳に広げた布に並べられるのは絵画。穏やかな農村風景を描いたものから、キメラ種のだれかを描いたもの。芸術に詳しくは無いですが、手書きのそれらは自然と引き込まれる魅力があり、つい立ち止まってしまいます。

 露店は広場の隅で、人通りも少なく突然立ち止まった私が邪魔になる事もありません。その分、店主がこちらに意識を向けるのも早い。店主はひげの素敵な好々爺。

「やぁ見かけないお嬢さん。老い先短い老人の魂がこもった絵なんかどうだね?」

「レイ爺、その冗談あんまり笑えないんだけど」

 呆れつつもアマリが前に出て振り返り、レイ爺なる人を紹介してくれます。

「この人はグレイオさん。姉さまと同じウサギと、なんか角のある生き物キメラ! 一年前に引退した革職人の親方さんだよ」

 紹介された彼はひげを撫でつつ身体をゆすって笑います。

「ほっほっほ、ウサギと申されてもお嬢さんほどかわいらしく出ておりませんがな。角はガゼルという生き物なのですが、仕事の邪魔なもんで切り落としてしまいまして。当時は頭の軽さに驚いたものですな」

 白い立派なひげが特徴的な老人は、額にある二つの角の跡である突起を笑って撫でます。ウサギの部分というのは下半身の事のようで、灰色の毛皮に覆われた足をしていました。

「はじめまして。私は竜とウサギのキメラで、イコナと申します。今日村にやってきたばかりで、えっと、素敵な絵ですね?」

 美術品に疎い私ですが、それでも素敵だと思える絵画の数々。でも雑に積まれてますね。絵の具が剥げてしまっているのもある。

 グレイオさんは禿頭を撫でながら言います。

「いやいや恥ずかしい限り。弟子をよく育て過ぎましてな。引退してからというもの暇で暇で、今では絵だけが生きがいでしてな。気が付けばずいぶん家が狭いこと。燃やして薪にするのもなんですからな、こうして市の際に配っておるのです。そういうわけで、気に入ったものがあればお譲りしましょう」

 雑に扱ってるように見える絵ですが、温かい感じのする風景画は、部屋に飾っても遜色ない仕上がりです。写実的すぎず、手書きの良さが絵にぬくもりを作ってる。

 正直一つくらい欲しい。欲しいですけど、そんな事より、いや失礼ですが、そんな事よりも意識を全部持ってかれそうになる事が、彼の後ろで起こってました。

 広場の隅。だれからも死角となるその場所に、見慣れた子がいました。

 闇を塗り固めたような深い黒の体をしていて、頭には後ろに倒れた耳のような突起。目は六つあるけど今は一対だけ細く開いてます。尻尾は六本、羽根のような形状をして広げているその子は、いつもよりずっと小さく、私の膝丈ほどの大きさになって、こっそりと、絵画の一つを特徴的な長い爪の生えた手で抱きかかえてました。

 リム。大きなぬいぐるみみたいなサイズになってかわいいけど、小さくなれる事にも驚きですけど、何やってるんですか!

「レイ爺、またうまくなったんじゃない? これなんて新作でしょー?」

 アマリが振り返り、その場にかがみこんで絵画を一枚手に取りました。奇跡的にグレイオさんの陰になって見えてないです。小さいと物陰にいてもわからないものですね?

「さすがですなアマリ様。これは小麦畑から見た村の入り口方面の景色でしてな」

 何やら解説をしてくださり、私もへぇー、すごいですねぇ、なんて相槌を打ちますが、内心ひやひやしながらリムの事を見てます。

 小さなリムは抱えた絵画に対して、小さく口を広げ、細い舌で味見するように表面を舐めます。そして何か気に入ったようで、そのまま薄くなって、消えて、持ち逃げしました。

 彼の主食はガラクタ。素敵な絵画をガラクタ認定された?

「やはり絵を描いている時が一番活力が湧いてきますな。今では一枚一枚魂を込めて描くようにしております。魂を切り分けておけばお迎えが来ても安心でしょうからな」

「もー、レイ爺はまだまだ元気でいられるって。夜明け前にウサギ飛びで村を一周してるの知ってるからね?」

「それはもう、ウサギですからな」

 談笑する二人ですが、魂を込めた絵画、うちの子が持って行ってしまいました。しかもガラクタ扱いしてッ!

「すみません、これ一枚もらっても? えっと、何か交換できるものは」

 夕焼け空を描いたのを手に取り、ポーチを漁りますが、何かいいものは。

「あぁお題は結構。少しでも在庫を減らしたいのです。いわばガラクタですな」

「えー? 魂込めてるんじゃないのー?」

 ガラクタだったようです。それにしては完成度が高いですが、ほっとします。実際どうであれ、本人がそう言うのであればそういう事にしておきましょう。リムは持ち主がガラクタ認定したから持って行ったという事で納得しておきます。

 リムのご飯になるならと、さらに三枚ほどもらい、いや普通にいい絵だったのでもらい、脇に抱えてグレイオさんの元を離れます。それから市場を一通り見終わって、広場から突き出した高台で一休み。偶然、手に取っていた一枚がここからの景色のようで、その出来栄えに改めて感心いたします。

 継ぎはぎ素材の混ざる屋根の家屋と時折水たまりのように歯抜けになっている草地が混じる村の景色を一望できるその場所は穏やかな風が流れており、そこまで離れてないのに喧騒からずいぶん遠ざかったような感じです。

「どう、姉さま。みんないい人だったでしょ?」

 肯定以外の返事などないとばかりの自信のある笑顔。実際にそうだったので、否定なんていたしません。

「こちらに気付いても声をかけてこない気遣いは感じられましたよ。外部の方との交流はほとんど経験が無いようだったので、もっと根掘り葉掘り聞かれるかと思いました」

 縁にもたれ、髪をかき上げるようにフードを脱いで、程よい気だるさを春風で流してしまいます。

「師匠のキャラバンが来たときはね、みんな武器を持ってすっごく警戒してたの。それまで世界はわたし達以外とっくに滅んでて、最後の生き残りなんだって思ってたから、人の形した化け物だと思ったんだよね。今思えばわらっちゃうね」

 アマリも隣に並び、ずっと遠くを見つめます。村の境界線の、そのさらに向こう側。揺らぐ薄い虹色の膜はどこまでも続く草原を蜃気楼のように映していますが、彼女はそんなものは見ていませんでした。

 そう遠くない過去を、彼女は懐かしそうに語ります。

「誤解が解けて、いろんな話をして、世界は壊れてるけど滅んではいないって教えてもらって、みんなの表情がね。なんか明るくなったんだ。前はもっと必死だったのに、パッチの物資捜しの方法も良くなって、村全体がすごく豊かになってる。師匠たち、キャラバンの皆には感謝してるんだ。だからみんな外の人に興味はあっても遠慮してるんだよ。もしかしたら今夜あたり食堂はいつもより使う人が多いかもだけど」

「んー、正直疲れが出そうで、明日にしてもらいたいところですね。旅の終わり、ではないのでしょうけど、今夜はそういう余韻を楽しませていただきたいです」

 イコナさんはお気楽主義ですが、しんみりしたいときは一人で浸りたいタイプです。

 食事については、部屋に持ってきてもらいますかね。

 こちらが夕飯の心配をしている間も、アマリは遠くを見つめてました。物憂げな彼女は、それこそ絵画にしてしまいたい美しいほどの儚さを不思議と感じたのです。悩める乙女は美しいという事ですか。今夜あたり、一人で窓際で物憂げになる予定のイコナさんもこのくらい美しいに違いない。カメラをご準備してお待ちください。

「イコナ姉さまは、師匠たちと一緒に出ていくの? つまりえっと、コロニーに行くんだよね?」

「そうですねぇ。ご飯のおいしさを考えるとここで暮らすのも悪くないかもですが、一応そのつもりで考えてますよ」

 リュミンのキャラバンがいつ頃出発するのかはまったく聞いていませんが、それまでに村への評価が変わらない限り、コロニー行の意思は変わりません。

 アマリの横顔はどこか寂し気です。はげますように不敵に笑って言葉をかけ……ようと息を吸ったところでガンターに割り込まれます。

『さては外の世界に興味を持っちまったな? 田舎娘にありがちな王道の悩みだな。そして王道通りに村を飛び出してみりゃいい。田舎娘が都会についた時の反応は実に楽しそうだ。あぁ、その際はホームシックだけは面倒だからやめてくれよ。俺様の世界でもそういうイベントが』

 ポーチから取り出し、強めに石製の高台の縁に叩きつけて、その上に肘を置いてよりかかってやります。

「失礼しました。まぁ、村を飛び出すというのはいい提案だと思います。ここが良い場所なのはわかりますが、世界というのはあなたが思う以上に広く、壊れてるなりにちゃんとしてますから」

 仮にコロニーに移住した際に、彼女の場合は誰かに騙されないか不安ではあります。変に傷ついたり捻くれてしまうぐらいなら、村で天真爛漫に育ってほしい気もします。

 私もガンターも、単純に外の世界にあこがれてしまったのか程度に思っていましたが、視線を戻して遠くを眺める彼女はもう少し深い領域で悩んでいるようでした。

 悩みを言葉にするように、ぽつぽつと彼女は独白します。

「ずっとね。大変だったの。兄さまはわたしより力が強いから外に出ていつも怪我して帰ってきてた。ドラコニアンだから怪我なんてすぐ治るからいいんだって。でも他の誰かが死んじゃったり行方不明になる事もよくあるの。外に行ける人がどんどん減ってる。だからわたし、師匠に色々教わって、なんでも取ってこれるワーカーになって、みんなのために頑張るつもりだったんだ。キャラバンが居なくなっても大丈夫なようにって。なのに師匠と一緒にいればいるほど、わかんなくなるの」

 姉さまとも知り合っちゃったし、と呟くあたりが大変可愛いと思います。

 頭を撫でてあげたい衝動に駆られますが、彼女の悩みはこの先の人生というやつを決める大きな物のようです。共同体の問題に一緒に取り組みたい気持ちと、自分の好奇心を優先したい気持ちがせめぎあっているのでしょう。

 口に出してしまえば一気に嫌われそうなことですが、共同体のために一生を捧げるというのは、お気楽かつ奔放主義なイコナさんとしては実に馬鹿げた選択だと言わざるを得ません。義務や使命感に駆られて個を蔑ろにされるなら、喜んで放浪生活に戻りますね。一人でも生きていける故のいわゆる強者の考えってやつです。

 それに彼女が悩んでることはそこまで深刻なのでしょうか。

「無責任に聞こえるかもしれませんが、村の存続については気にしなくてもよいのでは?」

「え?」

 お優しいイコナさんがそんな事を言うなんて、とでも言いたげな驚いた表情。そんな彼女に教えてあげるのです。

「リュミン達のキャラバンがコロニーに帰還できれば、コロニーとセトルメント間でのルートが確立します。具体的にどうするかは私もわかりませんが、そうなれば物資だけでなく、人々の往来も発生するはずですから、村での暮らしはもっと豊かになりますよ。この村の新鮮な食料品類はどんなコロニーでも喜んで取引するでしょうし、移住したい人だって現れると思います。あなた自身、コロニーに行って合わなかったら戻ってくるって選択肢もできますよ」

 キャラバンはコロニー同士を行き来する専門家。確かリュミンは偶然ここを見つけたと言っていましたが、往復の方法は確立できるはずです。ここは間違いなく、コロニーにしたら食料物資が魅力的な居住地ですので、頻繫に往復するキャラバン隊が組まれる事でしょう。そうなれば物資以外にも人員だって輸送して、この村の規模を拡大する動きもあるかもしれません。衰退の線は限りなく低い。

 まったくリュミンも意地が悪いですね。弟子がこんな事で悩んでいるというのに教えてあげないなんて。サプライズだったら申し訳ないです。

「そう、だよね。うん、姉さまの言う通り。もうちょっと考えてみるよ」

 悩みが合ってれば最適解だと思ったのですが、アマリはどこかすっきりしない表情で言いました。

 なんかこう、もにょっとしますね。こちらに遠慮するような、散々距離感がおかしかったのになぜ今更になってそんな風にするのか。

「アマリ、何か隠していませんか? 私を姉さまと呼ぶからには、私に遠慮した言動というのは見過ごすことができません。それとも姉と呼ぶのは口だけですか? イコナさんをその気にさせておいて最後に裏切るとかそういう計画ですか? 私は裏切りには厳しいですよ!」

「そ、そんな事ないけど、ほんとの姉さまになってくれたらうれしいけど、でもそれは兄さまと結婚してほしいとかそういう意味じゃなくて、えと、あの」

 急に動揺し始めて目がぐるぐるしてます。慌てる彼女はなかなか面白いです。

 確かに出合って半日も経ってない相手に、あれこれ悩みを打ち明けるのは変な話ですが、これはコレです。

 一歩近寄り、顔もついでに寄せて綺麗な目をじっと見てあげます。

「言いたいことは大変よくわかります。私も素直に慕ってくれるあなたを妹にしたいくらいですよ。ドラコニアンという希少性を考慮しても、正直一緒にコロニーに来るなら寝食を共にしてもよいと思ってます。そのくらいにあなたとは仲良くなりたいし、そうなってもよい、と評価を出せます。意外かもしれませんが、私からそういう評価を受けられるのって本当に少ないんですよ?」

「一緒に暮らすという事…? 一緒に? 姉さまがいる生活? ちっちゃくてうさ耳でなんかちょっと生意気そうな姉さまが一緒に?」

「なんかノイズ混じりませんでした?」

 何を想像しているのか、頬が赤くなってきてました。彼女の中の私に対する好感度って一体どうなってるんですか。もしや外観から好みなのか?

 しかし太陽はいつの間にかかなり傾き、もうそろそろ空が色付くような時間。村に辿り着いてからずっと一緒にいるわけで、イコナさんが好きになっても仕方がないか。なんせ素敵な少女ですので。

 コロニーだったら何か裏があって一気に距離を詰めようとしてる可能性を考慮して距離を置くところなんですけどね。いきなり飛び込んできた村ですので、イコナさんが謎に狙われてる可能性は捨てていいでしょう。つまり純粋な好意という事。なんだ、ますます可愛いじゃないですか。

 アマリは何やら一生懸命考えて、それから頭を振って束ねている髪を振り回すと、意を決したように言います。

「とにかく! もう少し真面目に考えるから! 案内はもう終わり! またね!」

 そういって彼女は市場の方へ駆けて行ってしまいます。意を決したようでしたが、全然決まってませんでしたね。尻尾も興奮気味に先端が上に持ち上がってました。

 後ろ姿はすぐに人々の中に呑まれてしまいます。市場も片づけを始めるような少し寂し気な雰囲気を出し始めており、人の密度というやつが薄くなった気がします。

『賭けをしないか? 俺様はアマリの悩みの原因は、まだ知らない村の秘密に関わってる、だ』

「では私は、彼女がドラコニアンである種族由来の悩みであることに」

 結果を知るのはまだ先でしょうが、村に滞在している間に解決してあげられるなら、どうにかしてあげたいですね。

 振り返ればのどかな農村の風景が見えます。平和で、気の抜ける光景。危険に満ちた日々でさえ退屈とのたまった事がある私としては、呆れてしまうほどです。

 多少の壊れ具合が気にならない程度に。この村は良い場所です。今のところは。絶対に何かあるでしょうけどね。


End_SETTLEMENT /セトルメント

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